クソボケに勝手に脳焼かれた人達と要介護者がなんやかんやあって生きる話〜俺はもう終わりたいんですけど!!〜 作:冷製春雨スープ
方陣の屋敷に向かう。
前をマサオミが歩き、ゆかりはその後ろをついて行く形だ。
月明かりだけが頼りの道とも言えない道。周りには木々が生い茂っている。虫の鳴き声だけが響き渡っていた。
ゆかりは後ろからマサオミを見ていた。
何度も何度も何かを言おうとしてやめる。
マサオミはそれに気がついていた。
なんだ?普段とは何か違う気がする。
立ち止まり、振り返った。
「なんだ?」
ゆかりは、気づいていたの?と少し驚いた顔をした。
「....あの....いえ、なんでもありません。」
ゆかりは少し微笑みそう言った。
マサオミは気づいていた。
本心ではない。いくら俺でもそれくらいはわかる。
だが、マサオミはわざわざ問い詰めることはしなかった。ゆかりにもいろいろあるのだろう。と
「そうか」
マサオミは再び歩き出す。
そして、再度虫の鳴き声だけが響き渡った。
歩き始めて数分後。マサオミはふと、考えた。
さっきのわからないのですか?が原因なのかもしれない。
ゆかりの傷は治した。だから痛くないはず。
でもあの時、ゆかりは泣き止んでいなかった。
何が原因なのだろうか。
思考を巡らせる。
........わからん。ゆかりが何を考えているのかわからん。痛くないだろう。なのになんで泣く?なぜそんな表情をする?
いや....もしかして、まだどこか痛いのか?
マサオミは思い出した。
昔カレラが辛そうにしていたことを
あの時は、カレラにどうした?と聞いたら、ねいが顔を赤くして「だんちょ!聞いちゃだめだよ!」と言ってきた。
その後は確か、スミレがねいの手を引いて離れて行き、そう言う時は下腹部を優しく摩ると楽になる。とスミレがねいに話していた。盗み聞きをしていた。
カレラの下腹部を優しくなでるねいを見ながら、スミレに聞いた。俺にできることはあるか?と。だがスミレは「其方はやるな」と言った。何故かはわからなかったが、その時はそう言うものかと納得した。
そうか。今のゆかりはあの時のカレラと一緒だな?
どうしよう。スミレは俺にやるなと言った。でも今ここには俺しかいない。
......?
ああ、俺は力が強いから優しく摩るのに向いていないと、そうスミレは思ったのだな?
だが大丈夫だ。スミレ。俺は力加減はきちんとできる。
マサオミは振り返り、ゆかりの方へ歩いていく。
ゆかりは微笑みながら、不思議そうに尋ねた。
「.....?なんです..ひゃあっ!!」
ゆかりが顔を真っ赤に染め上げて、情けない声を上げる。
「な、なな、なんですか!?いきなり!!」
マサオミはゆかりの下腹部を優しく撫でていた。セクハラである。
そしてスミレが言っていたこと何一つとして理解していなかった。
「.....?」
マサオミはわからない。
顔が赤くなった。発熱か?
ゆかりは以前からよく顔を赤くしていたが、今日のそれは以前の比ではない。
「こうすれば楽になるんだろ?」
「...ふへ?」
ゆかりの口から初めて聞く声が出た。
ゆかりの顔は依然赤いまま。
ゆかりは見た。マサオミの瞳を
そこには純粋に心配している色があった。それしかなかった。心なしかキラキラとしているようにも見える。
そしてゆかりは答えに辿り着く。
自分の行動がなんなのか気がついていません!
彼は良かれと思って私の下腹部を触っています!
彼の目には少しの下心も混じっていない。
ゆかりは、それはそれでどうなんですか?と思ったが、今は考えないようにした。
ゆかりは下腹部を撫でるマサオミのゴツゴツとしていて、傷だらけの手を握り、目を合わす。
「....ありがとうございます。マサオミ様。でも違うのです。」
「違う?」
「はい。私は今。体が辛い訳ではないのです。」
ゆかりのその言葉を聞いて、マサオミは考える。
体は辛くない。なら何故?あんな顔をしていた?何故泣いていた?
「何故だ」
「え?」
「何故泣いていた。」
ゆかりは、ハッとする。
彼はずっとそのことを考えていたのかと
そして少し嬉しくなる。
彼は私が泣いていたことを気にしてくれるのか。と
「痛かったのです。悲しかったのです。」
だからゆかりは正直に打ち明けることにした。
マサオミはジッと目を見つめる。
「マサオミ様のお体が傷だらけになりました。私の怪我は治してくださったのに、ご自身の怪我は治さなかった。」
彼は言わなければわからない。でも、きちんと言葉にすれば聞いてくれる人だから
「そのことが、私はとても悲しかったのです。.....心が痛かったのです。」
ゆかりの顔がまた泣きそうな顔になってしまう。マサオミから目を逸らし、俯いてしまう。
涙を見られまいとして
なぜ?なぜ俺が俺の怪我を治さないことにゆかりが悲しむんだ?
「なぜ俺が怪我をすると悲しいんだ」
みんなだ。みんなそんな顔をする時がある。
ザンザもスミレもねいもカレラも
アリシアやかぐや、ステイシアでさえも
みんながみんな。そんな顔をする。
マサオミにはわからない。なんでなのかわからない。
マサオミはただ、ただみんなに.....
「.....笑っていて欲しい」
ぽつりと溢れる本音。マサオミの心の内
それを聞いたゆかりはマサオミの顔を見た。
マサオミの顔は、いつもの仏頂面ではなかった。
それはまるで、幼児が何がダメなのかわからない。でも申し訳ない。とそう思っているような顔だった。
戦闘の時と今のマサオミ。そのギャップを見てゆかりは、同一人物なのかとそう思った。
そしてそれ以外に嬉しかった。
仏頂面の裏では私に笑っていて欲しいと考えていたことに
私の言葉をきちんと聞いていてくれたことに
マサオミ様は何もわかっていないのでしょう。でも、考えていないわけではない。
なら、なら今はそれで十分なのではないでしょうか?
ゆかりは先ほどの作った微笑みではなく、自然とできた微笑みを浮かべた。
「マサオミ様」
「.......なんだ」
「助けてくださり、ありがとうございました!」
マサオミはゆかりの笑顔を見ていた。
「ああ」
いつもの淡白な返事。変わらない声のトーン。
しかし、わかりにくいけれどその嬉しそうな顔は気のせいではないのだろう。
「無事でよかった」
ゆかりの顔がまた染まる。
今回は羞恥によるものではない。
彼の目には優しさしかなかったはず。でも、でも今の彼の目は優しさだけではなかった。
それがたまらなく嬉しくて、愛おしくて
「帰りましょうか?マサオミ様!」
「ああ」
先ほどの悲しさも辛さも全部が吹き飛んでしまった。
まだ、手遅れなんかじゃない。彼は感情を表に出せなくなってしまっただけなんだ。
彼に優しさ以外があると知れて嬉しかった。
ほんの少し、昔の面影が見えた気がした。
「それよりもマサオミ様?」
「なんだ?」
「女性の下腹部に殿方が無闇に触れるものではありません。」
「何故だ?」
「そう言うものなのです!」
「.....そうか」
何故かはわからんが、ゆかりとスミレが言うのだ。そう言うものか。そうか。
マサオミは何もわかっていないがとりあえずそうかと言った。
もう虫の鳴き声は響かない。月光が温かく照らし、二つの影は並んでいた。