Angel Beats! PAST SIDE EPISODE   作:純鶏

3 / 7
第3話 - my life was over

 

 中学3年生になった頃、私はボールが目に当たって片目の視力が下がってしまうことがありました。それ以降は、メガネをつけないといけない状態になってしまったのです。

 しかし、幸い視野が狭くなった分、部活ではボールを細かく見る力を養っていくことに専念することが出来ました。その結果、中学を卒業する辺りでは、きわどいボールも区別できるくらいの選球眼を身につけることが出来たのです。まさしく、いつのまにかメガネは私の体の一部となったわけでした。

 

 

 そんな私も地元の中学を卒業し、友人達は野球部の強い高校へと入学する中、私だけは自分の家から近い高校へと入学しました。理由としては色々とあったのですが、やはり家族のことを思うと近場の高校へ入学することが望ましいと判断し、地元の高校へ入学を決めたのでした。

 

 ただ、片目の視力が低下したことにより、母親からはインドアの部活に入るよう勧められました。それでも私は、中学から続けていた野球を今更やめることなんて出来るわけがなく、ましてや中学の時に友人であった永井と誓い合った約束を忘れずに頑張ってしました。結局、母親の反対を押し切って、私は野球部へと入部することにしたのでした。

 

 ちなみに、私の入学した高校の野球部は、上下関係の厳しいところではなく、みんなで仲良く野球を楽しもうという雰囲気の部活動でした。また、中学で補欠だった元野球部の友人も一緒に入部したりしたので、入部しても寂しい思いはしなかったのでした。そのおかげもあって、私は入学してからずっと優しい先輩達や仲間達に囲まれた環境で野球をすることができ、心置きなく野球が出来たのです。

 

 ましてや私自身、投手として野球を長く続けてきたこともあって、みんなから数少ない投手として頼られるようになりました。いつしか、3年生の先輩達にまで一目を置かれるほど私は野球が上達していきました。みなさんは私には野球の才能があるともてはやしましたが、それも野球部みんなのために頑張ろうという想いが私を強くさせてくれたのでしょう。みんなの期待の応えると共に、中学の時に永井と誓った夢を目標に、野球部の頼れる投手として私は頑張ったのでした。

 

 

 

 野球部の3年生が卒業をし、2年生になった私は野球部の投手として春の高校野球の大会に出場することが決まりました。私はレギュラーに選ばれたのですが、3年生になった先輩を差し置いてエースの背番号である1番をもらうことはさすがに気が引けました。

 

 なので、先輩の方が相応しいと相談しにいくと、

 

 

「いいや、高松。その背番号はおまえの背中にあって、初めて“1番”として輝くんだ。悔しい話だが、オレではその背番号は相応しくないんだと思う。だから、一番相応しいおまえが背負ってくれないか。オレのためじゃない、チームのみんなのために!」

 

 

 先輩はそうやって私に優しく言葉をかけてくれたのでした。私はその先輩の言葉に、ただ感謝の意を示すことしかできませんでした。そして、私は決心したのです。先輩達や仲間達の期待に応えるように、私はその背番号を背負って頑張ることをみなさんに誓ったのです。野球部のみんなにエースとして認めてもらえるよう、頼もしく思ってもらえるよう、自分自身をひたすら鍛えていったのでした。

 

 それでも、私の高校は田舎で弱小であったため、野球部の人数は少なく、投手の数も2人。バッターである仲間達も県大会でたくさん打点を取っていくほどの力量はなく、主に守備に特化しただけの攻撃力の乏しいチームだったのです。

 そのため、私が先頭に立って相手から打点を取られないように守っていくことがとても重要でした。私が欠ければ、チームとしての戦力が低下し、点が取られてしまえば負けてしまう。そう感じた私は、決して点を取られないような投手として自分自身をひたすら磨き上げていったのでした。

 

 それはもう、とても苦しく辛い日々でした。ですが、私は野球を楽しんでするみんなが好きでしたし、自分がこのチームを引っ張っていかないといけないという使命感が、私自身を強く一生懸命にさせてくれたのです。

 

 

 

 高校野球の県大会が始まり、私は確実に相手校から点を取られることなく抑え、試合に次々に勝利していくことができました。幸いなことに、相手校は私達の野球部をナメきっていたのか、こちらの野球部から点を取れないことに焦りが出てきて、私達はそこを突いて勝利することが出来たのでした。実際、いちいち相手校の情報なんて知ろうなんていう野球部は数少ないですし、ましてや今まで弱小であった私達の高校なんて眼中になかったのでしょう。

 

 私達の野球部は、毎年いつも初戦敗退してばかりいただけに、次々と相手校に勝利したことを仲間達は歓喜していました。頭の固い私達の野球部の顧問の先生でさえ、勝ち進んでいったことに嬉しそうな表情を浮かべていたのです。そんなみんなを見て、私もまた嬉しさでいっぱいになっていきました。

 

 そして私達は、県大会の準決勝で毎年甲子園に出場している強豪校と当たることになりました。中学時代の野球部の仲間達も、その高校に入学して野球部員になったはずでしたが、誰一人として元野球部の仲間の姿はありませんでした。

 

 

 いざ試合が始まってみると、さすが毎年甲子園に出場いるだけあって、とても厳しい相手で接戦になりました。それでも、相手の投手から死ぬもの狂いで何とか2点も取ることができ、先にこちらが先制点を得ることが出来たのです。それだけに、私は点を取られまいと必死に投げ続け、相手校のバッターに何度か厳しい辺りに打たれながらも、相手から点を取られずになんとか抑えていくことができのでした。

 

 ところが、試合が中盤になって私は肩の痛みを感じるようになり、投げれば投げるほどその痛みはひどくなっていきました。本来ならここで、次の試合に備えてもう一人の投手である先輩と私が交代した方が良かったのでしょう。

 

 しかし、この強豪相手に先輩では抑えられないことは確実でした。ましてや強い相手と試合慣れしていない先輩では、舞い上がってしまうことがないとは断言できません。次の試合のことを考えると先輩と交代をすることは大事だということは分かっています。それでも、勝てなければ次なんてない。この試合で勝たなければ、次なんていうものはなくなってしまうのです。そんな考えが私の頭の中によぎったのでした。

 

 

 私は絶対に勝ちたいという想いと野球部みんなの私に対する信頼を背負い、結局最後まで投げきってみせました。投げる度に肩の痛みを我慢しながら、渾身の投球で相手をねじ伏せていき、私は最後の最後まで投げ抜いたのでした。最後の9回では肩の痛みのせいで棒球となってしまい、打たれて1点を取られてしまいましたが、2-1で私の高校が勝利し、仲間達で心の底から勝利を喜び合うことができました。

 

 

 

 その結果、私は次の試合には出られなくなってしまったのです。二度と野球が出来ない体になったわけではないのですが、当分は野球を控えなければいけないとのこと。これ以上の無理は危険であるという診断を医者からくらってしまったのでした。このことを知った仲間達からは私に対して心配と感謝の言葉をたくさん発し、何故か“ありがとう”という言葉がよく飛び交っていました。

 

 

 次の決勝戦、私はベンチに入ることは出来なかったため、観客席で仲間達の試合を見ることとなりました。相手は前回の強豪校ほど強い高校ではなく、私がいなくても決して勝てない相手ではありませんでした。私は仲間達を信じて、他の観客と同じように野球部の仲間達を必死に応援しました。

 しかし私の声援は空しく、試合は6-1という私の高校の野球部が惨敗するという結果で試合は幕を閉じました。結局、私達の高校は県大会で優勝することは出来ずに敗退してしまったのです。

 

 

 

 私は絶望しました。それは、決して試合の結果ではなく、私の仲間達のプレーや試合の内容に、仲間達に、私は絶望してしまったのです。

 何故でしょうか。彼らは、強豪校に勝ったというだけで満足してしまったのでしょうか。それとも、私がいないということで諦めてしまったのでしょうか。実際どうだったかを私は知らないですが、私が思うにはきっと両方だったのでしょう。

 

 彼らは前回の強豪校との試合で勝ち、肩を痛めて出場出来なくなった私に何故か感謝をたくさんしていました。私はその時は深く考えませんでしたが、その言葉の意味は私の思惑とは違っていたようです。

 きっと、私に対して感謝をした本当の意味は、次の試合に繋げようという想いではなく、自分たちが諦めてしまったからこそ、ここまで頑張ってくれた私に対する労いの言葉。彼らにとって、真剣勝負は終わってしまっていたのです。

 

 彼らは必死に頑張ってもがこうとせず、ひたすら勝利に向かおうとせずに満足して諦めた彼らを、私が許せるわけがなかった。真剣に頑張ってきた私は彼らのそんな姿を見て、心の底から落胆してしまうのは仕方のないことでした。

 

 

 そこで私は気付いてしまったのです。彼らにとって野球は、楽しくできればいいというもの。つまりは遊びでありスポーツであり、自分を犠牲にしてまで頑張るものではなかった。彼らはただ、楽しんで野球に取り組んでいただけだったのです。

 さらには、才能があると言って私を頼りきりにして、ただ、まかせっきりにして、自分たちは真剣にやろうとしてなかった。自分達には才能がないという言い訳で、努力することを怠っていた。彼らにとって野球とは、球技という名のレクリエーションでしかなかったのでしょう。

 

 私は何のために頑張ったのでしょう。自分を犠牲にしてまで私は何を頑張っていたのでしょうか。

 よく思えば私は、自分の高校生活の大半は野球で費やしてきました。確かにプロ野球選手になるという夢は持っていましたので、野球に時間を費やしてきたことを悔やんでいるわけではありません。

 

 ですが、高校2年生になってからは目の前の大会のことばかり考えていました。ひたすら、私は仲間のために、仲間の期待に応えるために野球を頑張ってきました。今回の大会の試合だって自分を犠牲にしてまで、仲間達のために私は必死に頑張ったのです。それなのに、彼らは真剣にやろうとしなかった。私の想いを裏切るように、必死に頑張ろうという意思を感じられなかった。そんな彼らに、私は憤りを感じずにはいられなかったのです。

 

 

 

 それ以降、私は変わりました。仲間に対してもっと真剣に取り組むことを要求し、次こそは県大会で優勝することを目標にしました。心を鬼にし、仲間にきつく当たりました。それが、私の使命であり、仲間と本当の勝負をして、本当の勝利を得ることが出来ると信じて頑張ることにしたのです。

 

 しかしその結果、野球部の中はいつのまにか殺伐としたものとなり、終いには野球部の仲間と私との人間関係は修正できないものとなってしまったのです。

 

 その後は、ひどいものでした。私の高校の野球部の雰囲気は荒れてしまい、部活内でのレギュラーを決める練習試合ではケンカ沙汰になってしまい、私の高校の野球部は夏の大会に出場禁止となったのです。そして、気づいた時には私の周りには信頼できる仲間は誰一人として残っていませんでした。

 

 

 その後、私の人生は崩れ去るように落ちました。まず、私の高校の野球部は傷害事件を起こしたことで廃部にまで追い込まれ、私は仲間と思っていた野球部の人間に闇討ちを食らったのです。容赦ない暴行によって、私は野球が二度と出来ない体となり、右肩が上がらなくなりました。

 

 私は今まで生き甲斐にしていた夢までも絶たれ、生きる希望を失った私は不良となってしまい、学校も辞めてはひたすら遊ぶ毎日。ただ平凡に過ごし、ただ怠惰を潰していく日々。

 

 ある時、からまれた不良とケンカをしてしまい、その際に性質の悪い不良にバットで殴られてしまいました。私は打ちどころが悪かったのか、そのまま体を動かすことが出来ず、死んでしまったのです。

 

 

(……えっ? おまえは、たしか!?)

 

 

 私は心の中でふと、そう呟いていました。まるで幻覚でも見たのかと思うくらい、頭がもうろうとしていく中、目の前に見える光景を疑ったのです。そんな私が死ぬ間際に見たのは、中学校の時に夢を誓い合った永井という人間の面影。プロ野球選手という夢を追い求めていたはずの永井が、そこにいてバットを握っている。

 つまり、私は昔の友人である永井によって、私は死んでしまったのです。なんという皮肉でしょうか。そんな、笑えてしまうような私の人生の末路。よりにもよって、幼き頃に夢を誓い合ったはずの友人によって、手に持っている野球の道具で私の人生を終えたのでした。

 

 

 

 

 私はいったい何をしていたのでしょうか。高校で過ごしてきた日々は、私の中には何も残らずに崩れ去ってしまった。野球だけは真剣に取り組んできたつもりだったのに、本当の仲間なんていなかった。助け合いなどなく、自分だけ頑張って、自分だけ理想を抱いて、自分だけ夢を追いかけて、自分だけ真剣になって、人生を終えてしまいました。

 

 私は自分のこんな人生を、決して受け入れられるわけがなかった。何も報われず、何も残らず、泡沫のように消え去った人生を、後悔せずにはいられなかった。今まで何を頑張ってきたんだと問いかけずにはいられなかった。

 

 せめてでも私は2年の最後の試合、私は仲間のために頑張ったことを、後悔したくなかった。心の底から、自分のやったことに満足し、仲間のために頑張ったことを誇りたかった。

 

 だからもう一度、私は真剣勝負がしたい。誰かと一緒になって真剣に勝負し、心の底から悔しがったり、喜び合いたい。決して、誰かに頼って得た勝利ではなく、誰かのために犠牲にした勝利でもない。自分が自分のために、仲間同士が仲間のために、真剣になって勝負すること。それで得たものを、感じたものを、私は人間として感じてみたかった。私は人間として、真剣に限界まで取り組んだことを良かったのだと思いたいのです。

 

 

 

 そんな私の願いを神様は叶えてくれたのでしょうか。それとも、私は夢でも見ていたのでしょうか。私は死んだはずなのに、何故か生きている。心臓は鼓動し、呼吸をしている。生きているという感覚がある。

 もしかしたら、死んでいなかったのかもしれない。それとも私は天国とか地獄にきたのでしょうか。色々な考えが私の頭の中で交錯していきました。でも、どういうことなのかを考えるより、見て確認した方が早い。

 

 だがその前に、誰かが私を呼んでいる気がした。その呼びかけに反応するように私は頭を上げ、目を開いた。今まで目を閉じていたのもあって、視界はぼやけていました。それでも、目を開かせているうちに、しだいに視界は少しずつ鮮明になっていくのでした。

 

 そこにあったものは教卓。もう少し顔を上げれば、黒板に時計がありました。その近くには見知らぬ人間が立っている。私の周りにも、学生服をきた人間がいる。私の想像とは違う光景に、私は目を疑う。

 だけど、確かに私の視界から見えるものは、学校の教室。つまりは、私は何故か教室の中にいたのです。教室の中で私は、目を覚ましたということになるのです。

 

 

 

 ここまでが私の生前の話であり、この世界。死後の世界に来た瞬間だったのでした。

 




第3話:“私の人生は終わった”
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。