クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚 作:所羅門ヒトリモン
聖レオノーラには、日本人離れした顔立ちの生徒が多い。
顔立ちだけでなく、髪色や身長等の面でも、異国情緒が強かった。
お昼休みが始まっている。
名門女学園の生徒たちは、煉瓦造りの回廊を渡っていた。
白いアーチ柱を潜り、次第に数を増していく。
うら若き少女たちの波。
ベージュグレーのブレザー、チャコールブラウンのチェックスカート、ダークボルドーのリボンと。
画一化されながらもそれぞれ、微妙に個性を発揮した彼女たちは、ぞろぞろと次第に同じく煉瓦の校舎からレストランへと雪崩れ込んでくる。
そして、協会の制服を着ているせいだろう。
彼女たちは秋水に気がつくと、揃って好奇の目線を注いで来た。
だが、レストランに足を運びに来た理由自体は、秋水とは関係ないに違いない。
(ここのイタリアンは、本当に大人気みたいだな)
秋水はテーブル席から思った。
ただ、それもよくよく辺りを観察してみれば、当然なのかもしれない。
ピザに惹かれて、一足先にランチを始めていた秋水だが。
座っているのはちょうど、屋内テーブル席。
ガラス張りの壁近くで、少し顔の向きを変えるだけで外の様子がよく見えた。
丁寧に刈り込まれた緑の芝生。
清掃の行き届いた大理石の噴水広場。
天気のいい日はテラス席で、白いパラソルの陰から、居心地のいいお昼休みを楽しむのも乙なものなのだろう。
白鷺ヶ丘まで来ると、さすがに汐高浜町ほど潮風を感じないのもある。
海や港からの独特な匂いもないし、風量だって穏やかなものだ。
育ちの良いお嬢様たちなら、「あらあら」「うふふ」「ご機嫌麗よう」と和やかに紅茶でも片手にし談笑に花を咲かすのも、きっとさぞかし似合うだろうと思った。
男には乙女の花園に対して、幻想がある──
(と、それは置いておくにしても)
実際、ここはお金持ちの学び舎だ。
レストラン棟なんてものがある時点で、かなり金がかかっているのは一目瞭然。
生徒たちの親は自分の子どもに、できるだけ良い環境を整えてあげようとして、大層高額な授業料を支払っているはずだった。
聖レオノーラも、無論そこがセールスポイントになっているはずなので、居心地の良さはもちろん人工的なもの。
最初から憩いの場所として
富めるもの、豊かなもの、余裕のあるもの。
世の中、身も蓋もない言い方をすれば。
お金を使ってこんなふうに、ストレスレスな環境を構築できる証拠のひとつだった。
しかしながら。
秋水からしたら、朝のモーニングサロン然り、毎日が高級リゾート暮らしみたいな生活であっても。
物心ついた時から、当たり前にそれらを享受していた人間には、また違った景色が見えているのかもしれない。
孔雀堂サラ。
クララを探して名門女学園に訪れた秋水だったが、最初に見つけたのは妹のほうだった。
金髪のツインテール。
母親とよく似ているが、目だけはどこか挑発的な猫っぽさ。
そして、何か不満でも溜め込んでいるのか、ギュッと力の入った
険しさを隠しきれない表情……
(……なんか、睨んでる?)
サラを昼食に誘い、同じ席に着いてから数分。
秋水は「あれ?」と思った。
隣の席に座ったサラは、最初こそ「秋水先輩!」と非常に新鮮な返事をくれたのだが、数秒ほどすると急激に身を強張らせたのである。
理由は何だろう? と考えた秋水がサラの目線を追うと。
歳下の少女は先ほど、自分が転倒する原因になった人だかりのほうを見つめていた。
もしかすると、自分を転ばした誰かに怒っているのかもしれない。
よくよく見れば、たしかにスクールカーストの上位に、悪い意味で君臨していそうな顔をしている。
気が強そうというか、可愛い顔をして裏では腹黒そうというか、他人を小馬鹿にした表情がよく似合うというか……
(たしか、最近だと『メスガキ』って言うんだったか?)
もっとも、サラをメスガキ系のビジュアルと表現するには、発育具合が相応しくない。
夏乃と同い年のはずなのに、サラの胸は母親──エマの遺伝子を十二分に感じさせるものだった。
フランスはたしか、男性器の大きさでも世界トップクラスの水準を誇っていたはずだ。
女性の性的二形についても、恐らくそれは変わるまい。
(おいおい)
妹と同い年の女の子のおっぱいに注目するとか、死んだ方が良くないかな?
秋水は素早く希死念慮を済ませ、内省を終えた。
が、それはそれとして。
生意気そうな第一印象。
あくまでそれは、サラの外見から来るファーストインプレッションであって、中身までそうとは限らない。
事実、秋水の直観と霊感は、まったくそうした悪性の気質を感じていなかった。
イヤな感じがしない。
そこで思ったのが、夏乃だ。
秋水の実妹も割と、外見で誤解されやすい。
兄の前ではなにかと不規則言動の目立つアッパー妹だが、何も知らない他人の前では、恐ろしいほど外見通りに振る舞うこともあって、なにかと怖がられがちなようだ。
であれば、サラも同じタイプではないかと考え、偏見なく接してみる。
「孔雀堂サラさん」
「は、はいっ!」
「サラさん、って呼んでもいい?」
「っ! サ、サラでいいですよ!? 秋水先輩のほうが、歳上ですから!」
「分かった。じゃあ、サラ」
「好きです」
「好きです?」
「すいません間違えました……!」
サラの耳が、どんどん赤くなっていく。
何を間違えたのかは分からなかったが、やはり夏乃と同タイプの女の子だと秋水は判断した。
秋水にも覚えがある。
大して仲良くない上司や先輩から、いきなりランチに誘われたら、今のサラのように緊張してしまって当然だ。
人間は精神状態が普通ではないと、思ってもいなかった言葉を吐いてしまったりする。
緊張していたり、疲れていたり、要するに脳がろくなコストパフォーマンスを発揮していない時。
有名な例を挙げると、先生をママと呼んでしまったりだ。
恐らく、今のサラのも本質はこれと同じはず。
秋水も直近で、覚えがあった。
緊急地震速報。
揺れを感じてニュースチャンネルを確認したら、若い女性アナウンサーが間違えて「津波から逃げないでください」と、とんでもない大ポカをかましていたのだ。
女性アナウンサーはすぐに謝罪と訂正をしていたが、人間はテンパると真反対の言葉を吐いてしまう場合がある。
え? じゃあ秋水って、サラに嫌われているのか?
「……」
話を戻そう。
秋水がサラをランチに誘ったのは、クララの居場所を訊くのと、念のためサラが黒幕かどうかの確認も済ませてしまおうと考えたからだ。
サラが黒幕の可能性は、まぁ、これだけカチコチな様子を見るに、ほとんどゼロだとは思うものの。
だからと言って、最初から確認すらしないのでは、秋水の手落ちが激しすぎる。
「いきなりごめんね。迷惑だろうけど、お詫びにランチは奢るから少し付き合って欲しい」
「ええっ!? そんなっ! ぜんぜん迷惑だなんて……! お昼もべつに──」
「大丈夫。俺が奢りたいだけだからさ」
「っ!?」
「なに食べたい? なんでもいいよ?」
なるべく優しげな声音で、柔らかな印象になるよう心を砕いて、メニュー表を差し出す。
するとサラは、三秒ほど迷った後で言った。
「じゃっ、じゃあ!」
「うん」
「秋水先輩と、一緒のがいいです……!」
「俺と?」
女の子らしい細く小さな手指が、メニュー表の上ではなく秋水側のテーブル上を指した。
そこには秋水が注文済みの料理が、すでに結構な数並んでいる。
〜〜〜本日のランチ〜〜〜
【ブッラータチーズと初夏果実のカプレーゼ】
南房総産フルーツトマトと、白桃、小玉メロンを使用。
切ると濃厚なクリームが流れ出す前菜。
【生ハムとルッコラのサラダ】
二十四ヶ月熟成させたプロシュートに、パルミジャーノを削りかけた定番サラダメニュー。
【釜焼きマルゲリータ・エクストラ】
薪釜で焼き上げるナポリ風ピッツァ。
水牛モッツァレラにサンマルツァーノトマトと、フレッシュバジルを使用。
生地の耳が大きく膨らんだ本格派。
【しらすとカラスミのレモンクリームピッツァ】
聖レオノーラ限定メニュー。
湘南産しらすとカラスミを贅沢使用し、レモンが香る和風の白ピザ。
軽めにいただける。
【桜海老のリングイネ】
香ばしく炒めた桜海老とオリーブオイルの初夏らしい季節のパスタ。
【ドリンク】
ブラッドオレンジソーダand
エスプレッソトニック。
鮮やかな赤色の炭酸オレンジジュースに、苦味と炭酸の組み合わせ。
【デザート】
シチリア産ピスタチオ使用の濃厚ピスタチオジェラートand
マスカルポーネの王道ティラミス・クラシコ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「割と量あるけど、大丈夫かな?」
「ぜっ、ぜんぜんイケますから! 余裕です……!」
「そっか!」
秋水は嬉しくなって笑った。
やはり伝奇術師たるもの、カロリーは大量に摂取しなければ。
よく食べる女の子も、個人的にかなり好きな部類に入る。
店員を呼んで、注文を済ませた。
「さて。それじゃあ料理が来るまでのあいだに、サラにいくつか訊きたい事があるんだけど、いいかな?」
「はいっ! なんですかっ?」
「まず、俺がどうして今日ここにいるかは分かる?」
「招待状の件、ですよね……?」
「うん、そうだね」
「あれ? でも、まだ招待日じゃ……」
「それも、そう」
サラの様子に相槌を打ちながら、秋水は思わず苦笑してしまった。
サラがまったく、盗聴対策や認識阻害等を行わなかったからだ。
周囲には秋水やサラ以外にも、術師がいる。
先ほどからコッソリ、聞き耳を立てている術師家系の子女たち。
彼女たちに招待状の件を知られるのは、本来、孔雀堂家としては避けたい展開のはずだ。
なにせ、孔雀堂家は他の家を出し抜こうとして、結果的に蟻道に情報を抜き取られてしまったのだから。
ここで二の轍を踏むような真似は、秋水の手前もあって、かなり迂闊と言わざるを得ない。
幸い、夏乃や千歳たちの安全のため。
あらかじめ秋水が呪具──協会支給の注連縄型で限定的な禁足地化による認識阻害を可能にする──を使っておいたから問題は無いが、サラは黒幕だとしたら不用心が過ぎる。
というか、レストラン内の人だかりが徐々に
この尋問に意味は無いかな、と早くも肩の力を抜きながら、秋水は一応サラとの会話を続けた。
「午前中にエマさんとも会ってきたんだけど、筆頭の仕事の一環でね? 招待日よりも前に、孔雀堂家の人たちと会っておきたかったんだ」
「ええ!? そ、そうなんですね……わぁ、そうなんだ……!」
サラの反応は、憧れの人を目の当たりにした年頃の少女そのものだった。
秋水は面映いが、恐らく、これも筆頭であるがゆえだろう。
(やっぱり、夏乃と同じかな)
顔で苦労していそうだ。
秋水はなんとなく、サラを放っておけない気持ちになった。
シスコンも大概である。
「うん、それでね? 良ければ教えて欲しいんだけど、お姉さんって今はどこにいるかな?」
「────お姉様ですか?」
(ん?)
突然、サラのトーンが一段下がった。
「秋水先輩」
「うん?」
「秋水先輩は、もう私にはご用が無いんですか?」
「どうして?」
「だって、まだ私の料理、運ばれて来てもないのに……もうお姉様のことをご質問されましたよね?」
──それって、もう
サラはぷく〜っ! と、頬を膨らませて、分かりやすくムッとした表情を作り出す。
秋水は目を
「今どき、本当にほっぺた膨らませる子がいるんだ」
「! それ、ひどくないですか〜!? 私、本気で嬉しかったんですよ!? 秋水先輩に誘ってもらえたって! なのに、秋水先輩ってやっぱり噂通り歳下には興味無いんですか!? なのに弄んだんですか!?」
「おぉ〜、おぉ〜」
秋水は目を丸くした。
サラが突然、かなりのフルスロットルになったからだ。
しかも、非常に誤解を生むワードセンスまで発揮している。
呪具を発動しておいて、心底から良かった。
危うく名門女学園を、出禁になってしまうところだった。
「弄んだって……弄ばれていたつもりだったの?」
「ッ!? えっ、いや──それは言葉の綾というか〜! とにかく! 勘違いしないでください!」
「何を?」
「そうやって気安く女の子に話しかけて、自分が簡単には惚れられないって思っていそうなところです! 秋水先輩のことなんか、ぜんぜん好きなんですからね!」
「???」
スピードが。
スピードが速すぎる。
「えっと、告白? 俺いま、告白された?」
「違います! かっ、勘違いしないでください! あくまで一般論ですから! でも、個人的にもぜんぜんアリ寄りのアリではあるんですからねっ!」
「俺のこと好きなの? なんだこの新手のツンデレ」
いや、ツンデレなのか?
よく分からない。
そもそもツンデレ構文を使用しながら、サラの言動はツンデレとは似て非なるものに思えた。
さらにさらに。
「あ〜ん、してあげます」
「急だね……」
「秋水先輩に、歳下の後輩女子の魅力を教えてあげますっ!」
「なぜ?」
「なんか、最初からずっとお兄様モードっぽかったからです……!」
サラは秋水のマルゲリータを一切れ勝手に取ると、これまた勝手に一口齧った。
「俺のピザ……」
「ピザに目を奪われるんじゃなくて、今は私に目を奪われてください! ほら!」
サラはトマトとチーズの油で濡れた唇を、蠱惑的にぺろりと舐めとった。
そして、どこか挑発的に目線を細めると……
「間接キス、です」
「ふむ」
小さな口で齧り取ったマルゲリータの端を、「あ〜ん」してきた。
「ほぉらっ、早く口開けてください! 私、妹さんじゃないですから……女の子なんですから!」
「前言撤回」
「ど、どの前言ですか!?」
秋水は答えず、密かに胸の内で思った。
サラが夏乃と同タイプの女の子であることは認める。
けれど、正確には夏乃とも少し違う。
(この子、中身もちょっと外見通りだ……)
小悪魔的というか、歳上の男を振り回そうとする感じというか……なんかそんな感じがメスガキに通じている気がする。
人は周囲からの認識によって、自然と行動を変えると言われる。
そのため、もしかするとサラも、周囲からそういう目で見られるうちに、少なからず影響を受けてしまっているタイプなのかもしれない。
「まぁ、俺のピザだから遠慮なくいただくけど」
「ええええ!?」
「ごめん。ドキドキしてあげられなくて」
「っ〜〜!」
サラの手からマルゲリータを奪取すると、ちょうどそこで店員がサラの分の料理を運んできた。
店員が去るのを待ち、秋水はもう一度、サラに訊ねる。
隣の席で、両膝の上に手を置いて俯いてしまった少女へ。
「お姉さん、どこにいるかな?」
「! ひっどい! そんなにお姉様がいいんですか!? 私、ぜったい負けませんから!」
「うーん」
「ぜったい秋水先輩に、私の魅力を思い知らせてあげますから! お姉様は急なお仕事で早退されました! 今ごろは恐らく異人館街です!」
「あ、教えてはくれるんだ」
具体的には? と尋ねると。
サラは南湾岸区の異人館街、〈The Alibion House〉という喫茶店を教えてくれた。
どうやら、クララは今日、急遽スケジュールミスで喫茶店を背景にしたモデル撮影の仕事らしい。
孔雀堂家の表の仕事のひとつだ。
「かっ、勘違いしないでください! べつに、今日のところは私の心臓がもう保ちそうにないから、だから教えてあげただけなんですからね!」
「よく分からないけど、ありがとう。それと、次に俺を揶揄うんだったら間接キスじゃなくて、本気のキスだと上手くいくかもしれないよ」
「──本気のキス、ですか!?」
「冗談。それじゃ、またね」
秋水は用が済んだので、すっと席を立ち上がる。
ランチはすでに食べ終わっていた。
サラにマルゲリータを齧られたので、急いで胃袋に確保したのだ。
支払いも終わっている。
背後からは「え、うそ! 食べるの早すぎ!?」とサラの動揺する声が上がっていた。
まぁ、秋水のほうが先に食べ始めていたので、残りはピザが少しとデザートくらいだったのだ。
あと、妹と同い年の女の子を相手に、歳上の威厳というものを少し教えてあげたかった。
秋水は毎日、最低七回は唇同士のキスをしている。
しかも相手は毎回異なる。
食べ物を介した間接キスなんて、申し訳ないが色気より食い気が勝つに決まっていた。
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New!!【本日の孔雀堂家末娘】学内レストランにてピザ暴食w【玉砕濃厚】
【祝】南湾岸区の治安急速に回復中【筆頭無双すぎる】
【乙】協会・一等以下術師たちはよく頑張った!【感謝茄子】
【吉報】秋水様、ご帰還してすぐにA.N.O.M.A.L.Y.退治【これで安心】
【聖レオノーラ速報】秋水様いつの間にかいなくなる【そんな……】
【デマ注意!】秋水様画像なし悪質スレ確認!【許すまじ】
【退魔四家NEWS】やはり選ばれるのは退魔四家でした【孔雀堂家勝利】Part2
Hot!!【制服】制服萌え・筆頭FA集【えちえち画像】Part69
【性癖】協会夏制服の良さに突然目覚めた件について【覚醒】Part3
【朗報】聖レオノーラに筆頭♡降臨【激レア画像】Part9
【A.N.O.M.A.L.Y.急報】嘘だろ……半日と経たず【筆頭事件連続解決】
【朗報】秋水様ご帰還によりA.N.O.M.A.L.Y.発生率ぐぐんと低下【まさに救世主】
【危険】南湾岸区に謎の怪人出現の噂【不審者かA.N.O.M.A.L.Y.か】Part2
【本日の秋水様】南湾岸区早朝にてロケット化【飛行姿お写真あり】
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「どういうことですの?」
──それから数刻経ち、午後四時およそ十分前。
孔雀堂クララは携帯端末を片手に困惑していた。
場所は南湾岸区、異人館街と呼ばれる港湾付近。
聖レオノーラ女学園とも似た雰囲気の異国情緒漂う街並み。
明治期に汐坐に居留した外国人たちが、それぞれの国の特色を当時可能な限り再現して洋館等を建てた区画。
つい先ほどまで、クララは英国人居留地の一角を改築してオープンされた喫茶店にいた。
伝奇術師としてだけではなく、クララは孔雀堂家グループのファッション、ランジェリーモデルとしても活動している。
いわゆる表の仕事であり、今日は急なスケジュール調整ミスから、聖レオノーラを急遽早退して撮影に出ていた。
撮影の内容は雑誌掲載用の写真撮影で、最近話題の南湾岸区アフタヌーンティーを特集するもの。
したがって、午後三時半までは〈The Alibion House〉なる英国式アフタヌーンティーを実際に楽しみながら、パシャパシャと被写体業務を務めていた。
クリームホワイトの外壁。
イングリッシュローズが植えられた庭。
二階のサロンからは港が一望でき、実に素敵な特集が組めそうなお店だった。
本音を言えば、モデルとして息つく暇もないほど着せ替え人形にされていなければ、さらに素敵な時間を過ごせただろう。
アイボリーのシルクブラウス。
ネイビーハイウェストのロングスカート。
キャメルカラーのショートジャケット。
パールのイヤリング。
繊細に拵えられたゴールドブレスレット。
コンセプトは英国上流階級風のコーデ。
クララは日本生まれ日本育ちだがフランス系ではあるので、それでいいのかしら? と少し疑問ではある。
ただ、お店が提供してくれたメニューは本当に良いものだった。
三段造りのティースタンド。
上段には外はサクサク、中はしっとりのプレーンスコーン。
ベルガモットが香るアールグレイスコーンに、英国直輸入のクロテッドクリーム、初積みのストロベリージャム。
中段には甘い物がずらり。
爽やかな酸味のレモンカードタルト、白桃とメレンゲ菓子のミニパブロヴァ、ラベンダーと蜂蜜のマカロン。
下段にはお食事系。
キュウリとディルのサンドウィッチ、スモークサーモンとクリームチーズのサンドウィッチ、ローストビーフとホースラディッシュのブリオッシュ。
小ぶりながらも、フィッシュ&チップスもあった。
そして肝心の紅茶だが、こちらはダージリン・ファーストフラッシュ。
ロイヤルミルクティー、アイスアールグレイの三種類をいただくことができた。
余裕があればお店自慢のシェパーズパイ、牛頬肉のギネス煮込みパイもいただいてみたかったが、さすがにそれは特集のコンセプトに沿わないとして却下されてしまった。
シェパーズパイは羊肉とマッシュポテトのグラタンだ。
牛頬肉のギネス煮込みパイは、英国ではパブ料理の大定番だと耳にしたことがあったため、クララは非常に残念だった。
しかし、仕事が終わりスタッフたちと解散になり。
聖レオノーラに戻るにしては、微妙すぎる時間帯だったクララは、プライベートとしてお店に立ち寄るか。
それとも真面目に学園に戻るかを悩んでいた。
そこで現代人のサガで携帯端末を確認すると、なんということでしょう?
「秋水様が、サラにお会いになられたの……?」
普段からチェックしている南湾岸区向け伝奇術師スレッド集。
陰キャ気質を持つクララは、日頃の情報収集を主にネットからに頼っている。
やはり気になるのは、市外任務から無事に帰って来られた秋水の動向。
必然的に目で探すのは、〝筆頭〟や〝秋水様〟の文字列になるが。
今日はどうも、そうしたスレッドが多い。
明らかに秋水が、南湾岸区に足を運んでいるとしか思えなかった。
しかも、妹であるサラが聖レオノーラで、秋水と何らかの接触を果たした可能性が高そうにも見える。
「本当に、どういうことですの……!?」
クララは携帯端末を両手で握りしめて、画面を凝視した。
あるスレッドでは、サラは秋水に選ばれたと書かれ孔雀堂家の勝利を謳い。
またあるスレッドでは、無惨にも玉砕してピザを自棄喰い、デブ化不可避と煽られている……! あっ……また新たに【ピザ娘】なるスレッドが……!
「クっ……我が家に対する風当たりがキッツイですの……! サラは無事ですの!?」
クララはナチュラルに、妹が玉砕したスレッドの方を信じた。
ひどい姉だった。
だが、それくらい秋水は高嶺の花化しているのだ。
男性に対して花と形容するのは、分かっている。
不自然な言い回しだ。
けれど、言いたいことは伝わるだろう。
汐坐に住む全女性伝奇術師にとって、青墨秋水とはもはや男神に等しい。
一般の男性が女性アイドルなどを女神と呼ぶようなニュアンスで、クララたちは秋水を男神と呼び慕っている。
無論、ごく限られたコミュニティ内での話だが、仕方がないのだ。
術師は術師と結婚しなければいけない。
名家の生まれであればあるほど、これは逃れることのできない絶対の掟。
なのに今の汐坐には、クララと同世代の若い男性術師が極端に少ない。
というか、男性術師の人口そのものが少ない。
そこに、まるで超新星のように光り輝く最高の旦那様候補がいたら?
実力よし。
家格よし。
稼ぎよし。
顔・体よし。
人格よし。※悪い噂がまったく無いとか奇跡である
(そんなの……そんなのって! そりゃあオタクにもなりますわよ……!)
クララは秋水のオタクだった。
中等部のころは、筆頭夢小説を読み漁っていた。
ネットの世界ではクララはいつでも秋水の彼女だった。
汐坐にはとても腕の良い夢作家がいるのだ。
「って、今はこんなこと考えてる場合じゃないですわね……!」
スレッドの情報が正しいのなら、サラは今頃かなり傷心中のはずだ。
クララは妹を慰め、救出しに行くため聖レオノーラに戻る決断をした。
だが……
「……!」
霧が、クララの行く手を遮った。
自然現象ではない。
伝奇術師にはすぐに分かる。
物語領域の発現。
すなわちは異界化。
突然の霧は異人館街を急速に、圧倒的な視界不良へと追い込んだ。
「──白昼堂々ですわね」
運悪くも、クララはA.N.O.M.A.L.Y.の発生に巻き込まれてしまったようだ。
しかも、発生と同時に異界も伴うとなると、それなりに格の高いA.N.O.M.A.L.Y.である。
「霧……異界のレベルとしては低いものですけれど」
注意深く、クララは周囲を警戒する。
A.N.O.M.A.L.Y.が展開する物語領域には、およそ三つの等級があるとされている。
第一級〈神話世界〉|例:ギリシャ神話、北欧神話など。
第二級〈伝承世界〉|例:アーサー王伝説、源義経北行伝説など。
第三級〈民俗世界〉|例:八尺様などの都市伝説や、各種土着信仰など。
どれも学問的には地続きで語られるべき分類だが、伝奇術師の視点からすると規模と脅威のレベルが段違いのため、区分されている。
霧、山、森、海、川。
こうした現実の自然環境に類する異界は、大概が第三級だ。
領域内に取り込まれたものに強制されるルールも、第一級に比べれば理不尽ではない。
元となった物語。
それを紐解くことで明らかにされる文脈を理解すれば、裏を掻くことで脱出も容易だったりする。
例えば、『ヘンゼルとグレーテル』の物語領域であれば、童話のなかで兄妹が知恵を働かせて魔女を打倒したように、同様の手段を用いればいい。
では、この霧の
(第三級は、名前のない〝信仰〟や〝概念〟だったりもするので、かえって対策が難しいんですのよね)
霧という概念。
そのものに付きまとう逸話や恐怖感情の集積。
確たる物語として語られざるとも、世界にはひとつの事柄に対して大多数の人間による共通認識が存在する。
クララが「そのパターンだったら時間がかかる……」と思った直後だった。
──チリン、チリン……
──チリン、チリン……
──チリン、チリン……
(自転車の、呼び鈴?)
音源の定かではない奇妙に軽快な鈴音が、近づいてきた。
同時に、霧の濃度に変化が訪れ、喉にかすかな違和感を得る。
「っ……!?」
(これは、スモッグですの……!?)
大気汚染。
呼吸器系への霊的な干渉。
ただの霧ではない。
クララは慌ててハンカチで鼻と口元を抑えながら、目を閉じそうになるのを堪えた。
(このA.N.O.M.A.L.Y.は、すでにわたくしに狙いをつけている……!)
呼び鈴の音が、さらに近づいていた。
クララが瞬発的に〝それ〟を避けられたのは、まさに目をしっかり開けていたからである。
一瞬の判断が命を救った。
正面。
まさかの真ん前から、なにか鋭利な切先が顔面へと突き込まれたのだ!
「ッ、ぶないですわね!?」
「……」
間一髪で顔を仰け反らせ、クララはさらに敵性A.N.O.M.A.L.Y.の情報を断片取得する。
突き込まれた凶器は刃物。
ナイフ、あるいは長物かは不明。
すぐに霧の奥へ引き戻された。
しかし、凶器を握る人型の輪郭は霧越しにもハッキリと。
──何より、
愉楽の色を湛えて。
得意げに余裕を気取り。
いいぞ、よく躱した。
上から目線で、獲物の上等さを悦んでいた。
相手にしているのが、誰なのか分かっていない。
たしかにA.N.O.M.A.L.Y.は、今の世界で人類の脅威だ。
人間は基本的に狩られる存在であり、異能を持った伝奇術師とて二段階目に至らなければ弱者の位置付け。
だがしかし。
汐坐の退魔四家。
南湾岸区の大結界支柱を守護する、次代の孔雀堂家当主。
孔雀堂クララは、たとえ未だ二段階目ならざるとも、凡百の伝奇術師と同じではなかった。
一段階目の術師にも、格の上下が存在する!
「〝欲深き者よ罪を知れ〟
〝眩んだ眼では真に価値ある輝きは映らない〟
〝然れど我が身は黄昏には程遠く〟
〝貪する心がやがて、折れたる剣を招くのだ〟」
伝奇詠唱。
クララの術式は、神話にルーツを持っている。
いや、それを言うなら孔雀堂家全員が、強大な知名度を持つ術式持ちだった。
だから、ほら。
「わたくしの
「……」
クララの身体には一瞬で、金色に輝くオーラが溢れていた。
オーラは半ば実体を持ち、《竜蛇》の装甲となって、強力無比な防御力と重厚な攻撃力を両立させている。
2tトラックくらいなら、簡単に持ち上げて潰せるぐらいの膂力が、今のクララにはあった。
薄い霧を隔てて、A.N.O.M.A.L.Y.はまだ動いていない。
ならば、先ほどの返礼も兼ねて、クララの採るべき選択肢は決まっている。
(……恐らく、じきに秋水様が来ますわ)
A.N.O.M.A.L.Y.の発生。
霊視局の感知感度。
加えて、青墨秋水の平均出動速度。
汐坐の伝奇術師であれば、協会の敷いた不文律は遵守して当然。
──すべての術師は、まず筆頭を待つこと。
ゆえに。
「悪いですわね! 逃げさせていただきますわ!」
「……」
クララは無理をしない。
最低限の自己防衛は行った。
その上で、売られた喧嘩を買う?
ノン! それは極めてナンセンス。
危険になど飛び込まない。
クララはただ、秋水が来るのを待っていればいいのだ。
そして、秋水が来たあとは……
(状況はシリアスですが、図らずもヒロインムーブが出来そうですの……!)
これはチャンスである。
孔雀堂家次期当主として、何よりのチャンスである。
然ればこそ、クララは謎のA.N.O.M.A.L.Y.から距離を取った。
冷静に慎重に、敵から目を離さずに一定間隔、間合いを取った。
向こうの得物は刃物である。
だったら、そのレンジは幸いにも物理的に限られている。
クララには勝算があった。
「……」
「! 無駄でしてよ!」
A.N.O.M.A.L.Y.が繰り出す二撃目。
続く三撃目も防御し、自信を深めて。
勝算がある、つもりだった。
──チリン、チリン……
──チリン、チリン……
──チリン、チリン……
「……なぜですの?」
十五分が、経過した。
A.N.O.M.A.L.Y.はクララに危害を加えられていない。
しかし、クララもA.N.O.M.A.L.Y.に有効打を加えていない。
秋水が来ていないのだ。
ありえないことだった。
(まさか……これって……)
クララの脳裏に、必然的に嫌な推測が降り立つ。
青墨秋水の平均A.N.O.M.A.L.Y.解決速度は、出動要請がかかって五分から十分以内。
にもかかわらず、十五分も経って秋水が現れないとなると……
「貴方……もしや霊視局の眼を、
「……」
ニヤリ。
謎のA.N.O.M.A.L.Y.が、再び戦慄のクララにやにさがった雰囲気を醸した。
他ならぬ退魔四家であるがゆえに、クララはゾッと青ざめる。
結界。あるいは、特殊な認識阻害。
この霧の内側は、恐らく外界から巧妙に隠されている。
迂闊だった。
一気に心細くなった。
「そ、そんなのって……そんなのって……」
「……」
「わたくし、大ピンチじゃないですの……?」
助けて、秋水様……
思わず、クララがそう小さく溢した直後。
「〝我が隻眼は天から地まで、この世のありとあらゆる場所にいる人々を一人残らず見つめ、すべての迷いや煩悩を断ち切って救済するもの〟」
「っ!?」
「〝
不浄の霧を天から灼き穿つ紅蓮。
青墨秋水が、救いを求める乙女のもとに、ヒーローのように馳せ参じた。
クララの瞳に、恋焦がれた理想を越える現実が、鮮烈に爆ぜる。
──打算も計画も何もかも。
それは置き去りにする〝英雄〟だった。
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tips
◆異人館街に到着前後の秋水の行動
禹歩で移動後、クララの仕事風景を遠目から確認。
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仕事の邪魔をしてはいけないので時間を潰そうとする。
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協会からA.N.O.M.A.L.Y.発生連絡。
↓
午後四時過ぎまで縦横無尽無双。
↓
異人館街に戻るが、クララがいない。
↓
なんとなく違和感。
↓
オペ子に連絡して不自然に〝何も無い〟スポットがないか確認してもらう。
↓
英国人居留地区画でビンゴ。
↓
力づくで異界に干渉しクララ発見。