クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚 作:所羅門ヒトリモン
エマの身支度が済み、改めて話し合いの姿勢が整えられた。
- レガリア・タワー汐坐54階 -
- ウェルネスラウンジ 〈Aurelia Morning Salon〉 -
時計の針は九時三十分に差し掛かろうとしていた。
秋水が南湾岸区に足を運んだのは、ちょうど九時を回ったくらいの頃だったため、エマは女性にしてはかなり手早く準備を済ませてくれた事になる。
窓から見下ろせる朝の南湾岸区も、車が道路に増えたり地下鉄から歩道に歩行者が増えたりと、にわかに活気を帯びてきた様子だった。
エマは秋水が朝食がまだだと知ると、「ではせっかくですので、ぜひご一緒に」と朝食サロンに誘った。
内装は白大理石、真鍮、ウォールナットを基調に統一されていて、ところどころの柱の前に白胡蝶蘭の生花が飾られている。
そして、これは術師だけが気がつける特徴だが。
窓ガラスには薄く金色の結界膜が被さっていて。
天井のシャンデリアは、どうやらフロア内の霊的位相を安定させる魔術記号を兼ねているようだった。
生花も、恐らくは風水陣の一環。
秋水は純粋な
と同時に、孔雀堂家の退魔四家としての姿勢──
〝富を顕示するのは、富によって場を支配するため〟
──が、実によく表れている空間だった。
孔雀堂家の当主、女社長にして女主人も。
今は汗を水で流し、着替えを済ませた事で、そんな空間に相応しいどころか遜色の無いオーラに包まれている。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
「いえ、思っていたよりは早かったですよ」
「うふふ」
エマは完全武装だった。
上はオフホワイトのダブルジャケット。
ゴールドのボタンとゴールドパイピング。
下は同じオフホワイトで、パンツスタイルで。
インナーはシャンパンゴールドのシルクシャツ、履いているのはアイボリーベージュのパンプスだった。
そこに、やはり苗字から来るアイデンティティなのか、孔雀羽
手首にはデキる女を演出する極薄ケースの高級腕時計、耳朶には一粒ダイヤのイヤリングがあった。
一点、髪型だけはさすがに時間が無かったのだろう。
艶のあるプラチナブロンドは、片側だけ耳に掛けられ、後ろで軽くまとめられている。
(なるほどな)
やはり、わずかでも時間を与えるべきでは無かったのだろう。
孔雀堂エマは完全に己がペースを取り戻し、協会の夏制服なんていう安牌に走った秋水のダサさを、物言わぬまま際立てている。
(これが、退魔四家の一角にして頂点に立つ女性……!)
相手は何も言っていないが、秋水は社会経験がそれなりにあるので分かる。
大人とは、時に単なる身嗜みだけで、敵を殺すものなのだ。
ソースは合コンである。
と、秋水が無表情のまま、静かに戦慄している一方。
エマの内心はというと、
(ど、どうしましょう〜! 急いで支度したけど、どこか変じゃない!? すっごい見られてる! どうして!? そんな熱烈に、私を見ないでちょうだい! いややっぱ見て! 全部見て! いやー!)
こちらも大パニックの継続中だった。
優雅なモーニングサロン。
テーブルを囲み合う二人の男女。
片方は異様に若々しく、大人の余裕に満ち溢れている(ように見える)妙齢の美人で。
もう片方は、年齢にしては場に呑まれず、異様なほど落ち着き払っている(ように見える)少年。
ラウンジスタッフの目からすれば、どちらも〈Aurelia Morning Salon〉 をご利用いただき誠に感謝に尽きませんと言った二人組だったが。
奇しくも二人とも、その内心はまったくサロン空間とマッチしていなかった。
しかし、両者ともにそんな内実を、おくびにも出すワケにはいかない。
テーブル上にフレンチ風の料理が、次々と並べられていく。
〜〜〜本日のモーニング〜〜〜
【季節果実のコンポート】
白桃・さくらんぼ・びわ。
初夏の果実を軽く煮込み、素材の甘味を引き出した前菜。
【ギリシャヨーグルトと百花蜜】
濃厚な水切りヨーグルトに、南湾岸区契約養蜂園の蜂蜜添え。
【クロワッサン】
発酵バターを贅沢に使用した王道のヴィエノワズリー。
【パン・オ・ショコラ】
専属ショコラティエが選んだ高級チョコレートを包んだ定番菓子パン。
【ブリオッシュ】
卵とバターを多用したフランスのリッチブレッド。
【オマール海老と黒トリュフのオムレツ】
オマール海老を贅沢に使用し、仕上げに黒トリュフを削りかけた主菜。
まさに破格の朝食。
【自家製サーモン・グラブラックス】
ハーブと塩で数日熟成された北欧風マリネサーモン。
【キャビア】
オシェトラキャビア。
ロシアチョウザメの卵で、塩味よりナッツのような旨味を重視した高級品。
【グリーンアスパラガスのロースト】
旬のアスパラを香ばしく焼き上げた付け合わせ。
【ドリンク】
エチオピア産スペシャルティコーヒーor
フレッシュオレンジジュース。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…………!」
秋水の頬が、つい
美味しそうな食事を目の当たりにし、一瞬だけ目的を忘れ去ってしまうほど、それは高級で魅力的なモーニングだった。
(え? かわッ──!?)
エマが不意打ちのギャップに一撃喰らい、まるでプロボクサーのハードパンチを味わったみたいにコンマ一秒、白眼を剥きかける。
が、死ぬ気で理性を維持した。
ラウンジスタッフが「???」と、まばたきを繰り返して「気のせいか?」という顔を浮かべる。
だが、エマはラウンジスタッフに気を配っている余裕など無かった。
(ぐっ、危なかったわ……!)
秋水にバレていなければ、それでいいのだ。
幸い、秋水は食欲に脳が支配されていたので、エマの異変には気がつかなかった。
エマはシェフの給料を上げることを決めた。
「えっと、それで、ドリンクはどうされます?」
「オレンジジュースでっ」
「あら。青墨様はコーヒーが苦手ですか?」
「ん、え? あっ、いや。今日はもうコーヒーを飲み過ぎているので、これ以上のカフェインは夜に障りがあるかなと……子どもっぽいと思いましたか?」
「うふふ。一瞬だけ」
エマの大人っぽい微笑に、秋水は「しまった」と焦りを覚えた。
ドリンクをどちらにするか訊ねられて、あまりにも即答で「オレンジジュースで」と答えてしまうなんて。
しかも、我ながら屈託のない笑顔で朗らかに言ってしまった気がする。
エマは「一瞬だけ」と言ったが、今のはかなり子どもっぽかったに違いない……
(やるな、孔雀堂家……!)
秋水は気を引き締めた。
身を清めたばかりの女性というのは、すごく良い香りがして困る。
が、目の前の相手は犯罪と関わっている可能性があった。
夏乃の顔を思い浮かべ、次に千歳たち鳶瀬山家の顔を思い浮かべて、即座に動揺を鎮める秋水。
食事を開始しながら、男はさっそく本題に移った。
「それで、俺の質問に答える気にはなりましたか?」
「……質問、ですか?」
「はい。貴方の本心を、素直に打ち明けて欲しい」
「わっ、私の本心……?」
ぷるぷる。
エマの声は僅かだったが震えた。
心なしか、フォークとナイフを握る手まで、カチャカチャ震えが伝わっていたように見えた。
その胸の内は、
(バレてる!? 私が好きなの、バレてる!? どうしてそんなに、私の本心を聞きたがるの!? いいえ分かっているわ! 言わせたいのね!? 私も言いたい! 好き! でもだめ! いやー!)
である。
そうとは知らない秋水は、すでに意識を切り替え済みなこともあって、真面目に尋問を始めつつあった。
「俺が今日、こうして貴方のもとへ来た理由は、お分かりですよね?」
「…………娘たちに、会いに来られたのかしら?」
「とぼけないでください。もちろん、昨日の招待状の件です」
「そうよね。ええ、分かっています」
秋水が語調の圧を強めると、エマはすぐに白旗を振った。
その顔が、数秒の間を置いて緊張感に張り詰めていく。
伝奇術師としての霊感が、秋水から無視できない圧力を感じ取ったのだ。
「で、でも、どうかお許しになられてはくださらない?」
「それは貴方の、これからの言葉次第です」
「招待状に記載した通り、お詫びはたっぷりさせていただきます」
「それも、応じるかどうかは貴方の回答次第です」
「……やはり、ガードは堅いのですね」
「警戒は必然では?」
エマがにわかに、ショックを受けたような雰囲気を出す。
だが冷静に考えて、この邂逅には両者の心理的
エマ視点では、秋水との接触は長年の悲願。
秋水に対する害意や敵意は、もちろん無い。
しかしながら、秋水と接触するためだけに、現在進行形で
蟻道鈴昌の事件で、情報を漏らした退魔四家は自分たちであると嘘をついている。
加えて、これまで秋水と接触できなかったのは、先代筆頭と妹の夏乃による鉄壁のガードが原因だとは分かっていても、まさかそれが完全に二人の判断だけだったとも思ってはいない。
普通に考えれば、本人の意思も関わっているからだ。
よって青墨秋水には、退魔四家──引いては他の術師への不信がある。
汐坐の女術師たちは、こんなにも秋水に焦がれているというのに! と文句を言いたい気持ちもあった。
これは孔雀堂家に限らない通説だ。
対して、秋水の視点ではこうだ。
まず、退魔四家というのは陰謀に長けている。
老爺による長年の叩き込みによって、秋水は自身の力をみだりに他人に利用させてはならないと強く自戒もしている。
一方で、実際に会ったことも無い人たちに対して、老爺が語って聞かせてきたほどの悪印象は維持できていない。
老爺の言葉も半分以上は懐疑的に考え、彼が亡くなった後、ついには結婚を前提とした婚活まで開始するに至った。
それこそが、鳶瀬山家との現在の関係性を築き上げるキッカケでもあった。
第三者が青墨秋水と接触する方法が、今もなお限定されていることなどは知らないのだ。
すべては老爺と夏乃のエゴだが、秋水がそれを知る由は無い。
老爺に対しては、そもそも相手を深く知ろうと思うほどの情を抱けず。
夏乃に関しては、たとえ秋水に不利益のある行為をしていようと、愛する妹でしかないから。
逆もまた然り。
つまり、秋水はもはや肉親を疑うという思考回路を持っていない。
いや、正確には〝青墨秋水への接触方法が実の妹によって制限されている〟など、そもそも考えた事がない。
だからこそ、こんなふうにして、孔雀堂家が回りくどい真似をしてまで秋水と接触を図るのが、かなり不思議に感じられている。
不思議であり、不自然であるとも。
その違和感は、筆頭に共有される汐坐市内の安全に関する憂慮事項──例の二段階目A.N.O.M.A.L.Y.についての情報なども合わせて、少なくない疑念を生むに至っていた。
蟻道鈴昌、蔭木鏑、孔雀堂家。
これら三点には呪物を介した繋がりが結ばれているように見えていて、そんな相手に聖域へ手を伸ばされたら、警戒もして当然。
ゆえに、歯に衣など着せず率直に問う。
「貴方は、俺の敵ですか?」
「────て、き……?」
「いや、急に赤ちゃんみたいにならないでください」
「ご、ごめんなさい。ちょっとおっしゃられている意味が、掴みきれなくて……」
エマの混乱に拍車がかかる。
(てき。てきって、敵? え? 誰が? 誰の? 私? いえ、私たちが? 彼の? え、ちょっと待って──)
なにか、盛大な誤解が生じていそうな事実に、エマは遅ればせながら気がついた。
「すみません。それはえっと、ありえないご質問ではないかしら……?」
「……演技だとしたら、大したものですね」
「演技っ!? いや、違うわ。敵って、どういう意味なのかお伺いしても?」
「簡単ですよ」
秋水は答える。
すなわち、青墨秋水の聖域を脅かそうとするものこそ、敵だと。
「妹の夏乃や、鳶瀬山家の彼女たちに危害ないし不幸を与える可能性があるモノ」
「妹さんと、鳶瀬山家に……」
「そして、俺の手を煩わし、この街の平和や安全を意図して台無しにしようとするモノです」
蟻道鈴昌は、ゆえに制圧された。
秋水の人生目的。
青春、日常、贅沢な暮らし。
これらに毒牙を突き立てるモノは、例外なく倶利伽羅剣に処断される。
「だから、お訊ねしています。貴方は俺の敵ですか?」
「──待って。本気で、ワケが分からないの」
エマは秋水からダイレクトに不信の眼差しを受け、あまりのストレスから吐き気、頭痛、胃腸の痛み、眩暈等の症状を覚えた。
悪寒がして、食器をいじる動作を止め、南湾岸区の表と裏の両方を支配する女が、青ざめる。
(やめて耐えられない気持ち悪いおえぇ助けて死んじゃう捨てないでお願い好きなの本気なの嘘じゃないの嘘はついてるけどああああああああああああ)
発狂しかける。
無論、心の中で。
しかし、エマは運が良かった。
目の前にいる男は、倶利伽羅剣の術式を持っている。
京洛市の國塚皐月姫。
珠凪市の沙織鈴鹿。
ともに筆頭の職位を得ている術師が、術式の影響によって身体的特徴に若干の変化をもたらされていたように。
秋水もまた、肌感覚とでも呼ぶべき部分に、多少の変化をもたらされていた。
不動明王の倶利伽羅剣は、不浄や煩悩を灼き祓う降魔の炎剣。
日頃から聖なる炎に包まれがちな秋水は、他者の心の
言ってしまえば、鋭利な肌感覚によるシックス・センス。
日頃から精度高く働くワケではないが、この時、エマが嘘をついていないと秋水は感じ取った。
筆頭として育まれた戦闘勘からも、目の前の対象が敵意や害意を抱いているかくらいは多少察せられる。
「──なんだ。嘘じゃなさそうですね」
「……ぇ?」
「敵じゃないなら、少し安心しました」
「……信じて、くださるの?」
「はい。貴方を信じます」
ブワぁぁ……!
その瞬間、エマは顔面に、春の爽風を浴びた気がした。
晴れやかな木漏れ日と、柴犬が駆け回る緑の公園を幻視した。
秋水の言葉ひとつ。
微笑みひとつ。
優しげな安堵感のこもった声ひとつ。
それだけで、ああ、なんて心が安らぐのだろう?
秋水と比べたら、ウェルネスラウンジのリラクゼーション施設はカスも同然だった。
(すき……もう、すき……なんでもして……)
エマは一転して、天国に舞い上がる。
秋水が信じてくれている。
私を、私の言葉を、私の気持ちを、私の真心を。
そう思ったら、吐き気、頭痛、胃腸の痛み、眩暈等の症状は水に溶けた綿菓子のように消えていった。
(って、私はそんなに単純な女じゃないでしょう……!?)
顔をブンブン振って、女が気を取り直す。
ダブルジャケットの内ポケットから、サングラスを取り出し少しでも秋水の魅力を低減させようと試みる。
エマは死にかけていた根性と復活したテンションを総動員して、自分からも疑問詞を投げかけた。
「……その、であれば、よろしいかしら?」
「はい」
顔の半分近くを隠したエマに、秋水は朝日が眩しかったのかな? と思いながら、モーニングを頬張る。
北欧風サーモンマリネはクロワッサンと一緒に。
パン・オ・ショコラとオマール海老と黒トリュフのオムレツが、特に絶品で気に入った。
「青墨様は、どうして私を敵だとお考えに?」
「二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.」
「!?」
「蔭木鏑、呪物の輸入、蟻道鈴昌」
秋水は単語を口にするだけで、相手の反応を探る。
・二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.──エマは戦慄。術師なら不自然ではない。
・蔭木鏑──エマの眉がぴくりと動く。意図して表情を消した違和感。なんらかの心当たりか。
・呪物の輸入──エマに反応なし。困惑の顔色。
・蟻道鈴昌──エマに反応。これはもちろん知っていて当然。
「蟻道鈴昌というのは、先日逮捕された野良術師よね……?」
「ええ」
「蔭木鏑というのは、たしか蔭木家の……」
「お知り合いですか?」
「……社会界で、少し言葉を交わしたくらいかしら」
秋水は「ふむ」と頷く。
グリーンアスパラガスのローストをナイフでカットし口に放り込み、オレンジジュースで喉を流しながら、続いて茶色味の強い黄金キャビアをパクつき 堪能しつつ。
今、エマが嘘をつかなかったが、洗いざらい全ての真実を話しているワケでもないのを肌感覚で感じ取った。
エマの表情を注視していても分かったのだが、孔雀堂家の当主は嘘をつき慣れていない。
もしくは、筆頭である秋水を目の前にしているから、緊張を隠せないのか。
堂々と言い切ればいいのに、何か含みがある場合は、わずかに言い淀んでしまっている。
もしくは、何かやましい部分があると、言葉尻が不安げに揺れる。
対照的に、残りの二つに関しては完全に白だ。
「ごめんなさい。二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.と、呪物の輸入というのは、よく分からないわ」
非常に、分かりやすい女性だった。
続けられた言葉には、まっすぐな響きが伴う。
背筋も伸ばされていたし、巨大すぎる胸も張られていたし、顎も鋭く引かれていた。
案外、裏表が無いタイプなのかもしれない。嘘が苦手か。
「青墨様は、もしかして筆頭としてのお仕事で私を?」
「まぁ、そうですね。今の反応から、少なくともエマさんは関わっていないと思いましたが」
「……そう」
エマが数瞬、何事かを考え込むように俯く。
が、再び顔を上げた時には、秋水にその内容を打ち明ける選択肢は採らなかった。
代わりに、何か決意した様子で鎖骨と谷間の間あたりに、右手を置く。
「もし私にご協力できることがあれば、何でも申し付けてください。我が家のほうでも、少し調べてみますので」
「助かります」
「それと、もしかしたら娘──クララさんであれば、青墨様のお力になれるかと」
「と、言うと?」
「あの子は後継者ですから。すでにある程度は、家の裁量を任せている部分もあります」
「なるほど、凄いですね」
感心しながら、しかし秋水は「そうなると?」と考えを巡らせた。
今回の件、エマではなくクララが黒幕の可能性も出てくるのかと。
ので、秋水はいったんエマを信じると決めてしまったので、狙いを次へと定めた。
すでに敵ではないと判明したエマよりも、クララについて確かめるほうが優先度が高いと判断したのだ。
というか、一度敵ではないと分かってしまうと、秋水の警戒心もエマ相手に持続しない。
朝食もとても美味しくいただけてしまった。
季節のコンポートをデザートだと思って取っておいたのは、失敗だったが。
蜂蜜がけのギリシャヨーグルトのほうは、満足できた。高タンパク質。
「娘さん……クララさんは、今日どちらに?」
「! 娘に会われるのですか!?」
「? ええ。そもそも、今日の俺は貴方たちに会うために行動していますので」
「……昨日までの私が聞いても、絶対に信じられない事だわ……」
青墨秋水との接触。
それは奇しくも、秋水が鳶瀬山家と関わりを持った事で初めて現実になった。
エマの胸裏に、複雑ながらも幸福な想いが膨らむ。
「それで、どちらに?」
「クララさんなら、今日は聖レオノーラに」
南湾岸区、
秋水はうっかり失念していたが、そもそも今日は平日である。
大抵の十代は、学び舎に通っているのが当たり前だった。
「お嬢様学園ですね」
「うふふ。きっとあの子をご覧になったら、驚きますよ」
「なぜです?」
「とぉっても、お嬢様ですから」
「そうですか」
秋水はすでに、協会から孔雀堂家の顔写真を入手済みなので、エマが期待しているようなリアクションは出せそうにない。
まぁ、たしかに今どき珍しいくらいの縦ロールだとは思っていたが。
椅子をズラして、席を立ち上がる。
「朝食、ご馳走様でした」
「──えっ? あ、あら、いつの間に食べ終わって……殿方のお食事スピード……」
「美味しかったです。またぜひ、食べに来ようと思います」
「ぁ──そ、そう?」
「ええ、はい。それでは、重ね重ね不躾で申し訳ありませんが、貴重なお時間をありがとうございました。今日のところはこのあたりで、失礼します」
「ま、またいつでもいらしてください……!」
一礼し、秋水は禹歩で消える。
最後はあまりにも風のようだったが、エマには去り際の社交辞令でさえも、心奪われる瞬間だった。
片手を頬に当て、うっとり。
「……困るわ。また私と一緒に、モーニングをいただきたいだなんて──」
「…………」
部下でもあるラウンジスタッフは、「いや、言ってないですよ? 彼そんなこと」と思った。
だが、世の中には言わなくて良い言葉がある。
特にそれが、雇用主の機嫌を損ねかねない言葉なら、被雇用者は何も言わずに黙々と仕事をするに留めるのだ。
秋水の皿を下げる。
「それ、後で部屋に届けて? 記念として壁に飾るわ」
「──かしこまりました」
マジかよ。
言葉が口を突いて出そうになって、ラウンジスタッフは大変だった。
「……そういえば、エマって名前で呼ばれちゃった。きゃっ♥」
マジ、かよ。
言葉が口を突いて出そうになって、ラウンジスタッフは大変だった。
◇◆◇◆◇◆◇
汐坐市南湾岸区、汐高浜町とは隣にある
聖レオノーラ女学園は、汐坐市内では珍しいことに東水門区外に創立された学び舎だ。
名前の通りミッション系であるが、それは南湾岸区の国際色を受け止めているためであり、通っている生徒も両親が外資系で働いている富裕層が多い。
または、海外出身だったりハーフだったり。
ゆえに、海外提携校も多数。
西欧や北米などから、術師家系の子女も多く在籍している。
中高大一貫の名門女学園だ。
学園敷地内は赤煉瓦の校舎が特徴的で、キャンパス内にある礼拝堂などは年齢の垣根なく使用されている。
大温室、石畳庭園、レストラン棟などもあり。
欧州の寄宿学校的な雰囲気を兼ね備えた、お嬢様学校と知られている場所だった。
高等部の生徒はベージュグレーのブレザー、チャコールブラウンのチェックスカート、ダークボルドーのリボンにハイソックス、黒ローファーが指定されている。
秋水は校門前に瞬間移動すると、「うぇえ!?」と仰天している守衛さんに声をかけ、その詰所で伝奇術師徽章の力を行使した。
「名門女学園に颯爽侵入成功」
時刻は午前十一時五十分。
あたりに人気が無いのは、大部分の生徒がまだギリギリ授業中だからだろう。
誰にも聞かれていなかったから良いが、秋水はやはりオッサンだった。
ちゃんと許可を取ってから入っているくせに、わざと背徳的な言い方をしてしまうあたりに、虚しい男のサガが詰まっている。
でも、秋水は一人でいるとき、割とこんな感じだ。
誰かの前でだけ、しっかりするタイプだ。
そんでもって、きちんと自己嫌悪する男だった。
近年、男の性欲は創作物においてもコンプライアンス的に厳しく抑制、ナーフされている傾向にあると云う。
それが事実かどうかはさておき。
秋水もそうしたサブカルに関するネットの流説から、刷り込み的な影響を多少受けていた。
時代の煽りとともに、無意識に己が男性性への批判精神が植え付けられているのだ。
令和時代の男なら、少なからず共感してもらえるはずだ。
だからこそ、己のキショい部分も〝好きだから、いいよ?〟と受け入れてくれる鳶瀬山家がとても大切だった。
普通、ハーレムなんて許されない。
許されないものを、けれど、許してくれる異性がいたら?
そりゃ、大切にもなるだろう。
命を懸けて守るに値する。
「……」
(時間は潰して来たつもりだけど、それでもまだ早かったかな)
エマとのモーニングの後、秋水は南湾岸区でA.N.O.M.A.L.Y.を数体片付けて来た。
クララが女学園にいると聞いて、そのまますぐに会いに行っても、授業中だろうから会えないと思ったのだ。
エマに対しては意表を突くために速さを求めたのに、なぜクララには遠慮を? と疑問に思う者もいるだろう。
理由はシンプルである。
秋水はすでにアウトローを決め込んでいるからいいが、未来ある若者から学びの時間を奪うのは、普通に良くないと考えた結果だ。
青墨秋水、つくづく傍若無人には振る舞えない男だった。
気を抜くとすぐ、他者を気遣ってしまう。
そんなわけで。
(そろそろ昼休みのはずだし、レストラン棟ってところに行ってみれば見つかるかな)
幸い、クララの外見は特徴的なヘアスタイルもあって、目立つ。
視界内に収めさえすれば、そうそう見落とすようなヘマはしないだろう。
秋水は案内表示板に従いながら、「金持ち学校すごっ」と物見遊山しつつ移動した。
途中、校舎裏や体育館裏など。
学校という環境におけるネガティブなシーンの生まれがちな場所で、もぞもぞと蠢いていたA.N.O.M.A.L.Y.の雛形を圧潰消滅させ。
(文字通り、お嬢様学園の闇だな)
とか感想を抱き、目的地へ辿り着いた。
意外と距離があった。
秋水はとりあえず、一番大きいレストランに入り中の様子をうかがってみる。
〈Trattoria Bellavista〉
レストラン名の正確な発音は分からなかったが、どうやらイタリアン系らしい。
朝食から時間も経っているので、お腹も空いている。
「え、ピザもあるのか?」
看板には豊富なイタリアンメニューが、手作り感のあるポップと一緒にリスト化されていた。
秋水は気がつくと、財布を取り出して店員さんのもとへ直進していた。
「すいません、ランチください」
◇◆◇◆◇◆◇
──聖レオノーラに、激震走る。
孔雀堂サラがその光景を目の当たりにしたのは、普段とまるで変わらない日のお昼休憩だった。
級友と一緒にランチを楽しむためレストランに向かうと、いつもとは桁違いの人だかりが出来ていたのだ。
「え、何かな? 今日どうしてこんな混んでるんだろう?」
「分かんない。何だろうねー?」
「あ、あそこに先輩いる。私ちょっと聞いていくるよっ」
上級生と親交の深い級友のおかげで、サラはその理由をすぐに把握できた。
「やばいやばいやばい!」
「ちょっと、どうしたのよ? 何がやばいの?」
「なんかすっごいカッコいい男の子がいるんだって!」
「しかも、伝奇術師協会の制服着てるらしいよ!」
「協会の制服を?」
サラは最初、「うわ、珍しっ」と思った。
協会の制服はサラも持っているが、術師には認識阻害の呪具を携帯する義務があるので、ほとんどの術師は「着る意味が無い」とクローゼットにしまいがちだからだ。
一般人の目に触れる場所で、術師が敢えて制服に身を包んでも、奇異の視線で見られるのが煩わしいだけである。
ソースはまさに、目の前の光景。
娯楽に飢えた箱庭育ちのお嬢様学園では、格好の注目の的。
自分には異能力があります、と公言しているようなものなので、大半の術師は承認欲求に飢えた時期を過ぎると着用しなくなる。
それでも着用して外を出歩いているとすれば、考えられるのは三等術師などの下っ端や新人が、市民の前で〝仕事してます〟とアピールするために行っている定期パトロールくらいだ。
(まぁ、特等とか上のほうに行っちゃうと、メディアの前で着てたりもするんだけど……)
まさか、そんな人物が聖レオノーラに来るはずもない。
だいたい、汐坐では青墨秋水しか該当者もいないのだし。
(でも、これだけ皆がはしゃぎ回っているなら)
さては相当、顔に自信があるタイプの勘違い三等術師なのかな? と。
サラは「うわぁ」とか勝手に思いながら、好奇心に駆られて人だかりの奥を覗き込んだ。
「──────え?」
「やっぱりすごい人気なんだな、ここは」
なんか、青墨秋水がいた。
(え? 声かっこよ)
ランチ食べてる。
協会のホームページに載っている顔写真より、実物のほうが全然よかった。
「? ? ?」
サラは混乱して、一度もとの位置にまで引っ込む。
すると、聖レオノーラに在籍している術師家系の子女たちが、サラと同じように「え」「えぇ?」「うそ」「秋水様だ……」「これは夢?」と動揺しているのが確認できた。
彼女たちは目元をこすり、現実を疑っている。
そうだ。サラも疑った。
目元をこすって、興奮している級友たちの横で、もう一度しっかり件の人物を確認する。
青墨秋水が聖レオノーラに、いるわけがない。
きっと見間違いで、他人の空似に違いない。
そ〜っと。
そ〜っと。
恐る恐る両目をガン開きにして、サラは人だかりの波をオリンピック選手も斯くやという勢いで掻き分けた。
ひしめき合う少女たちの熱気と歓声で、サラはかなりの体力を消費しなければならなかった。
けど、苦労の甲斐あって。
「ん?」
「あ」
彼が、秋水が、偶然にも最前列に飛び出たサラを捕捉した。
人並みを掻き分けるのに必死なあまり、最前列に飛び出る頃には床を四つん這いになっていたサラと。
目と目を合わせて。
「孔雀堂、サラ」
名前を、呼んだ。
顔を知られている。
たぶん、招待状の件でだ。
筆頭だから、協会が情報を教えたに違いない。
名前、呼ばれた。
しかも、
(呼び捨て、されちゃった……え、っていうか、なんで? どうして?)
周囲から突き刺さるのは、「なにあの子?」という敵意に近い眼差し。
特に、術師家系の子女たちからは「退魔四家……ギリリリィ!」とギロでも奏でているみたいに歯軋りの音が一斉に漏れる。
秋水はそこに、さらにどうしてか劇薬を放り込んだ。
「一緒に、お昼食べる?」
サラが歳下だからだろう。
秋水は最初から、気安く話しかけてくれた。
ひどく慣れている感じだ。
サラはなんとなく、お兄様、というフレーズを脳裏によぎらせた。
秋水にはサラと、同い歳の妹がいる。
理由はきっと、いや、間違いなくそれだろう。
なんて、お兄様オーラ……!
(アルカイックスマイルが、素敵すぎるよぉ……!)
サラは口元を、アニメみたいにあわあわさせるしかなかった。
その間、秋水はわざわざ席を立ち上がって、四つん這いでワンちゃん状態だったサラを、ごく自然な動作で紳士的に助け起こしてくれる。
(やだ。男の人の手……)
おっきくてかたい。
そしてもう一度。
今度は王子様が、まるでお姫様にするみたいに。
「一緒に、お昼食べようか」
ちょっと強引に、席のほうへ手を引いてきた。
「「「ええええええええええええええ!?」」」
リアクションは、聖レオノーラの愉快な仲間たちが代わりにやってくれた。
サラには何がなんだか、さっぱり分からなかった。
でも不思議と、女の本能でチャンスを掴むことができた。
「はい!
お? と秋水は目を丸くする。
「悪くない呼ばれ方だ」
「!」
脈ありなのかもしれない……!
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tips
◆伝奇術師協会制服
一応、三種類ある。
協会式冬季活動服・一種装。
協会式夏季活動服・二種装。
協会式現場活動服・三種装。
上から冬服、夏服、戦闘服である。
一種装は立襟のロングジャケット姿。
二種装は半袖開襟の白シャツ姿。
三種装は黒色の特別防護外套を羽織る。
伝奇術師徽章は左胸につけるのが基本。
色は黒、濃紺、白、深緑から選べる。
ネクタイ、ベスト、スラックスorスカートは自由着用。
等級によって差が出るのは肩章のライン数と徽章のみ。
なお、伝奇術師は術式使用時、発熱と発光を伴う霊力回路もあるため、体温調節や色的な見栄えを意識して露出を好む者も多く、マジで着ている人間が少ない。
仮に着ていたとしても、原型を留めないレベルで改造されがちである。
そもそも一段階目の術師は、術式効果の底上げのため、専用の衣装や装備を身につけることも多く。
二段階目に至れば、伝奇正装がある。
それでも種類とデザイン性がしっかり定められているのは、伝奇術師が公務員、警察官、災害救助隊、宗教職といったイメージを混合した半独立的な〝準軍〟に近しいからだ。
したがってその制服も、準軍装をイメージさせる代物になっている。
一説には、協会発足時に伝奇術師についてよく分かっていない国のお偉いさんが、「制服は仲間意識とかあるし、対外的にもあった方がいいでしょ」と押し切った結果だとも。
残念ながら、マジで着られない。