結論から言えば、僕たちは賭けに勝った
僕の身体は4800万の火種を受け入れ、その力を以て時を巻き戻す事にも成功した
胸の奥から湧き上がる熱──身体に異常があるとすればそれぐらい。あとはいつもと同じような感覚だ
「ファイノン君……じゃないや、カスライナ君か…の記憶が正しければ、ここは千年前か」
トリビー先生達が最初の半神として各地に神託を伝え、カイザーケリュドラが火追いの旅を強く押し進めた時代。ならばやるべき事はカイザーに会い、再創世を成してはならない事を伝える事だ
それと……かなり後の話だけど、カスライナ君の故郷──エリュシオンにいるという、彼の幼馴染であるキュレネという少女を儀礼剣で殺す。それをしなければ永劫回帰を続けられない
「北方の、ヒュペルボレイオス……」
カイザーはそこにいる。彼女の征途はそこから始まる。ならば、そこに行く必要があるのは必然だ
オクヘイマに残っていた文献と、アグライアから少し聞いたことがある。それはそれは暴君だったらしい。正直怖いが……
「行くしか……ないよな」
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「お前の出自も目的もどうでもいい。火追いの為にその力を僕に捧げるのならな。火種が欲しいというのなら、まずは力を示してみせろ」
……カイザーケリュドラが、僕を迎え入れた。あまりにも呆気なく、この旅を共に歩めるようになった
いや……冷静に考えてみれば当然のことなのかもしれない。彼女にとって重要なのはただひたすらに火追いの成就だ。終わりは違えど、過程は同じ。目的が一致しているのならば、それを阻む理由がどこにあろうか
あとカイザーは小さかった。なんか、可愛いなっていう気持ちになってしまったけど、多分この気持ちでいるのはまずいのでやめる
「はぁ……火追いの号令を出して、真っ先に集まったのが再創世を否定する人間とはな…」
「全て本当の事です。再創世が成されればオンパロスは……」
「最終的に決めるのは僕だ。お前はただ、力を以て僕に示せばいい」
成し遂げたい事があるのなら、戦って勝ち取れ──簡単なことではないが、やるしかない
樹庭で学んだ歴史から考えれば───僕の初陣は黄金戦争。トリビー先生達がもたらした神託によって起こった戦争だ。信仰の鞍替えは難しい……今まで信仰していた神を殺し、火種を奪え、となれば尚のこと
「お前とは長い付き合いになりそうだ」
「そうある事を願ってますよ、カイザー」
そうして僕は、戦場を駆けた
持っている武器といえば、儀礼剣と拾った手斧ぐらいなものだ。だけど──僕には、カスライナ君から受け継いだ火種と400万回分の永劫回帰の記憶がある
武器を振るうのも、死地を駆けるのも初めてのことだった──それでも、不思議と恐怖は無かった
「お前、誰も殺していないな?」
「………はい」
ただ──それでも、人の命を奪う事はできなかった。確かに僕はカスライナ君の体に刃を突き立てた。あれは…殺した、と言えるかもしれない。僕の手はとっくに血に汚れているかもしれなくて…それでも……他の誰かにそうする事はできなかった
「気絶させ捕らえたか……本来ならやめさせるところだが、お前はそれを補って余りある戦果を挙げてみせた。そうある限り、不問とする」
良くも悪くも成果主義なのだろう──結果さえ伴えば過程は問わない。そして実際に僕がカイザーの求めた成果を挙げてしまっているのだから、誰にも文句は付けられないのだった
そうして時間は過ぎていく。カイザーの元で少なくない戦場を駆けた。多くの仲間も集ったが、カイザーは僕を側に置き続けてくれた
「…いいだろう、尊き王よ。これよりキミの「法」こそが、ワタシの生きる道……」
剣旗卿セイレンス──僕の知る歴史の中で、単騎で六万もの兵を葬り黄金戦争を終結させてみせた英雄にして、海洋の火種を継いだ半神だ
聞いていた通りの凄まじい強さだった。長かった黄金戦争も、彼女の登場によってようやく終わりを迎える事になる
(………帰ってきた、のか)
聖都オクヘイマはカイザーの統治下に置かれた。ファイノン君と同じだ……僕にとって、ここは第二の故郷だった。長い戦いの果てに…帰ってきたんだ
「懐かしいのか、プロメイア」
「えぇ……三年、ここで過ごしました」
「……そうか」
人との戦いは、ひとまずこれで落ち着く。これから始まるのは神々との戦い、更なる苛烈な闘争だ
かつてのカスライナ君がそうしたように、僕も神託の内容を話す事でカイザーからの信を得た。再創世ではなく、永劫回帰の為に火追いを行うように
とは言え……まずは、帰ってきたことを喜ぼう
「ラブカ、行こう。戦勝の宴が待っている」
「だから、酒飲めないって……」
「ならば何か食べよう。好きなものを、好きなだけな」
「誰もがセイレンスみたく大食いじゃないんだって…」
ラブカ、だなんて変な呼び方をする戦友に引きずられて──再び、故郷に足を踏み入れた
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オクヘイマに帰ってからしばらく経った。肉体年齢が18で止まったとか、まあ色々あったけど、やっぱり一番驚いたのは……
「もぐ……ふふ、やっぱり深夜のオートミールはやめられませんね…」
アグライアが子供だったことだ。いや、まあ考えればわかる事だった。僕がオンパロスにやって来た時には、彼女が火種を継いでおよそ千年経っていたようだし…この時期に子供なのも、まあ当然のことだろう
問題は…僕の知ってる彼女からは考えられないぐらいお転婆だってことだ
「……アグライア?」
「ん、ぐっ!?な、ぷ、プロメイア…!?何をしているのですかこんな夜更けに!!」
「それはこっちの台詞なんだけど……」
もう結構遅い時間だ。明日の事もあるし、もう寝ないと……と思ったから寝床に向かっていたのだけど、まさかそんなところで出会すとは思わなかった。と言うより、なんで起きているんだ
「お前ね……変な時間に食べると健康に良くないよ」
「わ、わかってはいますが……我慢出来なくて……」
「お腹空いたのはわかったけど………はぁ、補充してるの僕なんだからね?」
「……すいません、プロメイア。てっきり師匠かと…」
「まぁ、成長期だもんなぁ…」
腹が減るというのは、子供にとっては切り離せない問題だ。彼女もまた例に漏れず、という事だ
「……見逃してやるから、それ食べたら寝なさいよ」
「……!良いのですか!?」
「気が変わんないうちに食べちゃいな」
暗い部屋の中、隣に座ってその姿を見守る───皿の中身をスプーンで掬って、口の中に放り込む。小さな口で、何度も何度も
あぁ…なんか、ずっと見てられる気がする。そういえば、アグライアも何か食べてる僕をずっと見ていた事があったっけ
「……美味しい?」
「ん…はい」
「そっか」
「プロメイアも、一口要りますか?」
アグライアがスプーンを差し出してくる。……本当にいいのかな?こんな事をしても?…いや、食べないのも失礼だ。遠慮しない方がいいんだろう
「ありがとう……ん」
…なるほど、確かに美味しい。つまみ食いしたくなるのもわかるぐらいには。だからってそう何度も許していいわけじゃないが……
「確かに美味しいね」
「ふふ……これでプロメイアも共犯ですからね!」
「強かなヤツ…」
なるほど、いい為政者になる訳だ。あざとい。いや、アグライアは何をするにしても計算づくだ。あざとく見えるのも、きっと彼女の計算のうちなのだろう。恐ろしい子だ……
「………プロメイアという名前は…私が付けた、のですよね?」
「そうだけど、どうしたの急に」
皆には、僕が話せる限りの未来を話した。12の火種、その神権を継ぐのが誰なのかだとか……あとは、僕の身の上を語ったりだとか
当然ながら、アグライアに関してもそうした。この後、彼女は浪漫の火種を継ぎ、オクヘイマを統治する為政者となる──それまでの過程は多少違えど、結果は変わらない
「成長した私は……どんな人なのでしょうか」
「うーん……一言で言い表せる人じゃないな……」
このお転婆娘が…成長したらあのアグライアになるのだ。世が世なら聖女みたいな人に
どんな人……そう言われると、やっぱり優しい人、だろうか?うーん…何か具体的に言ってしまうのも良くない気もするし…
「………三年間ぐらい、僕のこと養ってくれた人だよ。成長したらよろしくね?」
「し、ま、せ、ん!」
ぷい、とそっぽを向かれてしまった。子供心はよくわからない
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「タレンタムは死んだ……プロメイア、次に狙うべきタイタンについて意見が聞きたい」
「天空、歳月、詭術、死、理性、世負いは適性者不在。浪漫も…アグライアはまだ幼いです。消去法で海洋になりますね」
「そうか……神権を継ぐのは?」
「セイレンス以外無いでしょう……あの、カイザー?答え合わせみたいに僕を使うのはやめませんか?どうせ決まってるんですから」
「多面的な視点は重要だ。僕とお前の意見が同じなら、それは必ず正しい道程と断定出来る」
「……そういうものですか」
門と道、法、大地に続く四つめの火種──海洋のタイタンは、かつて滅んだセイレンスの故郷であるスティコシアに眠っている
「…そういえば、火種はいいのか?」
「最終的に全ての火種が集まれば良いんです。それまで世界が保つ為にも、半神の誕生は必要な事ですから」
「そういうものか」
火追いはあくまで手段でしかなく、目的は天外からの助けが訪れるまで鉄墓を封印し続ける事だ。この身体も、無限に火種を取り込める訳ではないのだから、可能な限り一度の輪廻を長引かせるべきだ
「まぁいい。プロメイア、出征の準備をするぞ」
「……スティコシア近辺には、暗黒の潮によって変異したセイレーンが多くいる筈です。間違いなく囲まれる事になるでしょう」
「だが環境が良い。剣旗卿の独壇場だ。後方の敵は全て任せて良いだろう」
「であれば、僕は前方を受け持ちましょう。侵攻速度を極端に下げ、セイレンスを待つ方が楽に、犠牲も少なく済むでしょう」
「駄目だ、お前は剣旗卿と共に後方に行け」
「えぇ、わかり…………は?」
「言ったままの意味だ。疑義は認めない」
何を……考えてるんだ?愚策も愚策だ、セイレンス一人で事足りる後方に僕を行かせる意味がどこにある?自傷行為と言ってもいいぐらい馬鹿げた判断だ。ただ犠牲者を増やすだけ…
「……カイザー」
「何だ」
「法の試練って…どんな内容でしたか?」
「……何故言う必要がある?」
「答えてください」
カイザーらしからぬ愚策。それに理由があるとすれば、半神へと至る時に課される試練だ。アグライアは両眼の視力と人間性の喪失を代価に、トリビー先生達は文字通り千人に分かれる事
であれば───カイザーに課された試練は?
「……答え合わせのように僕を使うのはやめろ。わかっているのだろう?」
「…薄々、ですが」
「ならば、どうする?力づくで僕を止めるか?」
カスライナ君の記憶に頼らずとも、薄々推測はできていて──記憶が、推測の正しさを裏付けている。でも…‥ほんの僅かに、ただ…僕の勘違いである可能性も……
「………カスライナ君は、火種を得る過程でかつての仲間を殺めていました。セイレンスやアグライアだって例外じゃなかった…けど、あなただけ……彼がカイザーを殺めた事は一度もなかった」
その必要がなかったからだ。ならば、カイザーの命を奪う事になるのが誰か──?
「きっと、きっと……彼女はあなたを許さない」
「……だろうな」
カイザーは……文字通り、彼女にとっての光だった。それを…それをよりによって、彼女自身に…
「火を追う旅は喪失の道。その中では、命さえも些事となる………早いうちに慣れておけ。お前がその斧で、誰の命を奪う事になろうとも…躊躇うことのないように」
「…………カイザー」
「不本意だが、僕らはお前に縋るしかないんだ。……お前の闘争に、安らかな終わりがあることを願っている」
「…………………わかりました」
スティコシアへの出征において、カイザーケリュドラは後方に置いた僕とセイレンスを待たずに進軍し──黄金裔五百人もの命が潰えることとなった
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「カイザー、どういうことだ……!」
純粋な、怒りだった。セイレンスがカイザーに向ける感情の全ては、その一点に尽きた
共に戦場を駆け、酒を酌み交わした仲間──それは、最早一人たりとも残っていない。僕と、セイレンスの二人を除いて
「彼らは僕が「法」の神となる道を整えてくれたのだ」
「その為に…彼らを犠牲にしたと言うのか?彼らの忠誠心は、キミにとって何の価値もないものだったのか!?」
二人を、ただ見ていた。見てることしかできなかった。口を挟むことも、割って入ることも、今の僕には叶わない
「ラブカ!キミは……キミは怒りを抱いていないのか!?何故…何故何も───」
「──黙れ、セイレンス!」
カイザーが声を荒げ、僕への言葉を遮った。静寂がその場を包む中──必死に口を開く
「……行きましょう、ファジェイナはこの先です」
「待て、ラブカ…カイザー!まだ話は…」
背後から聞こえる声を無視して、カイザーを連れて歩き出す。……やがてセイレンスも合流し、僕らはファジェイナ討伐戦へと挑んだ
「……チッ」
僕の手斧が神の脳天を割り、その代償に砕けた。元々その辺に落ちてたものだったことを考えれば、大活躍だったと言えるだろう
そんな事よりも──もっと、目を向けるべき問題がある
「ラブカ………キミは…知っていたんじゃないのか?この戦いでカイザーが成そうとしていた事を」
「セイレンス、やめろ」
「だと言うのなら──何故、何故見逃した!?キミにとって、彼らはその程度の人間だったのか!?」
セイレンスは……カイザーの所業を止めなかった僕を咎めている。……旧法は砕かれた。オンパロスには新たな法の神が必要で、カイザーの行いはその為に必要な事で…
「………本当に、仲間だと思ってた…けど……すまない」
「っ─!ラブカ───プロメイア!」
「やめろ、セイレンス!」
二人の怒号が、連続して響いた。僕とカイザーを責めるセイレンスのそれと……僕を責めるそれを咎める、カイザーのもの
「プロメイアは何も知らなかった。これは全て僕の行いだ」
「今更そんな言い訳が通用するとでも───」
「───いい加減にしろ!僕を罵ろうと、心臓に刃を突き立てようが構わない……だが、プロメイアに余計なものを負わせるな!」
「っ……!?」
セイレンスの剣を持つ手が、小刻みに震え始めた。僕に向けられていた剣が、少しずつ下がっていく
「僕は黄金戦争の影を拭い去り、紛争期以来のあらゆる亀裂を修復した。そのうえ、オクヘイマの権威を再び確立し、黄金裔も平民も等しく議院の壇上に立てるようにした。それから、罪ある者には罰を与え、功ある者には必ず報いた」
「さらに僕はタレンタムによる枷を壊し、世界を一つに束ね、人々が自ら立ち上がれるよう導いた。火を追う時代を始めたのも、他ならぬこの僕だ。以上が、カイザーとしての僕の輝かしい生涯である」
カスライナ君の記憶が言っている。永劫回帰においては、既に運命は定まっていて……多少過程は違えど、やがて同じ結末に至る
セイレンスは怒りから、或いは命令によって───その手で、ケリュドラの命を奪う事になる
「プロメイア、法の火種を持っていけ。……成し遂げてみせろ」
「……はい、必ず」
カイザー、ケリュドラの最期の言葉だった。セイレンスの剣がカイザーの心臓を貫き、黄金の血を流した
最後の息を吐いて、その瞳を閉じて───遺志を継ぐべく、火種が僕の身体へと移動していく
火追いに身を投じた僕の事を、カイザーはずっと案じていた。この徒労のような旅が、いつか必ず報われるように……従わない人間を大勢殺した暴君──だとしても…なんて、なんて素晴らしい王なのだろう
「……ごめん、セイレンス」
「謝るのは…ワタシの方だ。キミは既に…多くのものを背負っているというのに」
カイザーの亡骸を拾って、踵を返す。オクヘイマでは…きちんと弔えない。弔ってもらえない
「キミの重荷を背負えると思うほど…思い上がってはいない。だが………」
言葉を一度切って、片手で僕の頬を撫でた
「今のワタシも、次のワタシも……キミの刃となって、最期の瞬間まで運命に抗うと…誓おう」