「行かれるのですか」
暗い、まどろみの中。一度死を迎えた僕の行き着く先はそこだった。ただ沈んでいるだけだった僕の前に現れたのは、もう会うのはいつ以来になるのか───ライコスだった
「何でいるんだよ」
「法に権限を縛られようとも、このセプターの管理者は私です。それに、今は少々状況が特殊ですから」
「あっそ」
ライコス───ザンダー。皇帝のセプターを用いてオンパロスを作り上げ、鉄墓の完成を以て知恵の星神に壊滅を齎さんとした、皆の運命を弄んだクソ野郎
「行くけど、それが何」
「誰もがあなたの旅路を称賛しました。誰もがあなたの幸を祈りました。しかし、あなたの旅の果てにあったものは自らの炎に焼き尽くされる最期でした」
「知ってるけど?何が言いたいの?」
「好奇心ですよ。あった筈の死後の安寧すら投げ捨て、恨んでいた筈の運命にすら縋り、それでも尚進んだ先に、何を求めているのでしょう?」
「皆に料理を作る。終わり」
沈黙が、ほんの少しあって
「2人の大君を地に伏せ、治癒するまでの刹那とはいえ壊滅の星神の左目を奪い、その果てに求めるものが──まさかそのような事だとは」
「悪い?……まぁ、欲張りだとは思ってるよ」
避けようのない運命に縛られて、どこに進もうとも待っているのは破滅だけだった僕ら。それを変えようと必死に藻掻いて、何度も何度も斧を叩きつけて、ようやく運命の壁を破って、普通の人生を求めた
「こんなところで終われない。限界はこんなところじゃない。……そうやって必死こいてる欲張りのこと、お前は好きだろ」
「えぇ、私も昔は──そうでしたから」
だからこそ、限界を定めてしまった自分の行いが許せなかった。そして運命を打ち破ろうと闘い続けてきた。向いてる方向が違っただけで、僕とコイツに差なんてない
「やった事を許せるわけじゃない。感謝もしない。けど…お前のことを、理解できない化け物だとも思わない」
「……随分と、変わられたようですね」
「旅をすれば、人は変わるものだろ」
立ち上がって、ライコスに背を向けた。目指すべき場所があって、会わなくちゃいけない人たちがいて、語りたい旅の話を山のように抱えてる
だから、僕とコイツはこれで終わり
「ライコス」
「何か、言いたい事でも?」
背を向けたまま、一度だけ名前を呼んで
「お疲れ様」
そして、蒼い炎へ手を伸ばした
──────────────────
「──来い!プロメイ───」
「呼ばなくたって居ますよ」
叫びを上げようとしていたカイザーの頭を撫でながら、僕は微睡から這い出た
目を見開いたカイザーの顔を一瞬見て、すぐさま正面───槍を振り上げた鉄墓を見据えた
「下がっててください」
あの槍は、あの一撃は───比喩でもなんでもなく、銀河を壊滅へと導くものだ。再創世、永劫回帰、その全てを学習し生まれ出でた鉄墓。使令すら凌駕する超越存在。その一撃を、防げるものがいるとすれば
「──僕が来た、僕が見た、僕が征した」
同じく、通常の使令の枠には当てはまらない存在のみ
僕の中に壊滅は既にない。残ったものは貪慾と存護。──充分。其の眼差しの元、崩壊した肉体は既に再構築を終えている。今の僕はデータではなく、この世に根を下ろした確かな生命
「海洋に安らぎを、法に忠誠を、歳月に愛を、築きし壁には盤石を」
無から発生した無数の琥珀が、宙へと集い壁を成す。天高く振り翳された槍の矛先を捉え、その一撃を受け入れるように
「全てを────」
高く、高く手を挙げ、指を鳴らした
「───琥珀の王にッ!」
耳朶を打つ轟音。衝突した槍と琥珀が摩擦によって火花を散らし、光が溢れて空を灼く。押し込まれる槍、砕ける琥珀───砕けた側から固めて補強を続ける。負けられない、負けてたまるか
琥珀に背負うは銀河の運命。上等、今までだってずっと背負ってた。今更重荷には感じない───けど、シンプルに、物理的に重い……!
「ぐ、ぅぅ……ッ!!!」
今にも腕が砕けそうだ。膝だっていつ折れるかわからない。でも、僕がここで負ければこの銀河が終わってしまう。そんな終わり認められない
「「プロメイアッ!」」
聞き慣れた、2人の声が重なる
背に添えられたカイザーの、手に重ねられたヘレクトラの手。決して多くない、けれど確かに増した力が、あれを受け止め切るだけの支えになった
「う、ぉぉおぉおぉッ!!」
やがて、槍が振り抜かれ───琥珀が、完全に砕け散る
盾は矛を砕くことはできず、されどその一撃が奪ったものはこの銀河には何も無い。僕が銀河に示した存護は、その役目を果たしてみせた
「壊滅の結末を────」
既に星とミュリオンは矢を構えている。あの一撃を振り抜いた直後、完全に終わらせるならこれ以上の好機はない
砕け散った琥珀を束ね、形作るは一振りの剣。ただ一閃、斬り捨てるだけで良い
「──書き換えましょう!」
放たれた矢に合わせて、剣を振り下ろした
──────────────────
「んーっ、ふぅ…」
「協力に感謝します、貪慾の仔」
「お疲れ様。結果は聞きたい?」
「聞きたいですよそりゃ」
あの戦いの後──今の僕がいるのは宇宙ステーションヘルタ。オンパロスのために色々奔走してくれてた天才クラブのヘルタさんと、その友人?のルアン・メェイさん。戦いの果てで色々あった僕の身体のことを調べてくれて、今はその結果を聞くところ
「あなたの中に壊滅はもう無い。貪慾はまだ残ってるけど、以前ほどの出力は無い。代わりに存護──これは桁違いに強くなってる」
「これほどの運命を強く歩みながら、あなたの肉体は非常に安定しています。外部から刻み込まれた虚無と秩序の影響でしょう」
「とりあえず、なんともないって事でいいですか?」
「えぇ。節操なしに色々手を出したにしてはね」
「人聞きが悪いですね」
なんとなしに左手を開いたり閉じたりして、あの戦いの顛末を思い出す
オンパロスこと、皇帝のセプターは完全に崩壊した。ミュリオンが記憶を銀河に放ったから、オンパロスにいた皆はいずれ本物の生命として現れるらしい。僕は…色々あってひと足先に、って感じだ
「それじゃあ、僕はこれで。また何かあったら呼んでください」
そうして2人に背を向けて、適当に宇宙ステーションを歩いた。宇宙ステーションだから当たり前だけど、外に広がってるのは星空だけで、足音以外は何も聞こえない
それがなんだか寂しくなって、名前を呼んだ
「キュレネ」
「ハーイ、どうかしたかしら?」
ふわふわと、一瞬だけ僕の周囲を漂ってから地面へと降り立った桃色の髪の少女──キュレネ。データであった彼女は本来ならセプターの崩壊と同時に消える筈だったんだけど……
「寂しくなっちゃって」
「ふふ、あたしはずっと側にいるわよ?」
「それでもだよ」
ヘレクトラとケリュドラのおかげで、僕の貪慾は器用に扱えるようになった。呑み込んだものを吐き出せるぐらいには
消える前にキュレネを呑み込み、セプターの残骸から肉体を構築して、なんやかんや今は記憶の精霊?としてキュレネは僕の側に居てくれている
「綺麗ね」
「………そう、だね」
オンパロスを出て、ようやく目にした本物の星空。これまでの長い旅、その全ては、いずれ皆でこれを目にする為にあった。明日か、一週間後か、一ヶ月後か、一年後か……わからないけど、その未来は既に確約されている
「ところで、皆に会いに行かないのかしら」
「まだちょっとだけやる事があってさ。今は待ってるところなんだ」
ミュリオン以外に、唯一外に出る事ができているオンパロスの人間。それ以外にも色々あって、銀河における今の僕の立場はそこそこに複雑
正直待って欲しい気持ちはあるけど、皆の為にも自分の為にもそうは言ってられない
「それじゃあ、今はあたしとおしゃべりしましょう?」
「いいよ」
適当なところに並んで座って、ぼーっと星空を眺める。あの戦いを超えて、僕たちで守った星空は、何事もなかったかのように沈黙を保っている
戦いがあっても、世界は変わらず回っている───けど、変わるものだって当然あって
「……どうしよう、キュレネ」
「どうしたの?」
「好きな人が3人できちゃったよ」
「あら……ふふ、大変ね?」
誰のことかなんてのは、きっととっくに見透かされてるんだろう。相手がキュレネなのもあると思うけど、それ以上に僕自身隠すのが下手だ
「どうしようなぁ」
「好きなようにやればいいのよ、プロメイア。だってあなたは自由なんだもの」
「自分でも最低だと思ってるんだけど……」
「あたしは…ちょっと妬いちゃうかもしれないけど、あなたがしたいなら受け入れるわ」
「…………やっぱり気づいてたんだ」
「ふふ、だってわかりやすいんだもの」
ニコニコと、揶揄うように視線を送ってくるキュレネ。その姿は、やっぱり記憶の中のそれと同じ。ちゃんと救ってあげれたんだと思えて、それだけで少し嬉しい
「あら、どうかしたの?そんなにニコニコしちゃって」
「別に?……ただ、生きててくれてよかったなって」
「…………もう」
僕の返しに面食らったのか、ぷい、と目を逸らしたキュレネを見て、つい笑いが漏れてしまう。こんな風に話せてることが未だに信じられなくて、胸の奥が暖かい感情で満ちていく
『邪魔、したかい?』
そうしてるうちに時間は過ぎて、僕の前には金髪の青年のホログラムが立っていた。僕に残った少しのやる事、それが彼だ
「大丈夫ですよ」
『そうかい?なら話を続けよう、まずは自己紹介───スターピースカンパニー戦略投資部、アベンチュリンだ。今後ともよろしく頼むよ』
「プロメイアです。こっちはキュレネ」
「よろしくお願いするわね、アベンチュリンさん」
スターピースカンパニー。彼らからのコンタクトの理由がわからない程天外の世界に無知なわけじゃない。それはあっちも知ってる事だろうけど
『それなら早く本題に入ろうか。単刀直入に言うと、君の今後の身の振り方についてだ』
「オンパロスについては?」
『その質問が出てくるって事は、僕たちの事はそこそこわかってるみたいだね。結論から言うと、それについては後でいい。君単体のことに比べると、触れるのが少し大変みたいだ』
オンパロスにタイタン信仰があったように、天外には星神信仰がある。存護を信仰する経済共同体。それがスターピースカンパニーだ
『壊滅の祝福を受けたセプターの残骸から生まれた記憶の精霊。そして──最も新しい存護の使令。存護を信仰する団体としては、放っておくわけにはいかないだろう?』
一度死に、データとなった筈の僕が、今なお生命として存在していられる理由。振り翳された槍を前に抱いた存護の意思が、其の祝福を勝ち取るに値するものだったというわけだ
紡がれた物語の影響もあって、僕の存在は広く知れ渡った。身の振り方──考えていなかったわけじゃないけど、思ったよりも面倒だ
『本当はダイヤモンドが直接来るべき案件だけど、今はウチも色々と忙しくてね。代理として僕が交渉のテーブルにつくことになったってわけさ』
「結論から言いますけど、カンパニーには入りませんよ。上司にする人間は死ぬまで1人って決めてるんです。人道に背かない行いであればあなたたちには協力しますが、僕らの関係はそれっきりにさせてください」
『なるほど。つまりビジネスパートナーってことかい?』
「僕個人としてはそうなります。オンパロスとしての解答はカイザーに聞いてください。僕に答える資格はありません」
言うべき事は全て言った。カンパニーについては少し調べてる。その後ろ暗い部分についても。アベンチュリンさんは少し考えたような仕草をして、また口を開いた
『うん、概ね予想通りの反応だ。安心してくれ、ダイヤモンドだって納得する筈さ。だから──ここからは、僕の個人的な忠告になる』
「忠告?」
『実のところ、この役割を買って出たのはこれが理由でね。……オスワルド・シュナイダーを知ってるかい?』
「市場開拓部の責任者ですよね?」
『あぁ。知ってると思うけど、僕らカンパニーには後ろ暗い部分も多い。オスワルドはその象徴と言ったっていい。やがて宇宙に芽吹く星、オンパロス───いい"市場開拓"の対象だと思わないかい?』
………要注意人物の1人ではあったけど、改めてこう言われると警戒度を引き上げざるを得ない。アベンチュリンさんの言葉に嘘がない事は肌感覚でわかる。だから、その注意は真摯に受け止めておかないと
『これはある友人の話なんだけど───その友人の故郷は、オスワルドの手によって焼き払われた。彼の娘共々ね』
「………存護を信仰してるんですよね?」
『あぁ、驚いた事にね。オンパロスに対してそこまで過激な手段には及ばないだろうけど、下手を打てば永遠に搾取され続ける事になるかもしれない』
「面倒な……」
『何かあれば戦略投資部に連絡してくれ。存護の使令直々の要請とあらば、ダイヤモンドだって動かざるを得ないからね。それじゃあこの辺で。失礼するよ』
通信が切れ、静寂が訪れる。銀河に出るというのはこういう事だ。狭い世界で都市国家同士の争いをやってた頃とは比較にならない
利権、利益、信仰。………アグライアもケリュドラも、よくこんなの相手にできたよね
「ねぇ、ねぇ!大丈夫?」
「………ん、おぉ。大丈夫大丈夫」
「あまり思い詰めないでね?あなたにはあたしも、皆もついてるもの」
「それもそう、だね。……疲れた、そろそろ皆に会いに行こっか」
立ち上がり、大きく伸びをする。長かった旅が終わったんだ、そろそろ一息ついてもいいかも知れない。これからの事も、ケリュドラならきっといい案を出してくれるかも
「おいで、キュレネ」
「ふふ、はーい」
大人しく僕の中に収まったキュレネを連れて、永遠の一ページへと足を踏み入れた
──────────────────
「遅い」
「勘弁してくださいよケリュドラ。事情ってものがあるんですって」
「よく帰ってきたな、プロメイア」
永遠の一ページに待っていたケリュドラとヘレクトラに迎えられ、久しぶりの挨拶を交わす。2人と一緒だとなんだか気が緩むというか、肩肘張るのが馬鹿らしく感じる
けど、今は丁度いい気がする。緊張しっぱなしは、なんだか嫌だし
「──メイア!」
「プロメイア…!」
「アグライア!セファリア姉さん!」
背後から聞こえた声は、ずっと帰りたかった家族のもの
振り向いて、胸の奥が熱くなる。この瞬間に立ち会いたくて、生きて帰るのだと誓って───ここまで来たんだ
「えっ、と、その………ただい、ま?」
「うん…!メイア、おかえり!」
「おかえりなさい、プロメイア」
ただいま、おかえり。そのやり取りは初めてじゃないけど、ひどく特別なもので。暖かくて、優しくて、嬉しいのに涙が出そうになる
家族が揃うことがどれだけ幸福なのか、家族を取り戻すことの難しさを、痛いほど思い知った。これからもきっと、こんな日が続く。そう思うと、泣きそうなぐらい嬉しい
「……ところで、キミは外で何をしていたんだ?」
「いやぁ、銀河には色々とあるから。僕の立場とかアレコレ面倒なことがちょっと……ほんとケリュドラとアグライアの苦労がわかるというか」
「あら……ふふ、頑張りましたね」
アグライアに頭を撫でられると、心がふわふわする。安心できる家族の温もりってだけじゃない、不思議な幸福感
「それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
「んんー………新生を迎えるまでここに留まってもいいんですけど、実際どうするかは決めかねてます」
正直、銀河を見てまわりたい気持ちはある。僕の知らない料理とか色々あるだろうし、覚えにいきたい気持ちはすごくある。けど…そう好きに動いていいものなのか……
「偽りを言うのはやめろ。やりたい事があるのならやればいいだろう」
「あ、バレてました?……でも、そういうわけにも」
「はぁ……なら、命令だ」
ため息の後、ケリュドラは僕を見つめて
「来る新生に備え、天外の派閥、情勢についての情報は必須だ。そして都合のいい事に、僕たちは銀河を旅する者達との繋がりを持った」
「ケリュドラ、まさか」
自信に満ちた顔で、僕を指さして
「───星穹列車に乗り、銀河の全てをその目で見て来るがいい!」
……やっぱり、この人はいつだって僕を導いてくれる
「ふふ。仰せのままに、カイザー!」