ボタン一つのかけ違い
444445回目の永劫回帰
皆を殺して迎えたそれの始まりで──僕は、どうやら頭がおかしくなったらしい
「キミ、は……?」
スティコシア。かつて滅んだ、ヘレクトラの故郷。回帰の始まりで、いつもならカイザーの元へ向かうのに…何を血迷ったのか、僕はそこにやってきていた
何も変わらない。暗黒の潮に呑まれ、怪物に成り果てた自らの同族をヘレクトラは殺す。僕が最速で辿り着いたとしても、その運命が覆る事はなかった
「……感謝する。キミの名を聞かせてくれないか」
僕と共に同族を全て殺し尽くし、絶望の淵に沈んだヘレクトラ。何の意味もない。僕がいなくてもヘレクトラは生き残り、カイザーに出会い火追いに身を投じる
何だ、何がしたかった?罪滅ぼしのつもりか?火種欲しさにヘレクトラを殺して、僕は再び輪廻に足を踏み入れた。そして今、僕は……
「クソ野郎………」
「…それが名前か?」
「名前じゃない。……はぁ」
プロメイア。アグライアに名付けられた、僕の名前。そのアグライアも、この手で殺した。何度も何度も斧で顔を潰した。初めて殺した人からもらった、大切な名前
僕にこの名を名乗る資格はあるのか?……あるわけがない、けど、これ以外の名前なんてない
「プロメイア。これを名乗る資格なんてないけど、これ以外の名前がない。クズとかクソ野郎とか、そう呼んだっていい」
「プロメイア、だな。……改めて感謝する。キミがいなければ、ワタシも死んでいただろう」
「変わらないよ、僕がいなくても君は生きた。……はぁ、ほんと、何の意味もない」
無駄な時間を過ごした。早くカイザーの所に行って、火追いの旅に加わらなければ
「どこへ行く?」
「………」
「聞こえていないのか?どこへ行くんだ?」
「ついて来ないでくれないか。どうせ後で会える」
何も変わらない。僕がヘレクトラを置いていこうが連れていこうが、彼女は自力でカイザーの元へ向かう。ここに僕がいる事には何の意味もない。ただ単純に……僕は、惨たらしく殺した人間の顔を見れるほど図太くはない
「……ワタシはキミに救われた。だから、何か少しでもキミの助けに…」
「助け?……何を助けるって言うんだ」
どうせ殺す。そんな相手からどう助けられると?他者との関わりが生むのは痛みだけだ、少なくとも、この永劫回帰においては
「ただ、キミに従おう。それが恩義への報いになると信じている」
「……あっそ、勝手にしろ」
どうせ死ぬ。どうせ殺す。どうせ僕に剣を向けるんだろう、知ってる、全部知ってる。僕の言葉を信用できずに、世界の為に僕と対立する。間違ってない、正しいさ、わかってる
ただ、やっぱり、それでも、痛いな
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ヘレクトラを追い払うこともできずに、結局彼女を連れ歩く事になった。カイザーを探して、暗黒の潮の造物を殺しながら進んだ
「どうすれば、キミのように強くなれるだろうか」
「知らない。……というか、あんまり強くなられると困る」
「何故だ?」
「さぁ、知らなくてもいいと思うな」
いずれ来るその時に、苦戦するのは御免被りたい。強くなったヘレクトラを相手にするのは骨が折れる。……とはいえ、それを止められるわけじゃない
「キミは……ワタシに隠している事があるのか?」
「当然。……言えないことばかりだ」
「そうか……」
「何その顔……別に僕がどうしようとどうでもいいだろ。好きにさせてくれよ」
「キミの助けになる事がワタシの責務だ。……いずれ、心を開いてくれることを願っている」
それがヘレクトラだ。割と愚直で、理想と仲間を想っている。だからこそ、カイザーが見初めたのだろう。僕と違って、立派な人間
そうして2人彷徨って、いつもの輪廻より遅く、僕はカイザーと出会った
「プロメイア、彼女を探していたのか?」
「そうだ」
「───僕の軍門に降り、火を追う旅に力を尽くすと誓うか?」
何度も聞いた言葉。返す言葉も、同じように決まってる
「火を追う旅には力を尽くしましょう。ですが、再創世は偽りです。その先にあるのは、鉄墓という怪物の誕生によるオンパロス内外全ての壊滅です」
「プロメイア?」
「………その言葉を、信じるに値する根拠は?」
「ありません。……ありましたが、記憶障害を起こしました。今はもう、覚えていません」
「そうか。……まぁ、いい。何であれ───」
「あなたの火追いに協力するなら良い。……そうでしょう?」
「……その通りだ」
そうして僕は……僕たちはカイザーの元へ集った。これから始まるのは黄金戦争の末期。カイザーはこの戦いに勝利して、聖都オクヘイマの統治者となる
戦場を駆けた
幾度となく駆けた戦場、幾度となく見届けた戦い。違うのはただ一つ、僕が直接命を奪ったことだ
他者の命をゴミみたいに潰す事に慣れれば、もうあんな思いはしなくてもいいんじゃないのか。呼吸をするのと同じぐらい簡単に、当然に、皆の命を奪えるようになれば、僕の旅は幾分マシになるんじゃないのか
「…………はは」
気絶させて捕えるよりは楽だった。その楽さの代価に支払ったのはクソみたいな気分だ。何だ、本当に何なんだお前は?人を殺せば最悪の気分になるなんて、分かりきってた事なのに
慣れる?何も思わない?そんな事あるわけないだろクソ野郎
「プロメイア!無事……のようだな」
手斧を振るって、何人もの頭を潰した。周りにあるのは何万人もの死体の山と、血だまりと臓物と肉片。……それと、ヘレクトラ
「凄まじいな……やはり、キミは強い。ワタシも見習わなければ…今のままでは、キミの役には立てそうもない」
強い、ああそうだろう。そうなんだろう
「……どう見える?これが…これが、お前にはどう見える、ヘレクトラ」
「プロメイア?」
「僕には…もう、わからない」
身体中に付いた血が不快だ。まだ温かい死体が不快だ。匂いも熱も感触も、何もかもが不快だ。どうして、どうしてこうなるんだ?
……何が、不快だ。見ようとしなかっただけだろう、お前は。僕が殺さなかった分は、結局他人が殺すんだ。僕が起こしたかそうじゃないかの違いだけで、この光景は今までずっとあっただろう
他者に殺しを押し付けて、不殺を気取ってただけだ、お前は
「……ワタシで良ければ話を聞かせてくれ、プロメイア。少しでも、キミの力になりたい。……今のキミが抱え込んでいる苦悩の一端が、ワタシにも掴めるかもしれない」
「いいから……もう、放っておいてくれ」
うるさい言葉に背を向けて歩き出した。血だまりと臓物を踏み締めながら、それでも帰りたかった
………帰る?どこに?その場所は、この手で滅茶苦茶に壊したのに
「ぷろ、めいあ……きみを、わたしは…」
戦勝の宴は当然のように行われた。浴びるようにメーレを飲んだヘレクトラは早々に酔っ払い眠った。寝言で呻きながら僕の名前を呼ぶのはやめてほしい
………人を殺して食べる飯は、どれほど絶品であろうともドブ以下の味だった。どうも酒には強かったらしく、酔う事も僕には難しかった
「…………はぁ」
わざわざ目立たない端に寄っていたのに、僕を見つけたヘレクトラがやって来て、そのくせすぐに酔い潰れて、何を話すでもなく眠るだけ
ひどい振る舞いだけど、まあ記憶通りだ。あの様子だと多分僕の事を友人と思っている。友人……戦友、か
彼女に抱いている憎しみなんか欠片ほどもないけれど、それでも殺す。どうしようもなく殺さなければいけない
僕の手で彼女の人生を終わらせなければならない
将来的に殺されるなんて事も露知らず、ヘレクトラは無防備に眠っては小さな寝息を立てる。その無垢さに居心地の悪さを感じてしまうけど、どうしようもない
「セイレンス───あぁ、いました。あなたと一緒だったのですね、プロメイア」
「っ────」
声を聞いただけで身体がこわばった。アグライアだ。僕が初めて殺した人、大好きな人、大切だった人。僕にプロメイアって名前をくれた人
「早々に酔い潰れてしまったのですか………あなたはまだ余裕そうですね」
「…………まぁ、強いみたいだし」
「ふふ、であればもっと目立つ所へ行ってはいかがですか?あなたは今回の戦いの功労者なのですから」
「功労者、ね」
化け物じゃなく、人をたくさん殺した。9人の半神を殺すことと、何万人もの敵を殺すことは違った。同じ命で、扱いにはこんなに差があって……でも、それは当然のことだとも思う。皆と、知らない何万人もの人だったら、僕だって選ぶ方は決まってるし
「……僕は、皆が何考えてるかわからない」
「プロメイア?」
「ごめん、ヘレクトラを頼める?気分が悪いんだ」
「……わかりました。お大事にして下さいね」
断れない性格だと知ってるので、ヘレクトラの介抱をお願いすることにした。とにかく、離れたかった。理由はいくつかあるけど、1番はアグライアの側にいると、心が酷い悲鳴を上げ続けるからだ
……最初から来るんじゃなかったな。次からはそうしよう
「……プロメイア?何故ここに…」
誰かの声が聞こえた気がしたけど、どうでもいい。この気分を少しでも落ち着かせる為に、1人になって休むべきだ
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人との戦いには区切りがついて、これからはようやくタイタンとの戦いが本格的に始まる
争いのない、束の間の平穏。せっかく何もない日々が少しでも続くんだから、どうせなら1人で静かに過ごしたかったのに
「…………で、何」
「プロメイア、ワタシは……」
当てもなくオクヘイマを歩いてた僕をつけ回してたのは、ヘレクトラとトリビーだった。……今回の輪廻だと少し様子のおかしなヘレクトラはともかく、何でトリビーまでいるんだ
「せ、セイレンスお姉ちゃんを責めないであげて!メイちゃんと仲良くちたいってだけなの!」
「別に怒ってるわけじゃ…まぁ、鬱陶しいとは思ったけど」
「プロメイア……その、すまない」
「今度からはつけ回すのはやめてくれ」
できれば関わるのも勘弁してほしかったけど、どうしようもない事は放置するしかない。そもそも関わらないなんて不可能だ
「で、要件は……ってそういう話でもなかったんだっけ。何もないならもういい?」
「あっ───待ってくれ、せっかくこうして出会ったんだ。今日はキミと過ごしたい」
「メイちゃんの好きな事で遊ぼう?お昼寝でもお散歩でも、何でもいいよ!」
楽しい時間だと思う。何も考えずにいればきっと、昔の僕は笑顔で過ごせていたはずだ。でも今は、あまりにも残酷に過ぎていくだけだ
ヘレクトラにもトリビーにも恨みなんてない。憎しみなんてない。罪の意識と嫌悪感がどうしても離れてくれない
……それはそれとして、黙っている訳にもいかない。突き放してしまうのは簡単だけど、ここまで言われてそれをやれば悲しませるのも分かっている
「好きな事…」
絵も描ける。裁縫だってできる。けど……個人的に、やってて1番楽しかったのは
「………料理」
「料理?」
「ちょうど昼ぐらいだろ、もう。来たければどうぞ……あ、酒は飲むなよ」
皆で楽しむって意味じゃあ十分な案だった。作るのに徹していれば顔を合わせる必要もほとんどない。今の僕には最適解と言ってもいい
……ただ一つ、失念していたのは
「……はぁ〜…………」
「その…すまない………」
「メイちゃんのご飯ほんとにおいちかったから!ね?」
「怒ってないよ……」
ヘレクトラは滅茶苦茶食べる。買ってた食材が一瞬で食い尽くされる。いくら財布が潤沢でもこの調子で減るのはちょっと問題だ。何というか……胃袋ブラックホールって感じ。作る側の苦労を改めて思い知った
「食べ足りないなら食材買って来て。好きなの作ってやるから」
「本当か!?」
「嘘言ってどうする。さっさといけ」
嬉しそうに飛び出していったヘレクトラを見送りつつ、椅子に座ってぐったりする。予想外の疲労に襲われていた
「メイちゃんがこんなに料理上手なんて知らなかったなぁ。とってもおいちかったよ!」
「……そりゃどうも」
「誰かに習ったの?」
「別に………ただの趣味で…レストランやってた事もあったっけなぁ…」
「レストラン!?すごい!」
楽しかった事もあった。料理を作る楽しさと美味しそうに食べるみんなを見るのが嬉しかった。でもそれは、遠い過去の事だ。今の僕にそんなものは存在しない
「……なぁ、他のトリスビアスが来たりしないよな」
「え、あ………」
千に分かたれ、幼女の姿となったトリスビアスの分かれ身。彼女らは味覚などの感覚を共有している筈だ。もう千は残ってないけど、それでも結構な数がいる。……っていうか、その場合全員食べさせろと言われる可能性もあるのか?
「──ずるいぞトリビー!1人だけ美味しいもの食べて!」
「何だ、お前にこんな特技があったとはな」
「師匠に連れられて来てみれば……プロメイア?」
「うっそ、あんた料理なんてできたの?」
「………ごめんね、メイちゃん」
「いいよもう…」
トリアン、カイザー、アグライア、セファリア……だけじゃない。結構な数のトリスビアスも一緒だ。もうめんどくさい。この際人数なんてどうでもいい。大量に作ればいいだけだ
「プロメイア!買って来た───何故皆がここに…?」
「もう何でもいいから好きなもの買って食べたいもの言って……」
食材を運んでくるのは主にトリスビアスの皆になって、もうただひたすら食材を切って焼いてを繰り返し続けた。途中で空腹という概念を忘れたヘレクトラが全てを呑み込むように食べた結果、また買いに行かせる事になって……随分長く続いた気がする
「ふむ、調理卿………ダメだな、やめよう」
「いっつもひどい顔してるけど、こんな特技があったなんてね〜」
「失礼ですよ、セファリア。……どれも本当に美味ですね」
「ボク、まだまだ食べられるぞ!」
「ワタシもだ!」
楽しそうに、皆で食卓を囲んで。これが日常だったら良かったのになんて、夢みたいなことを考える自分が馬鹿らしい。こんな風に無邪気に笑えるような生活は、もう終わったんだから
楽しいと思ってしまった自分も嫌いで、胸の内はぐちゃぐちゃで、それを誰に吐露する事もできない
「………いいよ、どうせ味見で結構食べてるし。好きなだけ食べてて」
本当に、直視するのが怖くなるぐらい綺麗な光景だった。何も知らなければ僕もそこに混ざって笑ってたはずだ。僕が手を血に染めて、その未来を歪ませた
無駄に広い部屋を貰ってたから、キッチンで1人になれて本当に良かったと安堵している
「───は、ぁ」
深く、深く息を吐いた
頭がおかしくなりそうだった。何かに心の底から腹が立って、ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。無性に何かを壊したくなって、拳を強く握り込んで
「っ、ぁ────クソッ!」
あとで捨てようと纏めていたゴミを蹴り飛ばした。中身が飛び散って、大きな音が出た。皆にも聞こえただろうか。話し声に掻き消されていればいいな
「おい、プロメイア」
心臓が跳ねた。すぐ真後ろから、聞き慣れた声が耳朶を打った。同時に──まだ、この人でよかったとも思った
「……ごめんなさい、カイザー。少し…虫がいまして」
「そうか。……お前の一撃を受けた以上、跡形もなく消し飛んだだろうな」
まだ、いまの姿を見たのがカイザーでよかった。下手な誤魔化しにも乗ってくれる。この人といる時は、幾分マシな気分になれる
「それで…どうしました?カイザーサラダはまだ残ってましたよね」
「腹を空かしてここに来たわけではない。話を逸らすのが得意だな、お前は」
「だったら何しに来たんですか?何か用事がなければこんな所に……」
言いながら──視界に入ったカイザーの表情が少し、申し訳なさそうで困惑したような、見慣れないものだったので……咄嗟に、口を閉じてしまった
「そうだな……この後でいい。時間があれば一局付き合え」
「……また負けたいんです?」
「次は勝つ」
カイザーはそれだけ告げて去って行った。もう誰かと話す気分じゃなかったので、それに甘えて一人で調理に勤しんでいれば、沢山食べた子供は眠り始め、大人も落ち着き始めた
「本日はありがとうございました、プロメイア──ふふ、あなたへの印象が変わったような気分です」
「感謝する、プロメイア……本当に、素晴らしい味だった。…が、その、キミに負担を強いてしまった。すまない」
「いいよ別に。………料理するのは、好きだし」
これは本音だ。ここまで色んなものを作ったのは久々だったし、皆美味しそうに食べてくれたし、悪くはなかった。……どんな顔してたかは、やっぱり見れなかったけど
ただ…どうせこれから訪れるのがあの末路なら、それへ向かう過程には、ほんの少しでも楽しいものが残っていて欲しいなと思った。僕と料理は、分けて考えてくれると幸いだけれど
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「カイザー、どういうことだ……!」
純粋な、怒りだった。セイレンスがカイザーに向ける感情の全ては、その一点に尽きた
共に戦場を駆け、酒を酌み交わした仲間──それは、最早一人たりとも残っていない。僕と、セイレンスの二人を除いて
……なんて事を、最初は思ってたっけ。この光景も、444445回目か
「彼らは僕が「法」の神となる道を整えてくれたのだ」
「その為に…彼らを犠牲にしたと言うのか?彼らの忠誠心は、キミにとって何の価値もないものだったのか!?」
初めて見た時は心を砕いた。二度目に見た時もそうだ。三度目四度目五度目……今はもう、見飽きた
「プロメイア!キミは……キミは怒りを抱いていないのか!?何故…何故何も───」
「もういいから、早くファジェイナのところに行きましょう、カイザー」
「…………あぁ」
「待て、プロメイア…カイザー!まだ話は…」
背後から聞こえる声を無視して、カイザーを連れて歩き出す。……やがてヘレクトラも合流し、僕らはファジェイナ討伐戦へと挑む。もう幾度となく繰り返した。勝つことなど造作もないが、そのあとの方が……僕には、重い
「プロメイア………キミは…知っていたんじゃないのか?この戦いでカイザーが成そうとしていた事を」
「セイレンス、やめろ」
「だと言うのなら──何故、何故見逃した!?キミにとって、彼らはその程度の人間だったのか!?」
「……だったら何」
早く終わらせて帰りたかった。とにかく1人になりたかった。心の中に積み上がっていくヘドロのような不快感が、どうしようもなく僕を蝕んでいく
まともな返答をできるような気力も無かった。鬱陶しい、面倒、そんな感情任せに適当な返しをするのが精一杯だ
「……本当に、何も思っていなかったのか?ワタシの事も、彼らの事も」
「仲間だと思ってたよ。…………本当に」
「ならば、何故────」
「……あぁもう」
乱雑に頭を掻いた。苛立ちのまま舌打ちを響かせた。疲れと不快感が限界を迎えていた。……全てぶつけてしまいたかった。泣いて喚いて叫んで暴れたいと、心の底で確かに思った
「カイザーを殺すならさっさとしてくれないか。………見飽きた」
僕の言葉に絶句して、ようやく見限る事を選んだのか、ヘレクトラは黙ってカイザーに剣を向けた。444445回目の光景。それだけの回数見届けた死
『お前の闘争に、安らかな終わりがあることを願っている』
何度も何度も、見てきた死
『───いい加減にしろ!僕を罵ろうと、心臓に刃を突き立てようが構わない……だが、プロメイアに余計なものを負わせるな!』
カイザーケリュドラはここで終わる。幾度となく受け入れて来た結末
『僕がいなくなるのなら──一体誰が、お前の涙に気づいてやれるだろう』
ヘレクトラの剣が、カイザーの胸を貫く。それで終わり、それで、それで─────
「────は」
ヘレクトラの剣は、カイザーの胸を貫く事なく弾き飛ばされた。何に?……僕が投げた斧に
「…………プロメイア?」
何だ、何で──本当に、何をやってるんだ、僕は
何がしたい。何を求めていまこの瞬間に斧を投げた?自分で理解できない、自分の行動が理解できなくて、動きを止めた。考えても考えても答えなんて出なくて、頭が茹だるようだった
「……は、ははは、何やってんだ僕は…何で、何で…………馬鹿、馬鹿馬鹿、本当、どうしようもないな……ああ、クソ……クソ、クソ……!!!」
どうして動いてしまった?意味のないことだと理解していたのに、何も変わらないと確信していたのに、どうして動いた?何を期待した、何を成し遂げられると高を括った?
狂っている。狂っている。狂っている。何回も繰り返してきた事象の例外に、何を期待した?現実は変わらない。何度繰り返しても変わらない。諦めて、受け入れて、割り切って、見殺しにしてきたはずなのに、どうしてここで──
「プロメイア、キミ、は……」
声が聞こえて、うるさくて、うるさくて、うるさくて──きっと、それが最後の一押しだった
「……ふざけるな。なぁ、何で誰も僕を知らないんだ。僕のことを、僕のして来たことを!本当に仲間だと思ってたよ!そんな人たちを殺して!僕はここに立ってんのに!」
千年かけて絆を紡いで、その時が来れば全てリセット。いい事も悪い事も、全部等しく消えてなくなる。何度も何度も初めましてをするんだから───ただいまもおかえりも、ずっと長い事言ってない
「あと何回こんな事を続ければいい!?何回死ぬのを見届けて、誰を何回殺せばいいんだ!?カイザー!キュレネ!皆!───もう飽きたんだよクソがぁッ!!」
滅茶苦茶な、誰に伝わる事もない言葉を喚き散らした。溜まった澱みをぶちまけるように叫んだ。頭が沸騰して、喉が灼けるようだった
「は、ぁ───は、はは…………答えは出た。あの時…ファイノン君じゃなくて、僕が死ねばよかった。あんな…あんなにいい人の命を犠牲にして生き残ったのは、頭のおかしくなった出来の悪い人殺しのクズ?……酷い冗談だ」
落ちた斧を拾って、2人に背を向けて歩き出す。思いの丈を吐き出した。もうこれ以上、皆の所にいられなかった。……本当に、狂ってしまいそうになるから
「………長生きしたいなら、追ってこないで」
再創世直前に火種を奪って、それで終わりにしよう。それまでは…ずっと、1人でいよう。これ以上は、これ以上は───本当に、耐えられそうもない
踏み出した足は重い。もうオクヘイマには戻れない。戻りたくない。どこだっていい。どこへだって行こう
「待て、プロメイア」
そんな思いを無視するように、カイザーの声が聞こえた
「お前のせいで死に損なった。……遠征の失敗、敷いた独裁、どの道僕もオクヘイマには戻れまい」
「………何、連れて行けって言うんですか?」
「そう聞こえなかったか?」
本当に……本当に、参ってしまう。この人の、この人の言葉だから…否定できない
「法の火種が条件です」
「………いいだろう」
この人なら、他でもない、僕でさえ気づいていなかった僕の涙に気づいたこの人となら──そう思うのは、錯覚じゃないはずだ
「待て…どこへ行く?カイザー…プロメイア!」
取り残されたヘレクトラに目を向けることすらなく、僕らは背を向け歩き出す。ただ一つ、誤算があったとすれば──ヘレクトラが、僕が思っていたより諦めの悪い人間だったということ
「待──て、待ってくれ!プロメイ…」
「っ───!」
肩を掴んだ手を弾いて、斧を握って振り向いた
「───わかってんだよ!どうせ殺す!どうせ死ぬ!僕らはどうせ武器を向け合うんだ!何だ?何を思って手を伸ばした!?」
「頼む、ワタシの話を聞いてくれ。ワタシは────」
「もう何もしなくていい!ただ生きてるだけでいい───だから邪魔だけはするなよ!何で僕に剣を向けるんだ!?世界の為に、皆の為に戦ってんのに!」
腹が立って仕方なかった。腹が立って腹が立って、その怒りの矛先を、また大切な人に向ける
「邪魔すんなら───死ねよ!」
斧を振り上げて、降ろした。首を庇うように動いたヘレクトラの左腕を、あまりに簡単に叩き斬った
「─────っ、ぐ…!」
即追撃を、次の一撃で確実に首を刈り取るべく、再び斧を振り上げて──
「─────ぁ」
二つの瞳が、見つめていた。罵詈雑言を浴びせられ、腕を断たれ、命を奪われる寸前になって───それでも揺らがぬ意志を宿して、ただまっすぐに向けられている
そんな目を、向けられたことはなかったけど。それに映っているのが何かはわかる。ただ純粋な、揺らぎのない忠義の輝き
「…………カイザーの蛮行に怒り、キミを無情だと罵った。だが…今は、ワタシ自身の卑劣さが許せない」
黄金の血を流す腕を抑えながら、それでも彼女は言葉を紡いだ
「キミも、カイザーも……それがどんなものであろうとも、避けられぬ選択を下した。それをワタシは…何を選ぶこともせず、誰もが持つ正しさを以て罵った。傷を覚悟して深海に潜ったキミ達とは違う。浅瀬で騒ぐだけの愚かな小魚……それが、ワタシだ」
「………ヘレクトラ」
傷は深く、顔色は酷く、それでも瞳は揺らがない
「だからワタシも、選ぶ」
覚悟を持って、選択を
「例え仲間を殺そうと、例え世界を壊そうと、泣いているキミを見なかった事にはしない。この世界よりも───ワタシは、キミの方がずっと大切だ」
真っ直ぐなその瞳と、随分久しぶりに向き合って、僕が思ったのは、単純な、本当に単純なただ一つ
それが正しいとか、この後のこととか、全部どうでも良くて。その選択が、その思いが
ただ本当に、嬉しかったんだ
カイザールートだと思って書き始めたらセイレンスの光が眩しすぎた……