「――そこまで」
前崎隊長の声と同時に、
訓練フィールドの照明が通常出力へ戻る。
緊張が緩む。
晴人がその場へ座り込んだ。
「っはぁ〜〜……疲れた……」
「開始三分」
澪が冷静に言う。
「短っ」
「無駄に突っ込むから」
「でも結構いい線いってただろ!?」
「透が遊んでたから」
「えっ」
晴人が固まる。
視線の先。
透は静かに短刀をしまっていた。
否定しない。
「マジ!?」
「……うるさい」
小さく返される。
⸻
「紡」
隊長が声を掛ける。
「はい」
「傷見せろ」
近づく。
紡の脇腹からは、
まだ血が滲んでいた。
結が慌てて駆け寄る。
「だから言ったのに……!」
「いやでもこれ模擬戦――」
「模擬戦で怪我するのが問題なの!」
怒られた。
⸻
結が『抱灯』を発動する。
淡い桃色の光。
柔らかな熱が、
傷口へ染み込んでいく。
痛みが少しずつ引いていった。
「……すご」
「『抱灯』は戦闘が終わったあとでしか使えないから」
結が少し困ったように笑う。
「だから帰ってきてくれないと、
私、何もできないの」
その言葉だけ、
少し重かった。
⸻
「で」
隊長が紡を見る。
「お前、自覚あるか?」
「……何がです?」
「さっきの」
紡は少し考える。
晴人への攻撃。
それを見た瞬間。
気づけば身体が動いていた。
「……仲間が怪我しそうだったから」
「そういうとこだ」
隊長が煙草を咥え直す。
「『耐界』は忍耐系でも珍しいタイプだな」
「珍しい?」
「普通は自分への負荷軽減とか耐久強化だ」
隊長が紡の胸を軽く指差す。
「お前のは違う」
⸻
「他人の痛みを引き受ける力だ」
⸻
訓練室が静かになる。
紡自身も、
その言葉を反芻していた。
他人の痛みを、
引き受ける。
「……なんか損じゃないですかそれ」
「まあな」
隊長が笑う。
「でも救恤向きだ」
その言葉に。
澪が少しだけ反応した。
ほんの僅か。
だが確かに。
視線が揺れた。
⸻
「ただ」
隊長の声が低くなる。
「そのまま使うと早死にするぞ」
「っ」
「肩代わりし続けりゃ、
いつか限界来る」
紡は何も言えなかった。
図星だった。
なんとなく、
分かってしまったから。
⸻
「でもよ」
隊長は少しだけ笑う。
「悪くねぇ力だ」
その言葉に、
紡は少しだけ目を見開く。
「救うための力ってのは、
大体格好悪いもんだからな」
⸻
澪が静かに隊長を見る。
憧れの人。
誰より強く、
誰より泥臭く、
人を助ける人。
その背中を見て、
ここへ来た。
だからこそ。
紡へ向けられたその言葉に、
少しだけ胸がざわついた。
⸻
「さて」
隊長が手を叩く。
「今日はこの辺にしとくか」
「え、もう?」
晴人が立ち上がる。
「飯」
「うおっしゃ!!」
一瞬で元気になった。
単純だった。
⸻
「焼肉な」
「マジ!?」
「育ち盛りだろお前ら」
晴人が歓声を上げる。
結が呆れた顔をする。
「またそんな適当に……」
「いいじゃねぇか」
隊長はそう言いながら、
紡を見た。
「新人」
「はい?」
「食える時に食っとけ」
「……?」
「実戦入ると、
そんな余裕無くなるからな」
その言葉が少しだけ、
重く感じた。
⸻
その夜の焼肉店にて
晴人は騒ぎ。
結は怒り。
澪は呆れ。
透は静かに肉を焼いていた。
その光景を見ながら。
紡は少しだけ思う。
――ああ。
ここ、
意外と悪くないかもしれない。
⸻
同時刻、GUIDE海上中央本部。
監視室にて赤い警告灯が光る。
《UNKNOWN SIGNAL DETECTED》
監視員達は気づかない。
ただ一人。
暗い通路の奥。
非常口近く。
灰色の髪の男が、
壁へ凭れて煙草を吸っていた。
警備員が横を通る。
だが誰も、
男を見ていない。
⸻
「……またか」
紫煙が揺れる。
黒い瞳が、
モニターを見上げる。
「面倒だな……」
そして次の瞬間には誰もいない。
まるで最初から居なかったかのように。
ただ灰だけが、
床へ静かに落ちていた。