頭文字D 峠の弾丸 外伝 ホワイト・ブレット 作:ペンギン太郎
富士スピードウェイ
静岡県駿東郡、小高い丘に広がる富士スピードウェイ。
スーパーGTやスーパーフォーミュラを始め、数々のトップカテゴリーが戦われる日本屈指の本格サーキットだ。
この日の午後、コース上を一台の車が猛烈な速度で駆け巡り、低く咆哮するエンジン音が、観客席の遥か上空まで響き渡る。
ンバアアアア
サーキット内を駆け巡っていたのは、中嶋陸が運転するFD2であった。
陸が運転するFD2は、ホンダがワンメイクレース参戦ドライバー向けに用意した競技専用特別仕様車で。快適装備をオミットし、走りに特化したスパルタンな一台だ。
FD2はタイヤがブレーキングポイントで激しく悲鳴を上げ、コーナーを立ち上がる度にシャープな加速音を響き渡らせる。
『よしっ。もう十分データが取れたから、そろそろ戻ってきてもええぞ』
「…了解」
陸が被っているヘルメット内のピンマイクから声が響くと、陸は淡々と返事をする。
ピット手前で素早くギアを落とし、ブレーキを強く踏み込むや。FD2は短い制動距離で減速し、滑らかにピットレーンへと入っていき。
戻ってきたFD2のドアが開くと、中から陸がヘルメットを外しながら降りる。
「ご苦労やったな陸。うちが制作したパーツを積んだそいつの調子はどうやったか、聞かせてもらおうか?」
陸に労うような言葉をかけて近づいてきたのは、陸にとって恩人とも呼べる存在の久保英次だった。
久保は過去にタケルを陸と引き合わせては、タケルに走りの違いを見せつけた男であり。
この日は自身が経営するチューニングショップの新パーツの性能を確かめる為、陸にテストドライバーを依頼し、富士スピードウェイを走らせていたのだった。
「そうですね。ノーマル比でコーナリングは向上してるし、立ち上がり加速も明確に良くなりましたけど、フル加速から曲がりきる直前でリアが少し暴れるのが課題ですかね」
「ほう…。軽く流してきただけやのに、そこまで細かくわかるとは中々やな、データ見る前にドライバーの感覚でここまで拾えるとは、うちの期待以上やで」
久保が感心したように頷き、結果に満足していると、陸は視線をFD2のボディに注いでは久保に言う。
「お褒めいただき光栄ですが…この調子ですと。今度のワンメイクレースで久保さんとこのパーツが使われるかどうかは俺にはわかりませんよ」
「確かに…。ただでさえワンメイクレースは色々と制約が厳しいから。うちの製品が優れてるのを大々的にアピールするには、うってつけの舞台やからな。それまでに何とかしても間に合わせんと…」
「まぁ、俺は基本フリーですから、いつでもテストにお呼びいただいても構いませんよ。何せ今の俺は、走らせる以外にすることはありませんので」
「おいおい、それじゃまるでお前さんがプータローやってるみたいやないか…。ええんか、そんな調子で?」
「別に。俺は親父の会社を継ぐ気はありませんし、向こうも俺に継がせる気はありませんよ。何せ、うちの親父は本田宗一郎に匹敵する程の頑固者ですから」
「そうやったな。あの人は身内に一切会社を継がせんことで有名やから。そういったところは、妙に似てるのも不思議なもんやな」
テストを終えては軽く雑談をする陸と久保であったが、それなりにデータを得ることができた為、陸はそのままピットを抜けていっては更衣室へと足を運ぶのだった。
富士スピードウェイ 駐車場
レーシングスーツから私服に着替えた陸はピットエリアを後にし。特にこれといった予定もなく、借りているマンションに戻ってはゆっくりしようと思い、駐車場に停めてある自分の車に向かって歩き出す。
しかし、数歩進んだところで足を止め。陸は自分の車に凭れかかるようにして、こちらを待っている人物を見かけては立ち止まる。
「やぁ、陸ちゃん。今日もご苦労様…」
「なんだよ、クリス。こんなところで待ち伏せするなんざ、いつからお前、ストーカーになったんだ?」
「失礼ねえ…。あたしがどれだけ待ってあげたと思ってるのよ」
車のフロントに腰を預けるようにして待っていたのは、陸の親友である来栖真琴、通称クリスだった。
陸から失礼なことを言われたクリスは、軽く受け流すし。にこやかにしては、この後の予定について聞こうとする。
「陸ちゃん…。折角あたしがここまで来たんだし、どっか夕食を食べにいきましょうよ。今、一押しのお店を見つけたから、あたしの車で行くってのはどう?」
「…いいぜ、お前が奢るっていうなら、喜んでついていくよ」
「もう、相変わらず打算的なんだから♪」
陸は一旦マンションに戻ると移動用の車を置いていき。その後、クリスに拾ってもらっては、クリスがおすすめするお店へと向かっていくのだった。
「ここよ。あたしがおすすめするお店は…」
クリスの案内した先は、箱根の駅の近くにあるレトロな洋食屋であった。暖かいオレンジ色の照明が窓から漏れ、年季の入った木の看板が良い味を出している。見かけは少し古びた雰囲気だが、どこか落ち着きを思わせる、昔ながらの洋食屋らしい佇まいだ。
陸はその外見をじっと見つめ、ぼそりと呟く。
「お前にしては、随分と渋い店を選んだな」
「ねぇ、いいでしょう。ここのハンバーグはとてもジューシーで、一度食べたらまた来たくなるくらい評判なのよ」
「…そうか。なら、早速入ってそれをいただくとするか…」
陸がそう言って、店の扉を押し開けると、古びたベルが軽やかな音を響かせるだった。
カラン カラン
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「……」
陸がクリスと店内に入った瞬間、二人が止まった。
来店した二人に接客してきたのは、黒い制服に赤いエプロンを着けた玲だった。
いつも帽子を被り、レーシングジャケットを羽織った姿しか知らなかった陸にとって、スカート姿でいる彼女の様子は完全に予想外であった。
「あれ?陸とクリスじゃないか…」
玲が目を丸くして驚くと、陸は顔を強張ったまま尋ねる。
「おい…なんでお前がここでウェイトレスをしてるんだよ…」
「なんでって、アルバイトをしてるからに決まってるでしょ。パパに自分で乗る車のガソリン代くらいは自分で稼げって言われたから、ここで働いてるんだよ…」
「ちっ、そういうことか…。俺の中じゃ、あのおっさんは娘に甘いイメージだったんだが、金のことに関してはしっかりしてたのかよ…」
父親からの指示で玲がここでアルバイトをしていると聞いた陸は、ため息をつき、納得しつつあったが。隣にいたクリスが優雅に口元を隠して笑った。
「まあまあ、いいじゃないのよ〜。折角来たことだし、玲ちゃんに案内してもらいましょう?」
「クリス。お前、玲がここでバイトしてるの知ってて俺を連れてきたんだろ?そうでなきゃ、お前が俺を飯に誘うはずがないからな」
「やぁん♪酷いわねぇ、陸ちゃんったら。偶然よ偶然〜。この店のオーナーさんが玲ちゃんのお父様と走り屋時代からの旧知の仲で、バイトを頼まれたなんて話を、あたしが知ってるわけないじゃないのよ〜♪」
「絶対知ってただろ!!その具体的な説明がすでに怪しすぎるんだよ!!」
陸は、クリスが裏で手引きしたことに腹を立て、即座に踵を返しては店を後にしようとする。
「悪いが店を変えるぞ。こんなとこ、いても立ってもいられないからな」
「あ、ちょっと陸…!!折角来てくれたんだから、少しくらい、いてもいいじゃんか…!!」
「そうよ〜陸ちゃん。態々玲ちゃんが出迎えてくれたんだし、ほんの少しだげでいいからいてあげなさいよ〜」
「くっ、離せ…!!俺はこいつに会いに来たわけじゃねえんだぞ!!勝手に連れてきやがって…!!」
クリスが陸の腕に絡みついては無理矢理引き止め、それを陸が強引に振りほどこうとするが、クリスの意外と強い力に抗いきれず、嫌々ながらも店の中へと引きずり込まれてしまい。
店内で一人ではしゃぎ立てる陸に、周りの客が注目していくのだった。
「最悪だ…」
陸は顔をしかめ、額を押さえては仕方なしに入っていくが。玲が嬉しそうに陸を接客する後ろで、クリスがニヤけるように微笑んでは玲の後についていく。
「ごゆっくりどうぞ…」
玲が二人をテーブルに案内して一礼した後、すぐさま離れていくと。陸は向かい側の席に座るクリスを睨みつける。
「クリス…!!後で覚えてろよ…!!」
「ちょっと〜怖い顔しないでよ〜。玲ちゃんがここで働いてるのを黙ってたことは謝るわ。でもそこまで根に持たなくたっていいじゃない」
「ったく…ついこの間、あいつには峠を攻めるなら気を付けろと忠告したばっかだというのに。このタイミングで鉢合わせるなんざ、最悪だろうが…」
「あら〜?あなたにしては随分と親切じゃないの。もしかして、玲ちゃんに親心が出ちゃってる?」
「!! んなわけねえだろ!!俺はただ…あいつが無茶をして運転をミスったりしねえか、心配しただけだ!!ただでさえ、峠の走り屋は、ドリフトだ、FRだのやかましい奴らしかいねえからな…」
陸が独りでに叫ぶのに、クリスは優雅に笑いながら、頰杖をついて見つめながらからかう。
「ふふっ、照れ隠しが可愛いわね、陸ちゃん」
「うるせえ! からかうんじゃねえ!!」
パシッ
「ちょっと陸。少しは静かにしてくれないの…?他のお客さんの迷惑になるから、大人しくしてよね…」
「くっ…!!」
玲がトレイを片手に近づいてきて、陸の頭を軽く小突き。
それを受けた陸は頭を押さえ、悔しそうに玲を睨み上げたが、すぐに大人しく肩を落とした。
「あらあら、玲ちゃんの鉄拳制裁、効いてるわね」
クリスがくすくすと笑っては、陸をからかうも。陸は二人を睨みつけ、こう返す。
「お前ら…今度走る時は一切、手加減しねえからな…!!」
「まあまあ怖い顔しないの〜。そういったところで根に持つなんて、陸ちゃんらしくないわよ…」
「そうだよ。そんなんだから、一緒に走れる仲間ができないのに。少しくらい改善したらいいのにね…」
陸が執念じみた声で、言い放つと。クリスと玲は顔を見合わせ、受け流していくのであった。
数分後
「ご馳走さん。ここのハンバーグはまあまあ美味しかったな」
陸は皿を空にすると、フォークを置いて軽く感想を漏らし。向かい側にクリスも、食べ終えたところでナプキンを口元に当て、ソースを丁寧に拭っていた。
「ふふっ、本当においしかったわね〜。やっぱりここは当たりだったみたい♪」
クリスが満足げに微笑むと、陸は小さく鼻を鳴らした。
「…まあ、お前が言うように美味かったが。あいつがいなければ、もっと良かったんだかな」
「ちょっとぉ!!それどういう意味よ!?」
陸が近くにいる玲に視線を向けながら言うと、玲がカウンターから身を乗り出し、ムスッとした顔で反応した。
「んじゃ、飯も食ったことだし。さっさとお題を済ませては、ここを出るぞ…。クリス、お前が誘ったんだからちゃんと払っとけよ」
「はいはい、わかってますって…。じゃあ玲ちゃん、ハンバーグ定食二人分、これでお願いね」
クリスは財布からクレジットカードを取り出し、笑顔で玲に差し出した。
「はーい、ありがとうございます」
カード払いを済ませたクリスが、慌てて陸の後を追いかけると、その直後に入れ違いで店の扉が開いては、中に入ってきた女性がカウンターにいる玲に呼びかける。
「やっほー、玲ちゃん!今日もお仕事頑張ってるわね〜」
「あ、奈美子さん。お疲れ様です。今日はお一人ですか?」
「ふふっ…。そんなわけないでしょう。もう一人連れてきてるに決まってるじゃない。もうすぐ、ここに来るから待ってて頂戴」
有料駐車場
「ったく、今日に至っては厄日だぜ全く…」
洋食屋を後にした陸は、ミネラルウォーターのペットボトルを片手に、クリスのS2000が停めてある駐車場でクリスが来るのを待っていた。
クリスはここに来る直前に、お手洗いにいってくると言ったきり、いつまで立っても戻って来ないでいた。
「…いくらなんても遅すぎるだろ、あのバカ」
陸は深い溜息をつきながら、ペットボトルのキャップを乱暴に開け。ミネラルウォーターを飲もうと口に運び開けたその時。視界の隅に停まっている一台の車を目にする。
「…S30Zか。今時、こんなモンに乗る奴がいるなんて珍しいな」
古びた黄色のボディが、夕暮れの駐車場にずしりと存在感を放つ。
S30型フェアレディZ。いわゆる「Zガレージ」の象徴とも言えるクラシックカーで。
年季の入った黄色はくすみ、ところどころに走る細かな傷さえも、どこか威圧感を漂わせる。
「にしても、どんな奴が乗っているんだ?大方、昔ヤンチャしてたおっさんが、昔を懐かしんで乗ってるに違いないか」
陸がS30Zを眺めながらそう呟いていくと、Zの運転席のドアがガチャリと開き。中から出てきたのは、陸の予想とは全く違う人物である。
「(お、女だと…!?しかも、玲とあんまり年が変わらない奴が、Zに乗ってるのか…!?)」
三つ編みを前に垂らした、小柄で大人しそうな少女は周囲を気にする素振りもなく、静かに駐車場を歩き去っていき。
陸は思わずその後ろ姿に見入ってしまい、珍しく言葉を失う。
「おまたせ〜。向こうのトイレ、えらい混んでて。用を済ませるのに、大分かかっちゃったわ…あれ?」
遅れてやってきたクリスが、明るく声をかけながら陸に近づいてきたが、陸は全く反応せず。
視線を一点に固定したまま、固まったようにその場に立ち尽くす。
「陸ちゃん……? どうしたのよ、そんなに驚いた顔して」
「…いや、なんでもねえ」
クリスが不思議そうに陸の顔を覗き込むと、陸はようやく小さく息を吐いては意識を取り戻すが。
S30Zから出てきた三つ編みの少女の姿が印象に残ったか、まだ陸の頭から離れていなかった。
今回、カービィ改ニ様からのリクエストキャラである西野 時雨と相楽奈美子を登場させました。
神奈川を舞台にするのに、何かと上手く噛み合うのではと思い、外伝に出させていただきましたが、今後どんな形で登場するのか是非お楽しみに。
評価・感想をお願いします。