クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚   作:所羅門ヒトリモン

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第22話「ラブコメの波動」

 

 

 (あく)る日、秋水は汐坐に帰ってきた。

 

 汐坐市枢央(すうおう)区・界汐坐(さかいしおくら)駅前。

 早朝の五時前では、まだ空もうっすら明るくなって来たくらいで、通りを出歩いている人もほとんどいない。

 

 秋水はそこを、禹歩(うほ)で裏路地に瞬間移動した後、物陰から浮かび上がるようにして歩き始める。

 

 昨夜は結局、使い慣れていないベッドと枕のせいで熟睡できなかった。

 あるいは寝る直前に見た皐月姫と鈴鹿。

 酔いどれ女子大生たちの無防備な艶姿のせいで、脳が興奮状態に陥っていたのか。

 

 それとも、オペ子からの連絡がザワザワと神経を逆撫ででもしたのか。

 

 ともかく、今朝の秋水はいつになく寝不足であり、一刻も早く自室のベッドで二度寝にしけ込みたい所存だった。

 もうしばらくすると、秋水が消えていることにビックリした皐月姫、鈴鹿から電話がかかってくるかもしれないが、それはその時また考えようと思っていた。

 

 作戦はきっちり終えているので、問題は特に無い。

 

「……はぁ」

 

 しかし、人間というのは不思議なもので。

 いざこうして早朝に特有の物静かな街並みを歩いてみると、普段とは様子の異なる新鮮な光景に、何だか得した気分になってワクワクし始めてしまう。

 

 のどかで、落ち着きがあって、肌を撫でる風にも夜気の名残りが感じられて。

 

 冷たいような、暖かなような、どっちつかずなのに悪くはない朝まだき薫風(くんぷう)の兆し。

 どうせすぐに汗ばむくらいに暑くなるが、この時間帯はまだ過ごしやすいんだなぁ、などと嬉しくなる。

 

 秋水はポエミーな気分に浸った。

 

 なんとなく興が乗って、コンビニでコーヒーを買い。

 ついつい散歩がてら、自宅までの道をゆったり遠回りなどする気分になった。

 

 禹歩で直接、青墨邸に戻らなかった。

 というか、戻れなかった理由は簡単である。

 

 秋水も人間だ。

 いつもいつも、完璧な超人ではない。

 

 ちょっとした睡眠不足だったり、何らかの理由で注意力散漫になっていたりすれば、禹歩の行き先をたまにはミスったりもした。

 今日がそういう日だ。

 

「コーヒー、うま」

 

 口いっぱいに広がる、無駄な甘さの無いちょうどいい苦味。

 近頃はコンビニの安物コーヒーもバカにはできないなぁ、とか一丁前に考える。

 

 それとも、これは秋水が馬鹿舌だからだろうか?

 

 普段からあまり喫茶店を利用するわけでもない。

 別段、コーヒーの愛好家でもない。

 だから秋水には、豆の違いがどうたら淹れ方がどうたら言われたところで、そもそもの違いがよく分かっていなかった。

 

 手軽に買える少量の黒くて苦い液体、それで十分なのだった。

 

 カップをちびちび、舐めるように唇に運ぶ。

 そうしながら、秋水は枢央区について改めて思いを膨らませた。

 

 汐坐(しおくら)市は広い。

 

 ついこの間も、同じ事を想起したような記憶があるが。

 地理的な特徴を頭に思い浮かべると、汐坐市は首都圏北西部あたりの丘陵地帯から、間に河川、台地、市街地などを挟んで、南東の半島や湾岸までをまるっと一つの“市”扱いしている。

 

 具体的な旧地名を挙げれば、奥多摩から相模、三浦半島あたりを、ブーメラン状の輪っかで括ったような感じだ。

 

 世界が改変された結果である。

 

 京洛市や珠凪市も、それは同じ。

 日本の一部地理は、A.N.O.M.A.L.Y.が存在する歴史によって、見知らぬものに変わってしまった。

 

 だから、秋水は時々、自分がいま歩いている場所は改変以前の世界だと何て名前の何処だったんだろう? と想像を働かせてしまう。

 

 枢央(すうおう)区、界汐坐(さかいしおくら)駅前。

 

 ここは人と情報とA.N.O.M.A.L.Y.が交錯する、汐坐で最も色んなものが混在する地域だ。

 

 北には神代本町、鳶瀬山などの北嶺区。

 西には旧緑地、白瀬台ニュータウンで有名な西新区。

 東には影代川、学校の多い東水門区。

 南には第七埠頭、レガリア・タワーなどの南湾岸区。

 

 市内の主要区画すべてへ繋がる交通網が集中し、昼夜を問わず人流が絶えない汐坐市真ん中の街。

 

 境界街とも呼べるかもしれない。

 

 駅前広場では今日も大型スクリーンが広告映像を流し続け、中央アーケードでは深夜営業の店舗が幾つかまだ灯りを落としていない。

 駅直結型のデパート、ルミナス汐坐はさすがにまだ営業時間前か。

 

 とはいえ、すぐそこの歓楽街ではネオンが瞬き。

 雑居ビル群には夜職関係者や、企業勤めの人々がじきに出入りを激しくする。

 

 ごく普通の、ありふれた日本の駅前風景。

 

 にもかかわらず、一本裏路地にふらっと足を向ければ、そこには一転して街の闇が生んだ〝よくないもの〟──A.N.O.M.A.L.Y.の雛形(ひながた)が蠢いていたりもする。

 

 今日いたのは……

 

 SNS文化が生んだ『炎上法師』──もどき。

 レッテル張りに明け暮れる『張紙女』──もどき。

 ぶつかりおじさん/おばさんの化身『突撃弱者狙い』──もどき。

 

「はい、さようなら」

 

 三体とももどきだったため、断末魔の悲鳴も無い。

 秋水は近づき、特に何もしないまま自らの霊的圧力だけでサクッと圧潰(あっかい)消滅させつつ、フラフラ表通りへ戻る。

 

 A.N.O.M.A.L.Y.の興味深いところは、すべての個体が何らかの著名な物語を核にしているわけじゃなく。

 人々の共通認識や、集合知(あるいは集合的無意識?)から生まれた概念も形を成す事だった。

 

 人と異常存在。

 文明と怪異。

 

 境界が重なる場所では、自ずと異界も生まれやすい。

 人々の想像力が挟まる余地のある場所には、物語が生まれやすいのか。

 先代筆頭、青墨秋蔵曰く。

 

 退治家を生業とした青墨家の祖先は、だからこそ、この枢央区に居を構えたのだと云う。

 

 秋水の自宅、青墨邸は。

 

 駅前一等地に存在するとは思えないほど広めの敷地を持つ屋敷であり、高層ビル群に囲まれながらも、何故かその周囲だけは妙に静かな土地に建築されていた。

 

 敷地を囲む古い石塀。

 年季の入った木門。

 手入れの行き届いた庭木。

 

 結界は神経質なくらい積層し常時展開されていて、門を潜った瞬間に明らかに空気が変わる。

 

 外界の喧騒も遠のき、車の走行音や各種人々の営みから生まれるざわめきは、伝奇術師ならざる者には見えざる膜に隔たれて遠ざかった。

 

 音だけではない。

 過分な光や、鳥や虫の類も入って来れない。

 

 あるのはただ、結界によって無害と判定された風や木々の葉擦れの音。

 仮にご近所で、やんちゃな野球少年が誤って硬球を放り込んで来たとしても、結界は認識阻害の機能も発揮し違和感を与えぬ内に、〝何事も無かった〟結果をもたらす。

 

 硬球は運良く、自然に青墨邸を逸れたと思われるのだ。

 

 やりすぎで、過保護な結界かもしれない。

 

 だが、いちいち解除するのも手間である。

 加えて、夏乃に対する〝守護(しゅご)らなければ〟という想いから、秋水はそれらを維持していた。

 

 なお、これは老爺が生前に示した意向のなかで、秋水が今なお異論を持たない数少ない事例のひとつである。

 

 

 

 

 

 青墨邸は二階建てだ。

 ただし地下階もあり、地下のほうが広いというアングラ臭漂う家でもある。

 他人には秘密である。

 

 外観と内観は、和風モダンな趣きで統一されているだろうか?

 

 昔、老爺がボソリと零したことがあった。

 秋水と夏乃の両親が結婚する際、この邸宅は一度大きくリフォームしたのだと。

 

 おかげで、外の石塀などは古びているが、敷地内は意外と真新しい印象を覚える。

 

 玄関を抜けると広々とした土間と廊下が伸び、その先に家族が憩いの場として集まれるリビングとダイニングがある。

 

 一階の東側にはキッチンがあって、西側手前には結構たくさんの客間が並んでいるから、昔は来客が多かったのかもしれない。

 

 その間に挟まる形で、家人の生活空間としてのリビングとダイニングが整備された造りだ。

 

 水回りの奥には浴室と洗面所、トイレが部屋別であり。

 二階に向かうには、一度廊下に戻って階段を登る。

 

 二階は家族それぞれの個室フロアだ。

 

 秋水の部屋、夏乃の部屋。

 さらに来客用の寝室もあるし、書庫を兼ねた書斎や物置部屋なんかもあるが、基本はプライベートな階層である。

 

 今は空き部屋が多い。

 

 そして地下。

 

 地下はもう、色々とスパイ映画の秘密基地みたいな有り様で。

 術式鍛錬場や封印庫、呪物・禁製品保管室、結界制御部屋、A.N.O.M.A.L.Y.資料庫、非常時避難部屋、武器・銃火器等の保管庫、座敷牢などなど。

 

 いろいろ、頭のおかしい空間ばかりになっている。

 

 ちなみに、地上に戻れば鍛錬場とは別に、屋敷の裏手側に道場もあるので。

 秋水は地上地下問わず、よくタコ殴りにされた。今となっては笑い話だろうか? いや笑えないな。

 

 不動産に売りに出したら、間違いなく闇の深い物件として曰く付きになるだろう。

 

 亡霊の一体や二体も、実際、出てきておかしくない家である。

 庭には侵入者用の罠として、犬神とか蠱毒も埋まっている。クソ物件すぎるだろ。

 

 それはさておき。

 

「…………ん?」

 

 ようやく家に帰ってきた秋水は、戸惑った。

 まだ朝も早いため、眠っているであろう夏乃を起こさないよう、静かにしながら洗面所に向かおうとしたのだが。

 

「消し忘れか?」

 

 なんか、リビングの電気が付きっぱなしだった。

 そしてすぐに、それが電気の消し忘れではないのが判明する。

 

「あ、おかえりなさい秋水くん!」

「────千歳先輩?」

 

 リビングには、千歳がいた。

 はじめてデートした時と同じ私服姿だ。

 だが、似た雰囲気の装い……似た雰囲気の女性が他にも。

 

「あ〜!」

「秋水くんだっ」

「秋水くんが帰ってきたわっ」

「お疲れ様〜」

「ずいぶん早くに帰ってきたわね?」

「少し歩いてきたのかや? ゴミゴミした匂いがするのぉ」

「ごめんなさい、お邪魔してますね?」

 

 千歳だけじゃなく、鳶瀬山家一同勢揃いだった。

 そこに式神であるハルミ、ヒナギクも加えて。

 

「これは……」

「お〜に〜い〜さ〜ま〜!」

「──夏乃。どうしてここに皆が?」

「わたくしの不機嫌をスルーしないでくださいまし!」

 

 まったく。まったく。まったく。

 妹がプンスカしながら、同じ言葉を三度も繰り返す。

 その姿は、昨日、髪を梳かしてやった後のオシャレ着から変わっていなかった。

 

 徹夜。

 

 いや、オールをしたのだろう。

 よく見れば夏乃も含めて、鳶瀬山家全員が若干気だるげで眠たそうな顔をしている。

 不調を感じさせていないのは、式神であるヒナギクとハルミだけだ。

 

(女……多っ!)

 

 リビングのローテーブルにはお菓子が並んでいて、ダイニングテーブルには出前を注文したのか、寿司とピザの空き箱が置かれていた。

 

(俺の分は無し……)

 

 秋水の視線に気がついたのか、豊葉と依穂が恥ずかしそうに慌てて片付けを始める。

 

「あっ、あはははは……ごめんなさい、散らかしたままで!」

「す、すぐに片付けるわねっ? こらっ、手伝って!」

「「え〜?」」

 

 八千代と八千花が、物憂げに唸るだけで動かない。

 実に母親と娘のやり取りっぽい。

 それはともかく、依穂は例によって例のごとくお酒を嗜んでいたのだろう。

 

 空になったビール瓶を、積極的に集め始める。

 

「じゃあ、私たちは洗い物をするね?」

「食器とか勝手に使わせてもらっちゃって、ごめんね秋水くん!」

 

 すると、千歳と千景が寿司皿やピザ用の小皿などを流しに運び始めた。

 

「いえ、大丈夫ですよ。夏乃が良いと言ったんでしょう」

「ですわ。千歳様と千景様が、お兄様のお箸やタンブラーを巡って一悶着起こした時は、どうしたものかと思いましたが」

「ななな夏乃ちゃん!?」

「違うよっ? ぜんぜんそういうのじゃないよ!?」

「何が?」

 

 秋水が疑問符を浮かべながら目線を向けると、八千代と八千花が「あっ、私たちだってやるわよっ」「洗います洗います家庭的です」と腰を上げた。嘘くさかった。

 

 が、飾らない素の感じが愛おしい。

 

 従姉妹への対抗意識のようなものか。

 実に微笑ましくて、可愛らしく思えた。

 

 一方で、依穂がうんざりした感じで目をぐるっと回し、豊葉が小声で「千歳と千景は猫被りが上手いの」とフォローを入れているのも、秋水としては大人組にも姉妹らしい関係性が見えておもしろかった。

 

 やがて、テーブルに残されていくのは。

 麦茶やソフトドリンクが注がれたままの、コップ類だった。

 

 なるほど、飲み会だ。

 

「ここでもやってたのか」

「はい? 何がですの?」

「いや、なんでもない」

 

 秋水は顎に手を添える。

 未成年が多いので、女子会と言い直そう。

 

 それに、皐月姫と鈴鹿と違って、この面々なら仮に飲酒をしていたところで、節度を保った酔い方をしそうだ。

 完全にイメージで決めつけているが、秋水はそう幻想的に思った。

 

(そんなことより、うちが女子会の会場になってるとは……)

 

 元一人暮らしの成人独身男性として、感動があった。

 家では嗅ぎ慣れない異性の香りもする。

 ピザの匂いが邪魔だったが。

 ともあれ、どうやら二度寝を決め込む状況では無くなっているらしい。

 

「……まぁ、コーヒー飲んじゃったしな」

「コーヒーをお飲みになってきたんですの?」

 

 夏乃が腕にひしっと抱きつき、コアラのように引っ付き始める。

 いや、というか、ぶら下がって来る。

 

「すごい。秋水ってば疲れてるでしょうに、微塵も体幹がブレていないわ!」

「鋼鉄の男なのかや? ご主人様」

「そう思うなら剥がすのを手伝え」

「はぁ〜いっ♥」

「なんで妾が……」

「触ったら殺しますわよ」

「どうしたらいいんじゃ!」

 

 夏乃の威嚇にハルミがオロオロする。

 一方で、ヒナギクは返事とは裏腹に夏乃の反対側から秋水の腕に絡みついた。

 

「あぁ、疲れてアンニュイな秋水って素敵……精気が堪らないわ」

「聞いてたのか? なんでオマエまで」

「だって、夏乃もご主人様なんですもの」

 

 相反する命令を受けたら、秋水より夏乃のほうがヒナギクへの命令権は強い。

 調伏したのは俺なのに、とか少しだけ理不尽に思う秋水である。

 

「じ〜」

「じ〜」

「エッロ。すごく良い画……」

「メッロ。あれが両手に花ってやつなのね……参考になるわ」

 

 そうこうしていると、シンクで洗い物中の千歳、千景から嫉妬の籠もった眼差しが突き刺さる。

 八千代、八千花からも、なにかよく分からない類いのしかし確実に危機感を覚える眼差しが注がれた。

 

「「良いネタになるわね」」

「……薄い本の話してます?」

「「もちろん」」

「マジか」

 

 秋水はさすがに、自分をモデルにした同人活動には羞恥心を覚えた。

 

 が、二人の趣味をやめさせる権利など無い。

 

「……嫌?」

「いいえ?」

「ネタにしてもいいの?」

「いいですよ」

「「マジか」」

「俺だって、女性にはそれなりの幻想や理想──性癖を持っていますから」

「お兄様? 妹がここにおりましてよ?」

「コアラならいるな。仮に八千代さん八千花さんが、BL趣味を持っていたとしても構いません」

「「うそ……」」

「俺にどんな欲望や願望をぶつけて来ても、出来るかぎりは応えるので」

 

 その代わり、こちら側からの〝お願い〟も。

 

「然るべき時には、極力受け止めてもらえると助かります」

 

 秋水はさらりと言い放った。

 会話を聞いていた女性陣の顔に、理解が及ぶのと同時に赤みが浮かぶ。

 

 ──どんな〝お願い〟をされてしまうのだろう?

 ──どんな〝お願い〟をしてもいいの?

 

 数秒、家族念話(チャット)が爆速化する。

 ハルミがやや、鬱陶しそうに顔を顰めた。

 

「……この男、自分が何を言っとるのか本当に分かっとるのかや?」

「当然だ。性欲は三大欲求のひとつだし、大事な相手のそういう気持ちは大事にしたい。俺だって大事にして欲しいんだからな。それに……」

「……なんじゃ?」

「正直に言って、変に取り繕ったりするのが……面倒くさい」

「面倒くさいぃ?」

「こう、分かってもらえるか分からないんだが、自分のなかの恥とか照れの感情で行動に躊躇が生まれそうになるのが、煩わしいんだ」

 

 秋水の自意識が、「いい歳して何を十代みたいな」と自分自身を冷笑しているというか。

 もうそんな事してる暇なくない? という現実的な思考が、異性との関係性をスピーディ且つ円滑に推し進めようとしてしまう。

 

「だからオマエも含めて、何かあればすぐに俺に言って欲しい」

「妾もかや……」

「ああ、そうだ。遠慮して不満を溜め込んで、何かいいことがあるのか? いいや、無いな。時間の浪費だ」

「言い切りおった! この男、根底にあるのが何か変かや!」

 

 戦慄し、思わずと言った様子で震え上がったハルミに、秋水は「そうかな?」と返しつつ。

 沈黙している夏乃とヒナギク両方を引きずったまま、リビングを移動する。

 

 向かうのはもちろん、洗面所だ。

 

「夏乃。ヒナギク。そろそろ放してくれ」

「つーん」

「聞こえない聞こえない聞こえませんわー!」

「話があるんだろう? 俺も話を聞きたい。けどまずは、手洗いとうがいをさせて欲しい」

 

 カフェインと、散歩による軽い運動。

 秋水の目はシャッキリとまでは行かないまでも、脳は思ってもみなかった嬉しいサプライズで、完全に覚醒状態だった。

 

 あるいは、興奮状態に移行していた。

 

 

 

 

 

 数分、間を置いて。

 

「──なるほど」

 

 秋水は主に夏乃の口から、話を聞き終わった。

 まず、青墨邸に鳶瀬山家一同が訪れているのは、夏乃が招待したかららしい。まぁ、当然だ。

 

 ダイニングから椅子を持ってきて、居間に腰を下ろした面々と円を作るように顔を向かい合わせながら、秋水は膝上を妹に占拠される。

 背もたれの後ろにはヒナギクが立ち、背後から首に手を回す体勢で抱き締められた。

 

 後頭部に〝ぎゅむっ〟とした柔らかな感触が押し当てられる。

 

「……」

 

 どちらも退けと言っても退かないため、秋水はスルーすることで状況をやり過ごしていた。

 無論、鳶瀬山家から突き刺さる視線は激しかったが、何と思われたところで秋水は構わない。

 

 自分にとっての日常を、そこに入り込み始めている面々に隠し立てしたところで、意味は無いからだ。

 

 それに、どうやらこの場にいる女性たちは、秋水が汐坐を離れているあいだに心の距離を縮めたようでもあった。

 

 一晩腰を据えて語り明かした様子でもあるし、千歳たちは夏乃を「夏乃ちゃん」と呼んでいる。

 そして妹もまた、「千歳様」や「千景様」と名前呼びをしていた。

 

「妹に良くしてくれたようで、ありがとうございます」

「ううんっ、ぜんぜんだわ!」

「むしろ、私たちのほうが感謝したいくらいっ」

「最初はもっと、怖い感じかと思ってたものね〜」

「でも、意外と話しやすい感じでっ」

「おっとぉ? 気を緩められるのは、まだ少々早いと言わざるを得ませんわよ!」

「そうよそうよっ! 夏乃は小姑よ? いびりまくりよ?」

「ずいぶん仲良くなったようで」

「「やだ。萌えるわ……」」

 

 ヒナギクはともかく。

 夏乃が今、どれだけ威厳を取り戻そうとしようが、兄の膝の上でテディベアみたいに収まっている以上、客観的に見て愛らしさしか無かった。

 クールビューティでダークホラーチックなビジュアルとのギャップも相まって、八千代と八千花などは口元を抑えてキュンキュンしていらっしゃる。

 

 秋水は安心した。

 

 妹が鳶瀬山家に会いたいと言い出した時は、少しだけ心配だったのだ。

 兄離れしきれていない妹が、何か失礼を働くのではないかと。

 失礼を働き、微妙な関係性が出来上がってしまうのではないかと。

 

 結果として、それは杞憂だったようだ。

 

 鳶瀬山家の面々が備え持つ、穏やかな寛容性も大きいのだとは思うが。

 秋水はぺこり、頭を下げた。

 座上からだったので、簡易的な礼にはなってしまったが。

 

「夏乃は同性の年長者と近しい間柄になるのが苦手なので、これからも迷惑でなければ、是非よろしくしてやってください」

「おっ、お兄様っ!』

 

 夏乃が慌てた声音で、耳を少し赤くする。

 すると、すぐに千歳と千景が笑顔になった。

 

「迷惑なんてとんでもないよ! 夏乃ちゃん、とっても良い子だもん!」

「うんうんっ! 小ちゃくて華奢で、まるで小鳥みたいに可愛いわ!」

「──ぐぬぬ……!」

 

(ぷっ! うすほそ体型を指摘された気がして言い返したいけど、まだそこまで勇気がないみたいね!)

(……後でハンカチの刑ですわ)

(なっ!?)

 

 膝上と背後で、二人が小声で言い合う。

 ハンカチの刑?

 秋水は「何だそれ?」と思ったが、後頭部でヒナギクがぷるぷる(おのの)いていたので、何かしら二人の間だけで通じる隠語だろうと察する。おっぱい。

 

「それはさておき」

「むぅ」

「うちと鳶瀬山家で、無事に交流を深められたのは幸いですが」

 

 青墨邸で急遽開催されたガールズパーティ。

 その開催理由は、話を聞くに。

 残念ながら、ただ皆で親交を深める事が目的だったわけではないらしい。

 

 リビングのローテーブルには、今時かなり珍しい手紙が置かれている。

 

 しかも、封蝋つき。

 開封済みなので割れてしまっているが、それは孔雀が描かれた家紋の封蝋だった。

 封筒の中身も、白地に銀の箔押しがされた高級紙質。

 

 昨夜、オペ子から聞いていた話とも符合する。

 

「まさか、退魔四家からの接触が理由で、朝まで作戦会議ですか」

「違いますわお兄様」

 

 夏乃が「チッ、チッ、チッ」とわざとらしく秒針のように指を振った。

 

「わたくしが昨日、鳶瀬山家の皆様を招待した理由はひとつ。腰を据えてじっくり話をしたかったから。では、その話の本題とは?」

 

 ひとえに、『覚悟』を問うためなのですわ!

 妹は真剣みを帯びた顔で、リビングを見回す。

 

「覚悟、ねぇ」

 

 先ほどもそのフレーズが出てくると、リビングには硬い緊張が浮かび上がった。

 

「大袈裟じゃないか?」

「いいえ! お兄様はどうせ、いつものように〝俺が守るからモーマンタイ〟とお考えなのでしょうけれどっ、それではダメなのです!」

「うん。夏乃ちゃんの言う通り」

 

 千景が決意を秘めた顔つきで、大きく首肯する。

 そしてその決意は、どうも鳶瀬山家全員の総意らしかった。

 

「このように千景様もおっしゃっています」

「ああ。みたいだ」

「わたくしは北嶺区支部で、質問させていただきました。すなわち、〝貴方がたは青墨秋水の隣に立つことの意味を理解し、覚悟しているのか?〟と」

「……」

 

 観測局では中央道掃討戦の光景が、大画面でモニターされていた。

 ならば秋水がそこで、市内では決して使わないであろう大火力を用いていたのを、ここにいる退魔巫女一家は揃って目の当たりにした事になる。

 

 最も悔しげだったのは、千景だ。

 

「私たち、ショックだったわ。二段階目に到達して、秋水くんと幾つか事件も解決して」

「ええ」

「まだ経験不足だけど、ちょっとだけ自分たちを凄い術師なんじゃないかな? って思い始めてたの」

「十分に、千景先輩たちは凄い術師ですよ」

「……でもっ!」

「やっぱり、筆頭である秋水くんとは、天と地ほどの実力差があるんだって突きつけられてしまったわ」

「私たちが普段、どれだけフォローされてたのかも……悔しいけど理解できてしまったのよ」

 

 差を理解する。

 それくらいの実力は、あるのよ? と。

 言葉尻が震えてしまった千景に、豊葉と依穂が寄り添うように後ろを巻き取った。

 

 大人である彼女たちは、必然的に術式との付き合いも長い。

 

 補助系に優れた術師は共通して、直接的戦闘力を持たない己を疎む。

 少なくとも、統計的にそういう傾向にありがちだ。

 

 まだ若い千景なら、懊悩(おうのう)はリアルタイムか。

 

 桜舞う里山公園、初めてのデート。

 千景は鳶瀬山家の中でも、特に秋水を支えられる術師になりたいと意気込みが強い。

 

 しかし、人は一朝一夕(いっちょういっせき)で強くなどなれない。

 

 術式はガチャみたいな運否天賦(うんぷてんぷ)でもある。

 

 だからここで、秋水が無情にも本心を口にしてしまえば、それは千景を傷つける結果にしかならない。

 もちろん、千景だけじゃなく他の面々にも、少なくない傷を負わせることになるだろう。

 

 守られていればいい。

 危ないことからは永遠に、遠ざかっていればいい──なんて。

 

 男が女に思うエゴ。

 

 秋水は千景たちを、傷つけたくなかった。

 

 そして夏乃も、秋水ときっと同じはずだ。

 

 なにせ、持って生まれた術式に人生を弄ばれる苦しみは、【呪い】持ちだった身として誰より共感しているはずなのだから。

 

「──ええ、ですので。わたくしはまず、それを理解いただくために市外任務の様子をご覧になっていただいたのです。そして」

「そして?」

「あの光景を見て、皆様が〝それでもなお覚悟はある〟とおっしゃられるものですから……え〜!? 絶対嘘ですわ〜!? と思いましたわー!」

「「ひっど!?」」

「オーホッホッホ! だからこそ、これはきちんと話をしなくてはと思ったのです」

 

 愕然としかけた八千代&八千花に、夏乃はシリアスになりかけた空気を和ませるように微笑みを返した。

 

「まぁ、ここは敢えて、小姑としてイビって差し上げようと思ったと言い換えてもいいですわ!」

「なんでだよ」

「あら。だって、絶好のチャンスですもの」

「夏乃は最初から、秋水をやすやすと奪われるつもりなんて無いものねぇ」

「ええ! 覚悟があるとおっしゃられるなら、是非わたくしのイビりにも耐え抜く覚悟を見せてもらいませんと……!」

 

 秋水の膝の上で、夏乃はえっへんと無い胸を張った。

 おかげで、たしかに空気は弛緩し、鳶瀬山家も苦笑のムードに包まれたが。

 

「で、それがどうして『VS孔雀堂家』に繋がるんだ?」

 

 本題はまだ、ここからだった。

 

「孔雀堂家からの手紙には、この前の蟻道(ぎどう)の事件が〝自分たちのせいだった〟ってある」

「ありますわね」

「書かれてる内容自体は、誠意の籠った謝罪にも見える」

「見えますわね」

「……けどオマエは、それを全部〝青墨秋水に近づくための(なり)振り構わない捨て身〟って言ったよな?」

「言いましたわー!」

「だったら、いいのか? 手紙の内容に承諾を返せば、向こうの目論見に乗っかる事になるんだろ?」

 

 秋水には孔雀堂家が、そこまでして自分とパイプを繋ぎたがる理由が分からないが、名家の思惑──陰謀の類いに巻き込まれるのだとしたら面倒臭くてたまらない。

 

「たしかに、豪華リゾートスパだの高級ホテル宿泊券だの、特別観光施設……最新プールの利用、海水浴ビーチ貸切、レストランVIP席、術師向け専用ショッピング施設出入り自由だのと……全部無償でって書かれてるし、めちゃくちゃ釣られたくなる気持ちは分かるけどな」

「お兄様って時々、何でか貧乏臭いですわよね」

「……え」

「もちろん、そんな餌にもなっていないような餌に釣られたワケではありませんわ」

 

 兄の心にダメージを与えているとは露知らず、妹はしなやかに手を伸ばして手紙を摘み取る。

 将来、夏乃と付き合う人間はかなり苦労するだろう。

 ナチュラルボーンお嬢様と魂庶民の違いだった。

 

「孔雀堂家はお兄様への〝お詫び〟と称して、わたくしたちを南湾岸区に招待しています」

「うちも一緒で良いって書かれてたのは、意外だったわよね」

「事件の被害者を蔑ろに、お兄様だけ招待しても不興を買うだけですもの」

 

 目的が秋水にしかない、と明らさまに打ち明けているようなものだ。

 すでに協会経由で、秋水が鳶瀬山家を特別扱いしているのは周知の事実。

 さすがにそこまで愚かな真似は、如何な退魔四家といえども(はばか)られたに違いない。

 

「そして、これは孔雀堂家からの挑戦状でもありますわ」

「挑戦状」

「鳶瀬山家からお兄様を奪う。当然、そういう腹積もりでしょう」

「負けないっ」

 

 ふんすっ、と千歳が握り拳を作りながら両胸を挟んだ。

 ので、秋水は本能で視線を吸い込まれかけながら、あざといなぁ、とニッコリする。

 

「すけべ」

「すけべ」

 

 ヒナギクとハルミから、白い眼が注がれた。

 片方は目隠ししているのに、不思議な話だ。

 

「よって、わたくしはこの企みを利用する事にいたしました」

「利用?」

「ですわ。皆様にはひとまず、孔雀堂家と対決してもらいます」

「べつに、戦うわけじゃないだろう」

「女の戦い、ですわ! 南湾岸区はあちらのホーム! そこに敢えて乗り込み、皆様には是非とも示していただきたいのです! つまりは!」

 

 夏乃が二の句を継ぐよりも早く、そこから先は鳶瀬山家が続けるのが早かった。

 千歳が最初に、言う。

 

「──秋水くんの隣は渡さない」

「私たちが、秋水くんの女」

 

 姉にすぐ続ける千景。

 従姉妹に負けじと、強気を示す八千代と八千花。

 

「まぁ、あんな光景を見ちゃった後で」

「退魔四家くらいに、ビビってなんかいられないわよね」

 

 母親組も、「ええ」と座を正して宣言する。

 

「直接的な戦闘は無理でも、二段階目であるのは事実」

「汐坐で誰が一番、秋水くんの傍に相応しいかと言ったら、それは間違いなく私たち」

 

 豊葉も依穂も、家の当主とその補佐として、孔雀堂家への対抗意識を燃やしていた。

 夏乃が満足そうに頷く。

 

「──このように、皆様もやる気に漲っておられますし、わたくしはその対決を小姑として査定させていただきますわ」

「私は正室ね」

「ノリノリだな」

「わたくしはお兄様の世界最高妹にして、お兄様に近づく女性の方には世界最強小姑でもあるのですわー! お見知り置きあそばせ!?」

「控えなさい、側室ども」

 

 右手の甲を口元に寄せて、指先を綺麗に扇状に反り返しながら、夏乃は顔を(はす)に向けて見事なお嬢様高笑いをする。

 ヒナギクはまるで大奥の頂点とでも言わんばかり。

 

 楽しそうで、何よりだった。

 

 実に良い空気、吸ってる。

 

 話の流れは理解した。

 

「要するに、覚悟云々は行動で、ってことか」

「でーすわ!」

「ハァ。妹はこう言ってますが、不愉快じゃありませんか?」

「大丈夫! むしろ、望むところだよ!」

「そ、そうですか。けど嫌になったら、すぐ言ってくださいね」

 

 闘志に満ちた顔つきに、秋水は申し訳なく思いつつも少し気圧される。

 千歳を筆頭に、なんだか退魔巫女たちは熱気が凄かった。

 

「クカカカ。孔雀の肉は美味いのかのぅ?」

 

 ハルミまで、妙なやる気に満ちている。

 きっと、男にも譲れない勝負があるように、女性にも引き下がれない戦いがあるのだろう……

 

 秋水は戸惑いながらも、悪くない心地で何だか面映(おもはゆ)い。

 

 頬をぽりぽり、痒くもないのに掻いてしまう。

 

 と同時に、心の奥で冷静に。

 

(──蔭木(かげき)家については、まだ何も知らないみたいだな)

 

 と、状況を判断した。

 知らないに越した事は無いとも。

 とりあえず。

 

「とりあえず、それじゃあいつから? いつから、南湾岸区に皆で?」

「七月の土日祝日、すべてを使ってぷち旅行ですわー!」

 

 やったー! と声が六重奏(セクステッド)で響いた。

 

「デート♪ デート♪」

「水着♪ 水着♪」

「ビュッフェ♪ ディナー♪」

「お買い物♪ お買い物♪」

「海♪ ビーチ♪ 夏の青春♪」

「夜はロマンチックに……きゃ〜♪」

 

 六人はなんだかんだ、南湾岸区が楽しみな事は楽しみらしかった。

 女子だ、と秋水は圧倒される。

 

「ところでお兄様」

「ん」

「京洛市と珠凪市の筆頭様がたとは、またずいぶん仲を深めて来られたようですわね?」

「それ、私も気になってたわ」

 

 夏乃、ヒナギクに「! 私たちも!」と。

 六重奏が八重奏(オクテット)に変わり、一転して秋水を取り囲む。

 

「──話はまとまった。俺はそろそろ休みます」

「逃 し ま せ ん わ」

「放せ」

「いったい昨夜は、何をしていましたのー!」

「ただの懇親会だよ」

「ほんとにー!?」

「すっごく綺麗な人たちだったけど!?」

「秋水くんはやっぱり、若い子がいいんでしょう!?」

 

 やいのやいの。

 秋水はまだもうしばらく、二度寝を決め込めないらしかった。

 

「続きはベッドでいいですか?」

「!? 良いわけありませんわ……!」

「ふふ。お眠になった秋水、可愛い」

 

 かわいいー! と。

 姦しいどころではない声の数々が、普段は静謐な青墨邸にしばし谺響(こだま)した。

 

 夏が、始まる。

 

 

 ────────────────────

 

 tips

 

 ◆炎上法師|脅威レベル1

 ネット社会SNS文化が生んだA.N.O.M.A.L.Y.の一種。

 またの名を、火吹き法師。

 多頭型の異形で、口元から顎にかけてが特に醜く肥大化している。

 首から下は人間とそう変わらないが、二足歩行はせず浮遊移動が基本。

 ネットで炎上している人間に、人体発火現象を起こす。

 常に火種を探しているが、自分自身も火に弱い。

 術師殺害率20%

 

 ◆張紙女|脅威レベル1

 ネット社会SNS文化が生んだA.N.O.M.A.L.Y.の一種。

 炎上法師との共生現象を確認されている。

 レッテル張り行為の化身。

 耳障りな言葉を吐きながらヒステリックに暴れ回り、このA.N.O.M.A.L.Y.に張り紙を貼られたものは、周囲からその張り紙の内容通りのものとして認識されてしまう。

 ゴキブリ、社会のクズ、人間のゴミ、などと。

 よく同種のA.N.O.M.A.L.Y.同士で争い合い自滅する。

 術師殺害率20%

 

 ◆突撃弱者狙い|脅威レベル1

 ネット社会SNS文化が生んだA.N.O.M.A.L.Y.の一種。

 たまにA.N.O.M.A.L.Y.じゃなくて人間の場合がある。

 駅前に発生しがち。

 自分より弱いものを狙って、わざと体当たりをしてくる猪顔の異形。

 追いかけられると怯えて消滅する。

 術師殺害率1%

 

 

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