火蝶雨月 或いは「名探偵コナン 10人の名無したち」 作:都忘
日が南から西に傾きだし、じんわりとした暑さを感じだした頃。
不意に、ネクタイピンが小さなブザー音を発しだした。主人から念話が来た時に発されるコールだ。
それまで一緒に遊んでいた子ども達に断りを入れ、庭の影になるところまで来る。中央庭園の中心にあるガゼボは、薔薇で覆われる形で整えられているから、案外人の視線を遮り易いのだ。
「もしもし、
『雨飼?ちょっと警察に捕まって帰るの遅れるからよろしく』
「待ってください待ってください待ちやがれプリーズストップ!!」
冒頭からワードが強すぎる。ちょっと道路が渋滞起こしてるみたいなノリで言うんじゃないよこの言葉足らず。
誰に見せるわけでなく思わず両手をTの時にする自分に、しかし主人は『えー』と不満そうな声で返した。えーじゃない。
「どうしてそうなったんですか。ついに誘拐かパパ活と疑われました?」
『いや、目の前で殺人事件起きた』
「そんな軽いノリで言う事件じゃないんですよねぇ」
人死んでるんだぞ。子ども達の精神にも教育にも悪いだろうに。
全く、主人はこういう点に鈍いのがいただけない。自分が慣れているなら他人も慣れているハズ、なんてことはあり得ないのだ。
「じゃあなんですか。まさか犯人と疑われてるんですか」
『んなワケないでしょ。単に事情聴取されてるだけ。ただ、デパートだから人が多くて』
「ああ……時間取られてるんですね」
なるほど、と独りごちる。特に今日は休日だ。主人以外にも家族連れは沢山いるだろう。その中事件が起きて、一人一人警察が事情聴取をしているとしたら、まあ時間が食われるのも仕方があるまい。
というかデパートにいるってことは、予防接種のあと例のクレープ屋に行った最中に遭遇したのか。せっかくのクレープがお腹に入らなそうで、子ども達が可哀想だ。
「分かりました。それでは夕食は先に進めさせていただきます。そちらの分はどういたしましょうか」
『残しといて。そこまで時間はかからないと思う。……多分』
そこで主人は何故か言葉を濁らせた。少し考えるようにじっと黙り込み、『多分ね』ともう一度囁く。
主人がそこまで曖昧な返事をするのも珍しいことだ。思わずこちらも「どうかいたしましたか」とヒソヒソ声になってしまう。今いる場所が影なだけに、自分の声がやけに大きく聞こえた。
『視線を感じるんだよ。二つか三つほど、こっちをジロジロ見てる』
「……それは」
『撒くのは簡単だけど気が散るんだよね。面倒くさいし』
「心中お察しいたします」
そう言って主人は大きくため息をついた。相も変わらず気の毒なお人だ。
というのも、主人と子ども達は当然ながら全く似ていない。一応外に出る際は子ども達の髪を金髪に統一しているが、群青の主人と並べれば血が繋がっていないのは一目瞭然だ。
その上、見た目年の差が余り無いように見えるのも主人の頭を悩ませていた。疑われる度に養子だと説明するのも手間なのだろう。
だからか主人は、予防接種といったどうしても出なければならない用事を除いて、あまり子どもを連れて外に出ない。その数少ない外出で事件に見舞われるとは、運が悪いのやら。
しかし、それにしても誰かが見ているとはどういう事だろうか。目を惹くのは分かるが主人の言い方からして好ましくない視線のようだ。
……ふむ。
「慎二様、一度《視て》もよろしいですか?」
『……好きにしな』
許可を得て一つ深呼吸をする。軽く手をぶらぶら揺らしてストレッチし、手袋が取れないよう再チェック。
よし。
「――《かくりよの かくもかけまし からくりりゅう》」
強く打った柏手は、クッション代わりになった手袋に吸い込まれて消えた。ちょっと様にならないけれど、呪文は正しく発動し、視界を廻し始める。
広いデパート。沢山の人。中央広場のブース。集まる警察。不安、怪訝、不審、いらだち。
主人はブースの隅で、他の客と同じように待機していた。波音様を抱えてあっちへふらふら、こっちへふらふら。顔を埋めた肩からひぐひぐ泣き声が聞こえる。あやしている最中らしい。
すぐ傍のベンチには杠様と雪兎様が座っている。杠様は例のクレープ屋のチョコバナナ味を食べている最中だった。こんな状況でも食べられるとは肝が据わっているものだ。現場を見ていないだけかもしれないが。
雪兎様は、相も変わらずぼんやりと宙を眺めていて動かない。あの人、何考えているのか本当に分からないんだよな……。話すことがあっても「ん」とか「あ」とか言って終わるし。そんな彼の通訳を務める裕太様のなんと甲斐甲斐しいことよ。
っとと、話が逸れた。ええと何だっけ、そうだ視線。
主人の周囲を探してみるが、それらしい人影は見当たらない。通行人達が不安そうに警察の成り行きを見守っているだけだ……と言いたいが、実際は携帯機器をポチポチしたりゲームしたりパソコンで作業したりと自由にやっていた。子ども連れなんて待ち飽きたのかかけっこまでしている。
マジか。一応人が死んでるのに悲壮感が全くない。この町の人間神経図太すぎるだろ。
そんな中に紛れているからか、主人を不審者として見る目はそうそう無い。となれば、もう少し距離を置いたところから見ているのだろうか。
「……あ、見つけました。事件現場に一人……いや、二人ですかね」
ブースのど真ん中。規制線が張られ、鑑識やら何やらが作業している中、一般人だとおぼしき青年と子どもが現場を見ていた。まあ、中に入るのを許可されているのだから一般人では無いのだろう。私服警察とか、そんな所だろうか。小学生ほどの子どもが一緒にいるのは謎でしか無いが。
青年は金髪に色黒の肌を持つ童顔の男だ。二十代でも通りそうな甘いマスクは行く先々で女性陣にキャーキャー言われそうな愛らしさを持っている。でも、イケメンはイケメンでも、観賞用にされそうな方向性の整い方だ。こう、微笑み慣れてるところに地雷臭を感じる。
さて、その青年と子どもは確かに事件検分をしているようだが、時折チラチラと主人の方を見ていた。正確には子ども達……特に、雪兎様と杠様を見ているようだ。
じっと見つめてはこそこそと話をする様は、見られる側としては気分の良いものではない。視線に敏感な主人なら尚更だろう。面倒くさいと言いつつウンザリとした物言いなのもそのせいかもしれない。
だが、それよりも先に伝えなければならない事があった。
「慎二様、今見ている人物ですが、相当の
ブースに並べられたデスクのパイプ脚を通して主人を見ている青年。
その背中には、物々しい程に大きな黒いもやがあった。
縦にして五メートル、横幅は二メートル弱。立ち上る黒煙のようなもやが、覆い被さるように漂っている。それはまるで後ろから青年の手元を見るような姿勢で、しかし、そのまま倒れたらブースどころか向こう側にあるテナントまで浸食するだろう。
デカすぎんだろ……とネタを振る余裕も無い。いやマジで何だあれ。どんな恨み買えばあんなダイナミック怨霊引き連れるんだよ。普通の人間だったら陰気で身体壊して死んでるぞ。
主人は一瞬動きを止め、携帯を取り出した。そのままカバーを開いて携帯……ではなく、付属の鏡部分を傾け、同じように相手を見る。だが、霊的能力のない主人には何も見えていない筈だ。
それを証明するように、喉を絞るようなうめき声が念話に混じった。
『…………マジで?』
「マジもマジ、大マジです。ウソだったら中庭10周してもいいくらい本気です」
『喧しいわ。……とりあえず、連れていかないよう気をつけるから、待ってて』
軽いホラーを体験した主人はSAN値チェックです。まあ減るモノが無いから意味はないけれど。
ふと思ったが、波音様が泣いているのはもしやあの怨霊を目の当たりにしてしまったからでは無かろうか。子ども達の中には霊的素質が備わった者が何人かいる。確か、波音様もその一人だった筈だ。そのせいで陰気に当てられてしまったのかもしれない。
あとで蜂蜜レモンティーでも淹れようかな、と念話を切りながら考えた。《眼》はまだ主人周りを映したままだ。当然、例の大怨霊を引っさげた青年の姿も映っている。
隣の子どもも大概だけど、やっぱり青年の方が酷い。呪詛を辺りに振り撒いていないのが気味悪いくらいだ。何らかの躾でも施しているのだろう。あそこまで危険な物を安全に運用しているとは、是非とも方法をご教授してもらいたい物である。
それにしてもなんだかあの青年、見覚えが……ッ!
「って!」
バツン、と破裂音が響く。心臓を守った左腕を、鉈で裂くような呪詛の風が襲った。薄い切り傷が広がり、一緒に切れた執事服やらブラウスがひらひらと頼りなく揺れる。そこまで傷は深くはないが、保護術に当たった分の呪詛が靄のように周囲に漂い、留まった。
……これ、多分触れたら針球になって突き刺さる奴だよなぁ……典型的な攻撃呪詛の類いだが殺意が高すぎやしないか。勝手にのぞき見していた自分も悪いが、まさか《眼》を伝って呪詛を飛ばしてくるなんて。やはり、あの怨霊は相当な怨念をため込んでいるらしい。ますます何であの青年は無事なんだ?
復元術をぶつけ、残った呪詛を完全に消す。ついでに《眼》も閉じて縁が出来ないように軽く洗った。この屋敷は外部からの敵性魔術を受け付けないが、《眼》を通じた物だけはその適用外だ。万が一が無いように気をつけなければ。
……おそらく、あの怨霊は主人には気がついていない。気付けないというのはそれだけで大きな護りとなる。特にあれは此方から干渉しなければ反応を返さないタイプと見た。だから、あとは青年が無理に主人に干渉しなければ大丈夫な筈だ。
そう結論付けて、自分はまだ遊びに興じる子ども達のもとへ戻った。
・波音
泣き虫な女の子。なぜか某女優の面影がある。
・杠
快活元気な女の子。なんだか某トリガーハッピーに似てるかもしれない。
・雪兎
ぼんやりし通しな青年。なぜかジンに物凄く似てる。
・青年と子ども
(二度見)(三度見)(四度見)
・怨霊
何見てんだゴルァ(怒)
執事の予想通り、干渉しなければ無害。なお青年から干渉した場合は除く。