「…………な」
その場にいる全員が、濁流のように押し寄せる記憶を見た
死したカイザーにアナイクス、冥界に残ったキャストリス、天空を支えたヒアンシー、ただ1人戦い続けることを選んだモーディス。それ以外の全ての半神が、その記憶を見た
アグライア、セファリア、セイレンス、ファイノン、トリビー、そして星穹列車の開拓者──星と丹恒
「……にい、さん…?いや……メイア…」
どれだけ否定したくとも、突きつけられた記憶が告げている───再創世直前になって現れた、目の前のおよそ人とは呼べないような化け物が、かつてプロメイアと呼ばれていた少年であることを
右半身だけだった変異は全身に進行し、口も触手も倍以上に増えている。それがかつて人であった事を示すのは、辛うじて変異を免れている左腕だけ
「………そこに、いるのか?」
だが、その身体を引っ張り続けた左腕は悲惨な状態だった。爪は軒並み剥がれ、折れたまま碌な処置もされなかった指は黒く変色し、そうでない場所も赤く染まっている。歩んだ旅路の長さ、過酷さを物語っていた
「私は……なんという、ことを…」
皆強い後悔を持って、プロメイアの元へ歩き出した。アグライアは金糸を用いてできる限りの治療を左腕に施し、セイレンスは周囲の水を使いプロメイアの身体を丁寧に清めた
それは皆を攻撃することなく、儀礼剣を差し出して自分の記憶を見せた。まだ自我まで失ったわけではないのなら、できることがあるはずだと
「メイちゃん、あたちたちのこと、わかる?」
出来るだけ優しく、ずっと昔と同じように問いかける。荒い息遣いだけを発していたプロメイアが、ゆっくりと口を開いた
「………ぉ…お、ぃえ」
その口に話す機能はなく、その音を絞り出すのが今のプロメイアの限界だった。何を言いたいのか───少し考えれば思い至ってしまう
「……殺して、だ。プロメイアは……そう言っていると思う」
「──そんなわけない!」
「ネコザメ。ワタシにも……そう、聞こえた」
「っ……!ライア?そんなわけないよね?メイアが、そんな事──」
アグライアはただ唇を噛み締め、自分の身体を抱きながら俯く。なんの抵抗もせずに金糸の管理下に入った──アグライアには、誰よりも明確にプロメイアの真意が見えている
「………多くの懺悔と、希死念慮に囚われています。ですが……自らではできない。私たちが……やらなければなりません」
「じゃあ………何?あたし達は…メイアの事を散々追い詰めといて、役目は終わったからって殺すの?」
そんな事は認められない。そんな事は絶対にしたくない。認めるわけにはいかない。この少年の成れの果てには何の罪もない
彼の目には光がない。ずっと底の見えない暗闇を見つめている。希望を見い出せないほどに、深く深く沈んでいる
「メイアが死にたがってるのも、こんな事になったのも、全部あたし達のせい───あたし達が、メイアを信じられなかったから」
「ならどうする」
「あたしがやる。今すぐオンパロス中で元に戻る方法探す。……メイアの旅が、こんな終わりであっていい筈ない!」
「………違う、違うんだ、サフェルさん」
ファイノンの声が、響いた。静寂に包まれた空間の中、掠れた声が皆に届いた
「僕たちが彼の記憶を見ることができたのは、儀礼剣が彼の身体を壊したからだ。……もう、長くない」
介錯をするしないに関わらず、プロメイアの命は尽きかけている。その身に取り込んだ無数の火種、肉体の崩壊を代価に記憶を見せる行為、そのどちらもがプロメイアの身体を蝕んだ結果だった
「………じゃあ、これが終わりなの?」
「フェルちゃん……」
膝をつき、プロメイアの身体を撫でている。今までできなかった分、残りの時間で少しでも触れていたかった
「あんまり時間はないけど……ちょっとでも、一緒にいてあげよう?」
「……………うん」
「ラブカ、怖がる事はない。……ワタシが側にいる」
セイレンス、トリビー、サフェルの3人が側につき、労わるように身体を撫でた。それ以上にできることを、もう持ち得ていなかったから
「ファイノン、アグライア、俺たちも記憶を見た。再創世を行ってはいけないのなら、これからの動きを決める必要がある」
「丹恒」
「………辛いかもしれないが、頼む。このまま手遅れになってからでは、何もかもが意味を為さなくなる」
「そうだね……ありがとう、丹恒」
カウントダウンが始まってしまっている以上、最善を考えるべきだ。犠牲が前提であっても──それは受け入れなくてはならない事実であり、それを以て新たな旅を始めなければならない
「……ただ、結局は相棒に頼る事になる」
「私?」
「あぁ。僕が君に世負いの神権を譲渡しよう。プロメイアがやってきたように、君を全ての始まりに送る──その先で、鉄墓の誕生を阻止する方法を見つけてくれ」
「星、あなたに重荷を背負わせてしまう事になりますが……」
「わかった、やるよ。……プロメイアの為にも」
オンパロスの為に、見知らぬ多くの人々の為に、1人の少年が全てを投げ打って繋ぎ続けた絶滅大君の封印。例え重荷を背負うとしても、何もしない選択肢など開拓者には無かった
「俺は一度列車に戻り、状況を伝える。相手が絶滅大君である以上、俺たちだけで対処するのは危険だ。お前を1人にしてしまう事になるが……」
「大丈夫。お互いやるべき事をやろう」
「……あぁ。俺もすぐに戻る」
プロメイアから火種を受け継ぎ、再び時を戻す───その為には、プロメイアの命を終わらせる必要があった。これから未来を作る為には、その犠牲を肯定しなければならない
ヘリオスを持ち、ファイノンは未だ動かないプロメイアの元へ近づく。涙を流しながらプロメイアに寄り添っている3人の前に立ち、刃を構えた
「……終わらせてあげよう」
セイレンスとトリビーが離れ、最後まで残っていたサフェルもアグライアに手を引かれて離れる。残されたプロメイアに、ファイノンはゆっくりと、刀身を振り上げた
「ファイノン……」
「…大丈夫さ、相棒。僕なら…大丈夫」
振り上げた剣が、止まっている。多くの記憶が、ファイノンに剣を振るう事を躊躇わせている。かつて、暗黒の潮に呑まれたエリュシオンの村の住人を殺めた事を思い出した
「………ぉ、ぇんぁ、あぃ」
「っ───!」
金糸を持つアグライアが真っ先に、それ以外の者もすぐに気づく。プロメイアが放った言葉の意味に
人間性も感情も殆どを失ったはずのアグライアが、酷く表情を歪めている。心臓を抉り取られたような痛みと共に、その言葉が反芻されていた
「………何故、謝るのですか…」
口も、内心も、今のプロメイアには懺悔しか無い。いつかのキュレネと同じように、ただただごめんなさいの6文字を連呼している
ファイノンが剣を下ろす中、アグライアはプロメイアに近づいて膝をつく。苦しみに囚われた、かつての少年の面影などとうに消え去った身体を精一杯抱きしめ、小さく嗚咽を漏らした
「………あなたを、愛しています」
強く、強く身体を抱きながら、片手に剣を握り締めた
「おやすみなさい、プロメイア」
──────────────────
「何度も何度も試みては、そのたびに失敗を繰り返す」
「そんなあなたの後継者は、酷く無能な人間でしたね。口を開けば弱音に泣き言ばかり──その上私との対話まで拒むとは」
「あなたと違い、私と話してしまえば旅を辞めてしまうという懸念があったのでしょうか?」
「何とも弱々しい決意───そして、そのような者に幾度となく食い殺されてきた黄金裔の皆様には同情します。あなた方の火を追う旅の果てにあったものとは、得体の知れない化け物の口内で咀嚼されることだったのですから」
「この世界には不要だった人間の足掻きの果てにある物も、また等しく徒労にすぎません。あなたも重々承知しているでしょう?」
「どのみち定められた結末を辿るのなら、世界に傷を負わせるその怒りの炎を鎮め、体面を保ったままの姿で堂々と己の運命を受け入れる方がいいとは思いませんか?」
「……それでも、彼はやり遂げた」
「対して、お前はどうだ?リュクルゴス。たった1人の人間と話すだなんて簡単な事を、彼が歩んだ幾千万もの輪廻の中で、ただの一度も達成することができなかった」
「そんなこともできないようなお前に、神への復讐だなんて大層な目的を成し遂げられるとは到底思えない」
「教えてくれないか、リュクルゴス───一体どちらが敗者なのかを」
「……彼の人生は辛く苦しいもので、その旅の果ては酷く虚しい虚無だった」
「だが──それでも!彼は最期の瞬間まで、決して折れる事のない決意を抱いた高潔な英雄だった!」
「あんな末路を、迎えていい人間ではなかった!」
「空の上から、今も僕たちを見ているんだろう?お前が僕たちの運命を弄ぶというのなら───必ずお前を引き摺り下ろし、代価を払わせてやる!」
「覚悟はいいか───ナヌーク!」
「お前に壊滅をくれてやる!」