火蝶雨月 或いは「名探偵コナン 10人の名無したち」 作:都忘
朝である。
「おっはよぉございまーっすご主人様ァ!!朝ですよーッ!!早く起きやがれくださいませーッ!!」
ゴンゴンゴンガンゴンゴン!!
銅鑼もかくやという轟音が室内に響き渡る。床や壁どころか窓すらビリビリと振動に震え、小枝で囀っていた鳥たちも一斉に飛び立っていった。それほどまでに凄まじい音が反響しているというのに、目の前のベッドはビクともしない。
「さあさあ早く起きて朝食に行きましょうよーッ!今日の天気は晴れ!ポカポカあったかピクニック日和ですよーッ!お花はニコニコ小鳥もぴーちくピヨめておりますよーッ!」
そんなベッドの周りをぐるぐる回る男性が一人。正確には枕側が壁に沿っているため、右へ左へと扇状にうろちょろしている形だ。左手に中華鍋、右手にお玉を装備してパーカッションが如く打ち鳴らす姿は、端から見たら変な人にしか見えないだろう。
実際自分でも変だと思う。重いし。うるさいし。疲れるし。
だが止まることは無い。何せこれは日々の日課。朝起きたら眼鏡をまずかけるのと同じような必須事業であるが故に。
ここまで話を聞いていればなんとなく分かるかもしれないが、騒音の主は、とある家主に仕える執事であった。
年齢は39。特技は視力検査全当て。チャームポイントは主より賜った黒縁眼鏡。苦手な物は幽霊。
どこから見ても恥ずかしくない立派な執事の出で立ちをした男が、中華鍋をガンゴン鳴らしながら
「今日の朝ご飯はベーコンエッグにホットケーキですよーッ!!お外はカリッと中はふわふわ!どんなに無愛想な強面さんもはなまる笑顔になる一品ですよーッ!!
だから起きましょうすぐ起きましょうはよ起きましょう!ハーリーアップハリーアッ……ぶべらッ」
そんな朝のサバトは、顔に飛び込んできた物体に遮られて唐突に止まった。拍子に放り投げられた鍋とお玉が床に落ちてゴシャンと一際大きい音を立てる。コマのように転がって行くそれらを横目で見ながら、ぽすりと傍に落ちたそれ――薄水色のカバーに覆われた枕を手に持った。
ベッドの主はようやっと起きたようだった。上半身を起こし、眠たい目をこすって長い青髪を手荒に布団の中から引っ張り出す。こちらを睨み付けるモルフォ蝶のように蒼い瞳は、今にも目線だけで射殺してしまいそうなほどに剣呑だ。
「おはようございます慎二様ッ。今日も絶賛低血圧日和ですね!!」
「……きみは今日もやかましいね。その声量どうにかなんないの?」
「はッ誠に残念ですが、
「いつもそうじゃん。ご主人への配慮はしてくれないの」
「う~ん皆さま
「どの口が言うのやら」
軽いトーク(主人は起き抜けで重たいが)を交わしながら主人の身支度を手伝う。タオルを準備し、軽くベッドを整え、鏡台前で装飾を整える主人の髪に櫛を通す。「ん」と手を差し出されて望まれた物を差し出す様は、彼が仕え始めてから長い時を共に歩んできたことを伺わせた。
主人の身だしなみはそこまで時間のかかる物ではない。元々華美な物を好まず、ブラウス・ベスト・スラックスのワンパターンで過ごすことが多い人だ。キャビネットの中には似たようなデザインの白ブラウスが何着もしまわれている。無頓着……というよりは、そこまで思考のエネルギーを割く人ではないと言うべきか、単に興味が無いだけか。
「今日のスタイルは如何いたしましょう?可愛いリボンのヘアゴム?シックで大人なシュシュ?それともコームで巻き上げましょうか」
「バレッタで留めて。しっかりね」
「ヘイバレッタ一丁!では僭越ながら、御身の御髪に触れさせていただきますッ!!」
「もう触ってるじゃん」
パン!と小気味よい柏手を打ち、主人の髪を掬い取る。真剣に編み込みを始める執事に主人は呆れたように軽く笑った。低血圧特有の気怠さも大分解れてきたようだ。
そのままジュエリーケースを開けてイヤリングをいくつか取り出す。じっと考えるように見つめた後、二つを残して箱にしまった。その残った二つを視線の端で素早く捉え、観察した。
ふむ。三つの宝石が数珠状に連なったチェーンスタイルと、薄いピンクダイヤがポイントのスタッドスタイル。今日は赤で攻めてみるらしい。左耳に強いガーネットが連なった一方を、右耳に淡い色のもう一方をと付けていくのを見ながら、今日の外着について考えを巡らせた。
「そういや昨夜も言ったけど、今日は
「了解です。何時頃にお帰りになられましょう?」
「五時の予定だけど、遅くなったらいつもので報せるよ。六時までに戻らなかったら先に食べさせて、それ以降は日課通りにさせて」
「畏まりました。ご心配なく、しっかりきっかり皆様をおねむにして見せますとも!」
「そう言いながら一昨日ゲームで夜更かししてたよね?」
「ぎくり」
思わず目を逸らす。鏡から見てあらぬ方向へ顔を向ける自分に、主人は「手元狂わせないでね」とだけ言った。素っ気ないことこの上ないが、それが信頼の裏返しであることぐらい重々承知だ。
だからこそちょっと罪悪感がちくちく胸を刺すのだが。
だって子どもって元気だからぁ……就寝時間になっても寝付けなくてぇ……だからゲームで気を引いたらみんな盛り上がっちゃってぇ……。
はい。素直に枕投げでもさせておけば良かったです。なお自分はほぼフルボッコにされた。甲羅許すまじ。
そんなこんなで7時半の少し手前頃。
身支度を済ませた主人は、起き抜けから見違えた姿になっていた。白ブラウス・ロングベスト・チェーンの組み合わせはやはり良い。髪も編み込んで後頭部で纏めたため、163cmという見た目18歳の青年としては平均以下な主人でもスタイリッシュな印象を見る者に抱かせるだろう。
「……なにか失礼なこと考えてない?」
「いやぁ慎二様は工夫のしがいがあって良いですね!」
「けなしてるでしょ、それ」
失礼な。職人魂が疼いているだけなのに。
とはいえ、出かけるときはもっとカジュアルな服装になる予定だ。この屋敷は内装も外装も中世ヨーロッパ風の浮世めいた物だが、外はごくごく普通の現代日本社会なので。
何が良いかな。赤いアクセサリーだしベージュとか白にしようかな。初夏だから涼しい方が良いだろうしな。子どものお二人も動きやすい方が良いよな。
「ほら、にやにやしながら立ち尽くさない。さっさと行くよ」
「おっと失礼いたしました。ただいま参ります」
はっと思考を元に戻し、部屋から出て行く主人の後を追う。西館のガラス張りの窓から差し込む朝の日差しが心地よい。鳥たちも木々に戻ってきて朗らかに囀っている。まるで絵に描いたかのような和やかな朝の風景に、思わずにこにこしながら、主人と共に朝食室へ向かった。
……あ。中華鍋戻さなきゃ。
・執事
主人に仕える執事長。狂言役。
顔も声も動きもうるさいが有能。ハイスペックだが残念。
主人のことは慕っているが、自分より小さい&見た目若いからかモテる主人に毎日ハンカチを噛みしめてるとかなんとか。
・主人
主人公枠。間桐慎二その人で、UBW√で死亡後いろいろあって再誕した。本当に、いろいろ、あった。
人間嫌いを拗らせているが身内には甘いし大分大人びている。それはそれとして身長には触れて欲しくない。悪かったねチビで。