「この世界には運命があって、運命には神様がいるらしいですよ」
「天外の話か?オンパロスにも似たようなものがあるだろう」
「タイタンと星神じゃスケールが違いますよ」
ずっと、昔。もういつのことかもわからない時に、カイザーとそんな話をしたことがある。盤を挟んで駒を動かしながら、互いに軽口を叩き合うように言葉を交わしていた
なんでこんな話を始めたのか、きっかけは何だったか。遠い記憶すぎて、朧気にしか思い出せない
「でも僕は運命とか、嫌いなんです」
「ふむ」
「自分で選んだ運命を歩むならまだしも……自分で選んだつもりが、実は何処の誰とも知らない奴が作ったレールの上で歩かされているだけだったら…気持ち悪いと思いませんか?」
盤を睨んで難しい顔をしたまま、カイザーはふぅとため息をつく。数秒考え込んだ後に、また何か難しいことを言うんだろうと思っていたけど───
「全くもって同感だ」
その答えは驚くくらいシンプルで、そしてとても彼女らしい返事だった
「……まぁ、神様は運命の第一人者って話ですし…神に至るぐらいの鮮烈な生き方ってのは、凄いとも思いますけど」
「規模の違いだ。お前の身近にも神はいる」
「タイタンのことですか?」
「僕だ」
「はぁ?」
せっかくシンプルな話だったのに、またよくわからなくなったと心の中で嘆いたのを覚えている。カイザーはまぁ、傲慢だ。でも傲慢であることに自覚的で、その分自尊心もある
「僕は火追いを掲げ、それに付き従う者も現れた。……どうだ?僕と星神、何が違う?」
「………カイザーの言う通りですけど、規模じゃないですか?あとカイザーは星神ほど強くないです」
「言ってくれるな………まぁ良い。結局は差などその程度だ。僕が神だなどと言うつもりはないが、どうあれ自分の道を掲げ、進む者は皆神になり得るのだろう」
何かを掲げ、その道を進み、後に続く者が現れる。その極致が星神であり、そこまで至らずともその本質は何ら変わりない───と、そういう話らしい
「……で、結局、何が言いたいんです?」
「火追いは壊滅に定義されたものだが、お前はそれに逆らっている。良かったな、僕たちの歩みは誰にも定義されていないぞ」
「わかりやすくなりましたね。………ていうか、火追いを始めたのはトリビー先生なんですから、神はそっちなんじゃ……あ、神かあの人。チェックメイトです」
「む………」
酷い旅だった、二度とやりたくない
けれど、その日々に──決して、彩りがないわけではなかったのだ
──────────────────
運命に定義された道を歩みながら、それに逆らう。何度も何度もやってきた事だった。今になって思い出した、こんな簡単な事
僕の歩んだ道は、確かに貪慾と定義されるものだった。でもそんなのどうだって良い。何を喰らうのかは僕が決めて、それを僕だけの道だと自信を持って叫ぶだけ
運命の答えなんて、たったそれだけのことだったんだ
あの人型が鉄墓のコア───今この瞬間の僕なら問題ない。その右腕に浪漫の糸を巻きつけ、狙いを定めて突撃する
これが最後だ。出涸らしの火種など全てくれてやれ。首だけになっても喰らいつけ!
「───ぉぉおおおあああッッ!!」
その右腕に、全速と全力を乗せた斧を振り抜く。衝撃波を撒き散らしながら放たれた渾身の一撃は、鉄墓の右手を吹き飛ばし、そのまま胴体部に深い裂傷を走らせた。背後の本体が振り上げている槍も、止まった
一撃目は完璧。ならば次は───その前に
大きく息を吸って、心臓が張り裂けるほど叫べ
「『貪慾』を以て!全ての恐怖を喰らい尽くさん!!」
目が、合った。カイザーだ。カイザーが、見ている
『………これからも僕の下で戦うのなら、そうするがいい。もしも嫌ならば──いい、僕が許す。どこへなりとも行くが良い』
あれにどう答えたかなんて、僕はもう覚えてない。だから僕にできるのは、今答えを出すことだけ
カイザー。僕は──何があっても、あなたの臣下です
「カイザー!」
「行け!」
「当然!」
応えてみせる。その為に、あの微睡から這い出て来たんだから!
右腕を失った鉄墓は僕を最優先攻撃目標に定めた。その傍に浮かぶ二つの球体から放たれる光弾。糸を伸ばし、身体を引っ張り空を駆ける。近づく、密度が増える。構うか、刺し違えてでも繋げてみせる───!
「づ───らぁッ!」
右腕側の球体を壊した、左腕が飛んだ───知るか次!
僕に対する憎悪を強めたのか、攻撃手段のおよそ半分を失ってなお先程より攻撃は苛烈だった。避けきれない。ならば損傷を最小限に抑えろ、最期の時まで動く為───?
「行け!前途は俺たちが切り開く!」
「あの誓いを今果たす!進め、ラブカ!」
「行きなさいプロメイア。アレに届く者がいるとすれば、それはあなただけです!」
「行ってください、メイたん!」
「行って行って!ウチらもいるから!」
「露払いは任せろ、プロメイア!」
「……………みん、な」
鉄墓が放つ光弾を叩き落とす、赤い結晶に魚群、銃弾と龍、赤いクラゲと小さなペーガソス
「メイちゃん!ファイトファイト!」
「進みなさい、プロメイア!」
金糸が巻き付き、身体を前へ押し出す。押し出された先には百界門
「行くんだ!」
「行ってください!」
百界門を出た先で、キャストリスさんとファイノン君が僕を守った。鎌と大剣の斬撃が飛ぶ、できた道を──誰かの手が、僕の手を取った
「行こう!」
セファリア姉さんが、僕の手を取って走った。何よりも速く、皆が築き上げてくれた道の上を並んで走った。手を引かれて、必死に足を動かして、でもそれがあまりにも眩しくて
「はぁぁぁあああッ!!」
投げるように前に押し出されて、勢いのまま鉄墓の左腕へと飛び、また同じように斧を振り抜いた。左腕が落ちる。すぐに僕の右腕も消えた。重い衝撃───切断した腕の断面による打撃だ。モロに喰らって吹っ飛んで、視界が歪む──
「お、らぁッ!」
斧を蹴り投げ、最後の球体を破壊した───これで、攻撃手段の大半を失った。殺し切るなら今しかない
『壊滅⬛︎⬛︎貪⬛︎プロ⬛︎⬛︎ア⬛︎⬛︎メイ⬛︎プ⬛︎メイ⬛︎プロメ⬛︎アプロメイアプロメイアプロメイアプロメイアプロメイアプロメイア────』
「今だ───行け!」
落ちながら、ただそう叫んだ
「門関の月、さすらう足跡をここに『調和』させん!」
「歓喜の月、杯を掲げ『虚無』を振り払わん!」
「平衡の月、『秩序』を自由の礎とせん!」
「拾綫の月、金糸を紡ぎ『純美』を織り上げん!」
「収穫の月、『知恵』にて愚者たちの蒙を啓かん!」
「機縁の月、『愉悦』を黎明に振り撒かん!」
「紛争の月、永遠なる『巡狩』の栄光とならん!」
「慰霊の月、死を『均衡』の終着にはさせず!」
「昼長の月、晨昏を『存護』の微光に変えん!」
「栽培の月、『不朽』の脊髄とならん!」
「長夜の月、『記憶』を紡ぎて群星となさん!」
「自由の月、運命の枷を──『壊滅』せん!」
皆の総攻撃が、鉄墓の身体を砕いていく。奴が膝をついた終わりだ。もう、終わり。これ以上何もしなくたって、皆ならきっと───
「っ───んッ!!」
残った足に全ての力を込め、飛んだ。狙うは奴の喉元ただ一つ。腕はない、斧は落とした。なら残る物はただ一つ
「んんんんん────あぁッ!!」
その喉笛を、確かに噛みちぎった。決定的なダメージ、決定的な隙。今度こそ本当に、鉄墓には何もできなかった
「──壊滅の結末を、書き換えましょう!」
そうして、ついに──最後の一撃が、その身体を貫いた
「おい」
「……………カイザー、僕寝てるんですからこのアングルは色々危ないですよ」
寝転んでる、というか身体動かせなくてぶっ倒れてる僕を覗き込むように、カイザーが横に立っていた。あたりは静かだ。アイツの喉を食いちぎってからの記憶があんまりない……皆はどうなっただろうか
「見たいのか?」
「そりゃあ僕だって健全な男の………はぁ」
「どうした?」
「喋るのも疲れました」
「だろうな」
身体が重い。頭もあんまり動かない。口を開くのも億劫だ。……はぁ、聞かなきゃいけないことあるのに。全部先回りして言ってくれたりしないかな
「皆は鉄墓が死に際に吐き出したものを潰して回っている。世界への挨拶と一緒にな。僕もすぐに加わる」
「本当に言ってくれた………」
「お前はどうする?」
「もう無理…」
「そうか。先に休んでいろ」
隣に座り込んだカイザーの手が、僕の頭を撫でていた。柔らかい指が、何だかひどくくすぐったかった
「『貪慾』を以て、全ての恐怖を喰らい尽くさん………お前は、お前の運命に抗えたか?」
「はい」
「そうか。………大義であった、我が臣下よ」
去っていく背中を見つめることもせず、目を閉じた。皆は新生へ向かうだろう。ほんと今すぐ寝たいけど、僕にはまだやる事が残っている
「さよなら、カイザー」
カイザーがその言葉に振り向く時には、僕の意識は途絶えていた
──────────────────
「ヌースは……私に2つの道を示してくれた…筈だったんだけどね」
ここがどこなのかはよくわかんないけど、ここにいる人のことは何となくわかる。キュレネによく似た──けど、僕が知ってるあの子とは違う人。あと魔女っぽい人
「あなた、は……!」
「考えたじゃない、法の権能でしょ?オンパロスのルールを書き換えて、死んだ後も復活できるように仕組んでたんだ。やるじゃん、貪慾のお子ちゃま」
「お子ちゃま……?」
この魔女っ子、多分ライコスのクソ野郎と同じとこの出身だろ。…まぁ、一枚岩じゃないってことか
「劣化品だったから、追加できるルールもたいした物じゃなかったよ。死んだら意識をデータ化して保存だとか、オンパロス内で肉体を再構築できるようにするだとか、あとは………これはいいか」
「そ、ウチの先輩が迷惑かけたね。……この子に感謝して。因果の異常ごと丸ごと呑み込んでくれたから、あなたが選択する必要は無くなったの」
「プロメイア………本当に…ありがとう」
本当、まんま、大人になったキュレネだな
「……君のこと、何で呼べばいいのかわからない。キュレネ…は被るし、デミウルゴス……は可愛くないな。ミュリオン?…合わせてミュレネでいい?」
「いいわよ♪」
「そうか。……それで、聞きたいんだけど──あいつ、どうなった?」
口を噤んで、目を伏せた
「……そうか」
「あたしに……名前も、何もかも託してくれた。この叙事詩も…あなたのページがまだなの。聞かせてくれる?」
「僕のページはいらないよ。死んだ事にでもしといてくれ」
「ぇ、そ、それはダメ!あたしも皆も悲しむわよ!」
「……別に、悲しい思いさせてやろうと思ったんじゃない」
そんな顔されると困っちゃうな。こういう所は似てるかも、姉妹みたい
「ま、いいや。ほら、僕みたいなのと話してないでいってらっしゃい!人生は短いんだからゴーゴー!」
「ち、ちょっと!まだあなたの───」
肩を掴んで、無理矢理追い出す事に成功した。これで2人だ。この魔女っ子さんとは少しだけ話す事があったんだ
「よかったの?」
「よかったんですよ。ええっと…」
「私はヘルタ、覚えといて。……色々とお疲れ様。結論から言うと、あなたに刻まれた貪慾の烙印はほとんど消えてる。因果の異常を食べた時に運命エネルギーを使い果たしたんだろうね」
「そりゃよかった」
「使令の力を失って喜ぶなんて、凡人が聞けば驚くでしょうね」
使令、使令───確か星神のお気に入りみたいなものだったっけ。僕使令だったんだな。貪慾の……はぁ、傍迷惑な神め
「其が行方不明になっててよかったね。もし健在だったら、あなたは一生人の姿に戻れなかったでしょうね」
「死んだぐらいじゃ逃してもらえないって事ね…」
「もし其が復活するような事があれば、あなたはアレに逆戻りする。そのことは覚えといてね」
「はーい」
つまり、油断はできないってことか。あんな身体耐えられないし、できれば何もないことを祈るばかりだな
「それで、あなたの住まいの話だけど」
「それなんですけど、提案があって────」
──────────────────
「長い旅路を終えられたようですね、プロメイア殿」
「何で帰って早々お前の顔見なきゃ行けないんだよ…」
あのよくわからない場所──運命の狭間って言うらしい──を出て、目覚めてすぐに目に入ったのはライコスのクソ野郎だった。相変わらず胡散臭くて気持ち悪い。殴ろうかな……
「で、長い間頑張ってきた計画がパーになった気分はどうなの?」
「特に何も。徒労に終わるのは慣れていますから」
「あっそ。んでなに話しに来たんだよ」
「………1つ、お聞きしたい事が」
……よく聞いたら、声音がちょっと違うか?ライコス──ザンダー。知恵の星神を作った男。こいつがオンパロスを作ったのも、知恵の星神を殺す為……でもその計画は失敗に終わった
そんな奴が、僕に聞きたい事って何だ?
「あなたの旅路は、まさしく世界を救わんとするものでした。ですがそれは……ただ偶然そこにいただけの神によって、貪慾に類するものであると定義されました。あなたはこの銀河の誰より、貪慾の星神を恨んだ筈です」
「そうだな」
「にも関わらず……あなたは、自らに刻まれた運命の呪いをあのように扱って見せました。──なぜ、そのような選択ができたのでしょうか」
「……僕はお前みたいに選択肢が多いわけじゃなかった。それがどんなものであれ、使えるなら使うしかなかった」
「何にでも、良いとこと悪いとこはあるだろ。貪慾は僕を化け物に変えたけど、それのおかげで少なくとも1人は救えた」
「だから、まぁ──ちょっと頭が固いんじゃない」
「──は、ハハハ!えぇ、何とも満足のいく解答でした。あなたの言う通り、私はもう、ただの口下手な老害に過ぎないのでしょうね」
そう言って、楽しそうに笑うライコスが少し変なものに感じた。なんだこいつ。急に憑き物が落ちたみてぇに
「あなたに敬意を、プロメイア殿。いつかあなたの牙が、アドリヴンより生まれし神の喉笛を引き裂かん事を───」
「話が長えんだよ!」
話が終わる前に、その身体を蹴り砕いた
──────────────────
………そもそも僕は疲れてたんだ。そのまま鉄墓と戦って、因果の異常とやらを食べて、その上こいつの話も聞いて…はぁ
「……行こう」
本当、30年は眠りたい気分だけど。移動だけなら時間はかからない。眠るなら、あの場所がいい
「よっ、と…………」
身体の座標が変わる。そうして、また1000年ぶりに辿り着いた──キュレネが育った、僕たちが出会った、エリュシオン
暗黒の潮もない。タイタンもいない。人もいない。そこにあるのは、ただ豊かなだけの麦畑だ
「……キュレネめ、嘘ついたな」
何がもっとだ
比べものになんてならないじゃないか。あの焼け野原と、この景色が
「最後に………また話したかったよ」
口が無くなってからも、キュレネには会った。以前のように言葉を交わせなかったから、ただその時が来るまで隣に寄り添ってもらっていただけ
ミュレネに全部託して消えたなら、もう二度と会えないんだろう。…最後は、何を話したんだっけ──僕に許されるのは、こうやって思い出すことだけ
「っ………」
一際強い風が吹いて、木の葉が舞った。こんな風も、心地い、い……
「─────」
立っている
僕の正面。麦畑の中に、記憶の中の姿のまま、あの少女が、キュレネが、立っている
──まさか、いるわけない。僕は間に合わなかったんだから、また幻覚を作ったんだろう
「……見えてるか、キュレネ。これが…結末らしい。僕たちが繋いだ、旅の…」
何も言わずに、笑っている
僕たちの選択は間違ってたかもしれない。けど……全部、僕たちのやってきた全部は、無駄じゃなかったよな?
裏切って、知ってる顔を滅茶苦茶に潰して、大好きだった人を食い殺して進んできて…僕もお前も、やっと、報われたよな?
「………ごめん、いい加減、眠くて」
そうして、またお別れをする
寂しいけど、泣いたりしないから。ずっと、僕たちのことを見ててくれ────
「……おやすみなさい、プロメイア」
もうちょい続くよ