クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚   作:所羅門ヒトリモン

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第19話「筆頭術師の非日常的な日常」

 

 

 さて。

 北嶺区支部で夏乃や千歳たちが、動揺の激しい初対面を迎えている一方。

 彼女たちにとって、常に中心人物と言ってしまっても過言ではない男は。

 

「……」

『あの……天気が……』

「すいません、視認性が悪くて戦いづらく」

『いえ、さすがです……!』

 

 すでに作戦の序盤を終え、ちょうど剣を収めているところだった。

 観測局内で映し出されていたA.N.O.M.A.L.Y.の数は、百や二百ではなかった。

 

 だが秋水の周りにはいま、一体のA.N.O.M.A.L.Y.も残されていない。

 

 すべて蒸発した。

 

 台風によってもたらされていた線状降水帯も、空を見上げると幾つか風穴が開いている。

 

 ──〝不動明王(ふどうみょうおう)火界咒(かかいしゅ)火生三昧(かしょうざんまい)倶利伽羅剣(くりからけん)

 

 言わずと知れた、秋水の十八番(おはこ)による結果だった。

 

 作戦が始まる前は、地面は濡れていたし足元は水浸し。

 横殴りに吹き付ける雨風は、まさに強烈なんてものじゃなく。

 

 愚かにも外出を試みた人間は、三秒でその選択を後悔する最悪の天気。

 

 だったのに。

 

 今、秋水とその術式効果の範囲内では、カラカラとした熱気がアスファルトを焼き焦がしているほどだった。

 

 もっとも、さすがに天災全体の雨量のほうが多いので、すぐにムワムワした空気が押し寄せてくる。

 

「蒸し暑くなってきたな……」

 

 秋水がパタパタと胸元を煽いだ。

 すると、秋水の左耳から、『あはは……』と女性の通信音声が続いた。

 

 観測局の映像は、秋水専属担当の女性オペレーター……通称『オペ子』にも共有されている。

 

 第七次中央山域魔境化抑制作戦。

 

 現場は汐坐の外だが、秋水が出張るのならば彼女もまた同時に駆り出されるのが、ここ数年の常でもある。

 

 秋水はオペ子の本名も素性も、詳しく知らない。

 しかし、これまで自分の担当を務めた何人かのオペレーターの内、いまの『オペ子』が非常に優しい人なのは認識していた。

 

 たとえば、今もそう。

 

『緊急時につき仕方がありませんね。事前に〝災害級の大雨〟だって予報を出していた気象庁には悪いですが、筆頭はどうか思うがままに戦闘活動を継続してください』

「はい」

『……ですが、出来るなら天候への影響は最小限でお願いします。農業への影響などもありますので……あっ! もちろんっ、筆頭がそのあたりを気にされる必要は無いのですが……!』

「──はい。ありがとうございます」

 

 オペ子は自分の職務に関する事柄だけじゃなく、見知らぬ多くの他人に関してまで心を配れる人だ。

 

 台風や大雨を掻き消す。

 これは無論、ほとんどの人間にとってありがたい行為に含まれるだろう。

 

 けれど、もっと広く長い目で物事を考えた際。

 本来なら降るはずだった雨が、降らなくなった事で人々に与える生活への影響は?

 

 可能性として、農業の水不足。

 

 やれやれ。

 果たして咄嗟に、そこまで思い至れる人間がどれだけいるだろう。

 

 オペ子は秋水のように前線で戦う人間ではない。

 が、その心構えと大人としての良識、価値観には、「こんな同僚がいたら最高だ」と毎度思わされる美点があった。

 

 そして、彼女は秋水の同僚だ。

 

 善人の何気ない善性に触れるコト。

 

 社会に出て、心がひどく荒んでしまった経験があれば、これがどれだけ()()()癒しになるかは語るまでもない。

 オペ子はそういう意味で、人後に落ちない女性だった。

 

 きっと、その内面に相応しい素敵な大人なのだろう。

 

 表向きはまだ〝子ども〟に当てはまる秋水に対して、きちんと気遣う言葉もくれている。優しい──と。

 

 秋水がじんわり、心を和ませていたところで。

 

 ズズザザッ。

 

「ん」

『なんや。青墨はんはもう休憩かいな?』

『むりもない。私ももう帰りたい……』

『はぁ? 沙織はん、アンタさっき来たばっかりやで?』

『サッツーと違って、私は低燃費少女……』

『少女ぉ? アンタいま、たしか二十一やろ』

『うん。サッツーは二十二歳だよね……』

『何が言いたいねん』

 

 イヤホンから、オペ子とは違う二名の女性から通信が入った。

 どちらも当然、聞き覚えのある声だ。

 こちらも場所は違うが、同僚と呼んで差し支えないかもしれない。

 秋水はふたりに、反応を返す。

 

「お久しぶりです。國塚(くにづか)さん、沙織(さおり)さん」

『はぁい、お久しゅうなぁ? 元気やった? 青墨はん』

『しゅうすいの声、最高……ゾクゾクして、元気、すこし出てきた』

『アンタに聞いてないねん。ってか、それセクハラっぽいから控えやぁ?』

『……サッツー邪魔かも』

『うっわ。嫌やわぁ。ほんになんやの? この女』

「ハハハ」

 

 毎度変わらない冗談めいたやり取りに、秋水は笑った。

 

 京洛市筆頭、國塚(くにづか)皐月姫(さつき)

 珠凪市筆頭、沙織(さおり)鈴鹿(すずか)

 

 今日この中央道掃討戦に動員された三名の伝奇術師の内、秋水を除いた二名が彼女たちだ。

 

 ふたりとも歳上で、現役の女子大生でもある。

 

 京都弁を使っているのが、京都を中心にした関西地方で最強と呼び声高い國塚皐月姫。

 

 テンションが低く、どこか舌っ足らずでダウナー気味なのが、中部地方沿岸部で同じく最強と謳われている沙織鈴鹿。

 

 ふたりは秋水が市外に持つ数少ない顔見知りだった。

 

「お元気そうで何よりです。通信を掛けて来たって事は、お二人も落ち着いたんですね」

『まぁね?』

『序盤は毎回、こんな感じだよね……』

『ゆうて、どうせすぐに第二波が、私らの匂いに気がつくやろうけどなぁ』

『さいあく。こわい。しゅうすい、たすけて……』

『か〜、いちいち可愛こぶるなやぁ。青墨はんに迷惑なん、分からんどすえ?』

『意味が不明……何が悪いの? ひさしぶりなんだし、サッツーも意地になってないで、素直にしゅうすいに甘えればいい……』

『はっ、はぁ? はぁ!? はぁ!?』

『ふふふ。サッツー、かわいいよサッツー……』

 

 皐月姫と鈴鹿の会話から、秋水は二人がまだまだ余裕そうだと判断した。

 二人は年齢も近く、術師としての実力も近いため、とても仲が良い。

 

 鈴鹿のほうが一個下のはずだが、キツイ性格のようでいて真面目かつ常識人なところがある皐月姫は、毎度このようにして揶揄(からか)われがちだ。

 

 秋水は正直、自分をダシに使ってふたりがイチャイチャしているのではないか? と疑う時がある。

 

 はんなりお姉さんとダウナーお姉さん。

 

 二人はそのくらい仲睦まじい。

 

 それはそれとして。

 

「──なんて言ってるあいだに、噂をすれば何とやらのようですね」

『うわ。こっちも、来たみたい……』

『ぐっ、沙織ぃ〜! あとでグーパンチやからな〜!』

『やだよ〜』

「では、お二人ともお気をつけて。何かあれば必ず助けに向かいます」

『っ』

『キュン! うん……まってる……』

『待ってちゃアカンやろ!』

 

 ブツン、と。

 皐月姫と鈴鹿からの通信が切れる。

 同時に、秋水は霊力回路に霊力を再走行させ倶利伽羅剣(術式)を物質化させた。

 

『──青墨筆頭、第二波来ます』

「はい。こちらでも目視で確認しました」

『先頭は超巨大擬態構造体A.N.O.M.A.L.Y.『百橋蜈蚣(ひゃくはしごこう)』です!』

 

 高速道路高架橋そのものに擬態する巨大なムカデ。

 橋脚がそのまま脚となり、ガードレールは牙、路面が甲殻。

 

 遠目では本物の橋梁と区別不可能になる擬態能力付き。

 

 脅威レベルは4とされているが、そのあまりの巨大さと物理的被害の規模感から、とても憑藻神(つくもがみ)の一種とは思えないA.N.O.M.A.L.Y.だった。

 

『百橋蜈蚣は、対A.N.O.M.A.L.Y.用に改造された戦車砲撃でも仕留め切れません。中央外環封鎖路で確認されるA.N.O.M.A.L.Y.の中でも最大級の災害指定個体です!』

 

 しかも、まだ増える。

 

『なっ! まだ擬態していたのが!?』

 

 オペ子が驚愕する。

 観測局からの映像では、霊視局のような索敵感度は伴わない。

 そのため、秋水と同じでほとんど目視での状況把握が基本となる。

 

 ──とはいえ、一度捕捉してしまえば最新機器を用いた分析・サポートのほうが素早い。

 

『一時の方角っ、同種による共生現象っ! 複数個体による擬態です!』

「了解」

 

 高速道路の一部だと思っていた高架橋が、突如として(たわ)み、山のようにうねり始める。

 橋脚がぐわん! と持ち上がり、過去、大型トラックを噛み砕いたと思しい痕跡がタイヤのホイールや車両のフレームをドガラシャ! と落下させる形で誇示された。

 

 デカいというのは、それだけでトン単位の攻撃力の表れだ。

 

 然れど、その程度で市外のA.N.O.M.A.L.Y.は終わらない。

 他にもぞろぞろ、第一波とは比較にならない数の脅威が出現する。

 

 ──『木曽之鵺(きそのぬえ)

 

 山岳から霧を纏い、びょろろろろろ、と独特な鳴き声を発しながら駆け下りて来るキメラ群。

 猿、虎、狐、狸、蛇の特徴を有し、平家物語などにも登場する著名な妖怪。

 だがその正体は、〝何であるのか分からない〟という特性を持ち、正体不明であるがゆえの幻惑と複数種の猛獣と同じ有害性を発揮する。

 

「第一波で駆逐したかと思ったんだがな」

『ご注意を! 第二波ではさらに強靭な個体が増えます!』

「ずる賢い生存本能ですよね」

 

 全てのA.N.O.M.A.L.Y.は、総じて目立ちたがり屋である。

 自身の存在感をより強大に見せるため、時には格下を〝前座〟として敢えて先手を譲る場合があるのだ。

 

 物語としての本能的な生態行動。

 

 言い換えるとそれは、引き立て役を作る知能を意味する。が、

 

「牙も爪も、害獣の範囲を出ないなら五十歩百歩だ」

『! 『恵那山隧道(トンネル)闇坑鉱夫(あんこうこうふ)』、来ます!』

「出典は?」

『過去の掘削作業による犠牲者たちです……!』

「……」

 

 山間部では往々にして、よくある話だ。

 過去、トンネルの開通のために多くの人足が危険な労働に従事した。

 崩落や生き埋め、事故はつきもの。

 そういった逸話から生まれるA.N.O.M.A.L.Y.も、世界には珍しくない。

 

 視界の強制ブラックアウト。

 窒息感の発症。

 それによるパニック衝動の精神汚染。

 

「迦楼羅炎」

「────!!」

 

 秋水はすべて、跳ね返した。

 闇を照らし、偉大な日照を再現し、報われぬ鉱夫たちを冥土へと送る。

 すると、続けざまにまたもや恣意的(しいてき)な霊的干渉を感じ取った。

 

「標識災害、『道標童子(どうひょうどうじ)』です! 認識改変に気をつけて!』

 

 子どもの姿をした鬼が、イタズラっぽい笑顔で〝落石注意〟の道路標識を掲げる。

 途端、空から大量の石礫が雨のように降って来た。

 鬼はそこに〝土石流注意〟の道路標識を連続させる。

 続く現象は言うまでもない。

 

「山門異界は、好きな四字熟語だけど──」

『言ってる場合ですか! 現代における恐怖の象徴と、古くからある山への恐れが複合したA.N.O.M.A.L.Y.ですよ!』

「ええ。でもまあ、山怪で鬼ならどうとでもなる」

 

 〝不動独眼(アチャラカーナ)

 

 秋水は左目を閉じ、不動明王の梵名を唱えながらその有名な像容──左目をすがめて右目を見開く怒りの形相──を模倣(トレース)する。

 

 伝奇詠唱と同じで、術式の出力を上げる技だ。

 

 ただし、秋水のこれは単に術式効果を底上げするだけではなく。

 

「〝我が隻眼は天から地まで、この世のありとあらゆる場所にいる人々を一人残らず見つめ、すべての迷いや煩悩を断ち切って救済するもの〟」

 

 不動明王の絶対的な慈悲と決意を、眼光として解き放つものでもあった。

 ザックリ言えば、

 

『眼からビーム!? いつの間にそんな技まで!?』

「恥ずかしいので秘密ですよ」

『えぇぇ!? って、今度は三時の方角!』

 

 ──『空木平(うつぎだいら)避難小屋の怪談』

 

『昔、登山者の遺体を安置していた山小屋からの亡霊群です……!』

「アンデッド。分かりやすいリビング・ボーンですね」

 

 ダークファンタジー系ゲームの集合体恐怖症を誘発するボスみたいな外見。

 白骨の山を即座に荼毘(だび)に付して、秋水は囲まれるのを嫌って炎の円弧を描く。

 

 やはり、目立ってくるのは中央山域由来のA.N.O.M.A.L.Y.が多い。

 だが、中には得体の知れない(ゆえ)も分からない連中もいる。

 

「〝カン〟」

「KISYAAAAAAAAAAAAAAAAAA──!!!!」

 

 秋水は伝奇詠唱を唱えながら、早くも続く第三波、第四波を憂鬱に思った。

 先ほどの珠凪市筆頭ほどダウナーではないが、市外任務はいつも面倒なA.N.O.M.A.L.Y.ばっかりなので辟易(へきえき)する。

 

(最近はどの任務でも、千歳先輩たちと一緒だったからな)

 

 すぐそばに彼女たちの体温が無いのは、人肌恋しかった。

 人肌恋しいと感じてしまう程度に、もうそれだけの仲が出来上がっているのか。

 

 己の変化を自覚しながら、秋水はけれども。

 

「……」

 

 この現場に彼女たちを連れてくることは、今後もほぼほぼ無いだろうとも思った。

 

 戦闘を継続する。

 

 ──第七次中央山域魔境化抑制作戦。

 

 これは簡単に言えば、投入された伝奇術師を(エサ)とし、()()()()()()A.N.O.M.A.L.Y.を誘き寄せては片っ端から撃滅していく作戦だ。

 

 語られなくなった物語が辿る運命。

 忘却への本能的な忌避・拒絶。

 大結界の外側では、A.N.O.M.A.L.Y.の()()が違う。

 

 最初から人口密度の少ない地域に発生したA.N.O.M.A.L.Y.や、人口密度の高い大都市圏に発生したものの、大結界によって外へと排斥されたA.N.O.M.A.L.Y.は、必然的に寿命が短い。

 

 なぜなら、どんな異常事象もそこにあることを知られなければ、無いのと同じだからだ。

 

 ゆえに、そんな逆境のなかでも発生から年数を重ねて生き延びる個体は、気合が違う。

 

 気合が違うし、情報の密度や存在の規模感が段違いだ。

 あるいは、これから〝そうなろう〟として貪欲に暴れ回る。

 

「〝ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン〟」

「──────!」

 

 声無き断末魔。

 一匹目のムカデを焼き滅ぼし、ついでに他のA.N.O.M.A.L.Y.も何体か巻き添えにし。

 秋水は立て続けに、咒式を放つ。

 

 ムカデは硬いが、切先に不動明王の忿怒をすべて集めて、力づくで打ち付けてやれば破壊は可能だった。

 

 轟音が響く。

 破砕音が炸裂する。

 

 鵺や鬼、異形の死者たちが断末魔の叫びを谺響(こだま)させる。

 

 特に苦労は無い。

 

 強いて言えば、お腹が空いて仕方がないくらいだが。

 それはやはり、筆頭だからこその余裕だろうとも思う。

 

 京洛市の國塚皐月姫も。

 珠凪市の沙織鈴鹿も。

 

 国内では有数にして指折りの二段階目到達者。

 

 キャリアも重ねているし、彼女たちが本格的に厳しくなってくるのは、だいたいいつも第三波の後半からである。

 なのでまぁ、秋水はいつものように、もう少ししたらカバーしにいくつもりだった。

 

『すごい……!』

 

 オペ子が一瞬、忘我のあまり息を呑む。

 たしかに、他人の目からすれば、秋水の戦闘風景は圧巻かもしれない。

 

 きっと、VFXをふんだんに使用した壮大アクションスペクタクル映画のような迫力だろう。

 

 秋水たちは今日、汐坐、珠凪、京洛の三都市方面から。

 日本の東と西、重要な物流ラインを守るために三箇所で戦闘を行なっていた。

 

 西の方角にチラリと目を向ければ、

 

『! あれは、新手のA.N.O.M.A.L.Y.──』

「ではなく、國塚さんの術式ですね」

『くっ、毎度毎度、紛らわしい……!』

 

 西方山域。

 巨大ながしゃどくろが、尾根を跨いで死霊軍を率いている。

 オペ子が珍しく愚痴った。

 

『京洛市筆頭は、どうしてこう、悪役っぽいんでしょう! もっとこう、珠凪市筆頭みたいに分かりやすく善側っぽいと、分析的にも助かるんですが!』

「沙織さんの術式も、見ようによってはアレだと思いますけどね」

 

 川や渓流から、激しい波音と同時に鉄砲水の音が大地を震わす。

 白銀の海霧と津波が、海岸の方角から徐々に中央山域に押し寄せる。

 

 しかし、それらは仮想であり霊子の海だ。

 

 陸にいる人間が溺死する心配は無い。

 A.N.O.M.A.L.Y.だけが、呑まれて沈んでいく。

 

 イヤホン越しに、オペ子が眉間を押さえているような気配が漂った。

 

『……皆さん、派手なのは同じですね』

「ハハ」

 

 秋水が担当しているのは、『外環封鎖線』──

 

 中央山域とは、日本における中央アルプスを中心とした広域山岳地帯。

 諏訪盆地、伊那谷、木曽山脈、南アルプス北部、恵那山周辺、木曽谷、中津川方面などを含んだ本州の中央部。

 

 古くから東西日本を繋ぐ交通の結節点であり、中央自動車道やJR中央本線などが通過している。

 

(いや、正確には通過していた──)

 

 改変された新世界では、先ほども触れた通り大結界の存在がある。

 

 以前の世界では、中央山域は観光地であり、林業地帯であり、農村地帯でもあった。

 

 しかし、新世界では人口の減少と過疎化。

 さらに、大結界による大都市圏への人口集中。

 

 山間部は急速に放棄され、人の営みが失われた土地にはA.N.O.M.A.L.Y.が棲みついた。

 

 やがて中央山域は、巨大な異界生態圏へと変貌。

 

 現在では国家管理区域に指定され、許可無き一般人の立ち入りは禁止されている。

 

(けれど、それで交通や物流のラインが断ち切られたワケじゃない──)

 

 外環封鎖線。

 正式名称、中央外環霊的災害封鎖線。

 

 この世界にも中央自動車道らしきものはあった。

 ただそれは、国によって運営される防衛設備として改修され、運用目的を三つに絞られていた。

 

 第一に物流等インフラの維持。

 第二に結界の維持。

 第三にA.N.O.M.A.L.Y.の監視。

 

 道路そのものが巨大な結界設備となっている。

 アスファルト下には特殊な呪具や霊子機器が埋設されており、一定間隔ごとに霊脈に接続するための杭が打ち込まれてもいる。

 

 道路脇には一般人から見れば、送電設備や通信設備にしか見えない施設が並んでいて、実際にはそれら多くが結界の維持設備となっている。

 

 外観は高速道路そのものだ。

 

 だが近付くと、通常の高速道路と違って路面に修復跡が無数に走っている事に気がつく。

 

 ガードレールには封印札が貼られ。

 高架橋の橋脚には、それがムカデの擬態でなければ巨大な注連縄が巻かれている。

 送電鉄塔には銅鏡が吊るされ、夜間には赤色灯ではなく青白い結界灯が点滅する。

 

 一見すると、ただの現代インフラだろう。

 しかしてその実態は、巨大な路線型の術式陣。

 

 それが、外環封鎖線。

 

 間違いなく現代日本社会にとって生命線のひとつであり、各地方の大結界内都市同士を結ぶ物流網でもある。

 

 そこを走るのは、護符刻印が施され、荷台内部には霊導回路が組み込まれた輸送用の大型トレーラーや。

 霊導貨物列車と呼ばれる、特殊な異界耐性を付与された車両だった。

 

 魔境化の抑制とはつまるところ、これらを守るために実施される〝人の手が完全に届かなくなる事態〟への予防策である。

 

 強くない術師には、国からしても作戦に参加して欲しくはないだろう。

 

 秋水が要請に応え、素直に参加している理由は単純だ。

 ごく普通に、それが自分たちの生活に必要だと分かっているから。

 

 ハイグレードなQOLを満喫するには、国に先進国であってもらわなければ困る。

 誰がスラムに住みたいのか。

 

(……もっとも)

 

 以前、皐月姫に言われた。

 

 ──なんや。青墨はんってば、お労しいおひとやねぇ?

 

 鈴鹿にも言われた。

 

 ──妹さんと一緒にはっぴーになりたいのに、それを叶えるために選んだのが戦いなの……?

 

 彼女たちには秋水の行動が、矛盾しているように思えたらしかった。

 

 皐月姫には「自身の望みは平穏。なのに、それを叶える最も手っ取り早い道が、持って生まれたチカラのせいで、最も自身の望みから掛け離れた代物になっとるなんて」と。

 

 ──あきまへん。あきまへん。

 ──そんなんはち〜っとも、あきまへん。

 ──なんで、困りましたわぁ。

 ──うち、青墨はんを放っておけへんっ!

 

 鈴鹿には「しゅうすいはどこか、壊れてると思う。戦いは疲れるし、とってもこわい。そんなんじゃいつか、もっと壊れちゃうよ……」と。

 

 ──だから、頼ってみたら……?

 ──周囲にいる大人に、甘えてさ……

 ──私とか強いし……いや、戦うのは私もめんどいんだけど……

 ──でも、うん。

 ──しゅうすいのためなら、お姉さん頑張る……

 

 そんなようなことを、言われた記憶があった。

 

 反論は無かった。

 その通りだとも頷いた。

 人間、自分のなかにある程度の矛盾は抱えて生きているものだ。

 

 けれど同時に、だからこそだとも剣を執った。

 

 思い返すのも恥ずかしいが、秋水は自分の言葉に結構責任を持つタイプだと自認している。

 だから、しっかり記憶している。

 

(あのとき……俺は)

 

 ──ありがとうございます。

 

 まず二人に、感謝を口にして。

 それから、初めての作戦内で、こう(のたま)ったのだ。

 

 ──ですが、お二人がもし危なくなったら、俺はやはりどんなA.N.O.M.A.L.Y.の前にも、この身を晒しますよ。

 

 だって、二人は優しかった。

 秋水にとって、理由はそれだけで十分すぎるほどに十分だった。

 

〝自分に優しくしてくれる綺麗で優しいお姉さんが、もしも曇らされたら?〟

 

 男なら、我慢ならない。

 我慢してはいけない。

 そういうものだった。

 そういうものでしかなかった。

 

 オマエがもし男で、力があるのなら。

 

 せめて手の届く距離にいる女は、絶対に守れ。

 

 かつて老爺も、そう秋水に厳命したものだ。

 

「フン」

『筆頭?』

 

 戦闘中に余所見どころか、昔のことを思い出している。

 秋水は自嘲げに笑って、改めて意識を現実に引き戻した。

 

 第二波はそろそろ終わる。

 ざっと、四百は片付けただろうか?

 

 遠くでは皐月姫の術式『滝夜叉姫(たきやしゃひめ)』と。

 鈴鹿の術式『瀬織津姫(せおりつひめ)』が。

 

 それぞれ秋水の『倶利伽羅剣』と同じく、派手な術式効果をますます中央山域全体に押し広げていた。

 

 東の大地を舐め、天蓋を突き穿つのは絶対忿怒なる刀剣状の大火炎。

 西の大地を踏み締め、デイダラボッチも斯くやと言わんばかりに、大山(たいざん)ごと魑魅魍魎(ちみもうりょう)を鳴動させるは夜の魔神がしゃどくろ。

 

 そして、海岸付近に逃げ込む数多異形を軒並み(さら)うは、大祓(おおはら)えの大波濤。

 

 ゲーム的な例えをすれば、およそ今の日本で最強の火属性術師、闇属性術師、水属性術師が一斉に猛威を振るっている。

 

 

 

 

 

 ──作戦はそれから、特に秋水の想定を超えることなく無事に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 で、夜になった。

 

「あっおずっみはーん! あぁん、会いたかったでほんま!」

「しゅうすい、いえーい……ぴすぴす。お酒飲む?」

「未成年ですよ」

 

 大変な作戦が終わった後は、決まって打ち上げという名の筆頭懇親会が始まる。

 

 否、それは歳下の男の子にとっくにハートを射抜かれている酔いどれJDたちによる、近況報告を兼ねたラブラブ度向上親密接近大作戦の始まり……

 

 藍色・白色・銀色を基調とした服装の寒色系お姉さんが、日本酒を片手に秋水に大胆にしなだれかかる。

 さっぱりした肩出しのカットシャツに、両胸に挟まれたネクタイ、コルセットタイトスカートとストッキング。

 

 深い藍色のロングウルフカットが、雪明りのように真白い肌の上で扇情的に曲線を描く。

 

「ちぇー……いいじゃぁん。私たち、たまにしか会えないんだよ……?」

「こらこら、あきまへん。うちたち、たしかに七夕(たなばた)の織姫はんと彦星はんみたいやねんけど、未成年にお酒はあきまへんっ」

 

 すると、すかさずもうひとりのお姉さんが、鈴鹿と秋水の間に割り込んだ。

 

 藤色・白色・金色を基調としたモダンで和洋折衷デザインの服装。

 そこに平安貴族時代の、高級な呪具や霊装をたくさんアクセサリーとして身に飾り。

 

 黒髪ロングの姫カットが、もちもちっと頬を膨らませ秋水の片腕を抱き込む。

 こちらは缶チューハイを、式神(骸骨)に持たせていた。

 

「わぁ、サッツーってば酔っ払ってぇ、しれっとすごいこと言ったぁ……織姫と彦星なら、やることはひとつだけだと思うけどぉ……?」

「えぇ〜? なんのことどすえ〜? うち、分からへんよぉ?」

「えっちな顔してるぅ……!」

「ねぇ、ねぇ、青墨はん。青墨はんは、うちとこのアホ、どっちが好きぃ?」

「もちろん、私だよね……ね?」

「 す ご い 酔 っ 払 い だ 」

 

 霊導サービスエリアで、秋水は珍しく突っ込み役に回っていた。

 三名の若者が、ひとつ屋根の下でとても深い夜を過ごす……

 

 

 

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 tips

 

 ◆國塚(くにづか)皐月姫(さつき)|JD|22|京洛(きょうらく)市伝奇術師協会筆頭

 

 T173 B127.5(Tcup) W58 H92

 黒髪ロングの姫カットで、瞳は術式の影響もあって紅紫色。

 肌は白くてもちもちしているが、長身のためか不思議と輪郭はスッキリしている。

 

 大学四回生。

 旧京都府・奈良県周辺文化圏に根を張っている非常に歴史の長い名門術師家系のお嬢様。

 

 秋水のことは最初、危なっかしい後輩だと思っていたが、なんだかんだ気にかけている内に好きになってしまった。

 

「青墨はんは、うちがそばにおらんとあきまへんっ!」

 

 わざとらしい京都弁を時々、すっとぼける時に使う。

 

 基本は常識人で生真面目な、はんなりお姉さん。

 だが方言とキツめな口調のせいか、はたまたキツめの美人顔のせいか、それとも死霊を操る術式のせいか。

 よく人に怖がられているのを気にしている。

 

 術式は平将門の娘の名を冠する滝夜叉姫。

 関西圏最強と名高いつよつよネクロマンス術式の持ち主で、二段階目に到達済み。

 

 

 ◆沙織(さおり)鈴鹿(すずか)|JD|21|珠凪(たまなぎ)市伝奇術師協会筆頭

 

 T168 B112.5(Ncup)W56 H89

 深い藍色のロングウルフカットヘアで、瞳は術式の影響もあって澄んだ水色。

 肌は雪明りのような白さで、触ると非常になめらかで潤いを持ちスベスベしている。

 

 大学三回生。

 中部地方沿岸部・旧伊勢志摩、能登、越前、若狭などを根城とする漁業と婚姻で財を為した大一族の跡取り娘。

 

 秋水のことは最初からヤバい男の子だと認識していたが、自分より強いかもしれない術師に初めて会って興味を惹かれ、注目し続けていたら普通に陥落して好きになってしまった。

 

「しゅうすいは私を頼るといいよ……この胸に甘えてごらんよ……」

 

 自分では頼り甲斐のあるお姉さんのつもり。

 ※なお秋水に助けられること、すでに六回。

 

 気に入った同性にはあだ名をつけ、心を許した異性には許可無く名前呼びで距離を詰める。

 だが常時眠たいのとダウナーな気質、省エネ主義から、感情表現も苦手でアグレッシブには攻められない。

 他人には関心がなく、あくまで自分の興味のある人間からの好意や悪意に敏感。

 

 自分の苗字を名前と誤解されやすい。

 

 術式は天照大神とも関係のある祓戸四神の一柱の名を冠する瀬織津姫。

 中部圏最強と名高い全国最高峰の浄化系で、二段階目に到達済み。

 

 

 

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