プロメテウスの火負い   作:かゆ、うま2世

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壊滅、貪慾、秩序、虚無、⬛︎⬛︎

 

 

2人と共に輪廻を歩み始めて、気づけば随分長い時間が過ぎた

カスライナ君のそれと合わせて、ちょうど1000万回目の輪廻──を、僕らは終えようとしている

 

 

「ケリュドラ」

「あぁ」

「ヘレクトラ」

「ここにいる」

 

 

集った12の火種を用い、再び時を千年前へと巻き戻す。2人を連れて輪廻を歩むから、もう仲間を殺す必要もなくなった

肩を並べて旅を続けて、きっとこれからもそれが続いていくんだろう。終わりの見えない徒労の旅だとしても、決して不幸なものではなかったって、今なら自信を持って言える

だから、守りたいと願って

 

その為の力が、欲しかった

 

 

「……戻った、か。やはり何度味わっても慣れないな…」

「さぁ、早くこの時代の僕を探すぞ。近くにいるはずだ」

 

 

今2人を失って、また1人の旅に戻るような事があれば──耐えられる訳もなかったから

何があっても死なせはしない。傷一つ付けさせてなるものか

 

もっと強く、もっと強く、貪慾に、貪慾に、貪慾に────あぁ、あぁなんて

 

 

 

おいし、そうで

 

 

「ヘレクトラ」

 

 

大好きな人の名を、呼んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ぃ!おい!止めろプロメイア!」

 

 

何かに突き飛ばされて、地面の上を転がった。……何だ、ろう。何をしていたんだっけ。ただ、ただ…美味しかった事を覚えてる。今も後味がする

 

 

「……?なに、が…」

 

 

口から垂れた何かに触れて、それが金色であることに気づいた。金色?

 

 

「は」

 

 

それは──と正体に気づきかけて、顔を上げて

左腕を抑えるヘレクトラを、見た

 

 

「っ…ぁ、ぐっ…!」

 

 

滴り落ちる黄金の血、何かの──人の、歯形

ヘレクトラは何かに噛まれて、僕の口には黄金の血があって、ケリュドラに何かを止められた

なら、なら、あの傷をつけたのは

 

 

「─────ぁ」

 

 

ナニカが、僕を見ていた

底の無いブラックホール?途方もなく大きな生き物?合ってる、合ってるけど、神だ、アレは、本物の神だ

 

貪慾。貪慾?それがアレの名前で、僕はそれに踏み出した?違う、違う違う違うそんな事がしたかった訳じゃなくて

違う。こんなこと

 

 

「ちが、違う。違うんです。僕、ぼくは」

「わかっている、今は口を開くな!息を吸え、僕がいる!」

 

 

ケリュドラがすぐ横で叫んでいた。でもそれを聞こえないフリして、両手で耳を塞ぐように抱えた自分の頭が───痛い。頭の中を掻き乱され続けているみたいに、思考もままならない

 

 

「見て、見てるんです。見られてる」

「幻だ!いいか、お前は何にも見られてなどいない!」

「ちがう、ちがうんです。僕と同じ……僕の──僕が、同じ?」

「僕を見ろ、お前を見ているのは僕だけだ!」

「僕が……」

 

 

見ていた?

見ていた、のだ。

僕は、何処かで神を見ていて、アレと同じ景色を見ようとしていた。それはいつから?

でもきっと、先に見たのは僕だ

 

 

「ぅ───」

 

 

違う。もうわからないんだから、考える意味は無いんだから、考えちゃいけないのに、ダメだ

僕の中でナニカが膨れ上がる感覚がして

 

身体の右側が、弾け飛んだ、ような

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「………ぁ、れ」

「目覚めたか」

 

 

ベッドの上の呻き声に、皇帝ケリュドラは答えた。静かな声は、それでいて未だ微睡の中にあったプロメイアの意識を引き上げた

 

 

「何…起きたんですか………ここは…?」

「ヒュペルボレイオスの、僕の私室だ。倒れたお前をここまで運んだ」

「倒れたって、何が……」

 

 

思考を始めるよりも前に、ケリュドラの口が開く

 

 

「──疲労だろうな。お前が進めた輪廻はこれで600万回目だ、何もおかしなことはない。命令だ、少し休め」

 

 

端的な理由。しかし、どこか機械的に出された答えに、プロメイアは違和感を覚えつつも、追求することはせず

もっと、それ以前に尋ねるべき事を、口に出した

 

 

「体の右側が、変なんです」

「そうか」

「あの……何というか、痺れてる…ってより…これ、僕の腕と足────」

「ある。お前の身体に怪我は一つも無い。安心しろ」

「いや、でも」

「痺れているだけだろう。僕の言葉が信じられないか」

 

 

言い淀む言葉を遮り、ケリュドラは平然と嘘を吐いた。布団の隙間から僅かに覗く四肢に視線を向け──その変貌から目を背けた

 

 

「倒れる前のことを覚えているか?」

「正直、あまり………あ、でも」

「何だ」

「何か、すごく…美味しかった、ような」

「……夢でも見ていたんだろう。何も食べていないぞ」

「あれ。……あはは、その通りですよね」

 

 

困ったように笑うプロメイアから、ケリュドラは目を逸らして窓辺を見上げた

 

 

(あの大口を開けた神…あれが星神。どの運命のものだ?食欲に関する運命………僕の知る中にはない)

 

 

思考を回し、情報を精査する

万が一にでもプロメイアが倒れる前の記憶を思い出せばどうなるかわからない。新たに情報を聞き出すのにも細心の注意を払う必要がある

 

 

「それ以外で、何かあったか」

「何か……」

「何でも良い。僕たちに言っていない事はあるか?」

「えっ、と……あぁ」

「何だ?」

 

 

僅かに焦りを含んだ声音になることも厭わず、ケリュドラは問うた

 

 

「………その、強くなりたかったです」

「何故だ」

「2人を…守り、たくて」

「僕とヘレクトラを?」

 

 

絞り出すように、ゆっくりと言葉が紡がれる

そこには確かな恐怖と不安が乗っていて、ケリュドラの胸を酷く抉った

 

 

「死なせたく、なくて」

「そうか」

 

 

その身を抱きしめてやりたい衝動を押し殺し、努めて冷静に振舞った。触れるような事が、近づくような事があれば、プロメイアの内で蠢くものがどんな反応を見せるか予想もつかない

 

 

(空腹でないのなら、何があの行動に繋がった?あの神が司る運命は何だ?守りたい、強くなりたい、それの何が…)

 

 

守護と食欲が重なる運命があるか?守りたいと願い、強さを求め、それが食欲に繋がる原因は何なのか

それを解明できなければ、またいずれ繰り返すだけ

 

 

(望んで歩み出したのでなく、意図せず踏み込んでしまったというのなら?食欲、力への執着……飢餓───渇望?)

 

 

そして、皇帝の思考は思い至る

 

 

(引き金は力への渇望……強く何かを求める事か)

 

「……ヘレクトラは」

 

 

答えが出たところで、プロメイアは消え入りそうな声を漏らした

自身の左腕を抑え、脂汗を浮かべていたヘレクトラの姿を記憶から掘り起こす

 

 

「外でここを守らせている」

「なら…安心ですね」

「そうだな」

 

 

負傷していようが海洋の半神。どれほどの暗黒の潮の造物が現れようとも、守りに徹したヘレクトラを突破できはしない。そも現在のヒュペルボレイオスに危険はないのだから、守ることなどないのだが、プロメイアは安心したように息を吐いた

目を閉じたプロメイアを見、ケリュドラは沈思してから──口を開く

 

 

「僕はヘレクトラの様子を見てくる。そのまま寝ていろ」

 

 

その言葉に対する返事はなく、ケリュドラは部屋から去った

扉を開き、少し歩けば彼女はすぐに見つかった

 

 

「ヘレクトラ」

「……プロメイアは、どうだ」

「身体以外は無事と言って良い。……左腕は?」

「ダメだ。…ただ噛まれただけではない。なにか……深く、貪られるような感覚があった。恐らくは二度と治らない」

「そうか」

 

 

外傷はそれほど大きくない。それでも左腕は垂れ下がり、指一本すらもまともに動かすことは叶わない。もっと概念的で根本的な部分が破壊されたような気配を感じていた

 

 

「ワタシの事などどうでもいい。……カイザー、キミもアレを見たか?」

「見た。アレが天外の神──星神だろう。タイタンなどとは比べ物にならないな」

「何故奴はプロメイアに視線を向けた?」

「力への渇望だろう。プロメイアの意図したものではない」

 

 

ケリュドラの結論に頷きながらも、ヘレクトラの内心には釈然としない気持ちが残っていた

 

 

「…………あの神を殺せば、プロメイアは戻るのか?」

「断言は出来んが、可能性はある。どうあれ不可能だが、少なくとも今はな」

「ならばどうする?…右半身のあれは、すぐに全身に広がるぞ」

「あぁ、策が何もなければな」

 

 

ヘレクトラの目が、ほんの一瞬見開かれ

 

 

「何か、あるのか」

 

 

ケリュドラは小さく息を吐き、答えた

 

 

「ある。上手くいけばプロメイアは変異を抑え込み、喰らう力を完全に制御できる筈だ────僕と、お前の命を捧げればな」

「──────」

 

 

別れを、ただ意識した

法の権能により一度は拒まれた、別れ。徒労のように思える旅も、3人が並んでいれば辛い事など何もなかった

 

 

「法の半神として、見えるものも多くなった。天外に存在する運命のロールモデル。それが僕たち黄金裔だ」

「ワタシ達の運命は、何だ」

「秩序と虚無───プロメイアを救えるとすれば、僕たちだけだ」

 

 

ケリュドラの眼差しがヘレクトラを捉える。彼女の瞳に揺らぎはなく、どこか悲壮さえ帯びた光が灯っていた

 

 

お前(虚無)が弱め、(秩序)が縛る。命の全てを火種に焚べ、それをプロメイアへ明け渡せ」

「───っ……」

 

 

肯定も否定もなく、ただ拳を握り込む。

だが、彼女の震える呼吸の奥には迷いなどなく、あるのはただの名残惜しさだけ

 

 

(………これが、ワタシ達の最期か)

 

 

だが、もう時間がない。

プロメイアの内側に根を張り始めた星神の呪いは、じわりじわりとその肉体を蝕んでいた。躊躇している暇などない

 

「──奴の身を、名も知らぬ神ごときに渡しはしない。僕とお前なら、それができる」

 

 

半神が2人、その意思は一つ

 

 

「救世の為でなく、ただ愛する者の為に」

 

 

皇帝は問い

 

 

「剣旗卿───ヘレクトラ、その命を、捧げられるか?」

 

 

臣下は応えた

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

「起きろ」

 

 

聞き慣れた声に目を覚まして、身体を起こそうとすれば止められた。外で僕らを守ってたらしいヘレクトラも僕の枕元に立っていて、2人はいつも通りに見える

でも、やっぱり何処か違和感がある。変わってしまったことがある気がして、でも、それが何なのか思い出せない

 

 

「……ごめんなさい、まだ上手く身体動かなくて」

「構わん。ただ…少し、話はできるか?」

「大丈夫ですよ」

 

 

ケリュドラは柔らかな笑みを浮かべて、僕の髪をそっと撫でた。ヘレクトラまでそうしてくれて、どうしてか胸の奥が温かくなるような感じがする

 

 

「ワタシ達も…随分遠くまで歩んできたな」

「ヘレクトラ?」

「ワタシがそうだったように、キミにとってこの旅が、楽しいものであったのなら…嬉しい」

 

 

不思議に思う僕に、ヘレクトラは優しい微笑みで応えてくれた。まるで、別れの挨拶のような言葉なのに、悲しみも寂しさもない

何か、変だ。何か、何か、良くないことが

 

 

「……プロメイア」

 

 

目を細めたケリュドラの言葉が、疑問符だらけだった僕の思考を停止させた

何を言われるのかもわからないまま、喉が引き攣るような感覚がして

 

 

「冠を置き、お前の隣を歩んだ。……僕は幸福だった。他に例えようもなく、な」

 

 

嬉しい──わけが、なかった。だって、そんな言葉を言うなんて、まるで、まるで

 

 

「………まっ、て、ください」

「どうした」

 

 

掠れた声に返事をしたケリュドラは、確かに優しく笑ってくれた。だけど、もう全部嫌な方にしか考えられなくて

 

 

「そんな、わざわざ言わなくても──いつもの話じゃないですか」

「そうだな」

「だから、これからもそうなんだから、わざわざ言わなくたって」

 

 

2人は目を細め、微笑んで、再び手を伸ばして

何故だかそれに、触れてはいけないような気がして

ベッドの上で後ずさるみたいにして逃げるけれど、すぐに壁に行き当たった

 

 

「……プロメイア」

「や、やだ。違うんですよ、違うんです」

「怖がらなくていい」

「っ……あ」

 

 

ヘレクトラに肩を掴まれた。優しくて穏やかで、何にも痛くなんかなくて。でも──どこかで怯える僕がいた

 

 

「な、なにを。何をするんですか?」

「キミのことを守るだけだ」

「お前の身を、星神になど渡さない」

「まって。待ってよ、ねぇ」

 

 

触れられた肌を通して、伝わってくる鼓動があった。それがあまりにも熱くて、近いのに遠くに感じる

 

 

「待って、やめて、まって─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────待って!」

 

 

いつしか部屋はどこかに消えて、何もない、真っ白な空間に座り込んでいた。側にいた筈の2人は、今は遥か遠くにいて

 

 

「待っ──あぐっ!?」

 

 

それを追おうと立ち上がって、上手く動かない右足が絡まり、バランスを崩してその場に倒れ込んだ

それなら這ってでも行こうとした。片腕だけで良かったから、せめてこれだけは使えたから、必死になって前に進んで、喉を潰す勢いで叫んだ

 

 

「待って!待ってよ!僕はどうなっても良いから!もう──もう誰も!誰も僕を置いていかないで!!!!」

 

 

冷たい床に額を擦り付けて、血走った目で2人の方を見る。確かな視界の中で、それでも目は2人を捉えていて。振り向いた2人は──本当に、本当に穏やかな笑みを浮かべて、口を開いた

 

 

「この長い人生が、あのスティコシアでのキミの行動に…ほんの少しでも、報いる事ができていただろうか」

 

 

それはヘレクトラの独白。彼女がずっと、ずーっと考え続けていた感情が溢れ出したもの。救われた自分が、救う為にすべきことを探して、導き出した結末を眺めて

 

 

「力を求める必要など無い、守りたいと願ったのなら、それ以外を考える必要はない筈だ。……成し遂げてみせろ、我が臣下よ」

 

 

それはケリュドラの励まし。僕とヘレクトラの隣を歩いてきた、生涯唯一の主君の祈りだった。僕らが互いに抱いた信念と愛情こそ、自分達の物語だったと高らかに謳って

 

 

「はぁっ、はぁっ───!」

 

 

段々と感覚を取り戻していく右半身が、焦燥感を加速させる。いつものように走れるようになって、2人に追いつけそうで───でもきっと、もう間に合わなくて

全て僕の責任だ。あの神に見られたのも、何もかも僕の責任で、その代価を2人が払う必要なんてない

 

 

「僕──は!僕が悪いのに!ねぇなんで!?」

 

 

声を荒らげても、2人は少しずつ離れていき

遠ざかる影を必死になって捕まえようと、叫ぶように呼び掛ける

 

 

「ずっと一緒に!いてよ!」

 

 

風が吹いた。それは暖かくて、冷たくて、優しくて、厳しい、2人の手のひらみたいな温度を持った風だった

 

 

 

 

「海洋の半神、ヘレクトラ───何度でも杯を掲げ、キミの虚無を振り払おう」

「法の半神、ケリュドラ───秩序を、お前の自由の礎とする」

 

 

段々と、燃えて

2人が、指先から溶けていって

 

熱い、熱い炎が2つ。僕の何かを、焼き尽くした

 

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