「……綺麗だな」
「そうでしょう?普段はもっと綺麗なのよ?」
大きな湖に、豊かだった筈の麦畑。時期が来たから、僕は出向く事になった──カスライナ君の故郷、エリュシオンに
暗黒の潮の侵攻を受けていたそこから、キュレネだけを生かして、それ以外を見送った。結果として残ったものは、焼け野原と廃墟だけ
「………ごめん」
「あなたのせいじゃないわ。それで……あたしを、殺しに来たのよね」
その身に触れた時、記憶の共有が始まった。過去四百万回分のカスライナ君の歩みと、今回の僕の歩みがキュレネに伝わった。ただ触れるだけで状況を伝えられるのは楽だった………メカニズムはよくわからないが、恐らく彼女が歳月の司祭候補であることに由来すると思う
「ありがとう──この世界の為に、全てを背負ってくれて」
「そんなんじゃない……僕のせいで、皆の旅が無駄になりかけた」
「でも、あなたのおかげでそうはならなかったわ」
ニコニコと、焼け野原になった故郷の中で笑っている。あまりに──あまりに、似合わない。少なくともその表情は、本来の豊かな麦畑の中でこそ輝くものの筈なのに
キュレネだけじゃない。幼かった皆に、幸せに生きていく筈だった皆に、運命が重荷を背負わせた──鉄墓を誕生させるべく動いている、あのライコスとかいう機械野郎
僕たちの運命を空の上から眺めてるクソ野郎がいる。ならば最終目標は──そいつを引き摺り下ろしてぶっ殺す事だ
「───ぇ、ねぇ!」
「わっ………ごめん、考え事してた」
「もう!すっごく怖い顔してたわよ?……あなたの旅は、大変なものかもしれないけど…あたしといる時ぐらい、笑ってくれると嬉しいわ」
「え、いや、その……」
別にそういうつもりはないんだけど……と思いながら、ちらりとキュレネを見る
彼女の服は白と、紫。あの黒焦げの世界の中で、彼女だけが色を持っているように錯覚する
真っ直ぐで強い意志を感じさせる、水色の瞳。短く整えられた桃色の髪
(……何だろ、なんか…)
ずっと、見ていたくなるような。惹かれるような。理由はない。でも、ただ純粋に、綺麗だなと思った
「キュレネといると、楽しそう」
「えぇ、きっと楽しくなるわ。あなたとあたしがいるんだもの!」
僕とキュレネ、二人だけの、束の間の休息。ここから先は厳しい旅路が待っているとしても……話している時だけは、本当に楽しくて
「……そろそろね。楽しい時間はあっという間…儀礼剣、貸してちょうだい?」
「…………はい」
「ありがとう」
そんな時間も、すぐに終わりを迎える。僕がキュレネを手にかけられない事も見抜かれていて………まさか、自殺を選ばせる事になるなんて
「次に会ったら、またお話ししてくれると嬉しいわ。短いし頼りないかもしれないけど…あなたの為の休憩所だと思って、ね?」
その身に儀礼剣を突き立てたキュレネが倒れていく。一瞬だけ苦悶の表情を見せ──すぐさま穏やかな笑顔を浮かべた
それを最後に、黄金の粒子と化して消えていく。僕の記憶の中に、その在り方を刻んで
「……頑張るよ、キュレネ」
──────────────────
「暗黒の潮が天外に由来するものであるとは思っていましたが………あなたの話を聞く限り、間違いなく鉄墓に由来するものでしょう」
神悟の樹庭の学者、アナクサゴラス──皆はアナイクスって呼んでるけど、そう呼ぶと怒るのでやめた方がいい。僕は昔からそう呼んでたので今更変えられるかって感じだ
「加えて、オンパロスの全てがデータであるというのなら、それを保存する場所が必要です。……この大地は、鉄墓の肉体そのものである可能性も高いでしょう。鉄墓を滅ぼすことが、そのままオンパロスの終焉に繋がる…あり得ない話ではありません」
「じゃあどうすんの、アナ先生?」
「第一に、私をアナ先生などと呼ばないでください。第二に、私の話を遮らないでください。本題はここからです」
「そうだって、やめなよセファリア」
「はーい」
「続けますよ」
理性の火種を継いだ彼は、専ら僕らが倒すべき最大の敵……鉄墓への対処法を考えてくれている。それを覚えていられるのは僕ぐらいだし、そもそも得られる情報が限られすぎているが、それでも考える事をやめるべきじゃない
「単純な話です───中身だけを壊せばいい」
「えっと、つまり………具体的には…?」
「植物状態にしてやれって事?」
「あぁ、それだ!兄さん流石!」
「……概ねそう捉えて頂いて構いません。ですがこれは、我々の生存を視野に入れた上での話です。酷かもしれませんが、オンパロスごと破壊する覚悟もしておいてください。……あとは、実際に対峙して確かめる他ないでしょう」
……天外に被害を出すぐらいなら、オンパロスごとヤツを葬ってしまう───最終手段だな、これは。一にも二にも天外と繋がることができなければ始まらない
「私に言える事はこれだけです。少ない上に具体案もありませんが、頭の片隅に留めておいてください」
「ありがとうございます、アナイクス先生」
「私をアナイクスと呼ばないでください。以前の私にもそう言われたのではないですか?私の名前は覚えているでしょう?アナイクスではなくアナクサ───」
「あーはいはい!兄さんには後で言っとくから、ばいばいアナ先生ー!」
「待ちなさい猫女、まだ話は終わって………はぁ」
詭術パワーでセファリアに攫われたのでアナイクス先生との話は強制終了となった
…それにしても兄さんか……何年経っても慣れないなぁ……
「とうちゃーく!んじゃ、裁縫女に見つかる前に帰るから。じゃあね!」
「おぉ、じゃあねー」
一瞬で樹庭からオクヘイマに運ばれて、また一瞬で去っていった。そもそも何で着いてきてくれたんだろうか
「プロメイア様」
また、聞き慣れた声が僕を呼んだ
「キャストリスさん。どうしたの?」
「サフェル様から連絡がありまして。あなたを迎えに来るようにと……アグライア様がお呼びです」
「何かやらかしちゃったかな……」
「ふふ、そういう事ではないかと」
そう言って、キャストリスさんは僕に手を伸ばした。死の火種も取り込んでいる僕の身体には、彼女の死の呪いは効かない。よって、現状僕だけが死ぬ事なくキャストリスさんに触れられる
「……繋ぐの?」
「あ……お嫌、でしたか?」
「嫌じゃないよ」
ゆっくりとその手を取って歩き始める。いつものように彼女に先導されて、アグライアのいるバニオへと向かっていく。それほど時間を掛けずに辿り着いて、そこには……
「あっ──やっと来た!プロメイア、セイレンスさんを止めてくれないか?」
「セイレンス……これから重要な話をしますから…いい加減メーレを飲むのは…はぁ……」
「俺たちでは止められなかった……すまん、プロメイア」
メーレ──つまりは酒を爆飲みしているヘレクトラがいた。僕たちを待っているのが暇だったのか、あるいは飲んでる途中に呼ばれたからそのまま来たか………多分後者だろうなぁ
「……ヘレクトラ、飲むのやめなさい」
「む……ラブカか。キミもどうだ?」
「話を聞け。や・め・な・さ・い!」
「うぐ…わかった、後にしよう……」
「はぁ……プロメイア、助かりました」
酔っぱらいの相手は骨が折れる。今日はそれほどでもなかったから良かったけれど
「時が来ました──紛争の火種を奪いに行きましょう」
「こんのクソ大事な話の前に何酒飲んでんだよ!」
「人は……人は目の前の一杯を拒む事など…」
「ふふ……」
紛争のタイタン、ニカドリー。暗黒の潮が現れた当初、真っ先にそれらと戦ったタイタン───しかし、今や狂気に堕ちた。その火種を奪わねばならぬ神
………それを奪いに行こうって話の前に、この女…
「しかし、ヤツは不死身だ。それを破る術は見つかったのか?」
「手分けするんだ。僕と……キャストリスさんでオロニクスの所に行って弱点を探る。ヘレクトラとファイノン君、モーディス君でニカドリーを抑えといてほしい」
「その案を採用しましょう。紛争さえ奪えば、倒すべきは天空のみ………いえ、それで終わりではありませんが」
アグライアの視線が、僕を捉えた
「……次の事まで考えなくていいって。僕の仕事だよそれ。だから今は……今は紛争の火種を取りに行くことを考えよう」
「──すみません。気が逸ってしまいました」
「じゃ、早速行こうか。キャストリスさん」
「えぇ、お供いたします」
──────────────────
『私に戦士として、相応しき死を───!』
『天空よ──わたしたちに癒しの虹を!』
ひどく長い──過酷な闘争だった。これが火追い。皆はこの戦いに、火種を持たない人の身で挑み、見事12の火種を全て集め切ってみせた………本当に、心の底から尊敬する
「12の火種はここに集いました。プロメイア、これよりあなたは千年前へと時を戻す──この認識に間違いはありませんか?」
「合ってるよ、アナイクス先生」
「ですから………はぁ、鉄墓を倒す頃には、その呼び方を直しておくように」
創世の禍心に集った、歳月、大地、法以外の全ての半神──彼らから火種を譲り受け、僕はまた輪廻へと足を踏み入れる
「んじゃ、早く火種ちょうだい?」
「もう、せっかちですよ、プロメイア様!」
「えぇ?どうしたのヒアンシーさん」
「皆、お前に言いたい事があるという事だ。聞いてやれ」
言いたい事………何だろ、特に思いつかないけど。モーディス君の言葉を皮切りに、皆が口を開き始めた
「ワタシからの言葉は………千年前に告げたな。次も、その次も…キミが抗い続ける限り、ワタシはキミの隣で剣を振るおう」
僕の手を握って、柔らかな微笑みと共に、ヘレクトラからの激励は僕の胸の奥に届いた
「次は私が………全てが終わった暁には、仕立て屋を開くつもりです。良ければ、付き合っていただけますか?」
「……もちろん」
「えぇ……私の金糸は、常にあなたと共にあります。あなたの旅が、安らかな終わりを迎える事を願っています」
子供の頃から、その成長を見てきたアグライア──千年という時間が、彼女から人間性を奪っていったとしても、その本質は何も変わらない
「頑張って、メイちゃん!あたちたちも応援してるから───門と道が、あなたを導かん事を!」
子供らしい、端的な応援。世界の為に、全てをかなぐり捨てて最初の半神となった聖女。彼女たちの言葉が、きっと僕の背中を押し続けてくれる
「んじゃ、あたしは……ずっと聞きたかったんだけどさ、兄さんって呼ばれるの嫌だった?」
「その……前は僕がセファリアのこと姉さんって呼んでたから…」
「あっはは、そういう事ね〜。……じゃ、全部終わったら、また姉さんになったげる」
姉のようであり、妹のようでもあった、元気な少女。飄々としているけれど、ずっと僕の事も、皆の事も気にかけてくれていた
「辛い道のりになるでしょうが、頑張ってください。それでは」
「……もっと何かないんですか?」
「これ以上何か言う必要が?………言い忘れていましたが、あなたはまだ樹庭の卒業要件を満たしていません。全てが終わったら、私のところに来るように」
「はは……わかりましたよ、アナイクス先生」
数十年に渡り、僕達の行く末について調べ、思考してくれた人。誰よりも理性的で、誰よりも不器用な優しさを持つ、僕らを導いてくれた先生だ
「もし疲れたら、昏光の庭に来てください。わたしはずっと、あなたの事を待ってますから」
「うん、そうする」
天真爛漫で、心優しい少女。彼女の明るさは、ずっと前から僕を支えてくれていたら。彼女の言う通り、何かがあれば医者に頼ろう──少しでも長く、この旅を続けられるように
「……お前は、この戦いの先に何を見ている?」
「モーディス君?」
「クレムノス人であれば、戦いの先にあるものは栄光や死だ。……お前にも、そういうものがあるのなら──戦いの果てに、望む物を得られる事を祈っている」
僕が、戦いの果てに望む物。世界でも、仲間でもない、自分のために望む物──すっかり忘れてた。そういう物を、一つぐらいは持っていても良いのだろう
「最後に……あなたと抱擁を交わしたいです」
「うん、もちろん」
「……どうか、次の私にも…このように触れて頂けると嬉しいです。この温もりさえあれば…私は全てを賭けて、あなたの旅の力になれますから」
最後の抱擁は、どこか寂しさを孕んだものだった。死の呪いを受けた、他者と触れ合うことのできなかった少女──それでも、彼女ほど暖かな手を持つ人はそういない
「最後は僕だね───とは言っても人生経験が文字通り桁違いだから、偉そうなことは言えないけど………うん、やっぱりこれだな」
「思いついた?」
「あぁ───どうか、最初に旅立った時の信念だけは、忘れないで欲しい」
例えどれほど擦り切れようとも、初心だけは、決して失う事のないように。それさえあれば、戦う理由は充分だ
「それじゃ……行ってくるよ。皆──また、明日」
12の火種をここに束ね、僕は再び輪廻へと足を踏み入れる
この世で一番偉大な予言と、皆からの言葉を、確かに記憶に刻みながら