『灰色の世界から』   作:nls

1 / 4
『プロローグ』

世界には、天災が存在する。

 

地震でも、

津波でも、

戦争でもない。

 

人の形をした災害。

 

それが――大罪核保持者。

 

 

七つの大罪核。

 

傲慢

嫉妬

憤怒

怠惰

強欲

暴食

色欲

 

それぞれの核を宿した存在は、

一人で国を滅ぼし得る。

 

故に人々は恐れた。

 

故に人々は祈った。

 

故に人々は戦った。

 

 

そして世界には、

それに抗う者たちもいた。

 

七つの美徳核。

 

謙譲

忍耐

慈悲

勤勉

救恤

節制

純潔

 

人を守る力。

人を繋ぐ力。

 

世界を“正しい方向”へ導くための存在。

 

国際対大罪機関――GUIDE。

 

GUIDEへ所属する戦闘員達は、

入隊時に美徳適性検査を受ける。

 

適性を示した者は、

対応した美徳から『恩寵』を授かる。

 

恩寵とは、

美徳の性質と、

その人間自身の在り方が混ざり合い生まれる力。

 

例えば忍耐なら、

耐久や負荷への適応。

 

節制なら、

制御や抑制。

 

慈愛なら、

癒しや安堵。

 

同じ美徳でも、

発現する恩寵は人によって違う。

 

それは、

力そのものが“生き方”を映すからだった。

 

 

人類は千年以上、

大罪核保持者と戦い続けている。

 

終わりの見えない戦争。

 

灰色に濁った世界。

 

 

だが近年、

ネット上ではある噂が流れていた。

 

『八つ目の大罪が存在する』

 

『それは災厄そのもの』

 

『見た者は皆消されてる』

 

『灰色の男』

 

 

 

馬鹿げた都市伝説。

 

誰も本気では信じていない。

 

……一部の者達を除いて。

 

 

「……また無茶したんでしょ」

 

消毒液の匂いが漂う医務室。

 

包帯を巻く手が、

少しだけ乱暴だった。

 

「いっ……結、痛いって」

 

「痛くしてるの」

 

むすっとした顔で、

天音結は紡の腕へ包帯を巻いていく。

 

白い蛍光灯。

夜のGUIDE日本支部。

 

前崎部隊の隊員たちが、

廊下の向こうを慌ただしく通り過ぎていた。

 

「今回は軽傷で済んだから良かったけど……もし一歩間違えてたら」

 

「ごめんって」

 

「それ、この前も聞いた」

 

ぴしゃりと言われ、

一色紡は肩を竦める。

 

十六歳。

 

GUIDE日本支部所属候補生。

 

恩寵『耐界』保持者。

 

忍耐の適性から発現した、

他者の傷や負荷を肩代わりする恩寵。

 

そして――まだ何者でもない少年。

 

 

「……でも、紡は向いてないよ」

 

不意に結が小さく呟いた。

 

「え?」

 

「戦うの」

 

包帯を巻く手は止まらない。

 

「すぐ人庇うから」

 

「……放っておけないんだよ」

 

「そのうち死ぬよ」

 

「かもな」

 

あっさり答えた紡へ、

結がじろりと睨みを向ける。

 

「そこで笑うのやめて」

 

「笑ってないって」

 

「笑ってる」

 

呆れたように溜息。

 

その時だった。

 

――ビーッ、ビーッ、ビーッ!!

 

突如、

支部全体へ警報が鳴り響く。

 

空気が変わる。

 

廊下の喧騒が止まり、

次の瞬間、一気に騒がしくなった。

 

『緊急警報。緊急警報』

 

『大罪核反応を確認』

 

『災害等級Ⅳ』

 

『対象区域、K-13』

 

『前崎部隊は直ちに出撃準備』

 

結の顔色が変わる。

 

紡も立ち上がった。

 

「……初実戦」

 

誰かが廊下で呟いた。

 

張り詰める空気。

 

恐怖。

 

緊張。

 

その中で紡は、

自分の鼓動だけが妙に大きく聞こえていた。

 

怖い。

 

足が震える。

 

喉が乾く。

 

それでも。

 

「行ってくる」

 

そう言って歩き出した紡へ、

結は一瞬だけ何かを言いかける。

 

けれど最後には。

 

「……ちゃんと帰ってきて」

 

それだけ言った。

 

紡は振り返らず、

軽く手を振る。

 

その背中を見送りながら、

結は小さく唇を噛んだ。

 

この時、

まだ誰も知らなかった。

 

この戦いが。

 

一人の美徳核保持者の死と。

 

一人の少年への継承と。

 

そして――。

 

灰色の男との出会いへ、

繋がっていくことを。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。