火蝶雨月 或いは「名探偵コナン 10人の名無したち」 作:都忘
おめかしをした子ども達と主人を見送って数時間後。
主人は先ほどまでのヨーロピアンな風体から一転、白いシャツにカーキ色のジャケット、青のジーンズとカジュアルな服装になった。子ども達もピンクのワンピースだったりクリームのトレーナーとハーフパンツだったり、一見すれば兄弟か友達が集まったように見える。主人も見た目小さくて若いから、父親に見られる可能性は限りなく低いだろう。
……さすがにその状態でパパだ父さんだと呼ばれるのはマズいので、もう一人長身の子どもを連れて行くことになった。さっきキウイを残してた雪兎さまという青年だ。ぼんやりしていて何事もマイペースだが、少なくとも180はあるので年長に見えるはずだ。
閑話休題。
メイド達に掃除や庭の手入れのシフトを割り振り、クリップボードを片手にあっちへぐるぐるこっちへぐるぐる。各部屋にある調度品を確認し、金庫の中身も無くなっている物が無いかしっかり指さし確認。出来た所にチェックを付けてまたぐるぐるし出す。
執事の仕事は膨大だ。召使いの監督、資産の管理、来客対応、事務的な手紙の返信、家族のサポート、エトセトラエトセトラ。メイド達は数こそあれど、一つ命令をしたらそれ以上はあまり頼りにならない。むしろ、妖精の身で言いつけられた事はしっかりこなせる事を褒めた方がいいだろう。そういうもんだからね、しょうがないね。
今、子ども達のほとんどは二階の誰かの部屋で勉強中のはずだ。ドリル、参考書、ノートに図鑑。年齢層もデザインも全く違う物を見せ合いながら進めていく様は見ていて微笑ましい。
そういうのに参加していない者……もう二十歳を超えた子達は、銘々に好きなことをやっているようだ。図書室で本を読んでいる者、自分の部屋にこもって何かをしている者、ジョギングで中央庭園を一周走っている者。律儀に会うメイド全員に挨拶をする声が、執務室の奥まで聞こえてくる。
うん。貴重品の管理もオッケー。アンティークも壊れた物は無いようだ。
たまにメイドがうっかり洗っている途中に壊しちゃったりするんだよな。おかげでこの屋敷の皿洗いは食洗機に全部お任せである。文明の利器って最高。
……さて、あとは。
一つ、ロビーの階段裏に回って視線を落とす。階段の影になるそこには、人一人がやっと入れるくらいの横幅しか無い、細い階段がある。電灯も一つだけの最低限。カーペットは毛羽立った灰色。一応ここにも掃除は回ってくるが、影なだけあってどこか薄ら寒く、ホコリっぽい。
その階段の行き止まりにあるのは重厚な鉄扉だ。三つの錠と指紋・魔力認証で閉ざされたいかにもな黒い扉。勿論通った後にも指定された人以外撃ち抜く自動銃やら呪詛やらが仕組まれている。その厳重さは自分でも許可無く入ることが許されないくらいだ。
が、一応、扉を開けるまでは許されていて。階段を降り、錠がちゃんと閉じていること、認証がしっかり起動していることを確認する。出来たら早めに駆け上がって離れた。
見れば分かるように、あの扉の向こうは危険だ。ドス黒い魔力がぐるぐると渦巻いているし、近づいただけでもピリピリと肌を魔力が焦がす感覚がする。それは呪いでもあり、怨嗟でもあり、悪意でもあり、好奇でもあった。
耐性の無い人間なら一秒ともかからずに人体発火してしまうだろう。自分や子ども達は耐性が強いので近づく位なら問題は無いが、たまに悪戯心を発揮した妖精メイドが近づいて炭になるケースがある。片付けに困るから止めてほしいんだよな。
何はともあれ、禁足室の戸締まりもオッケー。これにて午前にやるべき確認は全て済ませた。
あとやるべきは手紙と契約品の発送を……おや。
「ねえ執事さん、ちょっと良いかしら」
後ろから声をかけられ、振り向いて恭しくお辞儀をする。声をかけてきたのは子ども達の一人、オッドアイが綺麗な彩音さまだ。両手を頬に添えてにこにこ微笑む様が令嬢然として愛らしい。
「これは彩音さま。如何いたしましたでしょうか」
「実は、今日のお昼はピクニックにしようかと思っているの。だから、キッチンを借りたくて……」
「下の子達が勉強詰めだから、気分転換になると思うの」と物憂げな上目遣いでお願いをする彩音さまに、ふむと相づちを打つ。確かに今日は良い天気だ。お外で遊びたくなる気持ちも分かる。主人も、屋敷から出なければ庭先ぐらい許してくれるだろう。
「もちろん大丈夫ですよ。よろしければ、メイドを助手代わりにつけましょうか」
「いいえ、大丈夫よ。今日は一人じゃないから。……ね、
顔を明るくした彩音さまが、自分のすぐ後ろを振り返って微笑みかける。よく見ればその後ろには他にももう一人子どもがいる事に気がついた。
ため息をつきながら姿を現す、明るいアッシュグレーの髪の沙羅さま。杠さまや波音さまと同じくらいの背丈に見えるが、これでも子ども達の中では中間くらいの年齢である。
「……私は一度も手伝うって言ってないのだけど」
「でも一緒に来てくれるんでしょう?沙羅の分も作るから、一緒にお外で食べましょ?」
「あなたが部屋から出ろ日の光浴びろって煩いから仕方なくよ。こっちはやっと一棚読み終えたところだって言うのに……」
ひらひらと持った本ごと手を彷徨わせて、心底嫌そうな顔をする沙羅さま。でも、もし本当に嫌なら絶対に応えないで閉じこもっていただろうに。こういう付き合いの良さが彼女の長所だ。
それにしても、図書室の本を読んでいるのか、沙羅さま。あそこは小難しい魔導書がいっぱいで、中には読もうとする者に片端から迎撃魔法を放ってくる凶悪な本もあるのに。やはり研究者由来は凄い。
「お外でも本は読めるわ。むしろ、気分転換になって新しい発見があるはずよ」
「素人が無責任に言ってくれるわね……まあ、出てきたのは私よ。少しくらいなら付き合わないこともないわ。ただ、五月蝿くなったらすぐに帰るから」
「ええ、助かるわ!執事さんもありがとうございます」
彩音さまは嬉しそうに沙羅さまの手を取って自分に一礼をし、パタパタと去って行った。沙羅さまも呆れた表情ながらもついて行く。
うんうん、仲が宜しくて何より。子どもの笑顔はやはり何より健康に効く。きっといつかガンにも効くようになる。
……まあ、自分たちが本来住まう外世界であればガンくらい訳ないけれど、それはそれ。
お昼のお楽しみへ向かう彼女らを見送り、気分もリフレッシュしたところで、すぐに次の仕事へ向かった。
・妖精メイド
屋敷の日雇いメイド。だいたい一日で生まれて三日で消えるタイプの下級妖精。
人件費がかからないのが利点だが、頭が悪く忘れっぽいのが玉に瑕。
・図書室
一階と二階にそれぞれある。今回話に出たのは二階の方。
人目に触れられる程度の色んな魔術書や論文が蔵書されている。かけられる呪詛も手が切り落とされる対盗人用とか口が縫い付けられる禁声魔法とかその程度。
触れたらアカンヤツは地下の禁足室行き。