Angel Beats! PAST SIDE EPISODE 作:純鶏
体育祭当日、私と光村は決まった種目に出ては、同じクラスメイト達と共に他のクラスの人間達と競い合っていた。私達のいるクラスの仲間のほとんどが、生前の記憶のない、普通ではない人間だった。
それでも、私と光村にとっては、彼らとの付き合いは決して短くはないし、一緒に暮らしてきた仲間である。生前の記憶がなく、この世界に最初から順応した人間であるというだけで、彼らは人間でないわけではない。私達と同じ、今を生きている人間なのだ。だからこそ私達は、クラスメイトのみんなと力を合わせ、全力を出して体育祭の競技に挑み、この学校行事を楽しんでいた。
この学校の体育祭は、学年のクラスごとに分かれて得点を競い合う形となっている。つまりは、よくある色別対抗ではなく、全ての種目が学年対抗かクラス対抗のものとなっているのだ。
そもそも、この学校ではクラスの割り当てはA・B・C・D・Eの5組まである。その中でも私達は学年が2年でD組のクラスの生徒であった。
ちなみに、A・B・E組は体育会系の生徒の多いクラスで、C・D組は文化系の生徒が多いクラス配分になっている。そのため、体育祭では私達のクラスが優勝するのはけっこう難しい。着実に一つ一つの競技で点数を取っていかないと、学年で1位を取ることは厳しいのだ。
次の競技の集合のアナウンスが流れ、ついに最終競技のクラス対抗400メートルリレーが始まろうとしていた。どうやら、死んだ世界戦線の人達はC組の人間に頼んで、すごい身体能力を持った女子をアンカーにしてゲリラ参加させるつもりらしい。光村がD組のアンカーとして出場することは伝えてあったので、約束通り彼女もアンカーとして出場してくれるのだろう。
この種目に関しては、男女合同の競技であり、決まりとしては最低女子の3人は走者に入れないといけないというものだった。ただ、最終競技であり、男女合同というのもあってか、他の競技よりも得点の配分は多めに入ることになっている。
もし私達のD組が1位になり、現在1位のA組が3位以下になれば、学年の中で私達のD組が優勝となる。
それだけに、クラスメイトの意気込みがとても熱く感じる。光村も私も、待ちに待った真剣勝負が始まると思うと、気分が高揚していくのが止まらなくなりそうになる。
「高松!!」
後ろから誰かの手が私の肩に置かれるのと同時に、私の名前を呼んでいる。私は驚きながらも振り向くと、その人物は光村であった。光村は砂で汚れた体操服を着ながら、額にハチマキを巻いて堂々とした姿でいる。いかにもリレーのアンカーとして出場する恰好であった。
「!! ……驚いた、光村ですか。調子はどうです?」
「うん! なんかすごくいいぜ!」
光村はまるで子どものように嬉しそうな表情で威勢よくそう語った。緊張もしているのだろうが、今は嬉しさのあまり気分が高揚してきているに違いない。私は光村の威勢のいい様子に、安心と喜びを密かに感じていた。
「なんだか今日さ。……いや、やっぱりなんでもない」
「……??」
光村は何を言いかけようとしたのだろうか。少ししんみりとした表情になったように感じたが、気のせいなのだろうか。もしかしたら、またバトンを落としてしまうかもしれないという不安が頭の中によぎってしまったのかもしれない。未だに生きていた頃のトラウマを光村はまだ完全に解消することは出来ないみたいだ。
「高松、がんばろうな! 絶対に勝とう!!」
「ああ、私もそのつもりです。私が必ず、君にバトンを渡しますから!」
私達は肩を組み、意気込みをぶつけ合った。ここまで来たら、あとはやりきってみせるだけだ。私達は離れるとすぐに自分達のリレーのバトンを受け取る場所へと向かった。
光村はアンカーで、私はそのアンカーである光村にバトンを渡す。つまりは、死んだ世界戦線の女子に追いつかれる前に、私が50メートルを走っては光村にバトンを渡して、アンカーである光村が100メートルを走り切り、先にゴールすれば勝ち。私達の勝負はそういった流れになっている。
実際、私達のクラスは速くはない。すごい身体能力を持った彼女のいるクラスも文科系のクラスなので、速い方ではない。もしかしたら、他のクラスがこの競技で1位を取ることも考えられないわけではない。
しかし、体育祭というものは最後まで何が起こるか分からない。よくあるのが、走っている最中に転んでしまったり、バトンを落としてしまうことがある。真剣勝負であるがゆえに、こういったトラブルやミスが起こったりしやすいのだ。もし、私達のクラスが誰一人としてバトンを落とさずに繋いで来てくれれば、決して勝てない勝負ではないのだろう。
逆に言えば、落としてしまえば確実に負ける可能性は高くはなる。いや、確実に負けることになるだろう。優勝を考えれば考えるほど、ミスは許されないというプレッシャーがのしかかってくる。
それでも私は光村を信じているし、クラスの仲間も同じように私達を信じてくれている。優勝するしない以前に、クラスのみんなは次の走者にバトンを託していき、私達へとつないでゴールさせることだけを考えてくれているに違いない。その期待に、私は絶対に応えてみせるのだ。
とうとう、クラス対抗400メートルリレーのスタートの合図を知らせるように、スタート地点の方から音が鳴り響く。それと同時に、第一走者達が懸命にコース走り始めた。最初はみんな同じくらいの速さで走っては接戦であった。だが、少しずつ一人一人の距離が離されていきながら、次へ次へとバトンが次の走者へと受け渡されていく。いつの間にか、私達のクラスは何度かビリになりそうになりながらも、なんとか3位か4位の順位になったりして走っていた。
リレーに出る走者の半分が走り終わり、バトンは誰一人落とすことなく次の走者へと手渡されていく。ところが、残り200メートルを切ったところで起きた。2位であったE組の女子がつまずいては転んでしまい、バトンを落としてしまったのだ。その女子は転んだが慌てて立ち上がり、痛みに耐えながらも急いでバトンを拾いに行き始める。
ところが、転んでしまった女子はその間に3位と4位の走者に抜かれてしまっていた。彼女は慌てて追いかけるも足に痛みを感じるのか先ほどまでの走っていた勢いがなくなっていた。結局、転んでしまった女子は落ちてしまった順位を取り戻すことはできず、次の走者へとバトンを渡しては、地面に膝をつけて顔を伏せている。走り終えた彼女は息を切らし、嗚咽を吐きながら、涙を流して泣いているようだ。私はその姿を見ると、転んでしまった女子が少し可哀想に思えて憐れんでしまいそうになる。
でも、別に彼女を責めようとする者は誰もいない。転んでしまった女子の友人だろうか。女子達が近くに来ては、なだめるよう彼女に寄り添って慰めの言葉をかけている。誰も転んではバトンを落としてしまった彼女に文句を言う者はいなかった。
なぜなら、彼女は本気で走っていた。転んでも、バトンを落としたとしても、一生懸命にまた走り出した。もしかしたら、真剣にコースを駆け抜け、必死に頑張って走っていたからこそ、彼女は勢いあまって転んでしまったのかもしれない。本気でやって転んでしまったからこそ、彼女はその悔しさと無念を抱えて涙しているに違いない。みんなそれが分かっているからこそ、誰も彼女を責めないのだ。
ましてや、E組のクラスメイト達は決して誰一人として諦めてはいない。見ている者は必死に声援を送り、バトンを受け取った走者は、ただひたすら追い抜こうとコースを駆け抜けている。負ける気などさらさらないのだ。そんなE組のクラスメイト達に私が同情なんかしてしまえば、心が揺らいでは気持ちで負けてしまう。私自身がE組の人間に同情している余地などないのだ。
「……さて、いきますかね。本当の私を、みなさんに見せる時がきました!」
私は独り言を言いながら、気持ちの切り替えを始める。今はただ勝負に専念することだけを考えるようにしなければいけないのだから。誰だって勝つために奮闘しているし、必死に勝利にしがみつこうとしている。どのクラスも仲間同士で一致団結して真剣に挑んでいる勝負に、私自身も勝利に固執するくらいの勢いがなければ、同じクラスメイト達に申し訳ない。
さらには、光村を勝利へと繋ぐためには私の力にかかっているのだ。私が全身全霊をかけて、全力以上の力を出し切って、光村にバトンを必ず渡すこと。それこそが、私がここで一番の為すべきことである。それ以外ことなど考える必要なんてない。
私は目を閉じ、目の前の空気をため込むように吸っては、まるでいらないものを吐き出すように空気を吐く。そして、大きく深呼吸をした私は、体操服を脱ぎ捨てて上半身裸になる。そのままの状態で私はコースに出て、バトンを持ってきてくれる仲間に自分の上半身を見せるように待ち構える。妙に落ち着いた気持ちでいられるのは、きっと上着を脱いだおかげなのだろう。
今の状況としては、私達のD組が3位で勝負相手のいるC組が4位。1位のB組とはだいぶ差を離されてはいるが、ここで巻き返せないほどの距離ではない。私と光村なら、きっと1位のB組の走者を追い抜くことが出来るはずだ。
ここで心配なのは、むしろC組である。今のうちに、より差を開かせていかないと、アンカーのすごい身体能力をもった女子に追い抜かれてしまう。一度、練習している様子を偵察しに行ったことがあるが、人間離れしたあのスピードでは光村とて勝てる相手ではない。まるで、世界陸上の頂点に立つような最速の人間と勝負しているようなものである。最後の最後まで気を抜くことは出来ないのだ。
「高松! きもい!! あとは頼むっ!!」
「はい! まかせてくださいっ!!」
ついに、私達のクラスであるD組の仲間が私にバトンを手渡す。がっちりとバトンを掴んだ私は、足元を蹴るように脚に力を入れ、一気に全身全てを加速させる。前傾になるぐらいの気持ちで、腕を大きく振り、足の母指球から地面を蹴り上げるように前へと踏み出していった。全身のバネを使いながら、がむしゃらに交互に前へと振って素早く動かしていく。
そのせいか、体全体から悲鳴が上がっているような気がする。早くも筋肉を酷使し過ぎて、限界がもう近いのかもしれない。それでも、私は決して力を緩めない。筋肉の状態など、気にもとめていられない。ひたすら進むことだけしか考えていない私は、アドレナリン全開で一心不乱に光村の方へと向かって行く。
光村は真剣な面向きで私を見ながら、いつでもバトンを受け取っては走れる体勢で構えていた。自信に満ち溢れたその姿は、いつになく全国の陸上選手である風格を醸し出している。きっと、これが本来の光村なのかもしれない。
私は光村に言葉をかけることなく、自分の想いをバトンにたくすように、光村の手の平へとバトンを持った手を伸ばした。光村は私を見ずに手を差し出したまま走り出し、私がバトンを手のひらに置いた瞬間、しっかりと掴んでくれた。決してバトン落とすことなく、一気にスピードを上げて走り去っていった。
私がバトンを手渡してくれると信頼していたからこそ、光村は前を向いては私に手を差し伸べて走ったのだろう。バトンを受け取り、速いスピードで走る彼は綺麗なフォームでありながらも、いつもよりもすごい気迫で走っていた。その姿はとても真剣で、全力を出しては威嚇するように吠えているような表情で、ひたすら陸の上を思いっきり駆ける人間であった。いつのまにか光村は、1位であったB組の走者を追い抜いて走っていた。
そんな光村を、私は不覚にも心奪われてしまう。人生の後悔も迷いも苦悩も絶望も何もかもを全て断ち切って、誰であろうとも決して負けない気迫で光村は全力で走っているのだ。
きっと彼にも様々な葛藤があったに違いない。自分の人生の理不尽さに嘆かずにはいられなかったに違いない。様々な想いが心の中で交錯し、心の中に抱えていたはずなのだ。それを、彼は投げ出さなかった。逃げたかったのにも関わらず、逃げださなかった。自分のトラウマと向き合い、打ち勝ってみせようとしている。そんな光村を見て、走り抜けている光村の姿を見て、私が光村に対して何も心抱かずにはいられない。
すると、光村の後方から迫ってきているものがいた。すごい砂煙を上げながら走っているのは、死んだ世界戦線の女子。光村が勝負したいと言っていた、すごい身体能力を持った女子であった。光村が残り50メートルというところで、ものすごい勢いで彼女はコースを走って迫っていたのだ。普通なら絶対に追い抜かれるはずのない距離である。
ところが、すごい身体能力を持った女子は、どんどんと距離を縮めていく。恐ろしいくらい速い彼女に、光村は決して振り返ることなく、目の前のゴールだけを目指して、走っている。
ゴールまで残り20メートルというところで、光村と死んだ世界戦線の女子との距離はだいぶ狭まっていた。私やD組の仲間達は光村を必死に応援していながらも、息を飲みこんでしまうくらい、目が釘づけになって見ている。ゴールの目の前まで来ると、光村のもう真後ろに死んだ世界戦線の女子は来ていた。この一瞬で、勝負は決まってしまう。私は目を決して離さずに、凝視して勝負の行く末を見届ける。
ゴールテープを引っ張ったのは、死んだ世界戦線の女子だった。走っている勢いを止めることなく、彼女は走っていた。ところが、何かに気付いたのか足を止め、自分の手を見て確認する。そこには、バトンがなかった。つまり、彼女はバトンを持っていなかったのだ。
では、どこにあるのかと言えば、彼女はゴール直前に勢い余って手からバトンが上空へとすっぽ抜けてしまったらしい。高く飛んだバトンは、今になって遠いところの地面に落ちてきていた。バトンを持たずにゴールしてしまった彼女は、ゴールしたことにはならない。つまりは、まだリレーは終わったわけではないということになるのだ。
そうとなれば、必然的に先にゴールしていたのは、光村ということになる。優勝したのは、私達のクラスであるD組なのだ。
「うおおおおおおぉぉぃっしゃあああああ~~~~!!!!!」
それが分かると、光村は疲労した足を歩ませながらもガッツポーズを取っては、声を張り上げて叫び出す。クラスのみんなは一斉に歓喜し始め、光村の方へと向かって集まっていく。私もまた、一番早く光村のところまでかけつけ、光村を思いっきり抱きしめた。
「高松、やったぞ! 僕達、優勝した!! 勝負に勝ったんだ!!」
「はい! 私達が勝ちました!! あなたが彼女の勝ったところ、確かに見ました。完全勝利でしたよ!!」
実は、先にゴールテープに触れたのは光村であったのだ。遠くから見ていた人間は2人が同着したように見えたかもしれないが、確かに光村が先にゴールし、その後から追い抜かれたのだ。審判役の先生が着順を悩んでいたので少し焦ったが、彼女がバトンを落としたということが私達の勝利への一手となった。
私や光村、クラスメイトみんなの力を合わせて、死んだ世界戦線の女子との勝負に勝利した。私達は個人競技で勝利してきたことは多い。でも、団体競技で真剣勝負に挑んで勝利したという事実は、今までに味わったことのない興奮と喜びが自然とこみ上げてくる。心の底から歓喜せずにはいられなかったのだ。
「やりやがったな、光村! やべぇよ! ほんと、マジさいこーだぜ!」
「やったね~! 私達、優勝だよ! B組に勝っちゃったんだよ! ほんとうに、光村君……かっこよかったよ!!」
「おいおい高松。おまえ喜ぶのいいけど、服着ろよな。ほんとバカだな! ……まぁ、おまえのそういうとこ、嫌いじゃないけどな!!」
クラスの仲間達は私や光村の周りに集まり、優勝を手にしたことを一緒に喜び合ってくれていた。みんなは私や光村に感謝の言葉をかけてくれた。でも、それもみんなが頑張って私達に繋げてくれたからこそである。そんなみんなを私も感謝せずにはいられない。
「みなさん、本当にありがとう! 本当にありがとうございます!! みなさんのおかげで、勝てました。みなさんには本当に感謝しています!」
私はみなさんに対して深く頭を下げる。自分だけの力では、きっと優勝も死んだ世界戦線の仲間に勝つことも出来なかったに違いない。光村が真剣勝負に挑むことも出来なかっただろうし、光村が心の底から喜ぶ姿を見ることができたのがとても嬉しい。私はクラスのみんなに対して感謝の想いでいっぱいになっていた。
「いいんだよ高松。俺達だって、おまえ達が頑張ってくれたおかげで優勝できたんだからな!」
「みなさん……!」
私はクラスメイトの優しさを受け、涙が抑えきれなくなってくる。私が必死に涙を抑えるようとすると、光村が私の肩に手を置いた。その時の光村の表情は、とてもすがすがしいものであった。
「高松、僕も感謝しているよ。高松がいなかったら、この勝負は勝てなかった。高松がいたからこそ、僕はバトンを落とすことなく、全てに打ち勝って優勝出来たんだ。……本当にありがとう!」
光村は途中で涙を流しながらそう言って、私を抱き寄せた。彼の火照った体の体温が私の体に伝わってくる。
良かった、本当に良かった。これほど良かったことは今までにないかもしれない。
私は光村のおかげで、この世界で自分の人生を見つめ直すことが出来た。自分の人生の結末を受け入れることが出来た。少しずつ、自分の人生のトラウマとも向き合うことが出来た。本当に信頼できる友人に、私はたくさん助けてもらってきた。
だからこそ、私は彼に何かしてあげたかった。本当に一緒に過ごせて良かったと思える友人に、感謝の想いを含め、恩返しをしたかった。彼が喜んでくれたなら、私は何も言うことはない。私にとって、これほど嬉しいことはないのだから。
私は目を閉じながら、光村を抱きしめる。光村の想いを受け止めるように、私の中から溢れる喜びの感情を伝えるように。
「高松、君に出会えて、君と過ごせて、本当に良かった。君と一緒に真剣勝負が出来て、本当に嬉しかったよ。……君は僕にとって、最高の親友だ! 本当に、ありがとうな!!」
「ああ……あえっ!!?」
私は目の前の光景を疑った。まず、私はいつのまにか地面に手をついていた。おかしい、さっきまで目を閉じては光村と抱き合っていたはずだ。それなのに、私は地面を見ていた。私は顔を上げ、周りを見る。光村を必死に目で探してみるが、周りにはどこにもいない。さっきまでそこにいたはずの人間が、今はどこにもいないのだ。ひたすら周りを見渡してみるが光村らしき人間はいない。クラスのみんなは、心配そうに私を見ている。まるで今、私の中で何をそんなに慌てているのか気付いていないように。
「ど、どうしたんだ、高松。何をそんなに慌ててるんだ?」
「いや、光村がいなんですよ! さっきまでいたはずの光村が、ここにいたはずの光村が、どこにもいないんです!」
私はクラスメイトに、今までいたはずの光村がどこにもいないという事実を訴えかける。ところが、クラスメイト達は茫然とした表情でいた。未だに私が何を言っているのか分からない様子だ。
「なぁ、高松。その光村ってのは、どこのクラスのやつだ?」
「は、はあ!!? 何言ってんですか! 私達と同じクラスの光村ですよ!! さっき自分のクラスのアンカーとして走ってくれた、大事な仲間だった、光村です!! あなた達、忘れたのですか!?」
それでも、クラスメイト達は顔を曇らせ、パッとしない表情でいる。さっきまで、勝利を分かち合っていた仲間の名前を彼らは忘れたとでもいうのだろうか。共にクラスを優勝へと繋げた光村を、忘れられるわけなどないはずだ。私かクラスメイト達の何かの勘違いであってほしいと、私はそう願った。
「……いや、高松。俺達のクラスにはそんなやつはいないぜ? それに、アンカーで走ってくれたのは、陸上部の坂本だしな」
「なっ!?」
クラスメイトは何を言っているのだろうか。だが周りでは、そのクラスメイトの言葉に賛同するように、みんながうんうんと頷いている。私はそんなクラスメイトの姿に何も言葉が出なくなる。とてつもない恐怖心を感じて、後ずさりしてしまう。
一体、どういうことだというのか。さっきまでいた光村を、クラスメイトのみんなは忘れている。一緒に力を合わせて頑張って来た仲間を、誰も覚えていないというのか。そんなことがありえるのか? 一瞬にして、大事な仲間の一人を忘れられるものなのか?
それ以前に、光村はどこに行ったというのだろうか。なんで忽然と消えてしまったのだ。これから、クラスのみんなで体育祭の話に花を咲かせたり、みんなで体育祭の優勝祝いの打ち上げをしたりする予定のはずだ。
なのに、なんで光村はいないんだ? なんで、どこを探してもいないんだ? なんで私だけがここに取り残されたように、光村のことを覚えていて、みんなは覚えていないんだ? 一体何が何で、どうしてどういうわけなのか、分からない。もう、何も分からない。誰か、教えてくれ!
「高松くん!」
後ろを見ると、そこには死んだ世界戦線のリーダーである“ゆり”という女子が立っていた。他にも男子やら女子やら何人かがそこにいる。私は光村のことで必死になり過ぎて、いつの間に後ろに集まっていたのか気付いていなかった。毅然と立っているリーダーのゆりは、私を憐れんでいるようのだろうか。膝を落とし、やや優しい口調で私に話し始める。
「戸惑うかもしれないけど、光村くんは……この世界から成仏してしまったのよ」
「じょ、じょう……ぶつ?」
「そう。彼はこの世界で満たされて、この世界から消えてしまったの。だから、もうこの世界に彼はいないの」
「なんだって……」
ゆりという女子の言っている言葉に、私はやけに素直に信じてしまう。それは、彼女が光村のことを覚えていたからだ。一緒のクラスメイトでさえ忘れていた仲間のことを、ゆりという名前の女子は覚えていたのだ。
つまり、この死んだ世界戦線のリーダーであるゆりは、この現状で何が起こったのかを知っているのだろう。そうでなければ、今の状況を説明することはできないはずだ。それに、私はこの世界で何が起こってもおかしくはないことは分かっていた。信じたくないことではあるが、光村がこの世界から消えたというのなら、それを信じるしか他に説明ができないし、納得することができない。私は地面に顔をうずめて号泣した。
「う、ううぅ、光村。みつむらぁ……、私はまだあなたに……うぅっ」
私も、光村に感謝を言いたかった。私も、光村が一番の親友であると伝えたかった。なのに、光村はもうこの世界にはいない。光村を失った喪失感や光村がもういないという絶望感が私を襲う。ましてや、それ以上に、光村がクラスメイトの記憶からなくなり、忘れ去られてしまったことが、とてつもなく悲しかった。
こうして私は、この世界に来て最初で最大の親友である光村と別れたのだった。今まで光村と一緒に過ごすことばかりを考えてこの世界を過ごしていただけに、今後どうしていくかをすぐに決めることは出来ないでいた。
ただ、今までの生活に戻ることは出来ない。光村と一緒に過ごした学生寮やD組のクラスメイトと過ごすことは、もう不可能だったからだ。
なぜなら、今までの生活を送っていると、つい光村のことを思い出してしまう。決してこの世界に戻ってこないと聞かされた私は、心の整理が出来るまでは、なるべくなら光村のことを思い出したくはなかった。
それに、クラスメイトである仲間達が、急に人間であると思えなくなってしまったのもある。一瞬にして記憶を変えられた人間達が、とても気味が悪くて仕方がないのだ。自分だけが記憶を持っていて、みんなはないという空間にいるだけで、自分がおかしいと錯覚させられるような気がしてきてしまうからだ。
「高松くん、良かったら、私達の死んだ世界戦線に入らない? 理不尽な人生を強いた神に抗い、私達と共に戦いましょう!」
死んだ世界戦線のリーダーのゆりは、私にそう言ってくれた。他に居場所をなくした私にはとてもありがたい話であった。神に抗うとか神と戦うとかはどうでもいいが、今は彼女達のところにいた方が気をまぎらわすことができそうだ。
それに、今は普通の人間達といれば、もしかしたらこの世界についてもっと詳しく知ることが出来るかもしれない。それなら、彼女について行こうじゃないか。
こうして私は、死んだ世界戦線に入隊することを決めたのであった。
第6話:“私達は勝利のために一致団結する!”