「………おはよ、キュレネ」
目を開ければ、微笑む少女の顔が一番に飛び込んでくる。一日が始まり、今日は何をしようかと考える
あれ以来オクヘイマからは出てないし、あの事について話す事も無かった。一日というのはあっという間で、次の朝が来るといつもキュレネの顔が目の前にあって、おはようと微笑む。そんな日がずっと続いている
「いつからそうしてるの?」
「いつからだったかしら、ふふ、ちょっと寝不足かもしれないわね?」
起きて僕の寝顔を眺めていたらしい。いつからかは知らないけど、キュレネの事だし早起きしてずーっと見てたんだろう。それこそ何時間でも
「おいで?」
腕を広げたキュレネの方へ寄って抱きつく。いつもと比べて暖かいような気もする。キュレネは熱っぽい声を漏らして、髪を撫でてきた
胸に顔を埋めれば、規則的なリズムで聞こえる心臓の音が心地いい。ゆっくり、ゆっくりと、穏やかに波打っている
「よし、よし……ふふっ」
少し恥ずかしいような気もするけど、それ以上にキュレネがノリノリだ。楽しそうな声と慈しむような目つきを見てると言い出すのをやめてしまいたくなった
「……ね、まだ僕は人だよね?」
「あなたは人よ。ずーっとね」
わかっている筈なのに、誰かからの確かな認識を欲しがる。まだそうなっていないから、僕は今日もキュレネに触れられる
いつその時が来るだろう。本当の意味での死とは、一体どういうものなんだろうか。自分で選んだ結末なのに少しだけ怖くなって、キュレネの身体を強く抱きしめ直した。大丈夫。僕は、まだ人だ
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顔も見ない。返答もぶっきらぼう。最悪も最悪だけど、キュレネと触れ合ってさえいれば、何とか皆と話す事だけはできた。おかしくなりそうな頭を、ギリギリ繋ぎ止めているだけとも言えるだろうけど
「メイたん、キュレたん、おはようございます!」
「ヒアンシー!おはよう!」
「……おはよ」
そんな状態でも、毎日少しずつ皆は僕に会いに来た。こんな奴との会話なんて面倒なだけだろうに、それでも皆は話したいと願ってここへ来た。結果としては、良い変化も悪化も無い日常が続いている
「今日はヒアンシーだけ?」
「アナイクス先生も来てるんですけど……樹庭にあった大地獣の絵に大喜びしちゃって…」
「あら……ふふ、描いた甲斐があったわね?」
「えっ、メイたんが描いたんですか!?」
「…………まぁ、うん」
暇つぶしで色々やってただけだから、誰に見せた事もなかった。皆からの僕への印象は、仲の良かったあの三年間か、それとも斧使いか、憎むべき敵か──何にせよ、芸術がどうこうなんて姿を見せた事はないだろう
「てっきりキュレたんかと……すっごく上手ですね!」
「高評価みたいね!」
才能があったわけじゃない。時間さえあれば、ってやつの限界みたいなものだ。回帰一回が千年と少し、時間を持て余しがちな僕には丁度よかった
「メイたんの知らない一面が増えたみたいですね………ふふ、これはぜーんぶ教えてもらいませんと!」
「いいよ。……遺せるものも、それぐらいだしね」
「───ぁ、その……ごめんなさい」
「……いや、今のは僕が悪い。卑屈すぎた」
顔は見ないままでも、声音があまりに辛そうで。罪悪感が急激に込み上げてきて、慌てて謝っても放った言葉が無くなるわけじゃなくて
沈黙が重い。何か言わなきゃ、でも何を言えばいい?ヒアンシーの顔を見る勇気すらない僕が、一体何を?
「……メイたん。わたしは、あなたを恨んでいません。アナイクス先生も、みんなもです」
「……」
「お願いですから、一人で籠ったりしないでください。あなたに孤独な戦いを強いたのはわたしたち………難しいのはわかります。でも……お願いです、もう一度だけ、わたしたちを信じてくれませんか?」
ヒアンシーさんの声音に含まれた色が変わっていく。次第に悲痛な嘆願へと変わっていくにつれ、冷汗が流れ始める
皆の顔をうまく見れない。話をするのもうまくできない。それでも皆が僕を放っておけないのも、よくわかる。やろうと思えば皆を閉め出す事だってできるのに、やらない理由はそれだった
必要以上に皆に悲しんで欲しいわけじゃない。それで皆の気が晴れるなら、僕の頭がおかしくならない範囲内で干渉を受け入れるつもりだ
「あなたが生きる道が、きっとどこかにあります。必ず探し出しますから、どうか……生きる事を諦めないでください」
幾度となく頭を潰されて死んだ少女は、潰した本人に対して、どこまでも慈愛に満ちていた
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「───モモ!」
「キュレネ──久しぶりだね!」
次の日、やって来たのはミュレネとファイノン君だった。二人とも、僕がずっと抱きしめているキュレネに用があるらしい──ので、キュレネをそっちに行かせてやって来たもう一人と話す事にした
「えっと…こうして会って話すのは初めてだよね。僕はプロメイア。君は…なんて呼べばいいかな、開拓者?星って名前で呼んだ方がいい?」
「初めまして、プロメイア。私は…名前で呼ばれる事が多いかな」
輪廻の果てに訪れた、天外からの救世主。オンパロスに救いをもたらした、僕みたいなのとは違う、本当の英雄。こうして人の姿を保ったまま、向かい合って話すのは初めてのことだった
「うん、やっぱり……まずは、この世界を救ってくれてありがとう。言えてなかったからね」
「私だけじゃない、皆も──あんただってその一人だよ」
「だと嬉しいな」
自分を誇ることなんてできない
こんなことは間違っていると叫びながら、それでも尚人殺しを選び続けた。誰かの為と言い訳しても、僕は何人も手にかけてしまった。それは決して、正しさではないはずだ
「ヘルタと皆から色々聞いてる………本当によかったの?」
「いいんだよ。皆が旅立っていくときに、そこに運命は必要ない。壊滅も、貪慾も、僕で最後にしなきゃいけないんだ」
「……死ぬんだよ?」
「それでも、だよ。皆がそうしてきたみたいに、命の使い方は決めなきゃ……あぁでも、対壊滅兵器が壊れちゃうな。一応開発は続けるけど、貪慾が大人しくしてること前提だから、あんまり当てにしないでね?」
「……私より、これを言うのに相応しい人はいると思うけど…やっぱり、寂しいよ」
寂しい──皆にそう思われるぐらいなら、死んだ後に記憶の中からも消えたいと思う。痕跡も記憶も全て跡形もなく消えるように、と祈ってる自分がいる一方で、誰かに覚えていて欲しい──少なくともキュレネには、と思う自分も確かに居る
「貪慾に抗うって、カイザーに言ったし。運命に縛られて望んでもないこと繰り返すぐらいなら、僕は死を選ぶ。これも、運命に抗うって事だと思う」
積もる話をずっと続けている、キュレネとミュレネとファイノン君。……うん、キュレネはやっぱり、僕がいなくても──いや、その方がずっと健全に生きていける
でも……なら、いずれ来るその時までに
「……せっかくだし、雪遊びに行かない?」
「雪遊び?」
「……わざわざ僕を呼びつけて、やらせるのが道案内か。偉くなったものだな」
「いいじゃないですかカイザー、あとで首刎ねさせてあげますから」
「いらん。そもそも僕が好き好んで首を刎ねているみたいな言い方をやめろ」
「違うんです?」
「違う」
北方のヒュペルボレイオス。カイザーの故郷。贅沢にもこの人に道案内を頼んで、思ったよりも早く辿り着いた。北国という事もあってか、辺り一面銀世界。まあまあ寒いけど、それだっていい思い出になる
「はは、君はカイザーと仲がいいんだね」
「……まぁ、かもね」
回数は違えど、同じように輪廻を背負い、仲間を殺し続けてきた者同士。……だけど、僕には皆の前で普通にいられる理由はよくわからない。単純に、仲間でいた期間の方が長いからだろうか?わからない、わからないけど、僕には彼のようになれない
「モモ、モモ!すっごく冷たいわ!」
「身体を冷やさないようにね?」
「ゴミ箱は無いの?」
ミュレネもキュレネも、楽しそうだ。連れてきて良かったと、心から思う。どうか、楽しかった思い出として残るようにと
「……ごめん、ファイノン君。君の幼馴染を連れてく事になるかもしれない」
「どういう、事だい?」
「その時が来たら、一緒に死ぬって言うんだよ、キュレネが。説得してるんだけど、僕には無理そうで……ファイノン君からも言ってくれないかな。キュレネには生きてて欲し───」
「───そんな時は来させない」
話を遮るように、カイザーが口を開いた。僕を見る瞳に映っていたのは怒りでも嫌悪でもなく、強い決意だ。どうにかなるわけない。だとしても、どうにかなる気さえしてくる。すごい人だと、心から思う
「………僕も、死ぬのが結構怖いみたいです。アグライアに介錯してもらった時は、やっと終わるって感じが強かったんですけど」
「なら尚のことだ。僕が貪慾を殺すまで待っていろ」
「使令一人に皆死にかけたじゃないですか。……危ないことして欲しくないですよ」
「そもそも、貪慾の星神は行方不明なんだろう?死んでる可能性だってあると思うけど」
「だといいね」
カイザーは本気だ。僕のために、本気で神を殺そうとするだろう。成し遂げられないとは思わないけど、その過程でどれだけの人が巻き込まれるだろう?
僕なんかのために危険な戦いに身を投じるだなんて……とても許容できない
「ヘルタと色々決める前…たった1日だけでしたけど、何も考えずに、キュレネとエリュシオンで過ごしたんです。貪慾がどうとか、これからがどうとか、何も考えずに……うまく歩けなくて転んだり、一緒に湖に飛び込んで笑ったり、2人でブランコに乗ったり」
たった1日。戦いが終わって、キュレネの生存を知ったあの日。死ぬ事も考えず、ただ楽しいだけの日常を、大切な人と過ごした
「その時思ったんです。頑張ってきて、良かったなって」
びしょ濡れになりながら笑ったとき、心の底からそう思った
「だから…いいんです。皆に想ってもらえて、僕は充分報われましたから」
「足りるわけがないだろう」
「僕も同意見だ」
僕のために怒ってくれる人がいる。僕を1人で逝かせないと言ってくれる人もいる。それ自体は、たまらなく嬉しい。でも、巻き込むわけにはいかない。皆は未来を生きていくんだから、留まり続ける僕に構っていて欲しくはない
「………ほら、僕のためにここまで言ってくれる人がいるんですから、僕はちゃんと満たされ───ぶっ」
冷たい。顔が。しかも前が見えない。でも楽しそうに笑ってる。………あぁもう
「キューレーネー!」
「ふ、ふふっ、あははっ!」
顔についた雪を払って、屈んで雪を掴んで握って、投げやすい大きさに変えて───
「ふんっ!」
「ぶっ」
「えっ」
カイザーの顔面にぶつけて、反応を窺わずもう一度雪を握って
「雪合戦だー!」
「銀河打者に勝てると思わないで」
「負けないわよ!」
「相棒!バットはルール違反じゃないかい!?」
「あら、なら弓もセーフかしら?」
「…………いい、度胸だ」
混沌。カオス。デスマッチ。ルール無用の雪合戦に興じた僕らは、後になって我に返って赤くなった鼻に気づくまで夢中になって遊んだ。何一つ傷付けない、子供じみた勝負。不毛なものに思えても、それは紛れもない幸せの一欠片だった
「……疲れたね」
「そうね……」
バットで雪を打ち出す者、弓を使って飛ばす者、皆思い思いの方法で雪を他者へとぶつけ続け、死屍累々の景色が出来上がっていた。……死んではいないけど
どうせ服も濡れてるし、気にせずキュレネと並んで雪の中に寝転んだ。白い空虚な空間のなか、真昼の太陽は僕らを見下ろしていた
「手、出して?」
「はい。………キュレネ」
「ふふ、いいでしょう?」
キュレネが、手を恋人つなぎにして引き寄せた。僕の指の間に、キュレネの細くて綺麗な指先が入り込む。互いの体温を確かめ合うように、静かに呼吸をする
何も言わない。何も聞かない。それでも十分に伝わってくる感情を噛み締めて、微睡んだ意識を優しく揺蕩わせた
「ここで寝たらまずいよなぁ……」
「凍っちゃうでしょうね?」
あと何回、こうして笑っていられるだろう。キュレネと共にいられる日々は、僕にとってあまりにも掛け替えのない時間だ
その終わりを、どうしても避けられないと分かっていてもなお、願ってしまう。もっと長く続いて欲しい。貪慾が、どうかずっと現れませんように
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「やっほーメイア、元気してた?」
「息災のようで何よりです」
「……今日は2人?」
アグライアと、セファリア姉さん。……正直言って、今は一番苦手な2人だ。ずっと仲が良くて、家族みたいに僕を受け入れてくれてた2人…だったから
「僕もいる。そして2人を呼んだのは……」
「あたしよ!」
「カイザー……えっと、キュレネが呼んだの?」
何で、何のために──と言う疑問は、すぐにカイザーの口から語られる事になった
「決定事項を伝えに来た。異を唱えることは許さん。聞き入れろ」
「驚かないでよね──メイアは死なない、それでいて外に出て大暴れする事もない、そんな方法、皆で考えてきたから!」
「───どういう、事?」
ぎゅっと、キュレネが僕の手を握った
「聞きましょう?あたしも、皆も、あなたのために必死で考えたんだから」
開拓クエスト4.3、読了───