祝福を受けた追放神官〜結果的に余計可哀想なことになっても祝福は祝福です   作:姫之尊

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祝福を前にした人々 2

 

 しばらく進むと、土壁を盛って作られた敵陣地をキルリスの軍隊が発見した。

 軍は一度足を止めて、大将格の男が無精髭を撫でながら、じっくりとその陣地を眺めていた。

 陣地には、赤褐色の鎧を身につけ、槍や弓を装備したタジストの兵隊達が集結していて、つい数分前、敵軍接近の知らせを法螺貝で流し、全員が隊列を組んで臨戦態勢に入っていた。

 土壁の上には弓兵が構え、その後ろで歩兵が待機している。

 土壁の外側は堀が張り巡らされ、僅かな木板が橋の代わりに設置されていた。

 法螺貝と陣太鼓の音が、遥か後方のアルト達にも聞こえ、ふたりとも足を止めた。

 

「たぶん⋯⋯かち合ったな」

 

「⋯⋯とりあえず離れますか」

 

「⋯⋯そうだな⋯⋯このまま道をはずれて南側を進もう」

 

「なんでこんな危ない橋渡ってるんでしょうね私達」

 

「旅にはスリルが付き物だ⋯⋯」

 

「アネットは昔から変わらないね⋯⋯」

 

 苦笑いもすぐに神妙な面持ちに変わり、南へと道を外れながら、睨み合う両軍から離れようと西に向かって進み続けた。

 ふたりの視界にも、タジストの陣地が見えた。

 黒い旗が靡いている。

 

「あの軍⋯⋯戦うんでしょうか」

 

「だろうな⋯⋯そのなんだっけ⋯⋯向こうの⋯⋯」

 

「タジスト?」

 

「そうだ。タジストだ。あんな道のど真ん中に陣を構えるってことは、ここでキルリスを食い止めるつもりなのは明白だろう」

 

「たしかに⋯⋯」

 

「ひとつ私たちが注意すべきは、逃げ出した兵がこっちに来て襲ってくることだな」

 

 弱々しい小柄な男と、腕は立つとはいえ女性のふたり組、屈強な兵隊に襲われでもしたらタダではすまない可能性が高い。

 

「ですね」

 

 ぽつりとアルトが呟いた直後、キルリスの軍の中から怒号が響いた。

 ふたり同時に顔を向けると、キルリスの部隊が一斉に砦に向かって突撃を開始していた。

 それに応戦すべく、タジストの弓兵達が一斉に弓を構えた。

 

(始まった⋯⋯)

 

 アルトは逃避するように顔を背け、両手を握りしめて祈った。

 

 ──すぐに終わってほしい。どちらが勝っても皆生きててほしいと。

 

 

 アネットはひとつの仮説を立てていた。

 

(アルトの祝福は本当に範囲が決まっているのだろうかと)

 

 旅の途中、アルトから知らない間に病人達を治して果樹園の仕事が終わったとの話を聞き、病気や怪我が治ったからと、職安に来る人が増えたことを思い出していた。

 

 どこの病院の患者が治ったのかほ分からないが、病院の中には広い敷地を持ち、道から半径20メートル以上離れたところに病室を持つ施設も珍しくはない。

 もし、アルトの祝福がそういった病院にまで作用したのであれば、なにかの条件をクリアすれば、祝福の効果範囲が広がるかもしれない。

 

 本当はそれを確かめるべく、もっと軍に近づきたかったが、さすがに今から殺し合いをしようとしている軍隊に混ざり込むような無謀な真似をするほど、アネットも向こう見ずではなかった。

 

 

 だがもし、アルトの祝福の範囲が、想像してるよりも広大であれば、この戦いにもそれを作用させられるのではないかと、密かにアネットはその機会を伺っていた。

 

 

 そんなアネットの内心もいざ知らず、アルトは目をつぶって一心不乱に祈り続けていた。

 遠く離れた怒号が耳を(つんざ)くように感じた。

 

(カーネリアン様⋯⋯どうか彼らに安寧を⋯⋯平穏をお授け下さい⋯⋯)

 

 無意識のうちにアルトは足を止めていた。

 時期に逃げ出した兵がこっちにやって来るかもしれないとアネットが話していたことは覚えていたのに、祈るのに夢中なのか、その場に根を下ろすように立ちながら、繋いだ両手に顔を近づきながら眉間に皺を寄せて祈り続けた。

 

 

 アネットは動くように促すことも、ひとりで先に進むこともせず、漠然とアルトと戦場を視界におさめ、その様子を眺めていた。

 

 戦場ではキルリスの軍勢が陣地に向かって矢を放ちながら、歩兵が堀を越え、土壁と土壁の間の小さな木の門に向かって進んでいた。

 矢叫びが両陣地から響く。

 だがふとある瞬間、土壁の上で弓を構えていたひとりのタジスト兵が目を丸くし、となりの頬に傷がある青年へと声をかけた。

 

「な、なあ」

 

「なんだよ!? 今話しかけんな!!」

 

 話しかけられた方の青年は気が立ってるのか、怒鳴り散らかしなが、話しかけてきた相手を見ようともしなかった。

 

「いや、周り見て!?」

 

 今度は無視をした。

 話している暇はない。敵は今も自分達に迫っている。

 青年が弓を放つと、敵の腕に突き刺さり、血飛沫が飛ぶが、敵は一瞬怯むだけで陣地に向かって走り続けている。

 

「ちっ⋯⋯しぶといな。ゾンビかよ」

 

「いや、だから周りみて?ていうか俺見て??」

 

 言われて舌打ちをしながら青年が振り向くと、話しかけていた男の額に矢が突き刺さっているのが見えた。

 額には血が流れた後があり、瞼を伝って頬まで濡れている。

 

「はああああああ!? お、お前!!大丈夫なのかよ!!」

 

 青年の豹変っぷりに話しかけた青年も困惑しながら、小さく頷いた。

 そして矢を額から引き抜くと、若干の痛みと共に血がまた眉と瞼を上を伝って流れたが、すぐに傷が塞がった。

 塗りつぶすように流れたばかりの血を拭うと、若干頬に広がってしまった。

 

「お前⋯⋯ゾンビにでもなったのか?」

 

「なってないと思う。ていうかだから見ろって」

 

 顎で前を示されて確認すると、ひとつの事実に気づいた。

 

「敵がひとりも倒れてない⋯⋯?」

 

「うん。味方もね」

 

「⋯⋯何が起きてんだよ」

 

 その異変はふたりの他にも伝わり、敵も狼狽えながら足を止め、行き交う流矢も止まった。

 皆近くの者と顔を見合せ、現在の状況を訝しんでいた。    

 後方に控えていた指揮官も異変に気づき、辺りは騒然となった。

 皆は武器を持つ手を下ろし、ただただ状況確認のため、周りを確認しながらヒソヒソと話し出した。

 自分が切られたり矢で射られたのにその傷が塞がっていたり、中には心臓の位置で矢が突き刺さったまま平然としている者たちもいる。

 

「俺達呪われたんだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 誰かの叫びが皮切りとなって、戦場は喧喧囂囂(けんけんごうごう)とした。

 武器を捨て逃げ出すものが現れ、その一部がアルトたちのいる南へと向かって走り出す。

 

(本当に祝福が届いたのか⋯⋯)

 

 戦況を終始眺めていたアネットは、静かに拳を握りしめながら、高揚したように目を見開きながら口角を上げた。

 

 叫び声の種類が変化したことに気づいたアルトが恐る恐る目を見開くと、陣地からこちらに向かって走ってくる兵士や、四方に瓦解していく兵士達の姿を認めた。

 北や南へ逃げたのは極わずかな兵士たちで、ほとんどは、タジストの兵は西へ、キルリスの兵は東へと、自国の領土へ向かって退却している。

 

 となりでじっとその様子を見つめているアネットに、声をかけた。

 

「あの、何が起きたのですか」

 

 アネットは肩をぴくりと震わせ、振り向いて微笑んだ。

 

「どうやら祝福が届いたらしいぞ」

 

 怪訝そうに首を捻りながら、アルトはもういちど戦場の様子を眺めた。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す兵士達。

 どちらも逃げていることから、決着はつかなかったらしい。

 そんな中、こちらに向かって走っている兵士の影が近づいてきた。

 兵士の額には矢が突き刺さり、それでも何事も無かったかのように必死に走っている。

 血が流れている様子はない。

 顔や首元に血痕が残っているが、服と防具は新品そのものの綺麗さを保ち、必死に息を荒らげながら走り続けている。

 

 その男が通り過ぎようとした時、アネットが手を伸ばした。

 

「すまん。そこの人」

 

「あぁ!?」

 

 男の形相に怯えと怒りが見え、アルトはすこし肩を竦めたが、アネットは変わらず堂々としている。

 男が振り返った矢先に、額に突き刺さっていた矢が地面に落ち、僅かに額から血が滴りおちた。

 額の傷が塞がっているのを確認し、アルトは愕然と口を開け、アネットは表情を変えず、男に尋ねた。

 

「申し訳ないがあそこで何が起きたか教えてもらえないだろうか」

 

「あそこは呪われてるんだよ!! みんなゾンビになりやがった!!」

 

 男はそれだけ言うと、そのまま東へと反転して走り出した。

 呼び止められたことによって少し冷静になったのだろう。

 そのまま南に進んでいても、いつか山脈に当たるだけだった。

 

 

 雲が西から東へと流れるのを、ぼんやりと見上げながら、アルトはその中のひとつを見て「あ、羊だ」と突拍子もないことを考えた。

 

 男が頭に矢を突き刺したままでも平気だったのも、それが抜けても傷がすぐに塞がったのも、十中八九自分の能力のせいだと、認めないわけには行かなかった。

 

 戦場の下に大きな回復結晶が埋まっているという可能性にかけようと思ったが、そんなものがあるならあそこに陣地なんて作っていないだろう。

 

「なぜ⋯⋯あんな所まで祝福が⋯⋯」

 

 その問いかけは、天にいると考えられているカーネリアンに向けて放たれたようだった。

 言葉は風に流され、天まで届くことはない。

 代わりにとなりの幼なじみに届いた。

 

「これは私こ勝手な推測だが、お前の祝福は心理状況に左右されるのではないかと」

 

「私の心ですか⋯⋯」

 

 胸に手を当てて見ると、脈が早い。

 ずっと祈っていたせいだろうか。人が傷つくところを想像するのは、自分が傷つくよりも恐ろしい事だったと改めて認識した。

 

 祈りによって祝福の効果範囲が広がったとするならば、もはや自分こそが神じゃないかと、小心者のアルトでなければ考えていたかもしれない。

 

「だとしたら、迂闊に外に出られないじゃないですか⋯⋯知らないうちに魔物にまで祝福が及ぶかも⋯⋯」

 

「一貫して魔物には容赦ないところ⋯⋯結構好きだぞ」

 

「魔物は所詮魔物ですから⋯⋯人とは相容れません」

 

 

 

 日が沈みかける。

 アルトとアネットはあの後歩みを再開し、西へ西へと向かった。

 蜘蛛の子を散らした兵士達は、完全に視界から消え失せ、周りは乾燥した草むらと、少しばかりの小さな川が、水面に光が反射しているところから見えた。

 

 その川の向こうに街が見えた。

 小さな街で、中心部に八の字型の白い塔が立っている。

 歪でボコボコとした表面の塔は、入口がなく、ただその街を象徴するシンボルとして、その場に存在している。

 その塔を中心部として円形に街が形成され、外周には僅かながら畑も見える。

 

「あそこに行くか。宿はあるかな」

 

「まあ無ければ野宿しますか」

 

 食べ物が減って軽くなったリュックを背負い直しながら、アルトは心做しか足を早めていた。

 

 街の中は騒然としていた。どうやら、軍隊が通り過ぎる時に、戦闘での出来事が人々にも伝わったようだ。

 

「この先は呪われているらしいぞ」

 

「いや違う! どんな怪我も治す神の御加護がついてるんだ!!」

 

 そんな話があちこちから聞こえてくる。

 中には地面に膝をついて神に祈る者も見られるが、この国の人々は情愛の神カーネリアンを知らないので、祈っている対象は別の神だろう。

 

 宿を探して街の中央に向かうふたりの耳に、毛色が違う噂話が入った。

 

「なあ、塔の前の子⋯⋯めちゃくちゃ可愛くなかったか」

 

「ああ、見ない顔だったけどな」

 

「俺目合ったけど、左右で色が違ってた」

 

「そりゃまた珍しい」

 

「あー、話しかけたかったぁ」

 

「やめといてよかったな」

 

 話が聞こえる方に顔を向けると、鼻の下を伸ばした男と、その男に若干呆れながら平静を保っている男の後ろ姿が見えた。

 

「もしかして⋯⋯」

 

 カーネリアンがこの街にいるのかと思ったが、すぐに首を振ってその考えを払拭した。

 そもそも神は人間の世界に具現化するものなのだろうか。

 ヘテロクロミアは珍しいが存在しないわけではない。

 

 ただ似たような女性がこの街にいるだけじゃないかと、そう思うことにしてただただ街を歩き続けた。

 

「宿がないな」

 

 アネットがぼそっと呟く。

 ふたりは街の中心、塔の近くへと迫っていた。

 朱色のレンガでできた建物の間を進みながら、開けた塔の場所へと出た。

 塔の前には噴水があり、囲われた中心に立つ錆色のワイングラスのような形の物体から、水が溢れ出している。

 

 その噴水が目に入ると同時に、アルトは足を止めた。

 

「か、カーネリアン様⋯⋯?」

 

 噴水の縁に腰掛けたカーネリアンらしき人物を認め、1歩後ずさった。

 

「なに!?」

 

 神の名を耳にし、アネットは驚いた様子で振り返り、キョロキョロと周りを見渡した。

 

「どこだ! どこにいる」

 

「あ、あそこ」

 

 指差すのも恐れ多く、伸ばしかけた腕を下ろし、アルトは目で示した。

 両目を細めて、噴水回りを凝視したアネットの視界に、縁に座りながら足をぶらぶらと揺らし、両腕に赤い宝玉がついた杖を抱く可憐な少女が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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