クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚   作:所羅門ヒトリモン

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第10話「鳶瀬山千景は恋愛に真剣な退魔巫女である」

 

 

 汐坐市内のA.N.O.M.A.L.Y.は、およそ十年前から対処方法が決まっている。

 

 と言っても、時と場合に応じて臨機応変に状況の判断を行なって動かなければいけないし、必ずしも常にこういう対処方法じゃなきゃダメだという厳密な明文化はされていない。

 

 が、暗黙のルールが存在する。

 

 それが青墨秋蔵──かつて汐坐の修羅と恐れられた先代筆頭の厳命、もとい圧力によって定められた以下。

 

 〝汐坐市内で発生したA.N.O.M.A.L.Y.は、第一に筆頭による解決を優先されなければいけない〟

 

 これは、伝奇術師協会の霊視局による極めてリアルタイム性の高い探知網。

 二十四時間体制で網羅的に汐坐市内を監視する人材システム。

 

 通称、『霊査眼』をフルに使うことで飛躍的なケース解決率を叩き出した。

 

 霊査眼はA.N.O.M.A.L.Y.の発見と検知だけなら、画期的なパフォーマンスを発揮している。

 

 携帯端末にインストール可能な専用アプリの開発。

 電子化された咒式。

 

 ひとつひとつは〝おまじない〟程度の小さな呪的記号に過ぎなくとも、市民の誰もが同じアプリを携帯端末に導入していたら?

 街中に敷設された監視カメラなどからも、情報を収集していたら?

 

 たとえばSNSに上げられる日常の他愛のない一コマも、塵も積もれば立派な情報源となる。

 監視カメラに写った不審な映像など、最たる代物。

 

 日常に潜んだ些細な違和感──〝おかしなもの〟の予兆を察知するため、貴重なデータとなるだろう。

 

 昨今はAIによるフェイクが多いため、見極めは専門の術師でなければ難しいが、そこは開発者でもある術師が分身? 分裂? 系の術式も込みでやっているらしいので問題ないのだとか。

 

 現にその性能は緊急地震速報よりも抜群に高く、近頃、国の認可も下り全国的に普及を開始する見込みだとか噂もある。

 

 よって、現筆頭である秋水にも、基本はこの霊査眼によってA.N.O.M.A.L.Y.の発生情報が通知されている。

 

 秋水に探知系の能力は無い。

 

 しかし、秋水には禹歩による瞬間移動があった。

 

 およそ十年前から、協会はアラートの発報から十分以内にはA.N.O.M.A.L.Y.反応の消失を確認しており。

 

 青墨秋水を超える術師は、汐坐内外にいないのでは? とまで推定している。

 

 同時に、A.N.O.M.A.L.Y.への対処方法が属人化してしまった状況を危惧しながら、これを超える第一対処・初期対応(ファーストエイド)を確立できてもいなかった。

 

 先代筆頭による圧力が切っ掛けとはいえ、暫定対処が本格対処化しているような状態が十年。

 

 だが、秋水もひとりの人間である。

 

 A.N.O.M.A.L.Y.が同時多発的に発生した際には、どうしても後回しにせざるを得ないケースが生じる。

 

 そのため、結果的に民間人に被害が出る可能性はゼロには出来ない。

 

 件数が十件以上で、また、極めて危険性が高いA.N.O.M.A.L.Y.が同時に複数確認された場合。

 

 こうした場合は、アラートの発報前段階で霊視局がトリアージをする他ない。

 

 秋水に優先的に対処してもらいたいA.N.O.M.A.L.Y.の情報を、順位付けて通知するのだ。

 

 汐坐市内で二段階目に到達している伝奇術師は、現在秋水しかいない。

 

 そのため、たとえば先日の卒塔婆祈角や姦姦蛇螺が同時に確認されるような状況では、水死者の手、山界歩きなども同時に市内に出現していても、後者は確実に後回しにされる。

 

 そこで出番が回ってくるのが、秋水以外の伝奇術師だった。

 

 後回しが致命的に間に合わないと判断された場合、汐坐の伝奇術師協会に所属する術師のなかから、最も現場に近いものに急行要請がくだり。

 

 要請がくだった術師は、犠牲を覚悟の上で対処に当たるというのが、おおよそのマニュアルだった。

 

 疑問が湧いただろうか?

 

 それなら常日頃から、脅威度レベルの低いA.N.O.M.A.L.Y.は秋水以外の術師に対処させて、筆頭の力を温存しておいたほうがいいのではないか?

 何もかも筆頭任せにしているようでは、他の人材も育たないだろう? と。

 

 もちろん、当然の指摘である。

 

 だから協会も、そのへんは十年前から改善しようとしていた。

 

 それでも対処方法が十年前から変わっていないのは、やはり先代筆頭の圧力が大きかったというのあるし、現筆頭による()()も大きかった。

 

「俺には他人よりも優れた力があり、その力を利用し普通の暮らしよりも良い暮らしをさせてもらっています」

 

 力ある者が力ない者の傷つく可能性を看過し、それを良しとしたうえで贅沢を味わうのは人間としてどうなのか?

 

「俺が惰眠を貪っているあいだに、たとえば他の術師が死んだとします。死んでしまった術師の友人や同僚、恋人や家族は俺に怒りを向けるんじゃありませんか?」

 

 弱者ゆえの八つ当たり?

 秋水に責任はない?

 少年はそう思わないようだった。

 

「自由とは、何の気兼ねもない状態でなければ謳歌されない贅沢です。社会に出て普通に会社勤めする事に比べれば、A.N.O.M.A.L.Y.と戦う時間はごく僅かで済むんですから」

 

 自分からその選択をした俺が、他人よりも命を懸けるのは当たり前。

 

「別段、負担が大きいわけでもないですし」

 

 汐坐の筆頭伝奇術師は、協会の担当事務員に息を呑ませながら、平然と語ったのである。

 

 平然と語り、行動で以って実績を積み上げた。

 

 ……なので、協会は忸怩(じくじ)たる思いを抱えながら、この()()に甘えてしまっている。

 

 甘えながら、どうにか現状に代わる対処方法を構築できないかと、日々模索していた。

 

 そうして、十年のあいだに勘案された方策のひとつに。

 

 旧来から続くバディ・チーム制の改善があった。

 

 まぁ、骨子となっているのは当たり前の作戦だ。

 人間はひとりよりも、複数人で協力し合ったほうが難題を解決しやすい。

 

 個人の力で難題を解決できてしまうのは、術師という選ばれし人間のなかでも一握りでしかない。

 

 これまでも秋水が急行できない案件では、必ずバディ・チーム制によって協会の術師が対処に当たって来た。

 

 協会はそれを、より術師間の連携を質の高いものにグレードアップさせるため、海外の士官学校におけるメンター制度。

 

 俗に言う、上級生と下級生による擬似兄弟化・姉妹化制度を導入したりしている。

 単なる職場の相棒では終わらず、より家族のような仲を構築するコトで深い絆を結び合わせるのが目的だ。

 

 協会は時々、秋水にもこの制度を打診しようとした。

 

 他ならぬ筆頭術師の傍に歳の近い術師を置けば、後進や仲間の育成・成長の機会にも繋がるだろうと。

 それを以って、優秀な精鋭を量産するメソッドをテンプレート化する目論見でもあった。

 

 しかしながら、故・青墨秋蔵は存命中、これなる協会の打診を拒絶。

 

 曰く、「惰弱」「足手纏い」「雑味が混じる」などと断言して、如何なる言葉や提案でも取り憑く島が無かったらしい。

 

 真相は定かではないが、そこには秋水の霊力や術式の遺伝を狙った、名家からの干渉を嫌う意図もあったと推測されていた。

 

 そんなことが十年間、何度も繰り返された。

 

 次第に協会は、青墨家との関係悪化を憂慮して、複雑な思いを秘めたまま仕方なしに、現状の維持に努めるしかなかった……

 

 

 

 

 が。

 

「鳶瀬山家との合同任務? べつに構いませんよ」

「──え、マジですか?」

「はい。例の契約もありますし、彼女たちが術師としての復帰を望んでいるなら、そのリハビリに付き合うのも俺の責任でしょう」

「お」

「お?」

「おぉおっぉおぉ!? じゃ、じゃあっ! ほんとうにいいんですね!?」

「大丈夫ですか? ええ、俺は問題ありませんが」

 

 今まで単独でしか動いて来なかった秋水が、ついに他の術師を傍に置く許可を出してくれた。

 電話越しに本人の意思を確認した協会の担当事務員は、ありえないほどアッサリしたOKサインに思わず腿をつねる。

 

 秋水個人への連絡は、A.N.O.M.A.L.Y.関係を除いて禁止されている。

 破れば先代筆頭が残したと噂される何らかの報復措置が起動するとも伝わっている。

 

 そのため、こうしたネゴシエーション系の連絡は、青墨家の窓口──今現在は青墨夏乃へ繋ぐのが通常の決まりなのだが。

 

「ああ、鳶瀬山家ですか。それでしたら、お兄様と直接お話しください」

 

 何の前触れなのか。

 青天の霹靂も斯くやと言わんばかりに、彼女は急に秋水へ取り次ぎをしてくれた。

 

 今まで、一度として秋蔵や夏乃が秋水に電話を代わった試しは無い。

 

「とりあえず、明日は千景さんと会えばいいんですね?」

「あっ、はい! そうです!」

「了解しました。他に用件はありますか?」

「いいえ! 大丈夫です!」

「? そうですか。では、失礼します。おやすみなさい」

 

 おやすみなさいぃ!?

 電話を終えると、事務員は必死に「落ち着け私!」と言い聞かせた。

 けれど、すぐにハッとして慌てて上司のもとに向かわざるを得なかった。

 

 ここ数日、青墨秋水は協会に大ニュースばかりもたらしている。

 

 結婚相談然り、鳶瀬山家との主従契約然り。

 

 だがひょっとすると、今後はさらに驚愕のニュースを叩き込んでくるのかもしれない。

 まさかこんな簡単に、首を縦に振られるとは思っても見なかった。

 

(……それとも、今までの没交渉ぶりは、彼の意思とは関係なかったの……?)

 

 あるいは今回はたまたま、鳶瀬山家との合同任務だったからOKだった?

 

 勘違いしてはいけない。

 

 正確に真実を見極め、くれぐれも失敗しないように注意しなければ。

 ここで焦って、他にもたくさんの術師の名前を挙げて、バディ・チーム制を次々に打診したりしてはいけない。

 間違っても、古い一族に気取られるワケにはいかない。

 性急で、強引で、彼女たちは自分の我を押し通そうとするきらいがある。

 

 もし、秋水がそれを不快に思ったら?

 

 汐坐の今後数十年に、どれだけの影響が出るか……!

 

 担当事務員のオペ子は、絶大な責任感に駆られて協会の廊下を走った。

 

 未だ、秋水と鳶瀬山家との関係は外部に漏れていない。

 二日しか経ってないのだから当然だ。

 

 だが古い一族たちは、日頃から霊視局に探りを入れて、秋水の近況に探りを入れてくる。

 彼女たちは独自の調査網も有しているから、遅かれ早かれバレるのは時間の問題だが……

 

「っ」

 

 オペ子は可能な限り、それは先延ばしにしたかった。

 

 協会の職員として、現筆頭とはなるべく望ましい関係を築くよう、専心しなければならないというのももちろんあるし。

 

 秋水の担当事務員として、必然的に知る事になった鳶瀬山家の事情などから、彼女たちには時間を与えてあげたいとも思っていた。

 

 ゆえに、秘匿性を考慮して走った。

 

 上司への報告は機密性の高い会議室で口頭で。

 

 中間管理職、二十七歳独身。

 生まれてからこのかた、カレシ一度も無し。

 親からは孫をせっつかれるのがストレス。

 それでも、オペ子は走る。

 

 なぜなら彼女は、歳下の男子高校生に日々の平穏を守ってもらっている事実に、誰よりも感謝と申し訳なさを痛感している一般成人女性だから。

 

 なお、その人柄を評価されたがために、オペ子は秋水の担当事務員に抜擢されている。

 

 本人はそれを知らない。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 翌日。

 秋水は千景とデートをする事になった。

 

 鳶瀬山家との交流は、まずは全員と一対一で同じ時間を重ね、しっかり互いを知るところから始めて行こうと結論付けられたからだ。

 

 千歳との最初のデートは、中途半端に終わってしまったが、そこは最後にもう一度ターンを回すコトで家族内で合意が取れたらしい。

 

 そして昨夜。

 

 秋水のもとには協会から連絡が来た。

 秋水が個人所有している携帯端末ではなく、青墨家の固定電話にかかってきたそれは、どうやら鳶瀬山家の復帰相談に端を発していたようで。

 

 昨日はちょうど、十連続でA.N.O.M.A.L.Y.を片付けたばかりだった秋水は──雑魚と呼ぶには歯応えがあり、強敵と呼ぶには格の足りない十件だった──それなら自分がメンターを務めるのが妥当だろうと承諾したのだ。

 

 個人的にも、鳶瀬山家の術式には興味を抱いているタイミングでもあった。

 

 高校をサボりまくっているが、今日もそのため、午前中から北汐坐町に足を運んでいる。

 

 北汐坐町里山公園。

 

 駅からは一時間ほど歩いたところにある公園で、地域住民の利用が中心の日常の憩いの場。

 近隣には小学校や中学校もあり、お正月や夏祭りの時期になると、里神楽の演奏が行われたりするらしい。

 

 のどかな自然に囲まれた居心地の良さそうな景観で、川沿いからそう遠くもないため春には桜の花見も楽しめる。

 

 しかし、いま。

 

 そんな里山公園はA.N.O.M.A.L.Y.に満たされていた。

 

「桜が、こんなに……」

「植物型のA.N.O.M.A.L.Y.ですね」

 

 秋水と千景の目の前には、季節外れの桜が咲き乱れている。

 季節は梅雨も後半に差し掛かった初夏目前。

 春は過ぎ去り、いくら遅咲きにしてもこれほどの満開はありえなかった。

 

 汐坐の住民なら、今年の桜がきちんと季節通りに咲いていた事実は記憶に新しい。

 

 なのに、散ったはずの桜が再び花を散らしているなど、どう考えても異常だった。

 

 すでに人払いと認識阻害の結界は発動されている。

 秋水は千景を伴いながら、「さて」と少女に向き直った。

 

 千景は今日も、例のスリット入り退魔巫女装束を身に付けている。

 

 周囲に人気は無いとはいえ、あまり長時間、外で晒しておきたい格好ではない。

 

「千景先輩。千景先輩とお呼びしても?」

「あっ、はい! うん、大丈夫っ! 私も秋水くんって呼んじゃってるし、そっちは嫌じゃないかな?」

「千歳先輩と同じですし、俺も大丈夫です」

「そ、そっか。ふふふ。伝奇術師としては秋水くんのほうが先輩になるのに、なんか不思議な感じ」

 

 千歳とそっくりの顔で、しかし千歳とは違った笑みだった。

 なんというか、同じ年頃なのにしっとりとした落ち着きを感じる。

 

 昨日と一昨日は、顔を真っ赤にしているばかりの印象が強かった。

 

 けれどさすがに、A.N.O.M.A.L.Y.を目前にすれば、気分も色恋沙汰からは多少遠くなるのか。

 こうして見ると、秋水は千景を「千歳よりも陰の濃いお姉さんだな」と思った。

 

 幸が薄そうで、初恋に敗れていそうで、なんなら難病で早死にしてしまいそうなヒロイン感。

 

 失礼な印象にも程があったが、事情が事情なのであながち的外れでも無いかもしれない。

 秋水が姦姦蛇螺を調伏しなければ、きっと、千景はほんとうにそうなっていただろう。

 

 陰があるのは長年の諦観。

 それゆえの〝染みつき〟だと思われた。

 

 とはいえ、口調はほとんど千歳と一緒だ。

 声色も似ているので、注意しないと見分けがつかないかもしれない。

 

 秋水は「これは気をつけないとマズイ」と思った。

 

 ただでさえ双子だらけでハーレム状態なのに、名前を呼び間違えでもしたら慚愧(ざんき)に耐えかねない。

 とりあえず、ふたりの違いを覚えておくため、秋水は改めて千景の全身を確認する。

 

「? えっと、どこか変だったりする……?」

「まさか」

 

 千歳同様、なんて胸の大きい美少女だろう。

 やはり女性は丸みがあってこそだ、と考えながら、秋水はさっそく違いを発見した。

 千歳よりも胸の膨らみが、若干ながら控えめである。

 

 これなら間違える心配は無いだろう。

 

「な、なんかやらしいよ……?」

「すいません」

「あ、謝るだけなんだ……否定とかしないんだ……」

 

 千景の頬に赤みが差す。

 だが、少女は双子の姉と違ってカラダを庇おうとはしなかった。

 否、一瞬、本能的に胸や足を隠そうとはしたが、すぐにそれをやめた。

 

「あの」

「はい」

「秋水くんが見たいなら……あとでいくらでも見せてあげるから……いまはA.N.O.M.A.L.Y.に集中してもいい?」

「はい、すいません。もちろんです」

 

 どうやら本当に、意識を色恋から切り替えていたらしい。

 秋水も反省して、すぐに頭を下げた。

 

「俺は女性に慣れていなくて、つい、遠慮の無い視線を」

「……そうなの? 秋水くんなら、女の子にモテモテだと思うけど……」

「あまり学校に行ってないので、そのへんはよく分かりません」

 

 一度この世界で小学校に行ったとき、周りがあまりに児童過ぎて、秋水はそういう期待をめっきり抱かなくなった。

 

「学校には行ったほうがいいと思うけど……へぇ、そうなんだ? やったっ」

「? どうして、そこで〝やったっ〟なんですか?」

「だって、初めてのカレシが経験豊富だったら、普通にしんどいもん」

「しんどい」

「そう、しんどい」

 

 千景は桜から視線を外さず、舞い散る花弁を手で掬い、その質感をたしかめながら不意にトーンを下げる。

 

「今はふたりきりだから、告白するけどね?」

「……」

「千景お姉さんの人生は、これまで諦めてばかりでした。だから普通の人より、きっとたくさんの事を知らないで育ってきたと思うし、それは千歳たちも同じ」

 

 でも、秋水くんは違うでしょう? と。

 千景は桜の花弁を空に落として、秋水を見上げる。

 

「知らない私たちと比べて、秋水くんはきっと多くを知っている。私たち、こういう関係性にはなったけれど、よく考えたら怖くなっちゃって」

「怖く?」

「……そう、怖く」

 

 理由を訊ねたつもりの秋水に、千景は然れど感情だけを繰り返した。

 どうして怖くなるのか?

 秋水は千景の立場になって考えてみようと思い、しばし唇を結ぶ。

 

 すると、それは幸いすぐに思いつく事が出来た。

 

 簡単な恋の話だ。

 

 好きになった人に失望されたくない。

 こんな事も知らないの?

 こんな事も分かってくれないの?

 今までロクな人生経験を積んで来なかったんだね? などと思われたら。

 

 秋水とて泣く。

 想像しただけで、辛くて死にたくなった。

 

 なので、

 

「千景先輩、ありがとうございます」

「えっ?」

「貴方は恋について、物凄く真剣なんですね」

「……真剣?」

「そう、真剣」

 

 一家全員で秋水と男女の関係になるなんて。

 現代社会ではあまりに許され難いハーレムなのに、千景は秋水との交際を真剣に考えたからこそ、恐怖を覚えたのだ。

 

 秋水にはそれが嬉しかった。

 

「俺も千景先輩に元カレがいたら、しんどいです」

「……大丈夫だよ? 私、秋水くんが初めてだから」

「よかった。俺も千景先輩たちが初めてです」

「……そっか。へ〜っ、そっかぁ!」

 

 クルリと体の向きを変えて、千景の声が弾む。

 ふたりの間にあった緊張は、それで多少ほぐれていった。

 少しずつ、少しずつ、お互いの距離を確かめ合うように縮めていこう。

 

「……えっと、それでこの桜のA.N.O.M.A.L.Y.の話ですが」

「あ、うん!」

「千景先輩は桜にまつわる伝説を、どれくらいご存知ですか?」

 

 千景の肩を指でつつき、公園のベンチにふたりで移動する。

 秋水はベンチにハンカチを敷いて、千景へ「どうぞ」と勧めた。

 すると千景は、「……本当に初めてなんだよね?」と微妙に顔を曇らせたが、秋水が「精一杯カッコつけてます」と返すと結局嬉しそうに腰を下ろした。

 

「桜にまつわる伝説って言うと、有名なのは『桜の木の下には死体が埋まってる』ってヤツかな?」

「そうですね。桜はこの通り、散るイメージが強いので」

 

 色合いの淡さも相まって、儚さから死のイメージを連想されて来た。

 見た目が美しいため、自然と人々の注目を集める性質も持ち。

 日本では古来、四季のひとつを代表する植物でもある。

 

 春は死から再生の象徴だ。

 

 桜の木の下には死体が埋まっている、というのは。

 恐らく、そんな共通イメージをバックボーンにしている。

 

「他には、桜の枝を折ると祟りを受けて死んでしまう、だとか、民俗学的な記録にはそういうものもあります」

「意外と『死』が近いんだね」

「ええ。なのでまぁ、桜系のA.N.O.M.A.L.Y.にはこう見えて、危険なモノが多いんです」

「でも、私たちさっきから、特に危険なモノは見つけてないよ……?」

「桜ですからね」

 

 放置しておくだけなら、恐らく特に害は存在しない。

 だが、ここは公園で子どもなども遊ぶ場所だ。

 

「今のところ、たしかに問題なさそうには見えますよね。でも、子どもがもしイタズラで幹や枝を傷つけたりしたら」

「……どうなるかは分からない?」

「少なくとも、俺の経験則ではそうです」

 

 分かりやすい例で言えば、松界主。

 自然の化身は時として、人間に厳しく猛威を振るう。

 

「というワケで、今日は協会からコイツを消滅させて欲しいって言われているので、俺がサクッと燃やして片付けてしまってもいいんですが」

「うん、分かってるよ。まずは私がやってみないとだよね」

 

 意を決した様子で、千景が握り拳を作る。

 ……秋水は思わず目線を逸らした。

 恐らく、本人に自覚は無かったのだろうが、握り拳を作る際に両腕で胸を挟み込むような体勢になってしまったので、爆乳が強調されていた。

 

 真面目な話の最中なので、努めて平静を装う。

 

「……一応の確認ですけど、俺はべつに千景先輩たちに術師として働いて欲しいワケではないですよ?」

「うん」

「術師として協会から要請を引き受ければ、危険な目に遭うこともあります」

「うん」

「俺は千景先輩たちに、出来ればヌクヌクと安全に生活してもらいたい」

「うん。それでも、これは私たちの望みなの」

 

 鳶瀬山家は青墨秋水に救われ、姦姦蛇螺の呪いから解放された。

 そして今では、青墨秋水の事実上の庇護下にある。

 

 そのうえで。

 

 千景たちが伝奇術師として復権を目指すコトは、余計な選択と言えなくもなかった。

 秋水が言っているのは、簡単だ。

 

 千景たちは守られていればいい。

 安全な場所で平和に暮らし、今度もずっと危ない事から遠ざかっていればいい。

 

 男が女に思うエゴイズムのひとつ。

 

 しかしそれを、千景たちは敢えて受け入れない。

 

 長年の不遇。

 それにより溜め込まれた不満。

 もちろん、ある。

 

 自分たち一家を馬鹿にした術師たちを、思う存分に見返してやりたい。

 当然、そう思う。

 

 生まれてから初めて、ようやく手にした自分本来の力。

 満足に使ってみたい。

 これももちろん、ある。

 

 だが、一番大きいのは。

 

「ごめんね? 秋水くん」

「……」

「私たちも嬉しい。女の子なら、男の人に守ってもらえるのは、やっぱり嬉しいコトだよ?」

「でも、と続くんですよね」

「そう。でも」

 

 この世には青墨秋水より強大な力を持ったA.N.O.M.A.L.Y.もいる。

 

 これは絶対だ。

 

「……」

「だからね? もし私たちの術式が秋水くんの役に立てられるなら……それを選択しなかった自分を私たちは許せない」

 

 鳶瀬山家の退魔巫女は、補助系の術式を持つ。

 言い換えれば、生来のサポーターであり同時にバッファー。

 千景は鍛えておきたい、と望んでいる。

 

「これは私が大好きなゲームからの引用だけど……」

「なんです?」

「『女の子なら、自分の恋は自分で守る。当然でしょ?』」

「……分かりました」

 

 深く息を吸って、秋水はその言葉をしかと受け止めた。

 ここまで言われてしまっては、男として引き下がるしかない。

 

「では、何かあれば俺がどうにかしますので」

「うん」

「安心して、舞ってください」

「……うんっ」

 

 ベンチから立ち上がり、榛摺の若巫女が笑顔で舞台へ立つ。

 里神楽が定期的に演じられる公園には、専用の木製ステージが常設されていた。

 少女はそこに跳び立つと、霊力回路を励起させた。

 

 艶かしい美脚から、白に近い桜色のライトラインが浮かび上がる。

 

 鳶瀬山の退魔巫女は、その術式のルーツをアマノウズメ信仰からなる独自の神楽舞に持つそうだ。

 歴史のなかでは時に白拍子であったとも言われ、したがってその術式は、舞いを演じるコトが咒式となる。

 

 芸事を神へ奉納し、加護を授かり。

 

 霊的に異常な現象を、正常な状態に戻すための禊ぎ祓い。

 

 千景はいつの間にか、扇子や鈴の楽器なども持ち出し、詩を詠っていた。

 

〝 せせらぎの 流れがごとく 〟

〝 安らぎの 静けさ満ちる 〟

〝 頬撫ぜる 風は涼しく 〟

〝 忘れじの 思い出揺れる 〟

〝 ああ ああ ああ 〟

〝 草原は遠くかすか 〟

 

 詩は情景を詠っていた。

 かつて幼き日、自然を遊び相手にして野原を走り。

 小川の水音と、頬に受けた風の温度と心地良さを思い出し。

 今やその光景は、思い出のなかでのみ取り戻されると。

 

 どこか郷愁的で、寂しさの混じった詩だ。

 

 その郷愁と寂寥(せきりょう)は、耳を傾けているうちに思わぬモノの主観だったコトが分かる。

 

〝 金色の 波ごとく 〟

〝 稲はただ よろこびに 〟

〝 大地のぬくもり 早駆けて 〟

〝 我は鳴いた 秋豊か 〟

〝 しっぽがひとつ またひとつ 〟

〝 増えて生えて 揺れりゃいい 〟

〝 さすればきっと 蜜月の 〟

〝 冬は春に 恋焦がれ 〟

 

 金色の波濤。

 まるで首を垂れるようにずっしり実った稲穂は、秋の野に喜びを駆け巡らせる。

 それを鳴いて知らせる尻尾のある獣となれば、

 

(──狐か)

 

 豊穣を司る稲荷神。

 狐は古来、霊格を高めれば尻尾の数を増すとも云う。

 この詩は察するに、その狐の成長と大成を詠ったもの。

 人々は狐を信仰し、今よりも遥かに不便が多かった時代、秋の恵みを糧にして冬を乗り越え、春を待ち侘びた。

 ならばこれは、一年のうち最も辛い時期を耐えるための詩でもある。

 

 時候の循環を願って、調和を祈る祝詞であり、咒式に他ならない。

 

 千景の舞いが続くと、里山公園には次第に元の光景が戻り始める。

 しかしそこに、桜は抵抗を示した。

 

「██」

「████……」

「死体か」

 

 まさか、本当に埋まってるタイプのA.N.O.M.A.L.Y.だったとは。

 秋水は倶利伽羅剣を抜き、千景のステージを守る。

 

 桜は次々に根本から死者を呼び出して来るが、それは千景の舞いが有効打である証だ。

 

「……」

 

 舞いの邪魔をしないよう、秋水は無言のまま黒剣を振る。

 無数の花弁、炎の軌跡、巫女の舞いと若武者の殺陣。

 さながらそれは、一種の神事のようで。

 

(……これは)

 

 千景の詠と舞いによって、秋水の霊力は普段よりも滑らか且つ鋭かった。

 出力の幅が伝奇詠唱も無しに底上げされ、カラダの調子がすこぶるいい。

 

(なるほど)

 

 鳶瀬山の退魔巫女。

 その本来の術式性能が、これか。

 

 桜が出現したのは、恐らく姦姦蛇螺調伏による影響。

 

 だがそもそも、姦姦蛇螺が鳶瀬山家に取り憑いた理由はもうひとつあったのかもしれない。

 

 単に同じ巫女だったからだけではなく。

 

(元来の術式自体が、豊穣の神を由来にしていたなら)

 

 相性が良すぎる。

 目をつけられるのも納得だった。

 

 死者を五十ほど焼き切り、秋水は倶利伽羅剣をしまう。

 

 桜は消えた。

 

 千景の初任務は成功した。

 

「はぁ……はぁ……お、終わった?」

「ええ。お疲れ様です」

「そっか……良かったけど、やっぱり最前線に出るのは危ないね」

 

 秋水くんに守ってもらっちゃった、と。

 少女は少しだけ、悔しそうに眉尻を下げる。

 しかし、気にする必要はないだろう。

 

「大丈夫です。もともと戦闘向きの術式じゃないんですから」

「そうかなぁ……」

「千景先輩のおかげで、俺も普段より調子が良かったです。体感、三割は」

「それって、凄いコト?」

「攻撃力が三十%上昇するバフだと考えたら、破格のサポーターじゃないですか?」

「あはは。ゲームだとね」

 

 でも現実は、ゲームとは違う。

 千景は「やっぱひとりじゃ、そのくらいが限界かぁ」と両腕を伸ばした。

 秋水は「うん?」と引っ掛かった。

 

「人数で効果が変わるんですか?」

「うん、たぶんね? うちは何でも、家族一緒にやる感じだから」

「……なるほど。ちなみに足し算ですかね? それとも、掛け算ですか?」

「うーん……分かんない!」

「そうですか」

 

 まぁ、どっちにしても凄い術式である。

 凄すぎて、ちょっと秋水をして言葉が見つからない。

 

「……とりあえず、この感じなら術師として問題なく働けますね」

「ほんと!?」

「前線に出るコトを考えているなら、必ず護衛付きで、且つ、今回のような脅威度の低いA.N.O.M.A.L.Y.に限定しますが」

「あはは……」

「逆に言えば前線に出ず、他の術師の事前サポートに徹するんでしたら、俺から特に制限はありません。というか、引っ張りだこになると思います」

「おおー。なんだかちょっと、自信湧いてきたかも」

 

 千景はイマイチ自分のやった事を分かっていない様子だった。

 なので秋水は、ちょっと眉間にシワを寄せて千景の前に立つ。

 

「っ、えっと、秋水くん?」

「あんまり協会に、知られたくないですね」

「え? それは……どうして?」

 

 というか、近くない?

 千景はカラダを動かしたばかりで汗をかいている。

 そのため、秋水から一歩離れようとする。

 

 が、秋水も同時に一歩を動かした。

 

「しゅ、秋水くん……?」

「なんです?」

「えっと、いまはちょっと、近くに来ないで欲しいんだけど……」

「嫌です」

「嫌です!?」

 

 まさかの拒否に、動揺する千景。

 今度は違う意味で体温が上昇して、汗が玉の肌に浮かび上がる。

 

「秋水くん、ほら、私汗かいてるから……え、っていうか、どうして秋水くんは汗かいてないの……?」

 

 さっきまであんなに炎を出して、熱気に渦巻かれていたのに。

 答えは簡単である。

 

「慣れてるからですね」

「ず、ずるい! 私、すごく熱かったんだけど!?」

「話を逸らさないでください」

 

 秋水は真剣に千景を見つめていた。

 その目に宿っているのは、純粋な独占欲である。

 協会に報告すれば、鳶瀬山家の需要はとんでもない規模になるだろう。

 

 だがそうなると、こんなにも見目麗しい少女たちが、たくさんの人間の前で生足ダンスを披露する展開になる。

 

 秋水は独占欲から、それを嫌だと思った。

 

 しかしながら、鳶瀬山家の面々もそれなりの覚悟で退魔巫女装束を用意したワケで。

 千景たちがせっかく活躍できるチャンスを得ているのに、それを秋水が邪魔してしまうのは心苦しくもある。

 

 なので、複雑な心境を眉間のシワとして出力しながら、秋水は小さく唸っていた。

 

「うぅぅん……」

「あっ、あの……ちょっとまだ、覚悟ができてないんだけど……秋水くんがシたいなら、いいよ?」

 

 千景は何か勘違いしていた。

 目を瞑って、顎を上向きにし、唇を差し出される。

 秋水の唸り声はますます大きくなった。

 

「うぅぅん……!」

「……ちなみに、千歳ともキスはまだだよね?」

 

 片目を開けて、千景がチラリと訊ねてくる。

 

「もしまだだったら……ファーストキス、交換こしよ?」

 

 は? と秋水が完全にズギュゥゥン! しそうになった時だった。

 携帯端末にA.N.O.M.A.L.Y.の発生アラートが届いた。

 

「……クソ。残念ですが、お互いにお預けです」

「え、えええ〜!?」

「今度また、そのあたりは全員含めて話し合いましょう」

 

 千景の手を取り、禹歩で神社に送り届け。

 

「桜! 今度は一緒に、普通のお花見デートしようね!」

「ええ」

 

 その足でA.N.O.M.A.L.Y.のもとへ。

 秋水はコメカミを揉みながら、「これってもしかして」と気がつき始める。

 

 これってもしかして、今後もいいところでA.N.O.M.A.L.Y.に邪魔されるんじゃ……?

 

 筆頭である。

 可能性は非常に高かった。

 

 そんなコトがあっていいのかよ?

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 tips

 

 ◆鳶瀬山千景|双子妹|18歳|山務補佐

 T171 B100.0(Icup)W56 H88

 榛摺色のロングヘアで巫女属性。

 お姉さん先輩系のヒロイン美少女ビジュアル。

 茶髪爆乳の薄幸美人タイプ女子高校生。

 生来の【呪い】のせいで多くを諦めて生きてきた。

 そのため、秋水を白馬の王子様だと思っているが、いざ本気で王子様と恋愛するとなると年齢相応の不安に苛まれるネガティブな面もある。

 好きなお菓子は桜系スイーツ全般。

 姉が天然のあざとさを持つのに比べ、こちらは少々自覚的。

 

 ◆死桜|脅威レベル1

 桜の木にまつわるA.N.O.M.A.L.Y.の一種。

 年中無休で咲き続ける桜。

 根本に死体が埋まっていて、攻撃されると死体を操り迎撃する。

 放置して完全に隔離できるなら無害。

 死体は無限湧き。

 ただし、同系統のA.N.O.M.A.L.Y.発生率は上昇する。

 術師殺害率:30%

 

 ◆オペ子|一人娘|27歳|青墨秋水担当事務員

 汐坐の伝奇術師協会が青墨秋水係に任命した女性職員。

 本名は機密事項のため明かせないが、善性の人。

 バリキャリOL系であり、生粋の叩き上げ。

 

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