「再創世は偽りである……か。根拠はあるのか?」
「ありません」
「そうか。……まぁ、いい。何であれ───」
「あなたの火追いに協力するなら良い。……そうでしょう?」
「……その通りだ」
そうして、もう一度輪廻に足を踏み入れた。444445回目の永劫回帰。仲間を殺して迎えたそれは、いつもと何ら変わりのないものだった
オンパロスの惨状は変わらず、トリスビアスが半神となり、カイザーが火追いの号令を挙げ、僕はそれに応える
今までと違う事があるとすれば、戦場に出た僕が敵を殺すようになった事ぐらいだ
カイザーに命じられるまま、力を振るった。戦場に出れば万の敵を殺した。国に赴けば滅ぼした。何度も何度も、人の頭に斧を振り下ろした
殺す相手が違うだけで、皆は僕を讃えた。何万人もの敵を殺すことと、9人の半神を殺す事は違った
カイザー以外とは……碌に顔を合わせる事もできなかった。皆の死に顔が頭にこびりついて離れない。皆が夢に出てくる。僕に憎悪の眼差しを向ける。次第に寝れなくなっていった。でもそれで良いのかもしれない。こんなクソ野郎には罰が必要で、この程度じゃ足りなくて、もっと、もっと、もっと───
「一局付き合え」
「………カイザー?」
チェスに付き合え、とカイザー直々の誘いがあった。断る理由もなく、千年ぶりにカイザーの部屋で盤を挟んだ
「今は何度目なんだ?」
「…信じてくれるんですか?」
「そうではない。皆が言うように根拠がないからな───ただ、お前は僕の下で本当によく働いた。そのくせ何も欲さない。カイザーは忠臣に褒美を取らせない、などと思われるのも癪だからな。付き合ってやるのも良いだろう」
「そうですか……」
「そら、お前の番だ」
「あ……はい」
しばらく、チェスの駒が動く音だけが室内に響く。会話らしい会話も起きない。駒の動きは僕だけが早かった。見たことのある手、見たことのある動き。やったことのある対応
「今は何度目なんだ?」
「444445回目です」
「それだけの回数、火種を集めてきたのか?」
「はい」
「……記憶障害だと言っていたが、それはいつからだ?」
「444444回目からです」
「どうやって火種を集めた?」
「僕が皆を殺しました」
カイザーの動きが止まった。盤上に視線を向けていたまま、僕の方を見るでもなく、淡々と質問を続けた
「僕の事もか?」
「いいえ」
「……そう、か」
僕の答えは、カイザーが火を追う旅の終点で生きていない事を示すものだった。だけど、カイザーは何も言わず、そのまま次の一手を打った。また、見たことのある一手だった
「僕を殺すのは誰だ?」
迷いなく次の一手を打とうとした体が、止まった。これに答えれば──本当の事を伝えたとして、どうなる?まず信じないから関係ない?………それでも、もし、もし──僕の想定外が起きて、カイザーが生き残るような事があれば
僕は、この人まで手にかけることになる
「言えないか?」
「……はい」
「そうか」
カイザーに動揺は見られない。ただ変わらず、次の一手を考えていた
「そうだろうなとは、思っていた。だが、そうなると───あぁ、やはりお前が心配だ」
「は?」
今、何を──心配?心配って言った?何だそれ、聞いた事がない。カイザーは、確かに僕のことを案じてくれていたけど……それは僕が永劫回帰を証明できるからであって──そもそも、心配、だなんて直接的な言葉
「お前は躊躇う事もないし、僕以外に顔を見せる事も少ない。だから皆気づかないだろうな───お前が誰かを手にかける度に、どんな顔をしているのか」
「………はは、僕だってよくわかんないです」
「そう、か…………お前に限った事ではない。皆、武器など握りたくなかっただろう。人を殺したくなかっただろう。……それでも僕が皆を率いたのは、そうしなければならなかったからだ」
僕も、皆も、カイザーでさえ、他の何かに背中を押されてこの地獄に飛び込んだ。そうする他になかった、どうしようもなかった。それを選ばなければ、待っているのは滅びだけだったから
「旅に出たのはいつだ?」
「僕が……18、の頃です」
「そうか」
あの頃は……楽しかったな。アグライアがいて、セファリア姉さんがいて、皆がいて、僕もいて。そこに帰りたくて、僕は旅にでて──結局、僕は
「僕が独裁を敷かなければ、運命卿が旅を始めなければ、子供だったお前が全てを背負わなければ、この世界は滅んでいただろう───そして断言しよう。そんな事をしなければ存続できない世界は間違っている。滅んだ方がいい」
「は」
「それでも、僕たちの愛した世界だ」
手から駒が落ちた。床に転がり、カラカラと乾いた音を立てる
カイザーはそんな僕を気に留める事もなく、僕を見ながら話を続けていた
「恐らく、お前の望みは叶わないだろう。半神を殺し、火種を奪う事になるのなら……せめて、その時まで側にいてやれればと思っていたんだがな」
遺言を遺してどうにかなる話でもないし、そもそもカイザーだって僕の言う事全てを信用している訳ではない。根拠がないからだ
そう、根拠はない。カイザーだって言っていたのに、その上で僕を心配してくれた。あの人は僕の話を、僕の目を見て、僕の気持ちを信じてくれた。嘘か本当かなんて二の次で、そこにある本物を見出してくれた。過去の事は知らなくても、今の僕を見て、考えてくれた
「僕がいなくなるのなら──一体誰が、お前の涙に気づいてやれるだろう」
流すことのできなくなった、涙──僕でさえ、自分が泣いてるのかわからなくなった、のに
「………これからも僕の下で戦うのなら、そうするがいい。もしも嫌ならば──いい、僕が許す。どこへなりとも行くが良い」
──────────────────
「………うそ」
キュレネの瞳が揺れている。僕に触れて、僕の記憶を見た。僕がやったことを、走馬灯のように一気に
「幻滅しただろ?強がって、あんなこと抜かしておいて……結果はこれだ」
「そんな、こと……」
いつもと同じ、焼け野原のエリュシオン。僕たちはそこに座り込んでいる。キュレネの手が離れていく。朗らかだったはずの表情は引き攣っていた。口を噤み、息を詰まらせ、眉根を寄せ──ようやく絞り出した声は掠れている
「……時を戻した時、何を思ったと思う?───安心したよ。殺した皆はいつか生まれてくるだろう、僕のやった事を知る人間は誰もいない。…最低だろ?」
「そん、な、こと……だって、あなたは…」
「いつか、いつかこんな日が来るんじゃないかって、思ってたけど………それが、それがこんなに───虚しいだなんて思わなかった」
キュレネの肩を掴む。もう、どうでもよかった。痛いだろうな、なんて考える余裕もなく、胸の内が溢れて止まらなかった
「お前の幻覚を見たよ。立って戦えって言われたよ。自分の選択の責任すら自分で取れないようなヤツだったよ僕は!」
「必死こいて仲間を守って迎えた輪廻も!必死こいて仲間を殺して迎えた輪廻も同じだ!何も変わらない───けど、けど!あんなものが世界を救う筈ない!」
「なぁ、僕たちは間違えてたんじゃないのか!?本当に!こんな事でせか、いを…」
キュレネは──どこか呆けたような、驚いたような顔をしていた。怖がるでもなく、痛がるでもなく──ただ、状況には似つかわしくない表情を
「あ──ふふ、ごめんなさい。少し驚いちゃって…あ、悪い意味じゃないのよ?あなたも、迷う事があるんだって……」
「……なんだそれ。迷ってばっかだろ、僕は」
「あなたもファイノンも、弱音を吐く事はあったけど……この旅自体を疑う事はなかったでしょう?あたしだけ仲間はずれだと思ってたわ」
そう言って笑う姿は、以前と何ら変わらないように見える。むしろ、幾分か安堵すら滲んでいる
「……キュレネも、そういうこと思うんだ。悩みとかなさそうなのに」
「買い被りすぎよ?あたしだって悩んだり、泣いたりするもの」
肩に置いた手に、キュレネの手が重ねられる。今度はキュレネの方から僕に触れてきて、優しく頭を撫でてくれた
「確かに、間違ってるのかもしれないけど……あたし達にはこれしかないの。だから…あたしにできることなら、何でもするから────お願い」
キュレネの手に、ほんの僅かに力がこもった。声音は、聞いた事もないほど弱々しいもので
『世界は間違っている』
再創世は間違いだった。けどそれに向かって歩む皆が間違ってたなんて僕には思えない。皆が間違ってたとするなら、それは世界が間違っているからだ
いつだって正しいのは皆で、間違ってるのは僕の方だ───それでも
「………ごめん、キュレネ」
今は、今だけは、あの惨たらしい間違いを選び続けなければならない。そうでなければ──僕たちは、選ぶことすらできなくなる
「戦うよ、最後まで」
「……ありがとう」
あんな事をしでかした。全てが終わったとしても、皆と一緒にはいられない。僕に未来は必要ない。それでいい。それでいいと、納得ができた
「あなたに罪があるとしたら、それはあなただけのものじゃないわ。カスライナと、あたしのものでもある」
きっと、永遠に抱えていくことになる十字架だ。ずっと、ずっと僕を苛み続ける。でもそれでいい。僕が犯した罪の業火は、この身を焼き尽くす事になるだろう───それで良いんだと、取り出した儀礼剣をキュレネに向けた
カイザーが教えてくれた。たとえ何億人殺そうと、僕はそれに慣れる事はないのだろう。カスライナ君のように人間性を失う事もない。殺せば殺すだけ、後悔に溺れることになるだろう。それでも──
「……これが、僕たちの答えだ」
初めて、この手でキュレネに儀礼剣を突き刺した
戦え。戦い続けろ。万が一にも負ける事など許されない。いつか、正解を選べるその時が来るまで、永遠に間違い続ける──それが、僕の役割だ
力だ。力を求めろ。負けないように、折れないように、貪欲に、ただひたすら貪欲に、貪欲に────
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