火蝶雨月 或いは「名探偵コナン 10人の名無したち」   作:都忘

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20XX年1月18日

 

 夢を見た。

 

 凍えるような月のため息が、鉄檻の表面をさらっていく。白い匂いに包まれた部屋はどこもかしこもボロボロで、まるで廃墟だ。

 崩れた壁、倒れた棚、落ちた天井。ガラス器具はとうに瓦礫と混じって意味を失った。上質紙に並べられた言葉も散り散りになって、御大層に角ばった形象を月明かりに反射させている。人のいた証も温度も攫い切った部屋は、つい十数分前まで多くの研究員がごった返して往来していたとはとても思えなかった。

 

 また一つ、ため息が荒廃の表面を攫った。それが月の憂いではなく、確かな人の生理現象であると知る者はいない。無機質な月光は、愚かな人間の知的好奇心が齎した赤い結末を克明に照らし、黒々とした夜の中にはっきりと浮かび上がらせていた。

 白い部屋を彩る唯一の(あか)。壁と、床と、棚と。目に痛いほど焼き付く、生の奔流と死の証明。加速度的に彩度を失う血液が、月から零れる冷たい羽根を汚していく。

 

 夢を、見ていた。きっとそれは、夢に違いなかった。

 天使のようだと、思ってしまった。まるで、黒に溺れた、(ヒカリ)の裏側に潜む人間みたいに。

 

 白煙のような吹雪が吹き付ける。壁や天井の穴から、自然の猛威が雪崩れ込んでくる。(ごう)とせわしなく唸る風鳴りが、ガラクタだらけの部屋を揺さぶっていく。

 それなのに――ひどく、静かだった。無音が水面を伝う波紋のように耳の奥で木霊していた。音のない空気がぶつかり合って、反射して、またぶつかって。それが、体温を失った体の仕業であると気付いたのは、視界が回ってからだった。肌が泡立つ眩暈もひっくり返る胃もなくて、ただ頬にちくちくと刺さる砂粒の感触が、地面に倒れたのだと動かない体に告げた。

 寒い……はずなのに、熱い。煮えたぎる鉄を飲み込んだような感触。臓腑が爛れ、内側からぺりぺりと筋繊維がはがれていくような。存在しない内容物を吐き出せば、世界の輪郭が、まるで水に溶かした絵の具のようにほどけていく。涙、と名の付くものと一緒に、自分がゆるやかに物言わぬ物体へ成り下がろうとしているのを感じる。

 

 それでも、前を見た。地面にくっ付いて動こうとしない顔を、重機で引き上げられるように持ち上げた。

 吹雪は濃さを増し、夜は無機質な死をつれて深まっていく。冷気に煽られるろうそくの灯りのように、魂らしき思考が小さくなっていく。

 このまま何もしなければ自分は死ぬ。そういう予感があって、それでも、やっぱり自分は前を見ていた。

 

「――」

 

 きっと。自分は、夢を見ているのだ。そうに違いない。

 だって、こんなに幸せな死にかたが、ゆるされるはずがないのだから。

 何の痛みも感じないまま、真っ白な雪をお布団にして、眠るように死ねるなんて、そんな、

 

「――誰か、そこにいるの?」

 

 ――まして。

 まるで、絵本に出てくる青い蝶のような目の天使さまに、みとってもらえるなんて。

 そんなのは――やっぱり、夢に違いなかったのだ。

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