クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚   作:所羅門ヒトリモン

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第26話「Peacock Overture・3」

 

 

 孔雀堂クララがA.N.O.M.A.L.Y.に襲われている。

 秋水の決断は一瞬だった。

 

「そこだな」

「……!」

 

 黒剣を振り抜く。

 すると、すかさず迎撃の手応え。

 刃物による弾き返し。

 感触は重い。

 

「それは日本刀だな?」

「……!」

 

 A.N.O.M.A.L.Y.が大きく距離を取る。

 姿は霧に隠れ、完全な不意打ちだったはずの不動独眼(アチャラカーナ)さえも初見で回避された。

 

 ──この時点で、秋水はこのA.N.O.M.A.L.Y.こそが例の二段階目だと確信する。

 

「〝カン〟」

 

 掌印による不動剣印、不動明王の種子真言。

 伝奇詠唱によって不浄を灼き祓い、自分とクララの周囲からうざったい霧を強制的に引き剥がす。

 A.N.O.M.A.L.Y.はさらに距離を取って、姿を隠すことに専心した。

 

「なるほど。正体不明であることが、そんなに大事か?」

「……!」

 

 人語が通じるかは分からなかったが、揺さぶりをかけるとA.N.O.M.A.L.Y.は猛スピードで渦を描き始めた。

 

「き、霧が……!?」

 

 秋水とクララを囲みながら、霧が回転する。

 そして霧の渦中には、尋常ではない速さで一緒に回転するA.N.O.M.A.L.Y.の影。

 

 霧の壁から刃の切先を覗かせ、足音なくペダルを踏み漕ぐ軋み音を響かせる。

 

 艶かしい日本刀の鈍光。

 けたたましく鳴らされる自転車の呼び鈴。

 路面からは、甲高く擦り切れるタイヤの悲鳴が響いた。

 

「大したハンドル捌きだ」

 

 秋水はそこに、二段階目A.N.O.M.A.L.Y.の苛立ちと怒りを見て取る。

 獰猛な肉食獣が、獲物と狙い定めた草食獣へ、今にも飛びかかってきそうな兆しを感じ取る。

 だが、

 

「霧。いや、これはスモッグか? 何にせよ、自転車と日本刀は見せ過ぎだな」

「……!?」

「オマエの()()()、透けて見えたぞ」

 

 倶利伽羅剣は智慧の利剣。

 敵が〝正体不明であること〟にこだわるのなら、言うまでもなく相性は最悪だ。

 

 A.N.O.M.A.L.Y.も遅れ馳せながら、本能でそれを察知したのだろう。

 

 秋水の握る倶利伽羅剣の刃に──ほんのわずか、逃走か継戦かを逡巡した。

 

「そこだ」

「ッ──!?」

 

 その隙を、秋水は見逃さなかった。

 禹歩で霧の壁に急接近し、レーシングカーのように走行していたA.N.O.M.A.L.Y.の横っ腹へ、ズガンッ! と倶利伽羅剣を突き入れる。

 

 手応えは十分にあり。

 タイミングも(あやま)たなかった。

 腹を突き刺し。

 そのまま柄をひねり、内臓があればの話だが内臓を抉り、忿怒炎を注ぎ込む。

 

 霧の回転は止まり、代わりに火柱が出現した。

 

「────────!!」

 

 A.N.O.M.A.L.Y.は声ならぬ絶叫をあげる。

 だが霊核が砕ける前に、自ら輪郭をほどいて消滅を逃れた。

 一瞬の判断。

 実に瞠目に値する即断。

 

 それは秋水も、虚を突かれる対抗手だった。

 

「……A.N.O.M.A.L.Y.のくせに、一度生まれた自分を崩すのか」

 

 秋水は戦闘の構えを解く。

 

「あるいは、そこまで己が遺伝子を保つことに執着したか」

 

 正体不明の怪人は、致命的な傷を負い半死半生となりながらも、すでに逃走を成功させていた。

 

「やるな」

 

 相手は生き物ではない。

 物語は初稿が失われても、改稿版や翻案版が残されていれば、どんな形であれ遺伝子(原型の名残り)を保ち続ける。

 

 遺伝子が残るだけで、それはA.N.O.M.A.L.Y.にとって新生に近い行為ではあるだろうに。

 

 どうやら、相当に生き汚いタイプのA.N.O.M.A.L.Y.だったらしい。

 

「二段階目なら当然か」

 

 霧は消え、異人館街から異常は消えた。

 だが、あれはまた再び輪郭を結び直してくるだろう。

 無論、復活するのにしばらくの時間を要するだろうが、討ち漏らした事実に秋水は凹んだ。

 

 爪先を見つめて、はぁ、とガッカリする。

 

「あの……」

 

 そこに、クララが恐る恐る声をかけてきた。

 仕方がないので、秋水は気を取り直して声に振り返る。

 

「あ、ありがとうございますわ……! 助けていただいて、本当になんと感謝を申し上げたらよいか……!」

 

 毛量の多い金髪ゆる巻き縦ロール。

 品の良いカモミールの香りが、クララのお辞儀によってふわりと漂った。

 

 秋水は「ふむ」と顎に手を添える。

 

 状況は仮説の崩壊を立証していた。

 

 時刻は夕刻。

 今日一日、朝から秋水は孔雀堂家に探りを入れるため駆けずり回っていたわけだが。

 

 エマ、サラと続いて、最後のクララも黒幕説を押し通すのは難しくなって来ている。

 

 クララがもし黒幕なら、さっきのA.N.O.M.A.L.Y.には何故、襲撃されていた?

 あのA.N.O.M.A.L.Y.は、霊視局でさえ捕捉できない隠形能力を持っていた。

 

 外界からの認識をズラして、〝何も異常が無い〟という異界を秘密裏に作り上げていたのだ。

 

 この新世界で、そんな場所が存在するのは有り得ない。

 どんなに霊的に安定している場所でも、微塵も異常の予兆が入り込まないなんて事は、有り得ないのだ。

 大結界でさえ排斥と抑制しか出来ないのだから。

 

 秋水が違和感を察して駆けつけなければ、クララは二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.を相手に一人で戦わなければならず、霊力は最終的にジリ貧となって、かなりマズイ事態に陥っていたはずだ。

 

(本人もそれが分かってるから、この感謝のしようだろうな)

 

 孔雀堂家→蟻道鈴昌→蔭木鏑。

 このラインで呪物が渡り、汐坐市内に二段階目A.N.O.M.A.L.Y.が持ち運ばれた認識だったのだが。

 

(この分だと、孔雀堂家は南湾岸区の流通網を、蟻道に利用されただけの可能性が高くないか?)

 

 そうなってくると、蔭木家と孔雀堂家の現状の繋がりが、また謎になっては来るが。

 そもそも、孔雀堂家は自分から情報漏洩の件で謝罪している。

 

 ひとつ瑕疵(大ポカ)があったのなら、他にも杜撰な点があったっておかしくはない。

 

 というか、さっきのA.N.O.M.A.L.Y.は明らかに人型だった。

 呪物が自律活動しているだけなのか、初めから呪物云々が間違いなのか。

 

 秋水は微妙な顔になって、クララの頭頂部を見下ろしてしまった。

 あ、またカモミールの香り。

 

「とりあえず、近くの店で話をしても?」

「──は、はい?」

「お互い、素性は把握しているようですが、立ち話もあれなので」

 

 秋水はクララを、〈The Alibion House〉へ誘ってみた。

 

 

 

 

 

 

 夕方になり、アフタヌーンティーというよりかは、ディナーの時間が近くなったからだろう。

 英国式の喫茶店では、軽食とは言い難い重めの肉料理が提供を開始されていた。

 

「シェパーズパイと、牛頬肉のギネス煮込みパイを」

「お客さん、未成年じゃない?」

「あれ、アルコールやばい感じですか?」

「うちのはしっかり飛ばしてるから大丈夫だけど、苦いかもしれないよ」

「なら、大丈夫です」

「そうかい!」

 

 店のマスターが頷いて、秋水の注文をキッチンへ伝えに行く。

 ギネス煮込み、とはイギリス・アイルランド地方でよく親しまれる、ギネスビールを使っているからだ。

 

 秋水とクララは、一応、人目を忍ぶために二階の半個室席に着いていた。

 

「先ほどはありがとうございましたわ。お礼に、ここのお代は是非わたくしが」

「誘ったのは俺ですし、注文したのも俺なので気にしないでください」

「そういうわけには……!」

 

 クララは恐縮甚だしく、身を乗り出そうとする。

 だが、秋水が「いいですから」と顔を見つめると、途端に「はにゃぁ」と勢いを失った。

 

 服装はかなり気取っているのに、中身はそれほど高飛車ではないのかもしれない。

 

 顔は妹のサラと同じで、かなり強気に見える造形だが。

 あの妹あればこの姉あり、か。

 喫茶店までの道すがらでも、やたらと腰が低く遠慮がちな様子が目立った。

 

 そして、言っては悪いが、異性に対する免疫がまったく無さそうだった。

 

 秋水が少し肩を近づけただけで、クララは驚くほど切羽詰まった雰囲気になる。

 はにゃぁ、って。

 これが秋水周辺に危害を及ぼそうとしている人間の態度なのか? いや、違うな。

 

(──絶対に黒幕じゃない)

 

 秋水は徐々に徐々に、やる気を失いつつあった。

 それでも、面と向かって話をしようと考えたのは、この際だからストレートに確認してしまおうと思ったからだ。

 

「お待たせしました。こちらシェパーズパイと牛頬肉のギネス煮込みパイになります」

「ありがとうございます」

「あっ、どうも……」

 

 マスターが食事をテーブルに並べ、一礼して奥へと戻っていく。

 それを十分に見送ってから、秋水はパイを切り分けながら言った。

 

「孔雀堂クララさん。クララさんとお呼びしても構いませんか?」

「! もちろんですわ! でも、どうかクララと! 同い年ですもの!」

「では、クララ。俺のことも秋水で」

「いえ、差し支えなければ、わたくしは秋水様とお呼びさせていただければ……!」

 

 かひゅっ、かひゅっ。

 クララは若干、過呼吸気味だった。

 なんかすごく興奮している。ちょっと怖い。

 

 しかし、怯んだと思われては堪らないので、秋水は無表情でパイの小皿をサーブした。

 

「同い年ということなら、気兼ねなく俺も呼び捨てで構わないんですが」

「とんでもございません! 秋水様は汐坐の筆頭術師であるのと同時に、今やわたくしの命の恩人ですわ! 日頃からの恩も含めて、これは孔雀堂クララ一生涯の感謝となります……!」

「重いですね」

「重い女はお嫌ですか……!?」

「好きな部類ではありますが」

「ではわたくし重い女ですわ! 一生重めの女ですの!」

 

 ええ? と秋水は思った。

 それでいいのか? とも。

 本人が乗り気なら良いのだろうが、普通の男だったらドン引きだ。

 

「じゃあ、俺もちょっとだけ砕けた敬語で」

「そんな! 秋水様はご遠慮なさらず、わたくしのことなど気遣われなくて結構ですのよ!?」

「気遣いますよ。俺が筆頭なら、貴方は退魔四家の一角で孔雀堂家の次期当主だ」

 

 年齢もタメなら、立場はイーブンである。

 

「なんて、お優しい方なのでしょう……」

「それより、単刀直入に聞きたいことがあるんですが、ぶっちゃけ貴方は俺の敵ですか?」

「──へ?」

「俺と、俺の周囲に危害を加えることを、企んでいますか?」

 

 企んでいるのなら、先ほどの言葉は撤回しなければならない。

 

「答えてください──敵に敬意を払い続けるほど、俺も器が大きくないからな」

「──!」

 

 分かりやすく、敬語を崩して威圧的にクララを見据える。

 途端、クララは何故か口元を抑えた。

 

「オレサマケイノシュウスイサマモイイデスノ!!」

「なんて?」

「ハッ──失礼いたしましたわ……! もちろん、敵ではございませんの!」

「……まぁ、そうですよね」

「? えっと、何故そう疑われたのかは……嘘でも心当たりが無いとは申せませんが」

 

 一拍、間を挟んでクララは断言する。

 

「我が家は秋水様に、心よりの謝意と思慕を抱いておりますの」

「心当たりがあるのに?」

「……退魔四家ですもの。後ろ暗いことの一つや二つ、それなりにありますわ」

「けれども、それは俺や俺の周囲に危害を加えるような代物ではない?」

「誓って。誓って、秋水様への敵意や害意などはございません。秋水様の周囲にいる方々には……お許しください。女として、多少の敵意は抱いております」

 

 でも! とクララは即座に補足した。

 

「それはあくまで、嫉妬や羨望、対抗意識の類いであって、害意や悪意と呼ばれる代物ではありませんわ」

「……俺の聖域を壊すつもりは無いと?」

「秋水様の聖域に、叶うならばわたくしたちもと。そして、もしもお許しいただけるなら、序列を競い合う程度の〝戦い〟は、どうかご寛恕いただけないでしょうか?」

 

 クララの言葉は、サラに引き続き告白のそれだった。

 妹と違い、姉は羞恥心も照れも責務と覚悟で従え、次期当主としての顔で真摯に重さと向き合っていたが。

 

 平たく言えば、それは一種の告白だった。

 

 政略結婚的な響きが伴う告白だ。

 クララたちからすれば、やはり秋水を手に入れるのは大きな意味を持つのだろう。

 

「だったら」

 

 秋水はひとつ、クララに踏み込む。

 孔雀堂家が白だと濃厚になっていくに連れて、これは想定されるべき新たな仮説だった。

 

 エマには踏み込まなかった。

 彼女は自分から〝調べてみる〟と申し出てきたから。

 

 なら、クララはどうだろうか?

 次期当主だという少女は、どこまで現状の重大さを理解しているのか。

 

孔雀堂家(貴方がた)の周囲で、最も俺の敵である可能性が高い者は?」

「……我が家の、周囲で?」

「さっきのA.N.O.M.A.L.Y.は、俺の管轄案件です」

「! それは、準特等以上でなければ──という?」

「察してましたか」

「お声が聞こえていたものですから……」

 

 戦闘中の秋水の独り言。

 クララはそこから、しっかりアレが二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.である可能性に思い至っていたようだ。

 一段階目の術師ながら、秋水が来るまで状況を凌いでいた実力もある。

 

 術師としては、かなり優秀な〝戦える〟少女だと判断できた。

 

「率直に聞きます。あのA.N.O.M.A.L.Y.が、蔭木鏑によって解き放たれた可能性は高いと思いますか?」

「っ!? か、蔭木鏑ですの!? どうして蔭木家の当主の名前が?」

「そこは隠したがる? 協会はとっくに孔雀堂家と蔭木家の繋がりを把握していますし、だからこそ俺も、貴方たちに会いに来たんですが」

「!! サラとお会いになられていたのは、だからですのね……!」

「エマさんとも、朝に会いましたよ」

「お母様とも!?」

 

 クララは驚愕した。

 その顔を、動揺を、秋水はつぶさに観察する。

 

「ではまさか……いや、けど……あの男なら……?」

「ありがとうございます」

「えっ!?」

「貴方のリアクションのおかげで、蔭木鏑が黒の可能性がより高くなった」

「あっ……そんな、でも──証拠は何も!」

「そこは協会が頑張ってます」

 

 秋水は肩の力を抜いて、背もたれに深く身を預けた。

 シェパーズパイはとても美味しい。

 イギリス料理と聞くと、ついメシマズのイメージが先行するが、こういうジャンキーな食材の組み合わせに失敗は無いのだろう。

 

 カロリーが(かさ)むぶん、悪くない味だった。

 

 ギネスビールで煮込まれた牛頬肉のパイも、大人っぽい味で歯応えがある。

 むしゃむしゃとがっつき始めた秋水に、クララは呆気に取られた様子でポカンとする。

 

「しゅ、秋水様が動かれて、蔭木家当主を逮捕されるんですの……?」

「さて、それはどうだろう? 幸い、協会は俺をまだ子どもとして守ってくれようとしているので」

「子どもとして、守る……?」

「ええ。だから、もうしばらくは甘えさせてもらうつもりなんですが」

 

 いざとなれば、秋水は暴力に踏み切る。

 協会も最終的には、あのA.N.O.M.A.L.Y.をどうにかするのに秋水を頼らざるを得ないのだから。

 もののついでで蔭木鏑を制圧しても、それは仕方のない流れになるだろう。

 

「とはいえ、大人にはいろいろ準備が必要でしょうし、その諸々が整うまでは気楽に過ごしますよ」

「き、気楽に?」

「あのA.N.O.M.A.L.Y.が復活するまでには時間がかかる」

 

 秋水は指を一本、追加で二本立ててみせた。

 

「そして、孔雀堂家は敵じゃなかった」

「もっ、もちろんですわ!」

「蔭木家との繋がりも、見たところは薄そうだ」

「と、当然ですの! あの男とうちに、信頼関係は無いですわ……!」

「じゃあ、どんな繋がりがあるのかは聞きたいところですが」

「ぐっ、それは……えっと……」

「──まぁ、敵意も害意も無いのは分かりましたからね。これで俺の差し当たっての懸念は、全部片付いたんですよ」

 

 南湾岸区へのプチ旅行。

 夏乃と千歳たちを、秋水は安心して連れ出すことが出来る。

 

「やっと、夏を始められそうだ」

 

 自己完結的に呟いた秋水に、クララはその時、「ぁっ」と寂しげに瞳を揺らしてしまった。

 少女は少年のなかに、すでに〝埋まっている席〟を感じ取ったのだ。

 

 然れど、クララにも譲れない積年がある。

 

 寂しげだったのは一瞬で、すぐに立場に伴う責任を秘め抱えた姿勢になった。

 

「──今年の夏は、ぜひ我が家のもてなしをご堪能くださいませ」

「楽しみにしてます」

 

 夏が、いよいよ始まった。

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 tips

 

 ◆謎の二段階目A.N.O.M.A.L.Y.

 

 脅威レベル未定。

 秋水は自分の攻撃を数合、回避・耐え凌いだ事実を以って二段階目と確信した。

 大気汚染を伴うスモッグ・フォグに姿を隠し、協会霊視局の探知網からも逃れる能力を持っている。

 だが、霧越しにも以下の特徴は確認可能だった。

 ・自転車に乗り呼び鈴を鳴らす

 ・日本刀らしき刃物を携行し人を襲う

 ・霧から出てくるのを嫌う

 上記より、秋水はこのA.N.O.M.A.L.Y.の正体を半分は看破している。

 もう半分は〝霧に関係すること〟しか分かっていない。

 

「チッ」

 

 蔭木鏑は戻ってきた呪物を、不快げに握り締めた。

 男はうさ晴らしのため、そのまま呪物を鈍器として振り翳し、大狼家の姉妹へ殴りかかる。

 

「ぐあっ!」

「うぐっ……な、何故……?」

 

 姉妹の一人、(かえで)があまりの理不尽に咄嗟に疑問詞を発してしまった。

 (はやて)は歯を噛み締める。

 二人が許可なく人語を発することを、鏑は許さないからだ。

 

 だが、計画は当初の予定通りに始まっていた。

 青墨秋水を孔雀堂クララと近づける事に成功し、これから数日をかけ、鳶瀬山家との距離を離していく。

 少なくとも鏑の目論見からすれば、上々の滑り出しのはずだ。

 

 男の苛立ちは、ゆえに謎だった。

 そんな姉妹の当惑を感じ取ったのだろう。

 

「グズが」

 

 鏑は軽蔑も顕に吐き捨て、「これだから女は」と唾を吐きかける。

 

「目障りなんだよ、僕より〝上〟の男がいるのも。〝上〟でいるつもりの男がいるのも」

 

 男なら、己こそが最強だと自負を持つ。

 男なら、覇者の気風を背負ってただ他者を屈服させるべし。

 それが叶わない相手には、牙を突き立て喉笛を噛みちぎる。

 

「僕が最強だ」

 

 端的に言えば、鏑は秋水を敵視していた。

 邪魔だと見なしていた。

 しかし、今はまだ業腹ながら力が足りない。

 

「どけ!」

「「──うぐッ!」」

 

 痩せぎすの餓狼は、姉妹を再び蹴り飛ばして、闇へと潜る。

 その背中を、姉妹は憎々しげに、悔しげに睨んだが、大人しく追従するほかなかった。

 

 

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