クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚   作:所羅門ヒトリモン

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第21話「暗躍する者たちの夜」

 

 

 同刻──汐坐市南湾岸区。

 海と世界へ開かれた街。

 

 そこは汐坐市内で、最大の港湾(こうわん)を有する外資文化圏だった。

 昼間は国際物流と金融資本が行き交い、夜になれば高層ビル群の灯りが海面へ映り込む。

 

 不夜、煌々たる街。

 

 同じ汐坐市内でも、北嶺区とは立地も様相も対極的になる。

 北嶺区は言うなれば、現代になおも残り続ける神域や禁足の地であり、どこか時間の止まった古地。

 

 一方で、南湾岸区は外界と接続した〝今の世界〟を象徴しており、人も物も多くが流入する現代の繁栄都市だった。

 事実、その証拠は、幾つものランドマークによって疑いの余地を(さしはさ)まない。

 

 港湾中枢の第七埠頭(ふとう)コンテナヤードなどは、関東でも有数の冷蔵・冷凍倉庫群も(よう)しており、汐坐市の重要なインフラの一部を担っている。

 

 通常の輸出入物とはまたべつに、国際市場で扱われる〝超常資源〟も搬入されているからだ。

 

 たとえば。

 

 日本であれば、霊験あらたかな神木素材、霊酒・御神酒(おみき)注連縄(しめなわ)など。

 欧州であれば、妖精銀、聖別済みあるいは祝福儀礼済みの銃弾や刀剣類、または聖遺物そのものだったり、吸血鬼由来の素材。

 お隣の中国であれば、霊薬・丹術の原料、仙薬、霊符ないし擬似キョンシー人形など。

 中東からは精霊触媒、ジンとの契約媒介物、スカラベ、空飛ぶ絨毯だったり。

 北米のUMA・都市伝説等の情報災害研究技術、魔術触媒も厳密に管理されている。

 

 これらは一例に過ぎないが、石油、天然ガス、レアアースや半導体などと同じで、極めて重要な資源の立場にあった。

 

 伝奇術師でなければ、異能は使えない。

 

 けれど、伝奇術師が作成に携わった物であれば、異能なき人々にも多少は超常の恩恵が与えられる。

 時にはA.N.O.M.A.L.Y.由来の器物や、呪いの人形などに代表されるA.N.O.M.A.L.Y.そのものも、取引対象とされるほどだった。

 

 もちろん、それらは徹底的な国の管理のもとで、特定の資格者だけに許された特権でもあるのだが。

 

 南湾岸区は言うなれば、そういう特権階級や富裕層の集まる都市だった。

 

 イメージ的には、旧港区のようなものだ。

 

 ゆえに必然、そこで発生する営みは夜でも盛んだった。

 夜景は単なる〝不夜〟に留まらず、その照明さえも小規模な結界構成要素となっている。

 

 超高層ビルの窓明かり。

 海沿いを走るベイフロント大通りの街灯。

 汐坐ベイブリッジを彩る青白いライト。

 

 そういったもの全てが、人知れず霊脈を安定させる制御回路陣を兼ね。

 上空から俯瞰すれば、南湾岸区は幾重にも結界を重ね、繋ぎ合わせた超緻密複合構造物(ギガストラクチャ)だった。

 

 ひとつひとつの光は、都市をきらびやかに飾るためだけではなく。

 都市そのものを守るために、人知れず設計・敷設されて点灯されている。

 

 ──つまり、それだけ莫大な金がかかっている都市。

 

 ここは汐坐市で、最も多くの金が集まり。

 最も多くの消費文明が営まれ。

 最も華やか且つ洗練された上流社会を形作っていると謳われる──ハイ・ソサエティなのだ。

 

 外資系企業。

 富裕術師。

 国際金融。

 高級ホテル。

 ブランド街。

 会員制クラブ。

 

 夜更けになっても、なお眠らないものたちが息づく場所。

 そして、その夜景を天高くから悠然と見下ろすようにして。

 

 一際高く(そび)え立つ、超高層レジデンスがある。

 

 ──『レガリア・タワー汐坐』

 

 南湾岸区の富。

 その象徴とも云われる最高級マンション。

 重厚かつデザイン性に優れたエントランスを有し、共有ラウンジやフィットネスジム、コンシェルジュサービスも常駐し、高度なセキュリティ体制も整ったホテルのようなそこは。

 

 孔雀堂家が最上層を占有している、外資・富裕層の集うコミュニティである。

 

 最上層はガラス張りのペントハウス。

 

 つまり、そここそが。

 

 この汐坐において、退魔四家の一角に数えられている孔雀堂家の居城に他ならない……

 

「秋水様が一日ご不在にされただけで、とんでもない日になりましたわね」

 

 金髪ロングのゆる巻き縦ロール少女が、窓際から都市を一望し呟く。

 

 蒼い瞳。

 強い自尊心と誇り高そうな眼差し。

 フランスの血が混ざっている白く滑らかな肌は、まだ若々しいながらもセレブリティに照明映えする艶に満ちていた。

 

 並外れたプロポーション、カリスマ性のある容姿。

 とりわけRカップのバストは、孔雀堂家の自社ランジェリーブランドにおいて、代表的なトップモデルとして抜擢されるほど。

 

 名前は、孔雀堂クララ。

 

 汐坐市内の名門女子校制服に身を包み、ブレザーとハイブランドチョーカーを華麗に着こなす姿は、まるで絵に描いたようなお嬢様然としたものだった。

 

 気位が高そうで、堂々としていて。

 

 しかしその手は、今、無意識にかギュッと固く握り込まれている。

 

 その隣から、同じく名門女子校の制服に袖を通す少女が言った。

 

「お姉様……本当に良かったの?」

 

 クララとよく似た雰囲気の、金髪ツインテール。

 スッと通った鼻筋、そっくりなボディライン。

 

 少女がクララをお姉様と呼んだのは、間違いなく血縁だからに違いなかった。

 

 孔雀堂サラ。

 

 高慢そうな顔立ちの姉と違い、ややイタズラっぽい仔猫──しかし血統書付き──を思わせる柔らかな印象。

 然れど、決して柔和すぎるわけではなく、少し角度を変えれば生意気そうにも取れる猫目の少女。

 

 失礼な印象ではあるが、同性ウケの極めて悪そうな美少女だ。

 八方美人というか、猫被りというか。

 普段は仮面を被っておきながら、裏では腹黒い性根を抱えていそうな──女子トイレで他人の陰口を叩いていそうな顔をしている。

 

 もちろん、顔だけの話。

 

 本人もそれで苦労をしているのか、本来ならもう少し柔らかな印象を他人に与えていいところを、どこかツンと澄まして虚勢を張っているような雰囲気でもあった。

 特に、年齢に不相応な高価なジュエリー類とアダルティな香水が、そんな雰囲気を助長している。

 

 クララはサラに、引き続き窓の外から視線を逸らすことなく答えた。

 

「サラ……良いか悪いかで言えば、もちろん悪いですわ」

 

 でも、とクララはすぐに続けた。

 

「〝アーレア・ヤクタ・エスト〟」

「……賽は投げられた?」

「ええ。後悔も罪悪感もあるにしても、すでに青墨家に手紙は送ってしまいましたの」

「返事は……?」

「つい先ほど。きっと、先日の事件を利用したのが効きましたのね」

 

 協会経由でもたらされた青墨家からの返事。

 青墨夏乃からの返答は、まさかのYESだった。

 

 サラは「っ、異例中の異例じゃん」と息を呑む。

 

 そこに、二人の背後から新たな声がかけられた。

 二人よりも落ち着きがあり、成熟した声の女性だ。

 

「嘘は遅効性の毒のようなもの。高潔さは美徳よ? でも、今は手段を選んではいられないわ」

「「お母様」」

 

 孔雀堂エマ。

 

 クララとサラの母親であり、長いプラチナブロンドとエメラルドグリーンの瞳が特徴的な、女騎士のような雰囲気の人だった。

 

 白とゴールドのキャリアスーツに身を包み。

 

 二人の母親らしく、その顔立ちもやはり、高貴な気品に満ちている。

 いや、娘たちよりも尚更に、エマの美貌はラグジュアリーと言えた。

 クララが最新のトップモデルであるなら、エマは一世代前のトップモデルである。

 

 非常に派手で、目を引く美貌と爆乳だった。

 時代が時代なら、その外見だけで国を傾けられそうなほどに。

 

 だが、三人の顔には共通して、薄暗い陰が差している。

 

 言葉の上では何と誤魔化そうが、なにか憂鬱な気掛かりを抱えているらしい。

 

 しかし、陰に沈んでいたのは一瞬。

 クララが最初に、強い眼差しを湛えて顔を上げる。

 

「……ええ、分かっていますわ。我が家にはもう、時間がありませんもの」

「クララさん。貴方は彼と同い年。計画は貴方を主軸に進めるのが妥当でしょう」

「願ってもないですわ。……残念ながら、思い描いていた形とは異なりますけれど、正攻法ではダメなのは……これまでの結果が充分に物語っていますものね」

「お姉様……」

 

 クララは少し寂しげに()ちる。

 姉のそんな声音に、妹のサラが気遣わしげにクララの手を握った。

 

 退魔四家の娘ならば、これが何の話なのかは明白だ。

 

 三人が話しているのは、汐坐の全未婚女性術師がおおよそ共通の目的としている〝青墨秋水と如何にして繋がりを持つか?〟について。

 

 そしてこれは、つい最近まで何処の家の女だろうとも望みの無い鉄壁難攻不落城だった。

 

 サラが目尻に力を入れ、グッと決意を込めた口調になる。

 いや、攻撃的と言っていい語調になる。

 

「大丈夫だよ。鳶瀬山家なんて、お姉様の敵じゃない! あんな人たち、何処から湧いて来たかも分からない、ポッと出──」

「よしなさい、サラ」

 

 クララがすぐに、それを諌めた。

 母親であるエマも、嗜めるように首を振る。

 

「それ以上は、自らの気品を貶める言葉でしかないわね」

「っ……ごめんなさい」

「いいのよ。本気で言ったのではないのは、わたくしたちも分かっていますもの」

 

 すぐにシュンとしたサラに、クララが微笑を溢す。

 エマも同じだ。

 

 何しろ、二人はサラへの共感を隠しきれない。

 

 青墨秋水が北嶺区の鳶瀬山家と、何らかの強い繋がりを得たと公言してからというもの。

 彼に想い──それがたとえどんな種類の代物にしろ──を寄せていた女が、どれだけ心乱されたかは言うまでもなかった。

 

 嫉妬(感情)は否定し切れない。

 

 退魔四家の一角ともなれば、そこに様々な理由も上乗せされてくる。

 家の存続、名家に付きまとう責任、血筋に刻まれた忌むべき術式のタイムリミット──

 

「……何にしても、このチャンスを逃す手はありませんわ」

「嘘はどのみち、露見するでしょう。しかし、その前に彼の心を奪ってしまえば」

「……鳶瀬山家から、秋水様を寝取れる?」

「「げっ、下品な言い方はしないのっ!」」

 

 妹の歯に衣着せぬ言葉に、クララの白い頬がサッと朱に染まる。

 エマも気まずそうに目を逸らすが、そこは母親であり家の当主、すぐに気を取り直した。

 

「本質的には、ええ、そういう事になるけれど……これは決して邪な想いからの企てではないわ」

「そうだよね……私たちにだって、チャンスくらいは与えられるべきだもんね」

「え、ええ……」

「──先立っての野良術師には、感謝を送りましょう」

 

 エマがハイヒールの踵を鳴らしながら、娘たちの隣に立った。

 窓辺から街並みを見下ろし、今日一日、汐坐の筆頭術師が不在だった事で巻き起こった、超常事件の凄惨な結果を眺める。

 

 汐坐火力発電所跡で起こった謎の空間歪曲──

 第七埠頭コンテナヤードで起こった作業員消失──

 若い女の美と性を食い物にする男たちを襲った、口裂け女大量発生──

 不正な呪物取引に海からのクトゥルフ案件──

 

 どれも未だに立ち上っている煙や、立ち入り禁止を意味する赤色灯で、南湾岸区の美観を損ねていた。

 

 人的被害も、馬鹿にはならない。

 三等から二等の術師はもちろん、一等クラスの術師にも被害が及んだ。

 

 それらは金融や経済にも、少なくない影響を与えている。

 

 青墨秋水が、たった一日いないだけで、この惨状なのだ。

 

 A.N.O.M.A.L.Y.の退治はもちろん、彼という抑止力が欠けただけで、汐坐市は混沌に満ちていく。

 ゆえにこそ、

 

「……どこの家かは知らないけれど、野良術師に情報を抜かれるなんて恥も恥だわ」

 

 エマは両腕を組んで、したたかな女の目になった。

 

 筆頭に合わせる顔が無い。

 きっと、先日の事件で失態を犯した家は、そう自責の念に駆られて未だに動けずにいる。

 

 孔雀堂家は、その隙を利用したのだ。

 

 青墨夏乃宛へ送った手紙には、〝先日の事件について、是非ともお詫びをしたい〟旨を記載していた。

 エマ、クララ、サラの三人は、そうするように指示を受けて行動した。

 

 実に、狡猾と言わざるを得ない女の企み。

 

「お母様。でも、本当に恥ずかしいのは、後になってから真相を知り、その上で勝手に振る舞っている今のわたくしたちではないですの……?」

「そうね。でも、大きい声で言ってはダメよ? あの方が耳にしたら、きっと拗ねてしまうわ」

「う〜ん……これってさ、本当に全然、褒められた計画じゃないよね……」

 

 娘たちは微妙な顔で、呻く。

 悪人ではない気質が、高飛車そうな外見とは裏腹に、大いに見え隠れしていた。

 

 が、繰り返そう。

 賽はすでに投げられてしまったのだ。

 他でもない、自分たちの手で賽は投げられた。

 

 孔雀堂家は動いた。

 

 野良術師、蟻道(ぎどう)鈴昌(すずまさ)が起こした先日の事件。

 あれは、孔雀堂家ではない退魔四家の何処かが、失態を演じたせいで発生した。

 

 情報漏洩。

 

 筆頭術師、青墨秋水と鳶瀬山家に関する機密事項を、よりにもよって外部に漏らす失態を犯したのだ。

 

 その責任を、エマたちは敢えて自分たちのミスだと偽り、青墨夏乃にコンタクトを図った。

 

 怒りの矛先を向けられかねない、相当に危険な賭けでもあったが、青墨夏乃は詫びの内容に首肯を返した。

 

 南湾岸区への招待。

 

 孔雀堂家が保有している各施設で利用可能な、完全無料利用権の贈呈。

 ホテル、レストラン、プール、海水浴場、香水工房やらその他もろもろ。

 

 大盤振る舞いに大盤振る舞いを重ね、全力で餌をぶら下げた甲斐があった。

 

 結果、ぶっちゃけあまり上手くいくとは思っていなかった計画だったのに、夏乃から非常に色よい返事がもらえたのだ。

 

 兄への接触を、如何なる理由で以っても拒み続けていたお兄ちゃん大好きっ子が。

 どういう心変わりにしろ、孔雀堂家の用意した餌に食いついたのである。

 ──否、きっと食いついたと思ってしまっているのは、エマたちの傲慢だろう。

 

「……青墨家もそれなりに、裕福なはずですのに」

 

 クララは不気味さを禁じ得ない。

 紅の伝奇姫は、いったい何を考えているのだろうか?

 夏乃に関する噂は、常に冷たい眼差しとサダコのような恐ろしさがセットで語られている。

 

 無論、容貌による他人からの勝手な偏見について、クララもサラもエマだって百も承知の上なのだが。

 

 人間はやはり、第一印象から逃れられない。

 

「何にしても……きっと一筋縄では参りませんわね」

 

 嘘もどうせ、すぐにバレる。

 失態を演じた退魔四家が、いやいや! と名乗りを上げればすぐに。

 

 なので、()()()()()()()()()()()()()()()()、孔雀堂家はこれから色々と工作も行わなければならなかった。

 

「大丈夫でしょうか……わたくしなんかで……」

 

 クララは不安げに言葉を震えさせる。

 その言葉の意味は、言わずとも明白だ。

 

 孔雀堂家は、青墨秋水を籠絡(ろうらく)することができるのだろうか?

 

 持って生まれた術式の件も含めて、彼女たちには二重の意味で時間制限が待ち受けてもいる。

 神妙に唇を結ぶクララに、エマがそっとその肩に手を添えた。

 

「安心して? 私たちも全力で、サポートするわ」

「お母様……」

「うん。私だって、お姉様と一緒に頑張るよ!」

「サラっ」

 

 三人は自然と距離を詰めて、ひしと互いを抱き締め合った。

 だがそこに、サラが突然、爆弾を放り込む。

 

「作戦名は、『筆頭NTR作戦』でいい?」

「え」

「サラさん……?」

「だって、私たち悪い女にならなきゃいけないんだよね? だったら、『筆頭籠絡愛人作戦』とかはどう?」

 

 イタズラ好きの仔猫(キティ)が、敢えて狙ったとしか思えないタイミングで爆弾発言を放り込む。

 

「ど、どこでそんな言葉……下品ですわよ、サラ!」

「今さら純情ぶったって、嘘がバレたら終わりじゃん」

「そ、それは……」

 

 末娘の言い分は正論でもあった。

 ツインテールを揺らし、サラは腰に手を当て宣言するように姉と母に言い放つ。

 

「勘違いしないでよね、お姉様もお母様も」

「サラさん……?」

「私はべつに、進んで悪い女になろうって言ってるんじゃないんだからっ」

 

 ただ、すでに始めてしまった物語なら、いっそそれに相応しい役柄を楽しむくらいの気概で事に臨んでいこうと。

 末娘は切り替えが最も早かった。

 

「それに、せっかくのチャンスなんだよ? 嘘を負い目に感じて、大事なときにやっとの思いで掴んだチャンスを不意にしちゃったら、もったいないもん──秋水様は絶対に私たちのものにしようよ」

 

 そのためなら。

 そのためなら。

 サラは一瞬、恥ずかしそうに顔を伏せながらも、思い切ったように叫ぶ。

 

「お姉様だけじゃなく、私も秋水様に色仕掛けするから!」

「サラ!?」

「というか、秋水様は歳上が好みって噂になってるから、お姉様と私だけで無理だったら、お母様にも手伝ってもらったほうがいいと思う! いや、ううん。時間も限られているんだし、最初から三人がかりで……!」

「サ、サラさん!? まさか、そんな!」

 

 エマが娘の言葉に、激しく動揺する。

 動揺のあまり、二人の娘の母親は無意識にか、自身のカラダを庇うように一歩後じさっていた。

 

「ダ、ダメよっ。私はもう若くないし、子どもだって産んでいるのよっ?」

「十年以上前の話だよね? しかも、術師人口維持施策の人工授精だし、お母様まだ三十三だし、モデルやってるから他の同年代より綺麗だし」

「でもっ! ……えぇ? ほんとうに、いいのかしら……?」

 

 エマがドキドキした顔で、自身のスタイルを掻き抱きながら見下ろす。

 クララは思った。

 我が母親ながら、「その仕草は色っぽすぎますわ……」と。

 

 そこに、サラがトドメと言わんばかりに続けた。

 

「お願い、お母様。私とお姉様と一緒に、悪い女になってっ?」

「うっ……そうよね……娘にだけハニートラップさせるなんて、そんなのはひどい母親のやる事ですものね……分かったわっ!」

「乗り気になってしまいましたわ!」

 

 唖然として推移を見守っていたクララは、愕然とした。

 すると、サラがすぐさまエマの左手を取り、クララの右手を取る。

 

「ねえ、お姉様? いざとなればお母様とも一緒に、三人がかりで秋水様を奪っちゃおうね?」

「ひぇぇ……」

 

 クララは自分が、今夜だけでとてもふしだらな女になったような気がして、頬をますます赤く染めてしまった。

 

「サラ、貴方ぜったい正気じゃないですわっ」

「フン! 勘違いしないでよね! 正気で色仕掛けなんて、できないだけなんだからね!」

「それは……そう!」

「クララさん、サラさん。新しい下着(ランジェリー)を買いに行きましょう──いえ、この際デザインから始めましょう。ファビュラスかつ、エロスに」

「お母様が女豹モードに……!?」

「あはっ」

 

 孔雀堂家の女たちは、斯くして暗躍を開始する。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 同刻──汐坐市北嶺区。

 神域と封印の街。

 

 鳶瀬山を代表に、魔境圏にほど近い空気感を広げるそこは、神代本町にまで南下しないと人類圏とは呼びづらい。

 

 山があり、森があり。

 古い社があり、打ち棄てられた廃屋がある。

 

 郊外ともなると、夜は人の気配ではなく魔物の気配のほうが色濃い場所と囁かれていた。

 

 その一角。

 汐坐市成立以前から残る旧家の屋敷街。

 古都然とした街並みの外れに、人眼を忍ぶようにして建てられている陰鬱な邸宅があった。

 

 蔭木(かげき)家邸。

 

 鬱蒼とした樹木。

 苔むした石垣。

 幾度も増築を重ねたのか、グロテスクに奇形に育った木造屋敷。

 途中から洋館の様相も取り込んだのか、一部中途半端に鱗模様の塔も隣接している。

 

 しかし、建材と立地の相性が良くなかったのか、それらは湿度によるカビや汚れにやられて、黒く薄汚れていた。

 

 蔦植物にも覆われ、採光の概念など無視したとしか思えない建築の配置。

 月明かりすら届きにくい庭園では、風が吹くたび渦を掻くようにして竹が鳴る。

 

 まるで入り込んだものを、容易には逃がさないような造りだった。

 

 あるいは、屋敷の敷地の外とは、切り離された時間を作り出すように。

 現代日本ではなく、百年、二百年、いや。

 

 もっと昔の空気さえも、そのまま残し続けて腐らせたような場所。

 

 比較的新しい時代に増築された区画でさえ、そんな雰囲気を醸し出している。

 古い時代に建てられた区画は、果たしてどれほど陰鬱な(よど)みだろうか。

 

 屋敷の最奥。

 明かりを落とした座敷では。

 

 不気味な静寂のなかで、一人の青年が琵琶(びわ)を膝に置いていた。

 

 ──蔭木(かげき)(かぶら)

 

 蔭木家の現当主にして、今現在の汐坐市では非常に珍しい男性の伝奇術師。

 

 と同時に、盲目。

 

 鏑が目蓋を開けても、そこにあるのは何も映さない瞳だけ。

 ただの視覚障害ではない。

 

 蔭木家の男児は、代々そういう相伝術式を持って生まれてくる。

 

 しかし、だからと言ってハンデがあるわけではない。

 

 鏑の世界はむしろ、誰よりも鮮明だった。

 光なき世界に生きる闇の住人だからこそ、克明に世界の在り様を捉えていた。

 

 ──すなわち、〝世界とは鏑が搾取するモノ〟

 

 べべん、と器用に琵琶を爪弾く。

 いや、単に手慰みに鳴らしただけなのか。

 鏑は痩せすぎてブカブカの着物の胸元から、(あばら)の浮いた胸板を覗かせ酷薄な笑みを湛える。

 

 そこに、不意に一陣の風が吹いた。

 

 座敷の反対側、上座で腰掛ける鏑の正面に。

 気がつくと何時の間にか、二名の女性が立て膝を着いた姿勢で(かしず)いている。

 

 どちらも黒い長髪。

 そして、イヌ科を思わせる獣の耳を頭部に生やしていた。

 

 一方はぺたんと倒し、もう一方はピンと立てた形で。

 

 顔も背格好も似た雰囲気の女性たちは、クノイチのような格好である。

 だが、鏑には二人の姿など見えていない。

 座敷には物音ひとつ、立てられてはいなかった。

 

 なのに。

 

(イヌ)が。思い上がったな」

「「っ!?」」

 

 鏑が〝べん!〟と琵琶を弾くと、不可視の衝撃波がクノイチ装束の女性たちを襲った。

 二人は強制的に姿勢を崩され、罵倒を伴う攻撃を受ける。

 

「立て膝ごときで足りると思ったか? 甘い」

「っあ!」

「あぁぁ……!」

「穢らわしい狼憑き。僕には常に額突(ぬかづ)けと言っただろう。額を地面に擦り付けろ。狗なら狗らしく頭を垂れて這いつくばえ」

「「ああぁぁああぁッ!」」

「ハッ、それが女の声なのか? 悲鳴さえ聞くに値しない。きっと、さぞや醜いんだろうなオマエたちは」

 

 琵琶を弾くのを止めて、鏑は心底から不快げに吐き捨てた。

 ひどい目に遭わされた女性たちは、しかし、それでも痛みを堪えながら従順に指示に従う。

 

 それを、鏑は「遅いんだよ」と罵り琵琶で殴りつけた。

 

「ぐぁ……っ!」

「かっ、は──!?」

「今のは躾だ。よく覚えておけよ」

 

 無防備で無抵抗の女性を、男が器物を使って背中から殴りつける。

 しかも、酸鼻を極めた傲岸な言葉と一緒に。

 

 ……いくら全盲であろうと、いや、どんな前提があろうとも。

 

 それは到底許されない凶行だった。

 

 まして、鏑に殴りつけられている女性たちが、鏑の言葉とは正反対に眉目に優れた容貌の持ち主なら尚更のことである。

 人外の特徴を有してはいるが、二人は女性として〝美しい〟部類に入った。

 

 鏑はそれを、穢らわしい、醜い、と断じている。

 

 理由はおそらく、ひとえに〝狼憑き〟というキーワードにあった。

 鏑自身の腐った性根も、もちろん最大の理由であろう。

 

「で? 南のアバズレどもは、首を縦に振ったのか?」

「っ、はい……」

「すっ、ぅ、孔雀堂家は鏑様との協力に賛同しました」

「チッ、ようやくか。頭のすっとろい異人女どもが……」

 

 ぶつぶつと文句を言い、鏑は鼻を鳴らしてドカっと腰を下ろす。

 盲目の人間とはとても思えない大胆な動きだった。

 

「退魔四家なんて言われていても、所詮は女だな。愚行愚論、愚昧蒙昧。奴らにも益のある話をやったっていうのに、何をダラダラしてたのか……まぁ、いい」

「「……」」

「これで、青墨秋水は孔雀堂に目移りするだろう。オマエたちと違って、あの女どもは見てくれだけなら上等らしいからな」

「「……」」

 

 ふたりは返答はせず、鏑の言葉を黙って聞き続ける。

 下手に相槌など打とうものなら、再び先ほどの()が再演されることを、すでに思い知らされていた。

 

 鏑も会話を求めていない。

 

 蔭木鏑という男は、傲慢で、強欲で、女性蔑視。

 自分を賢くて強いと思っている()()()()だった。

 

 その目は何も映さず、何も光を捉えない。

 

 だが、闇だけは貪欲に見据えていた。

 

「僕は上に行く。もっともっと、上にだ」

「「……」」

「ああ、そうだ。オマエたち大狼(おおがみ)の一族から奪ってやったように、鳶瀬山の土地も霊脈も何もかも、僕が手にしてやるんだよ」

 

 相続権の行使。

 蔭木鏑は、一世代前の〝貸し〟を取り立ててやると舌で唇を舐め取った。

 

「穢らわしい【呪い】から解放されたっていうなら、まずは返すべき恩があるだろう?」

 

 首を縦に振らないのなら、力づくで分からせてやるだけだ。

 鏑は着物の袖から、ある呪物を取り出しほくそ笑んだ。

 

「青墨秋水より、僕のほうが強い。それを認めない馬鹿どもに、分からせてやるとも」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ── “ Ton, Ton, Tonkaraton♪ ”

 

 汐坐市内のどこかで、霧に包まれた怪人の噂が広がるのは、それから程なくしてだった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 tips

 

 ◆孔雀堂エマ|母|33|当主・孔雀堂グループ総帥

 

 T172 B129(U寄りのTcup)W57 H91

 柔らかなラグジュアリーカールのブラチナブロンドと、エメラルドグリーンの瞳の美人ママ術師。

 白地にゴールドの刺繍線が入ったキャリアスーツをよく着る。

 立ち姿が女騎士のように凛としている。

 術式の影響で異様に若く瑞々しいが、代償として依存体質気味。

 苗字が孔雀なのに、スイッチが入ると女豹になる。

 

 ◆孔雀堂クララ|長女|17|主戦力・トップモデル

 

 T170 B124.9(Sまで0.1ミリRcup)W56 H89

 金髪ロングのゆる巻き縦ロール美少女お嬢様。

 蒼い目と高飛車そうな顔立ちをしているが、実は気弱で陰キャ気質あり。

 対外的には、カリスマランジェリーモデルとしても活動。

 術式の影響で引っ込み思案なのだが、立場と周囲からの期待のせいで、そのようには振る舞えない。

 執着心が強く、秋水に淡い恋心を抱いている。

 

 ◆孔雀堂サラ|次女|16歳|感応系・デザイナー

 

 T163 B118.8(Q寄りのPcup)W55 H88

 金髪ツインテールでツンデレ味のある生意気イタズラ好き系後輩美少女。

 母や姉より大胆なようだが、実際は割と勢いに任せている暴走タイプ。

 が、それも術式の影響で感情的になりすぎ、周囲も感情的にさせてしまうため。

 孔雀堂グループの自社ブランドである高級ランジェリーのデザイナーをしている。

 秋水が年上好きかもしれないことを気にしている。

 

 ◆あのお方|???|??|???

 

 孔雀堂家に指示を与えている存在。

 女のしたたかさを利用する。

 

 

 

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