仮面ライダーゼッツ Dimension Darkness   作:Leona

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とりあえず、試験的に。やっていきます


Case1:目覚める

 黒い雨が、世界の終焉を告げるかのように絶望的な重さで降り注いでいた。

 

 あれは今から十年前。後に「ブラックケース」と呼称され、公式の歴史からは完全に消し去られることとなる都市消失事件、ファイル名”グラウンド・ゼロ”。

 

 空を覆い尽くしているのは、自然界がもたらす雷雲などではない。

 人間のどす黒い欲望と恐怖、果てなき悪意が凝縮したかのような、脈打つ巨大な暗雲。

 そこから降り注ぐ雨は異常なほど冷たく、ひび割れたアスファルトを溶かし、鉄骨をドロドロに腐食させる鼻をつく異臭を放っていた。

 

『——怖いよね?』

 

『——もう、ぜんぶ、終わらせたいよね?』

 

 雨音に混じって響くのは、空間そのものが軋むようなノイズに塗れた、それでいて無邪気と狂気が入り混じった声。それは人間の深層心理から誕生する精神寄生体、マリスナイトメアたちが発する、犠牲者たちの絶望を嘲笑うかのような歪んだ囁きだった。

 

「こちらナンバー2! 右翼の防衛線が完全に突破された! クロウナイトメアの群れだ、数が多すぎる……ッ!」

 

「No.3、応答しろ! くそっ、システムが……カプセムの変換炉が焼き切れる!」

 

 ヘルメットの通信機から次々と響く仲間たちの絶叫を塗り潰すように、影の中から這い出したクロウナイトメアが、鋭い鉤爪で装甲を引き裂きながら無機質に笑う。極密防衛機関「CODE」が総力を挙げて投入した最初期の対ナイトメア用装備を身に着けたエージェントたちは、際限なく湧き出す悪夢の奔流の前に、為す術もなく蹂躙されていた。

 

「……陣形を崩すな! 恐怖に飲まれれば、奴らの苗床にされるだけだ!」

 

 血を吐くような怒声を上げながら、コードナンバー4——若き日の小鷹賢政は、その手に握る巨大な重火器型の剣「ブレイカムバスター」を力任せに振り抜いた。

 

 それは後のゼッツが使用するデバイスの原型とも言える、洗練とは無縁の巨大な鉄塊だった。スロットに装填されたカプセムが限界以上の摩擦音を立てて強制駆動し、銃身から爆発的な衝撃波が解き放たれる。

 

 一撃で数体のナイトメアを粉砕し、空間を歪めるほどの衝撃が周囲の雨を弾き飛ばす。火薬の焦げた匂いと、生物の臓腑が焼け焦げるような耐え難い悪臭が鼻腔を突くが、小鷹は構わずブレイカムバスターの引き金を引いた。銃身から噴き出す紅蓮の火花が、彼の銀色の装甲を赤く染め上げる。

 

『——誰モ救エナイ。オ前ノ正義ハ、カラッポダ』

 

 小鷹の精神を抉るような声を発しながら、崩れたビルの影から新たな異形が次々と這い出してくる。マリスナイトメアの恐ろしさは物理的な破壊力だけではない。

 

 相対する者の精神を削り取り、その恐怖を糧に無限に増殖する。未完成のシステムに依存するエージェントたちの抵抗など、嵐の前の木の葉に過ぎなかった。

 

 その時、重力すらも狂い始めた空間の歪みの中で、小鷹の視界に信じられない光景が映り込んだ。ひしゃげた車両とコンクリートの瓦礫の隙間で、ひとりの幼い少年が、両手で耳を塞ぎながらガタガタと震えていたのだ。

 のちのナンバー10、時雨奏多である。

 

 少年の目の前には、無数の銃口を無秩序に結合させたようなガンナイトメアが、死刑執行人のようにそびえ立っていた。

 

『——オ母サンモ、オ父サンモ、ミンナ死ンダヨ』

 

 銃口が少年の小さな頭部へ向けられるのと同時に、ガンナイトメアのひしゃげた発声器官が、大人が子供をあやすようなひどく歪んだ優しい声色で語りかける。

 

『——痛イノハ一瞬ダ。サア、君モ、独リボッチノ夢ヲ見ヨウ?』

 

「やめろォォォッ!!」

 

 小鷹は限界を超えた推進力で焦土を蹴り、

 彼は少年の盾となるべくその身を投げ出した。凄まじい銃撃の嵐が、小鷹の装甲を容赦なく削り取る。彼は叫びを上げながらカプセムを装填し、至近距離からブレイカムバスターのトリガーを引き抜いた。

 

「喰らえ……ッ!」

 

『ブレイカムキャノン!』

 

 バスターの銃口から零距離で放たれた零距離の重力弾が少年を狙っていたナイトメアの胸部を貫き、怪物は空間を削るような悲鳴を上げて黒蝶へと崩れ去る。

 だが、その直後、事態は最悪の閾値を超えた。空を覆う巨大な暗雲の奥底で、この街そのものを丸ごと捕食しようとする「虚無」の口が開いたのだ。空間がガラスのようにひび割れ、あらゆる質量が恐ろしい速度で吸い込まれていく。

 

「坊主……生きろ……ッ!」

 

 急速に薄れゆく意識の中、小鷹は血まみれの腕で少年を強く抱きしめた。その瞬間、崩壊する時空の裂け目から溢れ出した漆黒の闇——純粋なマリスナイトメアの奔流が、恐怖で凍りついた少年の胸の中心へと吸い込まれていった。

 

『——見ツケタ。オ前ガ、新シイ器ダ』

 

 少年の内側から響き渡る、世界そのものの悪意を凝縮したかのような悍ましい声。

 少年は声にならない絶叫を上げ、瞳から光が失われていく。何もかもがゼロへと還元されていく圧倒的な白い閃光と、底なしの絶対的な闇の交錯。その果てしない狂気の中で、小鷹の視界は完全にブラックアウトした。

 これが、第一世代の全滅という犠牲と引き換えに、ひとりの少年に取り返しのつかない呪いと抗う力が刻み込まれた夜。時空の彼方で最も残酷な『最悪の夜(バッドナイト)』

 の、本当の始まりの記憶である。

 

 圧倒的な光と闇の交錯からどれだけの時間が経過したのか。

 奏多が再び意識を取り戻したのは、ひどく無機質で、消毒液の冷たい匂いが充満する純白の隔離病室だった。

 ドクン、と。自らのものではない、ひどく重く、粘り気のある脈動が胸の奥底で鳴るのを感じて、奏多は弾かれたように身を起こした。

 シーツを握りしめる小さな手は小刻みに震え、全身を嫌な寝汗が覆っている。窓のない部屋の片隅で、規則的な電子音を刻む心電図のモニターだけが、彼が辛うじて現実の世界に繋ぎ止められていることを示していた。あのむせ返るような血と火薬の匂いは消え去り、代わりに鼓膜を打つのは、沈黙という名の重圧だった。

 重い電子音と共に分厚い防爆扉が開き、一人の男が足を引きずりながら姿を現した。顔の半分を痛々しい包帯で覆った小鷹賢政だった。

 あの日、限界を超えたナイトインヴォーカーの稼働と、ブレイカムバスターの零距離射撃による反動で、小鷹の肉体はもはや前線に立てる状態にはなかった。しかし、生き残った唯一のエージェントとして、彼はこの特異な生存者と向き合う義務があったのだ。

 

「……目が覚めたか、坊主」

 

 掠れた、しかし確かにあの夜、自分を庇い抱きしめてくれた男の声。奏多は恐怖と安堵がないまぜになった涙を零しながら、震える声で家族の、そして街の行方を問うた。

 しかし、小鷹の口から重々しく語られた真実は、幼い少年の精神を完全に粉砕するに足る、残酷極まりないものだった。

 街は消滅した。ブラックケースと呼ばれる未曾有の特異点崩壊によって、何十万という命が虚無の彼方へと消え去った。

 ただ一人、時雨奏多という少年を残して。

 

「お前の胸の中には、あの夜、街を食い破ったマリスナイトメアの半身が巣食っている。奴はお前の生命力を苗床にして、今も眠りについている状態だ」

 

 小鷹の言葉は、冷酷な宣告だった。本来ならば、最悪の災厄の種として即座に処分されてもおかしくない。しかし、悪夢の半身を宿した奏多の肉体は、結果として次元の歪みに干渉し、並行世界を跳躍するという特異な体質——「時空移動体質」を後天的に獲得していた。

 極密防衛機関「CODE」の上層部は、この奇跡的なイレギュラーを、逃亡を続ける特異点級のマリスナイトメアを追跡・殲滅するための切り札として利用する決定を下したのだ。

 それからの日々は、地獄という言葉すら生ぬるいものだった。

 奏多は「人間」ではなく「検体」として、地下深くの実験施設に軟禁された。いつ暴走するかもわからない悪夢の爆弾を抱え、毎日のように細胞を採取され、神経に直接極太のプラグを打ち込まれる日々。

 

 意識が混濁する度、胸の奥で這いずるようなマリスの声が囁いた。

 

『——苦シイダロウ。僕ニ身ヲ委ネレバ、全テ楽ニナル』

 

 精神を蝕む悪夢の甘言。何度も自我を失いかけ、暗闇の中で喉が裂けるほど叫び声を上げた。自らの命を絶ち、この忌まわしい呪いごと消え去ろうとしたことすら、一度や二度ではない。

 だが、その絶望の泥沼で彼を現実に繋ぎ止めたのは小鷹を含めた先輩エージェント───自分のことを気に掛けてくれている者達の血のにじむような戦いの記録映像だった。

 自分がここで立ち止まれば、あの黒い雨の夜がまた繰り返される。自分から家族を、日常を、全てを奪い去った悪夢を、このまま野放しにすることなど絶対にできない。恐怖よりも深い怒りと悲哀が、彼を生かす原動力へと変わっていった。

 

 

 そして数年の歳月が流れ、奏多の肉体が少年のそれから、戦うための筋肉を備えた青年へと成長を遂げた頃。

 冷たい金属のテーブルの上に、一つのドライバーが置かれた。インヴォーグシステムの上位モデルで、安全に確実に”擬装”させることを可能にしたロードインヴォーカーとは根本から異なる、重厚で禍々しい漆黒のベルト。

 

「次世代実験機、ゼッツドライバー。……お前の中に眠るマリスの力を、強制的にライダーの力へと変換し、使役するための拘束具だ」

 

 小鷹は、かつて奏多を庇った深い傷跡が残る腕で、そのベルトを指し示した。

 

「ナンバーは『10』。”擬装”ではない”変身”──その身にナイトメアを宿すという最悪の可能性に挑む、イレギュラーの証だ。エージェントとしてお前が、決めろ。怪物として幽閉されたまま一生を終えるか、それとも、呪いを力に変えて『執行者』となるか」

 奏多は無意識のうちに、自らの胸を——忌まわしい鼓動が鳴り響く場所を強く握りしめた。

 一人の人間としての「1」と、全てを消し去る虚無の「0」。その両方を抱えて生きていく。それがどれほど狂気に満ちた、常に己の精神をすり減らす茨の道であるかは、これまでの凄惨な実験で痛いほど理解している。

 それでも。

 

「俺は……」

 

 火薬と血の匂いが焼き付いた十年前の記憶がフラッシュバックする。

 奏多はゆっくりと手を伸ばし、氷のように冷たいゼッツドライバーを力強く掴み取った。その瞬間、ベルトの奥深くでシステムが主の覚悟に呼応するように、微かに、しかし確かに重低音の駆動音を鳴らした。

 

「……俺が、終わらせます。あの最悪の夜を、俺の手で」

 

 それが、ただの怯える子供だった時雨奏多が、コードナンバー10「仮面ライダーゼッツ」へと生まれ変わった瞬間であった。絶望の底から這い上がり、自らの内に潜む絶対的な闇に『チェックメイト』を突きつけるための、果てしなく孤独な戦いの幕開けであった。

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