「………一つ、考慮しておくべき事があります」
「彼が輪廻を引き継いでから444444回目より、我々は時に彼を憎み、武器を向け続けてきました」
「その果てに彼は貪慾に呑まれ、人としての形すら失い、一度はその生涯に幕を下ろしました」
「もし……彼の人生に残る幸福な記憶が、ある少女とのほんの十数分程度の関わりしかないのであれば」
「焼け野原と化したエリュシオンだけが、永劫回帰の中で感じることのできる唯一の幸福だったのであれば」
「彼にとっての我々とは、最早仲間ではなく───地獄のような旅の象徴でしかない可能性があります」
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「………人、違いって」
セファリア姉さんも、アグライアも、信じられないと言うような表情だった。当然だ。あまりにも無理がある。まだ黙っていたほうがマシだったかも
「プロメイア……?」
キュレネだって困惑してる。だめだ、キュレネ以外の顔を見る事なんてできない。死に顔がチラつく。心の底から僕を憎むような顔がチラつく
「プロメイア、もう……もう、良いのです。帰りましょう?皆、あなたのことを待っていますから」
帰る───そうだ。僕は帰りたかったんだ。アグライアがいて、セファリア姉さんがいて、皆がいて、僕がいて、その中に帰りたかった
「………帰る場所なんて、無い」
そんなこと、とっくの昔に諦めた
「やっぱ……怒ってるよね。当然だよ、あたし…酷いこと沢山言ったし」
「……違うよ」
「…でも、あたしはいいから、皆には会ってあげてくれない?引きこもり姫も、セイレンス姉さんも…カイザーだって、皆メイアに会いたがってるから──」
「違う」
悪いのは僕だ。仕方なかったなんて言い訳をするつもりはない。選んで、武器を振るったのは僕だ
「怒ってなんか、ないんだ。皆が正しくて、間違ってるのは僕。……僕のことを受け入れようとしてくれる皆を、受け入れられないのも僕。だからもう、放っておいて」
キュレネの手を、強く握った。震えてるのも、きっとバレてる。それでも言葉を紡ぎきった
これが正しいのかなんてわからない。皆の思いに背を向けた──けど、今の僕には正面から向き合う事なんてできない。逃げることしか、できないから
「………ごめんなさい、この子には…ちょっとだけ、時間が必要みたい。あたしと二人にさせてもらえない?」
だから、こうしてキュレネに守ってもらう事になる。僕の選択の、弱さの代価を支払うのは、いつだって僕以外の誰かだ
「ごめん、キュレネ。………ごめんなさい」
「謝らなくていいのよ。ほら、行きましょう?」
「……ありがとう」
キュレネの手に導かれて、ピュエロスを後にする。少し振り向いて見た二人は、呆然自失とした様子で立ち尽くしていて、罪悪感だけが心に残った
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「アグライア、セファリア───彼に、会ったようですね」
プロメイアとキュレネが去ってすぐ、アナクサゴラスが昇降機から現れた
立ち尽くす二人に、特に励ますでもなく淡々と事実確認を進める。そこには一切の感情は介在せず、あくまで客観的な事実を求めているよう───少なくとも、そう見えるように振る舞っている
「それで、どうでしたか?」
「………帰る場所なんて無い、と。人違いとも…明確な拒絶、でした。私達の顔すら……見ていません」
「彼は今どこに?」
「キュレネに連れられて、あちらの方へ……恐らくは、生命の花園でしょう」
「そうですか」
素早く連絡を済ませ、現状プロメイアと話ができそうな唯一の人物を生命の花園へ向かうよう促して、再びアナクサゴラスは二人の方に目を向けた
「……思い詰めることのないよう。誰か一人が悪いというものでもありませんから」
「違う、悪いのはあたし。火種火種ってそればっかだったのはあたし。……それで、ずっと近くで泣いてたメイアを見ようともしなかったのは…あたし」
「カイザー以外では皆に当てはまる事ですよ、セファリア。アナクサゴラスの言う通り…悪いのは、私達です」
もっと早く、一線を越えてしまう前に、その涙に気づけていれば良かった。泣きながら戦う少年の苦痛に気付いてあげられれば良かった。間違っても、憎むことだけはしてはならなかった
「反省会がしたいのであれば後にしましょう。私には彼を卒業させる義務がある。これで終わりになどさせません」
「……ごめん、アナ先生。少し落ち着いたら行くよ」
「セファリアと共に向かいます。先に行っていてください」
そうして、アナクサゴラスは生命の花園へと歩き出す。どうあれ、今からそこで行われる会話こそが、彼らにできる唯一の事だった
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生命の花園には誰もいない。少なくとも見える場所には。見えない場所には皆がいる。僕の視界には入らず、ちょうど話ぐらいなら聞き取れそうなぐらいの距離に
「……良かったの?」
「うん。まさか会いに来るとは思わなかったけど……だからって何ができるわけでもないよ。僕はもう、皆の顔見れない」
アグライアとセファリア姉さんは、何か声を掛けてくれていた。皆が僕を待ってるって。多分本当なんだろう。だけど、それを聞いて嬉しく思うよりも先に怖くなる
「結局、全部僕のせいで壊しちゃった。何もかも。アグライアのことも、セファリア姉さんのことも、皆のことだって、僕が殺したんだ。僕が」
思い返してはいけない。それなのに、記憶の蓋は容易く開いてしまう。忘れられない、消せない──否応なしに刻まれ続ける過去が蘇る
「…………ごめん、キュレネの事も、殺したよね。嫌なら…僕のことなんかほっといても────」
「───ごめんなさい」
キュレネの声は、悲しく震えていた。僕が悲しませてる。その事実に申し訳なくなって、また涙が落ちそうになって
「あたしがあなたの事を地獄に突き落とした……あなたにずっと辛い思いをさせた。あなたの傷には到底及ばないけれど……あたしにも少しはわかるわ。大切な人のことを傷つけてしまうのが、どんなに辛い事なのか」
「キュレネ………」
「あなたは優しい子だもの。皆と関わるのが怖くなるのも、当然のことだと思うわ。……どうするのが正しいのか、あたしには分からない。ずっとそばにいることが正解なのか、それとも違うのか……ごめんなさい。分からないの」
「…………」
「でも、これだけは分かって?あたしはあなたの為なら何だって出来るの。どんな道を選んだとしても、ずっと一緒にいるわ」
どうすれば正解だったんだろうか。何度考えてみても、同じ場面に出逢えば僕は同じ事をするだろう。間違っていると分かっていても、僕らにはそれしかないんだと、同じ選択肢を選ぶ。たとえ──そうやって最愛の人を殺すことになったとしても
それでも、どうしても避けられなかった選択の最果てで、僕はキュレネと出会った
「…………ごめん、キュレネ。実は───」
カツ、カツと鳴り響く靴音
近づいてくる、小さな人影。よく知っている。誰かが呼んだのだろう。あぁ、確かに、この人の顔なら───まだ、向き合う事ができるから
「……何で来たんですか、カイザー。僕さよならって言いましたよね」
「何がさよならだ。認めるはずがないだろう。……叡智卿は正しかったらしい」
「アナイクス先生の事ですか?いいなぁ、僕も欲しかったですその呼び方」
「いいものが思いつかなかったんだ、許せ。それに、僕が常に名前で呼ぶ者などお前ぐらいなものだ」
いつもと同じ。少し苛ついているような、そんな空気も漂わせている。隣にいるキュレネの体温に安堵しながら、カイザーの顔を見つめる。まっすぐ、僕を見ているその瞳も、ずっと変わらないまま
「皆には会えないか」
「……はい」
「だが、僕のことは見られる。そうだな?」
首肯。カイザーは特別だ。3000万を超える輪廻の中で、ただの一度も僕はカイザーの命だけは奪わなかった
だからだろうか、カイザーが相手なら、僕は話ができる気がする──そう考えると、今もキュレネと仲良くできているのは不思議だ
「何故会えない?旅の果てに、この狭い世界に閉じこもって満足か?」
「好きで閉じこもったみたいな言い方しないでください。僕の身体はとっくに死んでて、最初からオンパロスにあったデータでもない。皆とは違うんですから、同じように新生を迎えることはできません。………あれ、なら何でキュレネはここに?」
「そう考えると……何でかしらね?」
「……まぁいいや。それで、何でって言われても………散々殺してきました。きっと皆、僕のこと憎んで───」
「偽りを述べるのか、いい度胸だな」
カイザーは鋭い。いや、違う。カイザー以外も含め、僕の偽りはあっさりと暴かれてしまうんだろう。特にカイザーは容赦がなくて、いつも無遠慮に僕の弱い部分に踏み込んでくる
否定することも出来ずに沈黙を貫くと、やがて溜息を吐いてカイザーは腕を組んだ
「何も本気で憎まれているなどと思っているわけではないのだろう?」
「………憎まれてるとは思ってないですけど、憎まれてたことはありますよ」
「なるほど、その通りだな」
輪廻の中で向けられた感情は、何もかも本物だった。本気で憎まれて、本気で殺し合った。そこに何の偽りもない
「今更、どんな顔して皆に会えばいいって言うんですか」
カイザーは一瞬、目を閉じて
「───威張り散らせばいいだろう。再創世の嘘を見抜く事もできず、世界を救うべく奮闘を続けるお前を信じる事もせず、あまつさえ武器を向けたノロマ共だぞ」
「カイザーのバカ、無神経、ドチビ」
「お前でなければ首を刎ねていただろうな」
「刎ねられたって意味ないですよ。この中なら好きに再構築できますから」
罵倒を並べ立てても、カイザーの顔色は変わらない。余裕のある態度がなんとなく腹立たしくて、つい挑発のような言葉が出る。キュレネの笑う声も聞こえたけど、今はスルーしておこう
「……皆、納得できていないんだ。お前の旅の果てが、この狭い世界と少女一人の命か?釣り合うわけがないだろう、あまりにも報酬が少ない。この結果に満足をしているとしたら、お前は異常者か何かだぞ」
「僕にとっては十分な報酬なんです、キュレネとここで暮らすだけで……それで、お腹一杯ですから。それに…今の僕にこれ以上は許されてませんよ」
「誰にだ」
「………ヘルタから聞いてないんですか?」
今の僕がどういう状況にあるのか──外になんて出られない。来るかもしれないその時に備えて、僕はこの中に閉じこもっているしかない
ヘルタがそこまで言ってないなら、大事なことは自分で言えって事なんだろうか
「お前がここにいること、セプターを使って対壊滅兵器を作ること、僕たちが聞いたのはこの二つだ」
「やっぱりか……」
キュレネには言ったこと───それと、キュレネにも言ってなかったこと。話さなければいけない。タイミングとしてはちょうどいいだろう
「其──貪慾の星神が戻るような事があれば、僕はまたあの化け物になるみたいです。以前のように理性を保ってられる保証もない。というか多分、今度は本当に目に映る物全てを喰らうだけの怪物になります」
「………そうか」
「それで………ここからは、キュレネにも話してない事です。ごめん、キュレネ。勝手に色々決めちゃった。聞いてくれる?」
「……えぇ、勿論よ」
覚悟を決めたようだった。ここまできたらもう、全て話し切るべきだろう。キュレネと、カイザーに向けて───これから起こることについて、全てを伝えなければならない
「使令の力が戻れば、僕はすぐにでも肉体を取り戻すでしょう。そうなれば僕は外に這い出て、全てを喰い荒らす。だからセプターにルールを定めました。僕に肉体があろうとなかろうと、僕はここから出られません」
「は」
「ですが、こんなもの時間稼ぎにしかならないでしょう。ですから、使令となった僕が自我を失ったなら、ヘルタが虚数兵器でセプターごと僕を殺す手筈になってます。そうなるまでに頑張ってキュレネだけは外に出します」
「待って、待って、よ、プロメイア?」
「やめろ、止まれ、プロメイア」
「今のところ一番現実的なのはヘルタに頼んで人形作ってもらう事ですかね。キュレネのデータをそれに移せば、とりあえず外には出られ────」
「黙れ!」
カイザーの一喝で口を噤む。焦燥を露わにしたカイザーの様子は珍しい。瞳も声も揺れていた。キュレネは、どうだろう──と、彼女の方を向いた
「……どういう、こと、なの?」
同じだ。瞳も声も揺れていた。涙を湛えたキュレネは、縋るように僕の腕を掴んでいる。そんな顔をさせてしまった事への申し訳無さと、罪悪感に襲われて俯く
「………昨日、キュレネが寝てる間に、ヘルタと決めた。ごめん、勝手に」
「なんで…相談、してくれなかったの?」
「相談して、どうするの?僕が今この瞬間にも復活するかもしれない貪慾の使令なのは事実でしょ?これ以外に、方法あるの?」
「だからって、あなたが死ぬ、なんて……!」
堰を切ったように溢れる涙。叫びが、辺り一面に反響していった
カイザーが少しだけ、頭を抑えたのが見えた。耳が痛くて仕方ないのだろう、そしてそれは、僕も同じだった
「……仮に、何もわからずただ目に映るものを喰らうだけの化け物になっても──キュレネは、僕に生きてて欲しいの?」
「────それ、は」
「それでも、僕に生きていけって言うの?」
無茶苦茶な事を言っている。答えがYESであれNOであれ、どちらも傷つけてしまう。キュレネも、僕自身も
でも、それが真実だ。他に語る言葉は持たない。持ってはいけないのだ。鉄墓の存在を認められないと破壊した。それと同じように、貪慾の使令が外に出る事だけは阻止しなければならない
「………ふざけるな」
カイザーの手が、僕の胸ぐらを掴み上げた。そのまま引き寄せられて、額が触れそうなほど顔が近づく。カイザーは構わず僕を睨み据えて
「お前が戦いの果てに得たものは何だ?この狭い世界か?少女の命か?望んでもいなかった力か?仲間からの憎しみか?殺してもらう約束か?」
「カイザー、僕は」
「認めない。臣下の運命を裁けるのは君主だけだ!お前の旅の果てが──こんなものであっていい筈がないだろう!」
怒ってくれている。僕にじゃない。僕の運命に
カイザーは強い。羨ましいと何度も思った。それ以上に眩しかった。だから僕はこの人の下で戦っていたんだ
「お前の、旅の果て、が」
声が震えている。キュレネもそうだ。きっとカイザーも、堪えられないのだろう
「こん、な、くだらない、もので───」
喉奥から搾り出したような言葉と共に、一筋だけ零れた雫。初めて見た、涙。貪慾という運命が生まれ、僕がその道に踏み出してしまった以上、何をしたって残り続ける呪い
「………僕が貪慾の星神を殺す。何としてでもお前を外に連れ出す。見たいものを見せてやる。欲しいものをくれてやる。それがお前の旅の果てだ。それ以外は認めない!」
「はは……カイザーは、いつも頼もしいですね」
「─────」
そう言うと、胸ぐらを掴んでいた手が離れた。改めて、深呼吸をしたカイザーは静かに言葉を紡ぎ始めた
「……頼もしい、ものか。お前に、それ以外の道を示してやれなかった。星神が、運命がどういうものなのか──まるでわかっていなかった」
「僕のは特殊なケースみたいですから、気にする事ないですよ。……と言っても、無理ですよね」
「あまりにも……愚かしい君主だな、僕は」
「そんな事ないですよ。少なくとも、僕にとっては」
奴の言う通り、全ては徒労だったのかもしれない。壊滅の使令を封印していた檻に、代わりに貪慾の使令が入っただけだ
「……例え明日死んだって、その時までキュレネと居られれば、僕は充分幸せです。それに、ほら、其が戻ってこなければ僕は普通のままですから。案外ずっとこのままかもしれませんよ」
「………………だと、いいな」
頭を抑えながら、カイザーは立ち上がった
「また来る」
それだけを口にして、背を向けて歩いていく。その背中を見送って、僕はキュレネの方を見た
お互い、少し落ち着いてきた所だろう。キュレネは顔を拭って、深く息を吸い込んだ
「──決めた。あたし、あなたと一緒に死ぬわ」
「は」
ガツンと、頭を殴られたようだった
「二度と、あなただけに運命を背負わせたりしない。もし本当にどうしようもなくて、そうしなければいけない時が来たなら、あたしもずっと一緒にいるから」
「待って、だめだよ。キュレネ」
「ふふ、い、や、よ!何があっても、あなたを一人になんてしないわ」
キュレネはニコッと微笑んでいた。狂気の混じった、恐怖を感じるほど純粋な瞳をこちらに向けて
「ずっと一緒って、言ったでしょう?生きるのも、死ぬのも、ずーっと、ね?」
ただ、優しく、笑っていた