世界には、天災が存在する。
地震でも、
津波でも、
戦争でもない。
人の形をした災害。
それが――大罪核保持者。
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七つの大罪核。
傲慢
嫉妬
憤怒
怠惰
強欲
暴食
色欲
それぞれの核を宿した存在は、
一人で国を滅ぼし得る。
故に人々は恐れた。
故に人々は祈った。
故に人々は戦った。
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そして世界には、
それに抗う者たちもいた。
七つの美徳核。
謙譲
忍耐
慈悲
勤勉
救恤
節制
純潔
人を守る力。
人を繋ぐ力。
世界を“正しい方向”へ導くための存在。
国際対大罪機関――GUIDE。
GUIDEへ所属する戦闘員達は、
入隊時に美徳適性検査を受ける。
適性を示した者は、
対応した美徳から『恩寵』を授かる。
恩寵とは、
美徳の性質と、
その人間自身の在り方が混ざり合い生まれる力。
例えば忍耐なら、
耐久や負荷への適応。
節制なら、
制御や抑制。
慈愛なら、
癒しや安堵。
同じ美徳でも、
発現する恩寵は人によって違う。
それは、
力そのものが“生き方”を映すからだった。
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人類は千年以上、
大罪核保持者と戦い続けている。
終わりの見えない戦争。
灰色に濁った世界。
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だが近年、
ネット上ではある噂が流れていた。
『八つ目の大罪が存在する』
『それは災厄そのもの』
『見た者は皆消されてる』
『灰色の男』
馬鹿げた都市伝説。
誰も本気では信じていない。
……一部の者達を除いて。
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「……また無茶したんでしょ」
消毒液の匂いが漂う医務室。
包帯を巻く手が、
少しだけ乱暴だった。
「いっ……結、痛いって」
「痛くしてるの」
むすっとした顔で、
天音結は紡の腕へ包帯を巻いていく。
白い蛍光灯。
夜のGUIDE日本支部。
前崎部隊の隊員たちが、
廊下の向こうを慌ただしく通り過ぎていた。
「今回は軽傷で済んだから良かったけど……もし一歩間違えてたら」
「ごめんって」
「それ、この前も聞いた」
ぴしゃりと言われ、
一色紡は肩を竦める。
十六歳。
GUIDE日本支部所属候補生。
恩寵『耐界』保持者。
忍耐の適性から発現した、
他者の傷や負荷を肩代わりする恩寵。
そして――まだ何者でもない少年。
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「……でも、紡は向いてないよ」
不意に結が小さく呟いた。
「え?」
「戦うの」
包帯を巻く手は止まらない。
「すぐ人庇うから」
「……放っておけないんだよ」
「そのうち死ぬよ」
「かもな」
あっさり答えた紡へ、
結がじろりと睨みを向ける。
「そこで笑うのやめて」
「笑ってないって」
「笑ってる」
呆れたように溜息。
その時だった。
――ビーッ、ビーッ、ビーッ!!
突如、
支部全体へ警報が鳴り響く。
空気が変わる。
廊下の喧騒が止まり、
次の瞬間、一気に騒がしくなった。
『緊急警報。緊急警報』
『大罪核反応を確認』
『災害等級Ⅳ』
『対象区域、K-13』
『前崎部隊は直ちに出撃準備』
結の顔色が変わる。
紡も立ち上がった。
「……初実戦」
誰かが廊下で呟いた。
張り詰める空気。
恐怖。
緊張。
その中で紡は、
自分の鼓動だけが妙に大きく聞こえていた。
怖い。
足が震える。
喉が乾く。
それでも。
「行ってくる」
そう言って歩き出した紡へ、
結は一瞬だけ何かを言いかける。
けれど最後には。
「……ちゃんと帰ってきて」
それだけ言った。
紡は振り返らず、
軽く手を振る。
その背中を見送りながら、
結は小さく唇を噛んだ。
この時、
まだ誰も知らなかった。
この戦いが。
一人の美徳核保持者の死と。
一人の少年への継承と。
そして――。
灰色の男との出会いへ、
繋がっていくことを。