クソボケに勝手に脳焼かれた人達と要介護者がなんやかんやあって生きる話〜俺はもう終わりたいんですけど!!〜 作:冷製春雨スープ
職業 使用人 甘静ちせ
日輪の國、方陣家直轄領にて、その当主専属の側仕えの女がいる。
21歳独身、歴代彼氏0。想い人1人。
仕事は一切手を抜かず、プライドを持って職務に当たるその姿は、まさに使用人の鏡であった。
〜朝5時。
彼女の朝は早い。
屋敷は静寂に包まれており、日の昇りきらぬ内に彼女は目覚める。
ちせはベッドから上体を起こし、未だ覚めきらぬ目を擦りながら、立ち上がった。
部屋の明かりを灯し、部屋に備え付けてあるシャワーに向かった。
目を覚まさせるためだけのコールドシャワー。
ちせの朝はこれから始まる。
___なぜコールドシャワーなのですか?
「コールドシャワーは、寝起きの頭には最適なのです。自然な形で脳の活性化を促すことができますし、活力も湧くのですよ?」
___辛くはないのですか?
「もちろん辛いです。ですがもう慣れましたね。日々の習慣になっています」
そう語るちせの表情は、辛さなど感じているようには見えなかったが、体は震え、手をぎゅっと握りしめている。
無理をしているのがバレバレであった。
〜朝5時半
脳の活性化を終えた彼女は次に、身だしなみを整え始めた。
クローゼットに掛けられている服は、ほぼ全てが同じ物で、私服に当たるであろう物は限りなく少ない。
その内の一つを手に取り、流れるような手つきで使用人服を着用した。
次に、ドレッサーの前に座り、お化粧を始めた。目立つ色は避けて、ナチュラルに仕上げていく。
下地を中心から外側にかけて、薄くのばし、コンシーラーで気になる部分に少量を点置き、指で境目を無くした。
髪色よりワントーン明るいパウダーを使い、自眉を活かしながら、グラデーションを作っていく。そして、アイブロウマスカラで毛流れを立ち上がらせることで、立体感を作り出した。
肌なじみの良い色をまぶた全体に薄く広げ、マスカラで根本から軽く立ち上げる。
仕上げに、自分の唇の色に近いリップを取った。
その時、カレンダーが目に入る。今日の日付に花丸が書いてあった。
「.....そうでした!今日は.......」
ちせは、誰に言うでもなく呟いた。
そして、控えめな、それでもいつもよりも少し明るい色のリップを手に取って、塗った。
〜朝6時
支度を済ませたちせは、簡易的に朝食を済ませた後、応接室の清掃を始めた。
ハタキを使い、本棚や窓の淵に至るまで埃を丁寧に落としていく。そして、床に落ちた埃や細かなゴミを箒で掃いて、一塊にした。
その一塊を塵取りで回収し、懐から取り出した袋に入れた。
その埃の量は少なく、日々の管理が行き届いていることがわかる。
___綺麗に整理された部屋ですね
「ええ、毎日キチンと清掃していますから。ゆかり様やお客様が使う部屋。清潔であることは何よりも優先すべきことだと考えています。」
〜朝7時
清掃を終えたちせは、まもなく起床するゆかりの寝室前の扉横に立ち、懐からメモ帳を取り出して、次に本日の予定の確認を始めた。
来客予定。業務確認。食事内容の確認などなど。
その全てが事細かに記載されていた。ちせはそれを1項目ごとに流すように確認し、手帳を閉じた。
___確認作業も毎日するのですか?
「はい。もちろんです。似通った予定はありますが、昨日と同じ予定などありませんから。大まかな流れは頭に入れておくことが重要です。」
そう言って彼女はただ姿勢を正して、佇んだ。頭の中では、今日のシミュレートをし続けているのだろう。
彼女の仕事は、方陣家当主、方陣ゆかり。
若くして領地を治めることを国から認められた才女。彼女を支えることが、ちせの仕事だ。
___大変だとは思わないのですか
「大変ですよ。ですが、それが仕事と言うものでしょう?それに、私は仕事だからゆかり様に仕えているわけではありません。」
___それではなぜ?
「ただ、ゆかり様が好きなのですよ。彼女を支えたい、彼女だからこそ仕えたい。そんな人しかこの方陣の屋敷にはおりません。」
そう言い切る彼女の横顔は、一切の雑念もなく。そこにはただ、忠誠心という熱い炎が揺らめいていた。
〜朝8時
ゆかりの起床と共に身支度の手伝いを行い、朝食を配膳し終え、ゆかりが執務室に入室したことを確認したちせは、廊下の清掃を行っていた。
度々同じところを掃除しており、その目線はチラチラと窓の外と、大きな古時計をうかがっているように見える。
___今日は何かあるんですか?
「.....いえ。別になにもございませんよ」
そう答える彼女の表情は変わらないが、手の動きや視線から、どこか落ち着きがないことがわかる。
カレンダーの花丸に、控えめではあるが、確かに何かを意識したおめかし。
今日は、彼女の想い人が朝から来る日であった。
どこにでもいる恋する乙女。しかし、今の彼女は使用人である。
その仕事中である現在、その感情を表に出すことはない。
はずである。
___会えるのが楽しみですか?
「...............」
「......はぃ....」
その声はか細く、しかしながら、その感情の大きさに反比例しているように感じた。
ちせは窓の外、門をくぐった人影を見た。
ちせは胸を抑えながら、鼓動を落ち着かせるように深呼吸をした。
「....もうすぐ.....ですね」
そこから数分後、1人の男がちせのいる廊下を歩いてきた。
北点傭兵団の団長。ザイテン、又の名をマサオミその人である。
誰にも気づかれないように小さくガッツポーズをした後、何事もなかったかのようにちせはマサオミの方を体ごと向いて、美しい所作でカーテシーを行った。
「おはようございます。ザイテン様」
「ああ」
ちせは微笑みを浮かべており、その眼差しはどこか愛おしさが混ざっているように思える。
感情が表に出ていた。
ちせは懐からハンカチを取り出し、マサオミの目元を拭った。
「ザイテン様、目ヤニがついています。朝起きたら、キチンとお顔を洗わなくてはダメですよ?」
「わかった」
「朝食は召し上がりましたか?」
「食ってない」
「では、後ほどお持ちいたします」
「ああ」
マサオミはそう言って、執務室に入って行った。中からは、ゆかりの嬉しそうな「おかえりなさいませ!!」が聞こえている。
ちせは、そんな声に微笑ましそうに、羨ましそうに口元を緩めている。
___彼が件の男性ですか?
「えっ......と。その......ハイ」
___なんと言うか、無愛想?淡白?な方でしたね
「は?いえ。確かにそう見えるかも知れませんが彼は優しくて強くよく人を見ていらっしゃる方ですよく知りもしないで決めつけるのはやめてくださいマサオミ様は私の涙もゆかり様の声も聞き逃さない心優しい殿方なのです一介の使用人でしかない私の言葉で動いてくださりますし私が躓いて転けてしまいそうな時には優しく助けて何も言わずに立ち去る紳士的な方で———」
瞳孔を開き、息継ぎ無しの早口で話し続けた彼女の顔は思い出したくはない。
我々は選択を間違えた。
聞かなきゃよかった。
ただその後悔を抱いて、彼女の言葉を聞き続けた。
〜夜
全ての業務が終わり、屋敷を見回った後にお風呂に入った。
そして、寝巻きに着替えて床につく。
___甘静ちせさん。貴方にとって、プロフェッショナルとは?
「.....そうですね。常日頃、真心を忘れずゆかり様に仕えることでしょうか。私はただ、ゆかり様のために働き続け、ゆかり様が「今日はいい1日だった。」そう言って就寝できるように努力する。これを意識して働いています。......あとは.......いえ。なんでもありません。」
「本日はお疲れ様でした」
ちせはそう言い残して、部屋の明かりを消した。ベッドに横になったちせの胸元には、自作のぬいぐるみ。
通称『マサぐるみ』が抱かれていた。
ゆかり様のため
密かに想う誰かのため
今日も彼女は働き続ける。
それが彼女の、甘静ちせの仕事の流儀
日輪の國。方陣家所属使用人。
Lov 5164-5106-5892
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