「───これ、は」
ファイノン君の顔が驚愕に染まる。僕の胸を切り裂いた儀礼剣、2つを除いて渡された火種。皆に見せられた僕の記憶
「にい、さん……いや、メイア…?」
「私は、何ということを…!」
2人に全てを託されて以来、僕は一度だって皆を死なせることなく輪廻を歩んできた。幾億年も繰り返してきた旅の終着点へ、手を届かせようとしている
「それじゃあ、星、丹恒、後はよろしく。丸投げするみたいになっちゃって申し訳ないけど」
「…任せろ、プロメイア」
「あんたが繋いだ旅を、無駄にはしないから」
天外より訪れた救世主──星穹列車の開拓者。見知らぬこの地のために命をかけ、火を追う旅へと協力する事を選んだ人達。僕の旅路が、報われた証
「それじゃあ、僕そろそろ死ぬから。最後に八つ当たりだけしてくるわ。ばいばい」
「待ちなさい」
さっさと去ろうとして、アナイクス先生に止められてしまった。……まぁ、立場が逆だったら同じことをすると思うし、しょうがないんだろうけど
「ごっめん先生!ほんと時間ないんで、話あるなら後にしてもらっていいですか?」
「………後が、あなたにあるのですか」
「大丈夫、きっとまた会えますよ」
アナイクス先生は、見たこともないような複雑な表情をして──しばらくして、ため息を吐いた
「であれば、せめてそこの4人だけとは話をして行きなさい」
4人───のうち、まずはその半分。アグライアと、セファリア姉さん
「………申し訳、ありません」
「ごめん、メイア。あたし……」
2人の言葉は、懺悔から始まった。内容は言われなくたってわかる。僕が初めて皆を殺したあの輪廻のこと。その時の記憶を見せられている以上、きっと思うところもあるんだろう
「あのような事……口を縫い合わせてでも、言うべきではありませんでした」
「あたし…あんたに、あんな酷い事……」
2人から浴びせられた言葉──傷付いたといえば、その通りだし。あれさえなければ、と思わないわけじゃない
けど、今の僕からすればもう過去のことだし、わざわざ掘り返したりなんてしない。それ以前に、僕は僕自身を赦しているから
「……ね、今も…僕には憎しみしかないって思う?」
2人の肩を掴んで、無理矢理視線を合わせて、笑ってみせた
こうして真っ直ぐ見つめ合って、やっと気づくものだってこの世にはあるわけで
「いいえ、全く」
「そんなこと…ないよ、メイア」
そうして、ようやく2人は微笑んでくれた
旅の中で、憎しみ以外を教えてくれた人がいたから──僕は今、こうして前に進めるんだから
「行ってくるから…笑って送り出してくれると、嬉しいな」
唯一望みがあるとすればそれだけだ。さよならは笑顔で。決して永遠の断絶などではなく、また会う時のための約束の言葉。それだけがあれば、僕はきっと頑張れるから
「えぇ、いつかまた会いましょう」
「待ってるから、頑張って!」
そうして、送り出してもらって。あとは残り2人──の、前に
「ごめん、ファイノン君。君の怒りもわかるけど…ここは、僕に持っていかせてくれないかな」
「……輪廻を歩んだのは君だ。その怒りは君のもので、僕のものじゃない。それでも、あえて言うなら──僕の分も、頼んでいいかい」
僕と同じ──輪廻を歩んできたファイノン君の気持ちは痛いほどわかる。けど、彼はまだ生きる事ができて、僕の身体はもう壊れかけ。この八つ当たりに巻き込む訳にはいかない
「任せてよ」
それだけ言って、踵を返して──最後の2人が、僕の前に立った
「……ヘレクトラ」
長い、3人で歩んだ道のりの中で、ずっと僕に忠義を示し続けてくれた騎士。あの日貰った海洋の火種は、今なお胸の中で暖かく燃えている
「……この時まで、キミの隣に居てやれなかった。どうだろうか…ワタシは、キミにとって───」
「最高の仲間だったよ」
何か、答えを求められる前に答えた。これが正解かどうかは知らない。僕にとって正しいだけの、歪な正解論かもしれないけど
「……そう、か。ならば…ワタシも、嬉しい」
満足してくれたのか、ヘレクトラは穏やかに微笑んだ。それならよかった。他の答えより、僕らはこれで幸せだと思うから
「これは、言うべきか迷っていたんだが……やはり、言うべきだな」
強く、何かを決意した様子のヘレクトラが口を開いて
「キミを、心から愛している」
そうして、二百億年越しに想いを告げられた。少し考えて───その言葉に込められたのは、きっと僕が考えているより多くの意味の愛なんだろう
ずっと一緒にいてくれて、共に苦難を乗り越えて、共に喜びを分かち合ってきた。かけがえのない人生の中で、何よりも大事な思い出として、愛せた旅路だった
「持っていけ。役に立つかはわからないが」
投げ渡された、彼女の双剣の片割れ。その重みが、不思議と愛おしかった
「カイザー………ケリュドラ」
そして、最後の1人。僕にとって生涯ただ1人の主君。彼女がいなければ僕はこの旅の果てに辿り着くことは叶わなくて、3000万の輪廻に押し潰されていたであろうことは想像に易い
「お前の長い旅も、これでようやく報われるというわけだ。どんな気分だ?」
「んー……一言で表すには複雑ですね」
この旅の道程を、一言で言い表せるわけがなくて──そうだな、なら
「皆に会えて良かった。これ以上の言葉、ないです」
最初は子供のわがままだった
僕の旅路が始まり、僕は全てを失って、罪を犯して───それでも
「僕の旅には皆が必要でした」
僕を引き留めてくれた人も、支えてくれた人も、傷付けてしまった人も──そして、殺してしまった人も。全ての出会いが今の僕を形成していて、この答えを出すことが出来た
「だから…ありがとうございました、ケリュドラ」
僕の旅路を振り返って、そこにあるものを数えて───この人にありがとうと言いたい。それが、この感情の全てなんだ
「礼など、良い」
ケリュドラの声色は冷淡で、淡泊で、いつも通りな様子に見えるけど──少しだけ、震えていたように思う
「時間がないんだろう?早く───」
「言ってくれないんですか?」
怪訝な顔で、僕を見て
「……今更、言う必要があるのか?」
「言葉にするのって、大事だと思いますよ」
その言葉に、ひとまず納得はしたのか……一つ、ため息を吐いて
「───愛している」
何となく、わかってはいたけれど
改めて、口に出されたその思いは──ずっと胸にあったものと、何も変わりなく
「無様な負け方はするな」
彼女からの餞別として投げ渡された、ケリュドラの炎冠。煌々と燃え盛る蒼い炎が、僕に勇気を与えてくれる
「必ず」
「それでこそ、僕の臣下だ」
そうして、背を向けた。もう話すべきことは全て話し、伝えきるべきものは伝えきった。これ以上ここにいる理由はない
行くべき場所が僕にはあって、やらなければならないことがある
悔いなんて無い──と、言いたかったけど、やっぱり一つだけ
「……………はは」
僕を見送る表情からは、いつしか悲痛さは消えている
ただ、ただ───その中に、キュレネのものがあれば、僕はどんなに幸せだっただろうか
僕の人生の、一旦の幕引き。それをあの人に見てもらえたなら、どれほど幸せだっただろうか
なぁ、キュレネ。皆が見ているよ。僕は…僕は、皆に誇れる英雄に、なれたかな
──────────────────
オンパロスを覆う天幕の外
遥かな星空の先で、一柱の神の視線が、1人の少年へ向けられている
「お前か」
銀色の髪、黄金の瞳、胸につけられた大きな傷───壊滅の星神、ナヌーク
其は口を開かず、ただ、オンパロスより生まれ出でた壊滅の種に引き寄せられた末に、純粋な怒りをその目に焼き付けた
そして──少年を取り囲むように現れた、無数のヴォイドレンジャー
「来いよ」
少年、プロメイアは臆することなく腰を落とし構えを取る。恐ろしくはない。怯えてなどいない。残された僅かな時間の中で、あの神に吠え面をかかせてやる
大地を砕く勢いで脚を蹴り出し、爆発的な速度で肉薄し、ヴォイドレンジャーを真正面から殴り飛ばした。衝撃波が周辺へ伝播する。その余波により、一部の敵がまとめて粉微塵と化した
「おぉぉッ!」
斧を、振るった。頭を割り、首を刎ね、腹を裂き、骨を砕いた。あの神へと繋がる道を妨げる者を尽く屠り、屍の山を築き上げ────
「……フン」
「歓迎会だっつうから来てみれば…面白そうなやつがいるな」
雑兵は全て消え去り、宙に浮かんでいたのは2人の壊滅の使令───絶滅大君風焔、帰寂
虚無を、愉悦を壊滅させる者。数多の星、文明を滅ぼした生ける災厄。立ちはだかった最悪の敵
「ッ────!」
飛び上がり、斧を振るった。風焔の剣との応酬。実力は拮抗───否、ほんの僅かにプロメイアが押している。軽量の武器を活かし、風焔の身体へと浅い傷を幾つも刻み込んだ
これが一対一であったのなら、このまま押し切る事ができたのかもしれない──が、この戦いはそうではない
「は─────」
剣に斧を打ちつけていた筈の刹那、無かった筈の風焔との距離は開き、プロメイアはただ武器を構えているだけだった
「見てるだけってのも悪くなかったが……いやー、随分と不幸な奴がいたもんだ」
外された帰寂のシルクハット。その下にあったものは人間らしい頭ではなく、大きな手に握られた一つのダイス
「ぐっ!?」
プロメイアが帰寂を見つめたその一瞬、既に風焔は動いていた。受け止めるのがやっとの斬撃。ほんの僅かでも力を緩めれば崩れる均衡の中、当然のように帰寂も動く
「そら」
指を弾き、放たれる小さな炎。それに触れてはならないと、本能が告げていた。着弾の前に剣を逸らし、跳躍によって回避。されど爆発によって舞った土煙、その中から再び現れる切っ先
「く──そッ!」
肩が斬られた。血が流れ落ちた。しかし傷は浅く、戦闘行動に支障はなし。ならば優先するべきは
「オレか?だろうな──けど残念」
踏み込み、肉薄した筈が──やはり、帰寂はそこにいない。代わりにいるのは、大きく剣を引いて構える風焔と
「こっちだよ」
死角に潜り込んでいた帰寂
「チィッ!」
帰寂のダイス。その能力は未来の選定。有り得た無数の可能性を知覚し、その尽くを嘲笑い、都合の良いただ一つのみを掴み取る──なんとも、つまらない力
今回は、僅かに風焔が速かった。後方に身を引こうとも、剣の先が胸を薄く裂く。しかし傷を受け入れた甲斐あって、帰寂の炎を弾き飛ばした
「大変そうだな」
たった2度、受けた斬撃。それでも崩壊寸前の肉体には過ぎた損傷。わずかでも傷を受けるたび、残された時間がさらに削られていく
「………時間が、ないんだ」
息は荒く、手足には震えが走っている。それでも愛用の斧を握り────自らの運命を、ここに解放する
「どけよ」
背を突き破り生えた、触手のような古獣の口が一つ。星神が消えて尚、色濃く残る貪慾の烙印
「ッ───らぁ!」
地を踏み締め、今まで以上の速度で風焔へと迫る。一文字に振り抜かれる斧を、風焔は身体を後方に反らし避け、その姿勢のまま逆袈裟に剣を振り上げる。プロメイアはさらに姿勢を低く下げ、反撃を躱し斧を構えた
上がった速度に即順応。振り下ろされる風焔の斬撃は、古獣の口ごとプロメイアの肉体を断つだろう。背後の帰寂もすでに指を構えている。未来を選ぶまでもなく、勝敗は決している──筈だった
(僕が、守る)
かつて、1人の皇帝が植え付けたもの
貪慾の影を拭い去り、新たに芽吹いた願いと祈り
壊滅に壊滅を与えんとする意志、その為に力を求める貪慾、それに続く、3つ目の運命───
「ッ……!?」
「マジか」
容易く通る筈の剣は止められ、放たれた炎が砕いたのは肉体ではなく琥珀の塊
第3の運命、その名は存護。本来それ単体で使令に近しい程の運命の三者間干渉は───しかし、その内に刻まれた2つの運命がそれを制御する
「足!」
逆袈裟に振り抜かれる斧の一撃は、風焔の右足を容易く切断するだろう。このまま、未来が選ばれなければ
帰寂のダイスが回転する。振るわれた斧は何も断たず、ただ空を切る───事はなく
「はぁ?」
新たな未来が選び取られる事はなく、振り抜かれた斧は風焔の右足を落としていた。一瞬の拮抗の後、存護により守られた古獣の口を切り裂いた風焔───しかし、既にプロメイアは斧を振り上げている
打ち合うべく、振り下ろされる斧へと横薙ぎに剣を振るう。斧と剣の衝突。空へと弾かれたのは斧の方だった
「死────」
打ち合いに負けた?否、プロメイアは自らそれを手放した。振り抜かれた剣、飛んだ斧、そして──振り上げられたままの拳
斧はあくまで囮。本命は
「────ねッ!!」
風焔の顔面へと叩き込まれた拳。防ぐことも避けることもできず、風焔の顔は大きく歪み、黄金の血を撒き散らしながら遥か彼方へと吹き飛んだ
「次!」
落ちてきた斧をキャッチ。即座に帰寂へと向き直り、肉薄。接近戦では分が悪い。ならばと未来を選び取るべく、再びダイスを回す
「またか」
しかし、選べない。選び取ることのできる未来が、可能性が、ただ一つを除いて全て消えている
「見えてんだよ!」
「なるほど」
ダイスが知覚したあらゆる可能性──それら全ては、一つを除きプロメイアの貪慾によって呑み込まれ消え去った
炎を纏った帰寂の拳と、強く握られた斧がぶつかり合い────
「なんだ──新しいの、買ってなかったのか?」
砕けたのは、限界を迎えた斧の方だった。振り抜いた拳の形を変え、ゼロ距離で指を構える。武器は無い、古獣の口は既に斬られた、琥珀で防げる距離でもない────
「───おいおい」
顔面に直撃する筈だった炎は、プロメイアの頬に小さな傷をつけるだけに終わった。狙いが逸れた、逸らされた。その左腕に噛み付いた、2つの古獣の口
背より新たに、3本の口が生えていた
2本の口が帰寂の左腕を捻じ切り、残る一本がそれを飲み込んだ
「ぐ、おっ…!?」
プロメイアの手が、帰寂のダイスを掴んだ。ヒビが入る程の剛力。腕を手前に引けば、帰寂の身体が容易く浮いた
「ら、ぁッ!!」
浮いた身体を地に叩きつけ──追い討ちをかけるように、帰寂に降り注ぐ琥珀の隕石。地を砕き、絶滅大君1人から意識を奪うには充分なダメージ
そしてトドメを刺さんと、プロメイアは構えて
「……時間切れか」
崩れていく、自分の左腕を眺めていた
であれば帰寂に構っている時間はない。ナヌークはすぐそこで、今尚プロメイアへと視線を向け続けている
距離自体は開いていたが、詰めるのは一瞬で済むだろう、その肉体が万全であったのなら
火種は?2つを除いて既に無い
肉体は?全盛は既に過去のもの
「───よし」
しかし、それは諦める理由にはならない
残る右腕にヘレクトラの剣を握り締め、姿勢を低く、足に全力を込め───最後の加速。光に迫る速度で、神の眼前へと迫る
1秒、両脚が捥げる
2秒、左目と耳が弾ける
3秒、喉が潰れる
それでも───プロメイアの身体は、ナヌークの左目へと辿り着く
「─────!」
潰れた喉など構うことなく、叫んだ
声は出ていたのかもしれないし、出ていなかったのかもしれない。どちらでもよかった。その左目に、剣を突き立てたこと以外は、どうでも
命が、火種が、最後の輝きを放つ。身体、力、旅路、その全てを焼き尽くして
(キュレネ、ヘレクトラ……ケリュドラ)
肉体の、人生の、終わり
今際の際に、その脳裏をよぎったのは
(───ありがとう)
炎が燃え尽きる、その刹那───それは、蒼く煌めいていた