「相棒!来てくれたんだね!」
歳月の彼方、永遠の一ページ。やがて新生を迎え、データから本物の生命へと昇華するオンパロスの人間が住まう、ミュリオンが作った世界
ファイノンからの連絡を受け、ちょうど暇をしていた開拓者とミュリオンはそこへと訪れていた
「何があったの?」
「プロメイアがどこにもいないんだ!何か知らないかい?」
「え?」
開拓者はミュリオンへと視線を向けた。プロメイアが因果の異常を喰らったから、今もミュリオンは開拓者の隣にいる。しかし永遠の一ページにはいない
「皆で探してるんだけど、見つからなくて………そろそろ皆限界なんだ!」
「限界?」
「見ろ」
どこからともなくモーディスが現れ、視線をある方向へと向けた。それに従い3人も同じ方向へと視線を向ける
「メイちゃん……どこー…?」
「見ての通り、トリスビアスはもう限界だ」
半泣きで石の裏を確認しているトリスビアスの姿がそこにあった。無論そんなところにいるわけもなく、別の石を裏返しては涙の勢いを強めている
「失策だ。生涯唯一にして最大の汚点だ。やはり目を離すべきではなかった、触れられるうちに首輪でも繋いでおくべきだった。ふざけるなよ、今更僕から離れられる気でいるのか?なにがさよならだ、認めない、僕は断じて認めないぞ……」
「来たか、灰色の小魚、桃色のウミウシ。カイザーも既に限界だ。ワタシもそろそろまずい」
「やはり去っていってしまったのでしょうか……当然のことです。あれだけのことをしておいて、また以前のようになどと、あまりに……ですが…せめて顔を一目でも…」
「ごめん……ごめんねメイア…あたし頼りにならなかったよね……散々邪魔して罵って………姉さんなんて呼んでもらう資格あたしには……うぅ、ぐす……」
「グレーたん!キュレたん!メイたんの事知りませんか?アグライア様もサフェル様も限界で…」
あちこちでもっと重症の者が呻いている。開拓者とミュリオンは顔を引き攣らせつつも、声を潜めて無事な人たちと話し合う事にした
「あたしを助けてくれたから、今もどこかにいるのは確か…なのだけれど……」
「やはり、ここにはいないのではないだろうか?ワタシ達はともかく、カイザーに会いに行かない理由がないだろう」
「だとしても、オンパロスの人間がこの場所以外のどこにいる?少なくともプロメイアの肉体は一度完全に死んでいる。天外にいるとは思えないが」
「もしかして………」
『それは私から説明するよ』
突如として現れた、半透明のホログラム。意識投射を用いて永遠の一ページに現れた人物は、開拓者も良く知る天才クラブが一人
「ヘルタ!」
『やっほー。貪慾のお子ちゃまから伝言を預かってるよ。結論から言うと、あの子は今もオンパロスにいる──永遠の一ページじゃない、セプターの中にね』
「セプターって、鉄墓の肉体だったんじゃ…」
『あなた達がコアを破壊したから、今はただのスーパー計算機だよ。それで、ここからがあの子からの提案』
いつもの態度を崩さないまま、ヘルタは語った
『ザンダーが鉄墓を作ったみたいに、セプターを使って対壊滅兵器を作れないかって、もちろん人道的な方法でね』
「了承したの?」
『勿論。模擬宇宙の制作メンバーと共同で作って、完成したら宇宙ステーション、カンパニー、仙舟、それとオンパロスの四者間で運用していく事、これを条件にね。これなら学派戦争の時みたいにはならないでしょ?』
「なるほど……」
どうあれ皇帝のセプターが機能を保ったまま存在する以上、その処遇を決めねばならない。ただ中にプロメイアがいるのならかつてのように廃棄する訳にもいかず、であればとプロメイア本人からの希望であった
『そういうわけだから、会いたいなら行ってらっしゃい。ファイアウォールも無いし、今のあなた達でも普通に入れるはずだよ』
限界組も、そうでない者たちも、今までの様子が嘘だったかのように行動を開始した。各々が思う仲間との再会に胸を踊らせている
開拓者とミュリオンもそれに続く──ところで、ヘルタが待ったをかけた
『それと、セプターにあるデータは二つあるの。一つは貪慾のお子ちゃまだとして、あと一つは何だろうね?』
「……………うそ」
『それじゃ、いってらっしゃい』
──────────────────
「…………ん」
目が、覚めた。身体が軽い、頭もすっきりしてる。何だか随分…久しぶりに調子が良い。全部終わって、肩の荷が降りたからかもしれない
「ん、ぁ……んぇ?」
そして、なんか頭の後ろが柔らかい。土や植物のそれじゃない、もっと別の、人肌のような──
「……?あら、起きたの?ぐっすりだったわね、ねぼすけさん?」
「いや……え…?」
キュレネだ。幻覚にしては妙にリアルで、ていうか体温もあって、幻覚ってそういうものだっけ
本物───なわけない。ミュレネが言ってた、消えたって。なら僕の中の未練がまだ幻覚を見せてるだけ?
「………幻覚なら、いい加減にしてくれ…」
「幻覚?……もう!あたしは本物よ!幻覚なんかじゃないわ!」
「いひゃひゃひゃ……ぇ、痛い?」
頬をつねられた、痛い。痛い?痛い、痛いなら、この痛みが本物なら
「……ほん、もの?」
「あなたが助けてくれたんでしょう?何で驚いてるのよ」
「嘘、だろ……」
信じられないけど本物だ。目の前にいるキュレネは間違いなく本物。本当に、幻覚じゃないなら、また触れる。また会えた
震える手で触れた頬は、やっぱり温かかった
「間に合った、の?」
「あなたのおかげね。法の権能でルールを書き換えて、あたしの事を守ってくれた。ちゃんと触れても消えたりしないわ。改めて……本当にありがとう。プロメイア」
「……キュレネ」
劣化品の法の権能。追加できるルールには制限も多いくせに、必要となる半神の命の量は途方もなかった。けど半神なら散々殺してきた。キュレネのデータの削除不可を指定するルール……まさか、間に合っていたなんて
「キュレネ」
「なぁに?」
もう一回、今度は両手で抱きしめるように。でも痛くないように慎重に、恐る恐る触れていく。本物、本物なんだ。暖かくて、柔らかくて、呼吸をして脈打って──生きてる
「キュレネ」
「はぁい」
何度呼んでも、応えてくれる。今度は強く、離さないように抱きしめた。そのぬくもりを求めるように。溢れる感情のままに、甘える子供のように
「キュレ、ネ」
「ふふ、甘えたさんになっちゃったかしら?」
ぽんぽん、と優しく背中を叩かれる感触。何だか安心する……いや安心じゃない。これ以上ない幸福だ。ずっと会いたかった。ずっと話したかった。ずっと触れ合いたかった
「………もう、会えないかと思った」
「ごめんなさい。また会えたけど、ちゃんとお別れ言えてなかったわね」
「消えたって、聞いた」
「あたしもそう思った。けど、あなたのおかげでまだ生きてる」
タイタンもいない。暗黒の潮もいない。人もいない。僕とキュレネの二人以外、このオンパロスには誰もいない
自死を選ばせる事もない。その身を貫く必要も、その身を喰らう必要もない。あとはただ、平和なだけの後日談
「もう、どこにも行かないで。お願いだから……もう離れないで」
「えぇ、約束するわ。あなたと一緒に、ずっと一緒に生きるって」
「うん、うん……」
死が2人を分つことがなければ、その先はきっと永久だ。僕も、キュレネも、お互いの願いは同じ
「んっ……ふふっ、ちょっと苦しいわよ?」
「ごめん」
「離してはくれないのね?」
「うん」
「それなら、このまましばらく一緒にいましょうか」
「……うん」
抱きしめた体を離すことなく、その温度を感じ続けながら目を閉じた。幸せなだけの時間が流れる。もう二度と離すものか。もう二度と奪われるものか
こんな未来のために、僕は抗ったんだから─────
「あら、照れてるのかしら?さっきまではあんなに情熱的だったのに……ふふっ」
「からかわないでよ……」
「ごめんなさい。可愛いからつい、ね?」
しばらく互いの温度を感じ続けたあと、ようやく落ち着いて、改めてキュレネの方を見る余裕も出来てきた。そうなると先程までの行動や言動についても、冷静になると恥ずかしく思ってしまうわけで
「あたしは甘えん坊さんなあなたも好きよ?」
「僕は嫌い…」
顔を覆って俯く僕に、キュレネは実に愉快そうな反応をしていた。こんな顔を見るのも、いつぶりだろうか。貪慾でおかしくなってからは、僕を見る目はずっと悲痛なものだったから
でも、これでいい、これがいい。もっと笑顔を見せてほしい。もう悲しませるのは御免だ。この先はずっと笑っていてほしい
「………でも、本当に、また話せるとは思わなかった」
「奇遇ね。あたしもよ。こんな日が来ると思ってなかったもの」
まだ夢のように感じてる。それが怖くて、どうしても指先の動きとか、少し漏れた吐息とか、小さな瞬きさえ追いかけてしまう
「──それじゃあ、今までできなかった事をしましょう?あたしがエリュシオンを案内してあげる!」
「最初はどこいくの?」
「そうね……やっぱりあの湖にしましょう?」
湖の方へ歩いていくキュレネを追おうと思った。左腕を伸ばして、身体を引っ張って、距離自体は短くても、湖は遠い───
「……プロメイア?」
「え?」
困惑したようなキュレネの顔。何だろう、何か変な────あ
「キュレネ」
「…どうしたの?」
「二足歩行って、どうやるんだっけ…?」
鉄墓と戦ってた時はほとんど飛んでたし、走った時も手を引かれてたし、運命の狭間は浮いてるような感覚だったし、そもそも二本足がある感覚なんていつぶりだろう
「ご、ごめん。しばらく歩けないかも…」
「……手を出して?」
「はい」
「あたしにもたれかかっていいから、ゆっくり立ってみましょう?」
「う、うん」
キュレネの両手を取って、それを支えにゆっくり立ち上がる。視線が高い、凄く高い。ずっと前は当たり前だったはずなのに、今はすごく不思議な感覚だ
「できたわね!次は歩いてみましょう!」
「やってみる」
ゆっくり歩くキュレネに合わせて、そのまま歩こうとした。けれど踏み出した足はもつれて倒れ込みそうになった。反射的に支えになってくれたのは、他でもないキュレネだ
「ご、ごめん!」
「気にしないで。ゆっくり行きましょう?体重をあたしに預けて、最初の1歩からやり直してみて?」
「わかった」
一歩一歩、ゆっくり進む。歩く。バランスをとって、足を動かす。難しい。歩くのって、こんなに難しかったっけ───
「お疲れ様。着いたわよ」
「え?……本当だ」
必死で歩いている間に、湖へと辿り着いていた。二人並んで桟橋に腰掛ける。水面は穏やかで、天気も良かった
「ごめん、まさかこんな事になってるとは…」
「少しづつ慣れていきましょう?あたしも手伝ってあげるから」
「こんな子供みたいな……はぁ」
いくら何でも歩けなくなってるとは思いもしなかった。せっかく平和になったのに、情けないことこの上ない……
「もう、そんな顔しないで?ほら、広い湖でしょう?魚だって釣れるのよ?」
好奇心のままに、湖に手を入れた。冷たい──つめ、たい
湖から手を抜いても、当然のように手は濡れたまま。火種は身体から消えている。触れた水が蒸発する事もない。そもそもこんな感覚も、歩くのと同じぐらい昔のもの
「キュレネ……ここって、深いの?」
「?そんなに深くはないけれど、どうし───きゃっ!?」
キュレネを掴んで、湖へと飛び込んだ。言った通り全然深くなくて、それでも全身濡れた。服にも水が染み込んで、全身寒いぐらい冷たくて、それが何だかひどくおかしくて
「もう!危ないじゃな………」
「ぷっ、あは、はははっ、つめた、あははっ、つめた、冷たいし、びちゃびちゃ!あは、はははっ!」
髪も服もまとわりつくようで不快だけど、今はそれより可笑しさの方が大きい。初めて見る景色を見てるみたいに目を輝かせて、生まれ変わったみたいに新鮮に笑う
「風邪引いちゃうわよ?……ていうか、笑いすぎじゃないかしら?」
「ごめん、久しぶりすぎて、つい。ふふっ、冷たいなぁ……」
「そうね、確かに冷たいわ」
「気持ちいいね」
「……えぇ」
楽しそうな僕を叱る気にはならなかったらしいキュレネも、徐々に頬を緩ませていく
2人してひとしきり笑ったら、水際まで上がって空を見上げた。光と緑の輝きを受ける水面がきらきらと煌めいている。遠くから聞こえる鳥の鳴き声が心地いい。こんな事を思ったのも、最後はずっと昔のことだ
「寒い…………」
「当たり前でしょう?もういきなり飛び込んだりしちゃダメよ?」
木の下のブランコに座って震える僕を、どこか呆れたような目で眺めるキュレネ。正直反省はしてない……というか、あまりに色々久しぶりすぎてちょっと制御不能だ。多分またやるんだろう。当然キュレネを巻き込んで
「よい、しょっと!」
「わ」
突然膝の上に飛び乗ってきたキュレネを落とさないように抱きしめる。お互いびしょ濡れで冷たいけれど、少なくともさっきよりは暖かそうだ。身体も重ねて、体温の共有に努めようとする
今度はどうやって遊ぼうか。遊び疲れたら二人で眠ろう。僕らに残されたこの世界を、二人で隅々まで見に行こう
「ふふっ………」
僕が守った笑顔、僕が守った温もり、僕が守った少女
目の前にある現実を、離さないように強く抱きしめた