火蝶雨月 或いは「名探偵コナン 10人の名無したち」   作:都忘

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20XX年6月6日 - Ⅱ



 屋敷は東西に翼を広げる形をした二階建てのカントリー・ハウスだ。一階はほとんどが対客用の部屋で構成されており、東西の端を会食室が大幅に占拠している。

 朝起きて東の空に太陽を臨む今行くのは、当然東側の朝食室だ。

 

「おはよう子どもたち。全員そろってる?」

 

 入るやいなや主人が告げた言葉に、賑やかな声が返ってくる。子ども特有の通りの良い声だ。それが10人分聞こえてくれば、朝の静謐さも一瞬にして取り払われるというもの。

 ……いや、ちょっと人数が足りない気がするような。見れば、長細いテーブルの一角にてむすっとした顔でそっぽを向いている子どもが二人いた。いつもの面子だから、またいつも通りのケンカでもしたのだろう。

 主人はそれをいつものことだからと気にも留めず自分の席についた。その姿を見ていた一人――ガタイのしっかりした偉丈夫だ――が「へえ」と片眉をあげて笑う。

 

「オヤジがその髪型してるとは珍しいな。どっか行く気なのか?」

「いろいろとね。あとで話するから」

「おう、分かった」

 

 メイド達が食事をテーブルに並べ始める。ぱたぱたと足音の代わりに翅のはためく音が喧噪に溶けた。妖精らしい花の匂いにスコーンやパイから香るバターのものが混ざる。朝っぱらからお腹を空かせた彼らには一番のスパイスだろう。

 

 子どもたちの歓声が聞こえるのを背に、執事の自分は一度食事室から離れた。ホールの玄関へ向かい、扉の隅にある茶褐色のポスト受けを見る。

 かぱっと開けた瞬間大量の封筒がこぼれ落ちそうになって、とっさに両手で受け止めた。それでもこぼれ落ちた幾つかが床に散らばる。やれやれ、相変わらず選り分け甲斐のある量だこと。

 このポストには簡易的な転送魔術がかけられていて、特定の紋章と儀式を行って送信された手紙を、時空を越えて回収するシステムになっている。送信方法を知っているのは主人の知人と仕事柄交流しなければならない者……そして『顧客』達である。

 

「よいしょっと」

 

 両手で持ち運んだ手紙達(なお、余りにも多かったのでメイド一人を呼び止めて手伝ってもらった)を応接室に運び、カゴごとに選り分け出す。手紙のほとんどは顧客からの物だ。対応は後で良いだろう。必要なのは、朝から主人に目を通してもらわなければならない、いわば緊急性の高い相手からのみだ。警察とか、銀行とか。

 これは○○財閥からの。こっちは××銀行からの。こっちは日本警察でこっちはアメリカの……おっと鈴木財閥の会長さんからも来ている。とはいえ、中身はいつものパーティーがどうとかではなく契約更新の話だから後回しだ。

 そしてこっちは……うわ、森谷氏からじゃないか。内容なんて見なくても分かる。なので数あるカゴの中でも一番小さい「即廃棄」の中に放り入れた。

 ガコンと小気味よい音を立てる封筒。おお、契約時にロクに書面を見ず後になって「話が違う!」と怒鳴り込む愚か者よ、後頭部に円形ハゲが出来ますように。そろそろ出禁(ブラックリスト)にした方が良いんじゃないかあの人。

 

 そう選り分けていると、一番最後のところで一通の見慣れた封筒が目に入った。儀式用の紋章と封蝋以外に模様の無い、淡い萌葱色のものだ。鮮烈な赤い蝋には天秤をぐるりと囲むウロボロスの印章が押されていて、主人のものより毒々しく感じる。主人のそれは紫陽花に蝶だから見ていて涼しいんだよな。

 それはさておき。この印章で送ってくる人には思い当たりがある。他でもない、主人の個人的な知人の一人だ。親密な間柄ではあるが、仕事が忙しいので必要なとき以外は滅多に連絡を寄越してこない。

 逆に言えば、必要なことがあれば連絡してくるということで。

 

 ペーパーナイフで慎重に封を切り、中身を引き出す。コットン込みの質の良い便箋だ。書かれている文字も瀟洒な筆記体で、書き手の気品の良さを伺わせる。

 

「……ふむ」

 

 どうやら、これは先に主人に見せた方が良い内容のようだ。即座にトレイに乗せて朝食室に戻る。途中、メイドに残りを執務室に運ぶよう命じた。要回答、回答不要、即廃棄と綺麗に分けられた竹カゴを持ち上げ、妖精達は列を成して部屋に向かう。途中の廊下で即廃棄のカゴを持った一人だけがひょいと細道へ逸れていった。

 

 朝食室は大分賑やかになっていた。宴もたけなわ、残るはデザートと言ったところか。向かっている最中でも家族の団らんが聞こえてくる。

 

雪兎(ゆきと)、チョコ食べるか?」

「ん」

「ちょっと裕太(ゆうた)、甘やかさないでください!雪兎も自分のものくらいちゃんと食べましょうよ!」

「ほー。(そら)はちゃんと好き嫌いなく食べれるんだな。じゃあこのバナナはどうしたんだ」

「だまれ陽向(ひなた)、おまえに言われる筋合いなんてないぞ」

彩音(あやね)、みてみて、サンタさん」

「あら可愛いわね。こっちはツリーよ」

「交換する?」

「うん」

「空!そのバナナ食べないならアタイによこしな!」

「な!そ、そこまでは言ってません!」

「……杠、こっち、食べる?」

「空、テーブル叩かないの。杠も座りなさい。雪兎は好き嫌いしない」

 

 子ども達の騒ぎに主人の声がぴしゃりと響き渡る。それを聞いてえーと口を尖らせる小学生ほどの少女、むっとした顔になる同世代の少年、或いは目をそっと逸らす大学生ほどの青年。ケーキの上に乗っていた菓子細工でキャッキャしていた幼年期と高学生くらいの少女二人は不思議そうに首を傾げている。

 全員てんで年齢がバラバラで、髪の色も目つきも全然違う。事情を知らない者が見ればどういう集まりかと不審に思うことだろう。

 かく言う自分も最初は慣れなくて挙動不審になった覚えがある。人間嫌いの主人が他人を匿うこと自体、珍しいことなので。

 

 デザートも食べ終え、紅茶を飲んでいる主人に横から近づく。向けられた流し目にトレイに載せた例の封筒を差し出せば、少し瞑目して受け取った。手紙を開いて素早く目を通し、「ふうん」と小さく相づちを打つ。

 

 ちなみに、こういう手紙には大抵、部外者が盗み見出来ないようにカウンター魔術がかけられていたりする。宛先の紋章持ち以外が中身を見ると即座に失明する呪詛とか。

 今回は屋敷に転送された瞬間無効化する仕組みだった為に自分が検分しても問題無かったが、世界に関わるような重要な内容だと相手側の解呪能力頼みで最初から即死呪詛を発動したまま送ってくることがあるらしい。おおこわ。

 

 読み終えた手紙をトレイに戻し、「すぐ返信する」と一言。頷いてスススっ……と後ろに下がると、主人は徐に立ち上がった。自室に戻るらしい。

 

「ああそう、杠と波音は今日予防接種があるから準備してね」

 

 立ち上がりがてら主人がそう言うと、名前を呼ばれた少女が二人――先ほど菓子細工ではしゃいでいた一人と、立ち上がってバナナを要求していた一人だ――がぴっと固まった。恐る恐る主人を見る顔は恐怖でこわばっている。

 まあ、予防接種ってことはつまり、そういうことだものな。

 

「ぱ、パパ、注射どうしてもしなきゃだめ?」

「病気を防ぐには手っ取り早いからね。杠も病気にはなりたくないでしょ?おたふくはキツいよ」

「で、でもアタイら手洗いうがいしてるから大丈夫だし!ねっ、波音!」

 

 話を振られた少女があからさまに肩を跳ねさせ、ぴるぴると震え出す。内気な彼女は唐突な事が苦手だ。何かを答えようと「あう、その、えと」と言葉をなんとか繰り出そうとする姿にはいじましさすら覚えた。話を持ちかけた少女も真剣な眼差しで父親に訴えかける。

 

「ただでさえ皆して遅れてるんだから例外はありません。なってからじゃ遅いんだよ」

 

 しかし主人は呆気なくその主張を払い落とした。うーん、容赦が無い。

 

「オヤジの言うとおりだ。病気ってのはかかる前にかからないようにした方がいい。杠もずっとお布団の中で動けないのは嫌だろ?」

「でもいたいのヤだ……」

「痛いのは一瞬よ。それに思ったより痛くないかもしれないわ。ほら、案ずるより産むが易しって言うでしょう?」

 

 頬を膨らませて拗ねる少女を両隣に座る男女が宥めようとする。一見誘拐現場にしか見えないのは男性が強面だからか或いは女性が異国の顔立ちだからか。全体的に多民族な顔揃いだからか、印象がころころ変わるのはご愛敬だ。

 主人は腕を組んで少し考え込んでいた。数秒ほど宙を見つめた後、ため息と共に肩をすくめる。

 

「……終わったら例のクレープ屋行っていいから」

「!ほんと!?」

 

 ガバッと顔をあげる少女。相変わらず食いつきがいい。もう一人も見る見るうちに顔色が明るくなった。先ほどまでの悲しい涙顔がウソのようだ。

 恐るべしクレープ屋さん。あそこ生地だけでも美味しいし具だくさんで目も味も楽しめるからね、しょうがないね。ストロベリーチョコホイップクリームマシマシなんて頼んだ日にゃその場で小躍りしてしまうほどだ。

 「じゃあ後で玄関に集まりなよ」と言い残し、今度こそ主人は朝食室から去った。その後ろでやったやったと椅子の上で跳ね出す少女たち。他の子ども達の反応はさまざまだ。ぼんやりと眺めていたり、微笑ましそうに眺めていたり。諫めようとする者もいればちゃっかりお土産に買ってきてもらおうとする者もいる。

 

 メイド達が食器の片付けに入り始める。子ども達も満腹になって銘々に立ち去りだした。今日お出かけの二人は付き人と一緒にこれからお着替えだろう。お手々を繋いで廊下を駆け出す後ろ姿に「廊下を走ると危険ですよ!」と声をかけて、主人の部屋へ戻った。

 さて、今日もお仕事お仕事。

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