『灰色の世界から』   作:nls

2 / 4
「灰色の海」

潮風の匂いがした。

 

巨大な輸送船の甲板。

灰色の海の上を、

GUIDE本部行きの船が静かに進んでいる。

 

一色紡は、

手すりへ凭れながら海を眺めていた。

 

空も海も曇っていて、

境界線が曖昧だった。

 

まるで世界そのものが、

灰色に塗り潰されているみたいだった。

 

「……寒」

 

小さく呟き、

制服の襟を少し上げる。

 

GUIDE候補生用の黒い制服。

 

まだ袖を通したばかりで、

妙に着慣れなかった。

 

胸元には、

日本支部所属候補生を示す白銀のプレート。

 

――今日からここが、

自分の新しい人生になる。

 

そう言われても、

いまいち実感は湧かなかった。

 

 

『まもなくGUIDE海上中央本部へ到着します』

 

無機質なアナウンスが響く。

 

周囲の候補生達がざわつき始めた。

 

「本当に島なんだな……」

 

「デカすぎだろ……」

 

「緊張してきた……」

 

その声につられるように、

紡も顔を上げた。

 

そして。

 

「……うわ」

 

思わず声が漏れる。

 

海の向こう。

 

巨大な人工島が、

都市のように海上へ浮かんでいた。

 

白と灰を基調にした建築群。

 

空へ伸びる通信塔。

 

武装ヘリ。

 

停泊する艦船。

 

世界最大の対大罪機関。

 

GUIDE海上中央本部。

 

その光景に、

候補生達が息を呑む。

 

 

「――紡?」

 

後ろから、

聞き覚えのある声がした。

 

紡が振り返る。

 

そこには、

淡い桃色の髪を肩辺りで揃えた少女が立っていた。

 

「……え」

 

数秒、

思考が止まる。

 

相手も同じだった。

 

そして次の瞬間。

 

「紡!?!?」

 

「結!?」

 

天音結だった。

 

 

「なんでここに!?」

 

「それこっちの台詞なんだけど!?」

 

「いや、だって結……」

 

「連絡返さなかったの紡だからね?」

 

ぐさりと刺さる。

 

紡は視線を逸らした。

 

「……ごめん」

 

「ほんとにもう」

 

呆れたように溜息を吐く結。

 

でも、

その表情は少し嬉しそうだった。

 

紡も少しだけ笑う。

 

数年ぶりなのに、

空気はほとんど変わっていなかった。

 

 

「GUIDE入ったんだ」

 

歩きながら、

結が言う。

 

「まあ……適性出たから」

 

「そっか」

 

結が少し複雑そうに笑う。

 

「紡、昔から無茶するし」

 

「なんだそれ」

 

「本当のこと」

 

即答だった。

 

 

本部内部は広かった。

 

白い通路。

 

忙しなく行き交う職員。

 

機械音。

 

モニター。

 

全部が、

紡の知っている日常から遠い。

 

「迷子になりそう……」

 

「最初はみんなそう言うよ」

 

結は慣れた様子で歩いていく。

 

どうやら結は、

かなり前からGUIDEにいたらしい。

 

「結って今何してるんだ?」

 

「通信支援。前線サポート」

 

「へぇ……すごいな」

 

「紡は?」

 

「まだ候補生」

 

「でも適性高かったんでしょ?」

 

「……なんで知ってんの」

 

結が一瞬だけ言葉を濁した。

 

「あー……ちょっと噂になってるから」

 

「噂?」

 

「紡、検査結果かなり変だったらしいよ」

 

「変?」

 

「普通、適性って一つか二つなの」

 

結が指を折る。

 

「でも紡、

全部の美徳に高適性出したんだって」

 

「……は?」

 

今度は紡が固まる番だった。

 

 

「いやいや、そんなわけ――」

 

「本当。しかも数値かなり高かったみたい」

 

「えぇ……」

 

全く実感がない。

 

というか、

怖い。

 

「なんか機械一瞬止まったらしいし」

 

「余計怖いんだけど」

 

「でも前例無いんだって」

 

結は少し心配そうに紡を見る。

 

「……紡、昔から自分より他人優先するから」

 

「別にそんなこと」

 

「ある」

 

即答だった。

 

 

その時。

 

通路の向こうから、

一人の男が歩いてきた。

 

長身。

 

後ろで束ねた金髪。

 

目付きが悪い。

 

怖い。

 

周囲の候補生達が、

自然と道を開ける。

 

男はそのまま近づき――。

 

「お、結」

 

気軽に片手を上げた。

 

「あ、譲さん」

 

結が軽く会釈する。

 

譲。

 

その名前を聞いた瞬間、

紡は少しだけ姿勢を正した。

 

前崎譲。

 

GUIDE日本支部、

前崎部隊隊長。

 

そして。

 

現・救恤の美徳核保持者。

 

 

「そいつ新人?」

 

譲が紡を見る。

 

視線が鋭い。

 

それだけで空気が重い。

 

「あ、一色紡です」

 

「ふーん」

 

値踏みするみたいな視線。

 

怖い。

 

めちゃくちゃ怖い。

 

だが次の瞬間。

 

「……お前、変な目してんな」

 

「え?」

 

「死に急いでる奴の目」

 

突然そう言われ、

紡の喉が詰まった。

 

譲は興味無さそうに煙草を咥える。

 

「まあいいや。結」

 

「はい?」

 

「そいつ、うちの部隊に回すから仲良くしとけ」

 

「……は?」

 

今度は紡が固まる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! まだ正式配属も――」

 

「俺が決めた」

 

それだけだった。

 

有無を言わせない声。

 

結が頭を抱える。

 

「また勝手に……」

 

「細けぇこと気にすんな」

 

譲は煙草を指で回しながら、

紡を見る。

 

「お前」

 

「……はい」

 

「死ぬなよ」

 

そう言って。

 

前崎譲は、

そのまま通路の向こうへ消えていった。

 

 

沈黙。

 

数秒後。

 

「……怖」

 

紡が本音を漏らす。

 

結が苦笑した。

 

「慣れるよ」

 

「慣れたくないんだけど」

 

「みんな最初そう言う」

 

そう言って笑う結を見ながら。

 

紡は窓の向こうを見る。

 

灰色の海。

 

灰色の空。

 

灰色の世界。

 

だけど。

 

さっきまでより、

少しだけ色が見えた気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。