クソボケに勝手に脳焼かれた人達と要介護者がなんやかんやあって生きる話〜俺はもう終わりたいんですけど!!〜   作:冷製春雨スープ

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初恋の鼓動

 

 昔の、マサオミ様に会うまでの私は、シャイで引っ込み思案な子供でした。

 お友達もできなくて、使用人に近くの公園に連れて行ってもらった時に言われた言葉をまだ覚えています。

 

 「お前、しゃべんねぇしつまんない。」

 

 そう言った少年は、目の前の私が見えていないかのように遊び始めました。

 

 当たり前だ。なんて、今では思います。

 人の目を見てお話するなんてできなくて、話しかけるなんてもっての外。挨拶すら満足にできない子なんて、受け入れてもらえるはずがありません。

 

 その日の夜は、お母様の膝に縋りついてワンワン泣きました。そんな私の頭を撫でながら、お母様は、近々友人が屋敷に訪れると私に言いました。

 

 同い年の男の子も一緒についてくるらしく

 

 「仲良くなれるといいですね。」

 

 そう、言って微笑んだのです。

 

 正直怖かったです。何回か歳の近い子供が屋敷に訪れた時、全員がすぐに帰りたいと駄々をこね始めました。公園の件もあります。

 

 私は、お友達を作ることを諦めていました。誰も私と一緒にいてくれない。遊んでくれない。だから、その男の子も私と一緒にいてくれるはずがない。そんなことを思っていました。

 

 

 ◇

 

 

 雲一つない快晴の空、外からは小鳥の囀りが聞こえてくるような、そんな心地の良い朝だった。

 ベッドから起き上がったゆかりは、顔を伏せながら、憂鬱そうに時計を見た。

 

 おかあさまのお友達がくるのは、今日のお昼でしたよね......。

 また、つまらなそうなお顔をさせてしまうのでしょうか.......。

 今日こそ、あいさつくらい......できるといいな.....

 

 ゆかりは部屋に入ってきた使用人に身支度を整えてもらい、使用人と共に食堂に向かった。

 既に座っていた母親の対面に座った。

 

 「......おはようございます。おかあさま」

 

 「おはよう、ゆかり。元気がないですね?どうしたのですか?」

 

 「そ、そんなことないです....。」

 

 お母様は優しく微笑んで立ち上がり、ゆかりに近づいて抱きしめた。

 

 「大丈夫ですよ、ゆかり。必ず仲良くなれますよ」

 

 「......そう....でしょうか....」

 

 「ええ!ゆかりは良い子です。だから大丈夫。それに、これから来る子は私のお友達の息子です。私のお友達の子供なら、ゆかりと仲良くしてくれます!」

 

 「.....そうですね。おかあさま!楽しみ.....です!」

 

 ゆかりの貼り付けた笑顔を見て、お母様はただ頭を撫で続けた。

 

 

 この時の私は、全くお母様の言葉を信じていませんでした。この時の私は愛想も多分なくて、こんな私にお友達だなんて、夢のまた夢。そう思ってましたから。

 でも、ふふっ.......まさか、そんな私よりも愛想がなくて、淡白で。お友達なんて私よりもできなさそうな方が来るだなんて、思ってなかったんです。

 

 

 ゆかりは、お母様の後ろに隠れながら、屋敷に訪れた人を見ていた。

 長い黒髪に着物を着ている美しい女の人。そして、その人に手を引かれて、何故か上を見ている男の子。

 男の子の顔は少しだけ怖かった。鋭い目つきに何を考えているのかわからない表情。今まで会ってきたどの人とも違う雰囲気の男の子は、ゆかりとゆかりの母親に目も向けず、ただひたすら上を向いていた。

 

 母親同士の挨拶が一通り終わった頃、ゆかりはお母様に促されて、自己紹介をした。

 依然としてお母様の後ろから出ることはなく、腰にしがみついて、顔を伏せていた。

 

 「.....は.....はじめ...まして。そ、その......方陣ゆかり......デス....」

 

 その声は小さく、聞き取りづらいものだった。そんなゆかりに美しい女の人は、優しく微笑んだ。

 

 「初めまして、ゆかり様。私の名前は"北島ゆめこ"と申します。こっちの子は.......もう。ほら、マサオミ?自己紹介しなさい」

 

 ゆめこはしゃがんで、男の子に目を合わせた後、自己紹介をするように諭した。

 男の子は初めて天井ではなく、ゆかり達の方を向いた。

 

 「北島マサオミ........です。」

 

 マサオミは敬語に慣れていないのか、取ってつけたような、敬語と言って良いのか疑問な口調でそう言った。

 あまりにも短い自己紹介。ゆかりの自己紹介も大概短かったが、ゆかりは緊張と恥ずかしさが入り混じった仕方ないと言えるもの。

 

 しかし、マサオミは違った。緊張している素振りは一切なく、本人は満足したのか視線を天井に移していた。

 

 美しい女の人は、そんな息子を見て仕方なさそうにため息を吐いて、申し訳なさそうにお母様とゆかりに謝った。

 

 仏頂面で、淡白で、無愛想。ゆかりの第一印象はこの時だった。

 多分、私とおんなじだ。この子なら、私とお友達に.........

 .........無理かもしれません.....。

 

 なんか怖そうな男の子。これがゆかりのマサオミに対する第一印象だった。

 

 

 ふふっ、ふふふふふっ!今思い出してもおかしいです!一応私の家は北島家にとって、本家に当たる家のはずなんです。普通なら緊張して話せないだとか、私みたいにお母様の後ろに隠れてしまうとか、そうなってしまうのが普通だと思うのです。

 

 ですがマサオミ様は、「そんなこと知るか」と言わんばかりに気にしていなくて。後々聞いたのですが、上を見ていたのは特に理由はなかったらしいのです。「何となく気になっただけ。」なんておっしゃられて、おかしいでしょう?

 

 初めて訪れる所で1番最初に気になったのが、私でもお母様でもなく天井だなんて!!聞いた時は驚きましたね。懐かしいです。

 

 

 ゆかりとマサオミは、2人きりで応接室に放置されていた。

 2人は対面になるようにソファに腰掛けており、目の前の机にはお菓子やジュースが置かれていた。

 

 お母様とマサオミの母親は別室でお話をしていた。友人と2人きりで話したいと言う気持ちもあったのだろうが、子供を2人きりにした方が仲良くなるのも早いだろう。そんな考えがあった。

 

 2人きりにされてから早30分程経っていたが、その間会話は一切なかった。それどころか目すら合わない。マサオミは机に置かれたお菓子をひたすら食べ続けており、ゆかりは緊張で頭が沸騰しそうになっていた。

 

 どうしましょう!どうしましょう!私、また何も話せていません!

 

 ゆかりは伏せ目でマサオミを見た。

 

 マサオミさまは、退屈なさって........いらっしゃいません!!わたしを無視してお菓子を食べ続けています!!

 

 ゆかりの視線に気がついたマサオミは、ゆかりの方を見た。ゆかりは反射で目を逸らしてしまい、目線が合わない。

 マサオミは首を傾げながら、不思議そうにした。

 

 「?なんだ?何か用でもあるのか?......です。」

 

 ゆかりはマサオミの視線に耐えられず、両手で顔を覆ってしまった。

 そして、掻き消えそうな小さな声で言った。ゆかり的にはこれが精一杯だった。

 

 「.....ケ.....ナイ....」

 

 「わるい。聞こえなかった。もう一度言ってくれ」

 

 マサオミは、ゆかりの精一杯をばっさりと切り捨てた。ゆかりの表情は、両手の内側で絶望に沈む。

 

 「.....ケイ....イ..ナイ...?」

 

 「は?」

 

 「ひうっ.......」

 

 「もう一度言ってくれ。また聞こえなかった。.......です。」

 

 ゆかりはマサオミに威圧されたような幻想を受けて、少し萎縮してしまった。そこからたっぷりと数十秒程の沈黙が続いた。

 その間、マサオミは真っ直ぐゆかりを見つめており、ゆかりの言葉を待っていた。

 

 ゆかりは今だに顔から両手を外せないでいた。しかし、マサオミの顔を見えずとも、見られていることには気がついていた。

 

 ゆかりは意を決した。手のひらを下ろして、目をぎゅっと瞑りながら言った。

 

 「け、敬語!!い、いいいいらない!!......デス」

 

 バッとまた顔を覆ってしまう。

 ゆかりは、ドキドキしながらマサオミの返答を待った。生まれて初めて出した勇気、ゆかりにとっては大きな一歩だった。

 

 「そうか」

 

 マサオミの返答は、これだけだった。その後すぐにお菓子を食べ始めてしまった。

 そんなマサオミをチラリと見たゆかりは、自分にとっての大いなる一歩が無視されたような気がして、ショックを受けていた。

 

 

 マサオミ様、酷いとは思いませんか?初めてだったんですよ?この時初めて大きな声を出したんです!それなのにマサオミ様ったら、「そうか」しか言ってくれなくて!

 私あの時、もうダメです!一生お友達になれる気がしません!って思ったんですから!!

 

 これが1日目でした。本当に、初対面はあまり良いものではなかったですね。でも、大切な思い出です。

 

 

 2日目と3日目は、本当になんの会話もなかった。

 たまにゆかりがマサオミの方を見て、それに気がついたマサオミもゆかりの方を見るが、ゆかりは目を逸らして絵本で顔を覆ってしまう。

 

 この繰り返しだった。

  

 ゆかりは、マサオミのことをなんとなく理解していた。

 マサオミは別に引っ込み思案ではないこと。

 自分と同じで多分、本当にお友達がいないこと。

 甘いものが好きなこと。

 よくボケーっとしていること。

 

 そして、ゆかりは疑問も浮かんでいた。

 

 マサオミは、ゆかりを気にしている素振りを一度も見せたことはないが、つまらなそうにしていたこともなかった。

 

 今までの子は、2日目なんて訪れなかった。応接室に来ずにバックれてしまっていたのだ。

 だからゆかりは昨日、また同じことになる。他の子のように、この方も多分応接室にいらっしゃらないでしょう。

 そんな事を考えていた。考えていたのに、マサオミは何食わぬ顔でゆかりのいる応接室に入ってきた。

 

 一応応接室にいたゆかりは、ノックもせずに突然現れたマサオミに驚いて、手に持っていた絵本を落としかけてしまった。

 

 そして、固まっているゆかりを一瞥してからソファに座ってお菓子を食べ始めた。最初はお菓子を食べに来ただけかと思っていたけれど、食べ終わった後はひたすら天井を見上げて木目を数えていた。

 

 ゆかりは一言も喋られなかった。マサオミも、一言も話しかけなかった。

 

 

 2日目3日目は酷いものでしたね。私もマサオミ様も一切お喋りしないで、ただそこにいただけでした。

 ですが、あの時の私は何故だか居心地が良かったんです。確かに恥ずかしかったですし、長い間固まっていて、時間感覚もおかしくなっていました。

 それでも何故か、私を気にしていないマサオミ様の態度が、本当に他の方とは違って......

 なんとなく、落ち着けたような気がしたんです。

 

 

 ゆかりとマサオミは変わらず応接室にて、向かいあっていた。

 マサオミはお菓子を満足するまで食べてから、いつもと同じように天井を見上げていた。

 初対面からある程度の時間が経ち、顔を覆うことしかできなかったゆかりは、目を合わせることはできずとも、顔を隠すことはなくなっていた。

 

 ゆかりの頭の中では、疑問がぐるぐると回り続けていた。

 何故マサオミは毎日応接室に来てくれるのか。

 何で離れていかないのか。

 何で側にいてくれるのか。

 

 ずっと頭から離れなくて、ご飯を食べている時も、お風呂に入っている時も、ずっと考え続けていた。それでも答えは出ない。マサオミの考えていることがわからない。

 

 つまらないはずです。だって私は、マサオミさまの目を見ることも、話しかけることもできていないのです。

 なのに何故、貴方は側にいてくれるのですか?

 

 わからない。わからない。何もわからないけれど、嬉しかった。

 無理に喋らなくても許される。そんな気がして気持ちが楽だった。

 この静かな時間はどこか居心地がよくて、いつしかマサオミがそこにいるのは当たり前なような気がして。

 

 だからこそ、疑問が無くならない。心配でならない。

 私は嬉しいけど、マサオミ様はどう思っているのでしょうか?

 つまらなそうな顔ではありませんが、実際の所どう感じているのでしょうか? 

 

 とめどなく溢れて止まらない疑問と心配が、限界に達した時、ゆかりは聞かずにはいられなかった。

 

 ゆかりは小さな勇気を手で握りしめて、マサオミに尋ねた。

 

 「.....なんで.......いてくれるの?」

 

 声は本当に小さく、耳を澄まさなければ聞こえないほどの声量。それでもゆかりのちっぽけな勇気は、確かにマサオミに届いた。

 

 「知らん。なんとなくだ」

 

 冷たい声だった。淡白で、愛想もない返答だった。優しさの感じられない声だった。

 

 そう.....ですよね......。多分.......おとうさまとおかあさまに言われたから......側にいてくれたん.....ですよね.....。

 

 少し期待していた返答とは違っていて、覚悟していたよりも冷たい答えを浴びせられたゆかりは、落胆した。

 目がうるうると歪み出した。

 

 泣いてはダメです.....!マサオミさまにご迷惑をおかけしてしまいます...!

 

 涙を黙って堪えているゆかりは、まだマサオミが自分を見ていることに気がついた。

 俯いた顔を上げて、マサオミを見た。

 

 瞬間、ゆかりの時間は止まった。

 

 優しい目をしていた。初めて目が合った。

 初対面の時、鋭い目つきだと思っていたその瞳が、こんなにも優しい色をしているだなんて、思いもしなかった。

 

 なんて....柔らかい目をする方なんでしょう.....

 

 声は冷たくて淡白。それでも、その瞳は優しさに溢れたチグハグな人。

 そんなマサオミがおかしくて、どこか愛おしく感じてしまった。

 

 その目で見られていると顔が熱くなって、頭が真っ白になった。

 心臓の鼓動が突然うるさくなって、まるで口から飛び出ちゃいそうだった。

 

 苦しくて、苦しくて、どこか心地いい。

 

 涙で歪んだ視界が輝きだした。

 緊張も、恥ずかしさも、何もかもが吹き飛んでしまったゆかりは、無意識に言葉を発していた。

 

 

 「.....貴方を見ていていいですか?」

 

 ゆかりの初恋が始まった。

 

 

 その時のマサオミ様は、ただ「いいぞ」と言ってくださいました。

 マサオミ様は、昔よりも口数は少なくて、困った方になりました。でも、私の告白に対する答えは変わらなかった。

 

 マサオミ様は、"貴方を見ていていいですか"

 この言葉を額面通りにしか受け取れないのでしょうね。でも、それでもいいのです。今は、それでもいいのです。

 

 だって

 

 「貴方が好きです」なんて、まだ面と向かって言えないんですから。

 

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