拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~   作:パッタリ

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1話 ママとなった日

 「あー、喉渇いた。ねえママ、甘いものないの? いちご味の合成ジュースがいいな」

 「誰がママだ。それにそんなもの、この船にあるわけないでしょ。水で我慢しなさい」

 「えー、ケチ。これだから余裕のない大人は嫌なんだよね。お肌にも悪いよ?」

 「こちとら美人だから、肌には気を使ってるっての」

 

 違法な改造が所狭しと施された小型宇宙船エリンジウム号のコックピット。

 黒い髪に赤い瞳を持つ二十代半ばの女性、サンドラは、隣の補助席でふんぞり返る金の髪に青い瞳の少女を一瞥すると、深々とため息をついた。

 

 「文句があるなら元のコンテナに戻すわよ、クソガキ」

 「ふふっ、できるものならやってみれば? もう着手金はそっちに入ってるはずだけど」

 「ちっ……」

 

 操縦桿を握りながら、サンドラはどうしてこうなったのかと、ここ数日の出来事を振り返らずにはいられなかった。

 

 ***

 

 舞台はセレスト星系。

 数百年前、宇宙の覇権を握っていたセレスティアという帝国が送り出した無数の探査船のうち、奇跡的にこの星系に辿り着いた一隻の船が現在の社会の始まり。

 帝国へ帰還するためのワープゲートが修復できないほど壊れていたせいで完全に孤立するも、数百年の月日を経て、セレスト星系は三十億の人口を抱える独自の人類圏へと発展していた。

 そんな広いけれど閉じた星系で、非合法な運び屋として生計を立てていたサンドラのもとに、破格の報酬が貰える仕事が舞い込んだのは少し前のことだ。

 場面は数日前の地上、薄暗い倉庫街へと遡る。

 

 「中身は生物……絶滅危惧種の動物とかだと面倒ねえ。人間なら別の意味で面倒だけど」

 

 指定されたコンテナのロックを解除すると、中には一人の少女が膝を抱えて座っていた。

 

 「……あなたは、運び屋ですか?」

 

 感情の起伏を一切感じさせない、ガラス玉のような青い瞳。十代半ばほどの、人形のように整った容姿の少女だった。

 

 「ええ、そうよ。あんたが今回の荷物ってわけね。さあ、立って。時間がないわ」

 

 サンドラは特に気負うこともなく、少女に向けて手を差し出した。

 少女は無表情のまま、その手を見つめ、やがておずおずと自分の小さな手を重ねた。

 ──その瞬間、ビクッと少女の肩が大きく跳ねた。

 見開かれた青い瞳が、信じられないものを見るようにサンドラの赤い瞳を射抜く。

 それと同時に、空いてる手で自らの頭を押さえる。そこにあったはずの何かがなくなったような困惑と共に。

 

 「どうしたの? 立てない?」

 

 サンドラが心配して声をかけると、少女は突然、口角を歪めてニヤリと笑った。

 

 「ううん、なんでもない。よろしくね、運び屋のおばさん♪」

 「……お、おばっ!?」

 「わたしはイリス。さあ、エスコートしてよね」

 

 先ほどの無機質な態度はどこへやら、急に小悪魔のような笑みを浮かべてずかずかと歩き出すイリス。サンドラは呆気にとられながらも、急いでそのあとを追った。

 軌道エレベーターへ向かう無人タクシーの中で、サンドラはふと疑問を口にした。

 

 「そういえば、今回の依頼主って誰なのやら。代理人を通してきたから、正体がわからないけれども……」

 「依頼主? わたしだけど?」

 「……は?」

 「だから、わたし。研究所の連中の脳波をちょっと弄って、セキュリティコードと口座のパスワードを吐かせたの。あとは機械をハッキングして資金を移動させて、仕事の成功率が一番高いあなたを指名したってわけ」

 「……ちょっと待ちなさい。信じがたいことをぽんぽん言うけど、それが全部事実だとして……あんた、何者なの?」

 

 ただの迷子や、金持ちの家出少女ではない。

 そういった者たちとは、明らかに違う。

 明らかな厄ネタに、サンドラは頭痛を覚えながらこめかみを押さえた。

 

 「人間の可能性を突き詰めるために、とある大企業がいろいろ非合法な研究をやっててね。わたしはその中の数少ない、超能力方面の成功例。作られた実験体ってやつ」

 「機械だけじゃなく人のハッキングもできるとか、何を目的にそんなやばい能力を持たせたのやら……。で、その大企業ってどこよ?」

 「セレスト・インダストリー」

 「うっわ、よりによってそことか」

 

 その名前は、セレスト星系に暮らす者ならば知らない者はいない。

 生活基盤となるエネルギー網や通信インフラから、重工業、医療、軍事、果ては毎日の食卓に並ぶ安価な合成食品に至るまで、この星系におけるありとあらゆる産業を牛耳る巨大な複合企業体。

 

 「はあ、とんでもない貧乏くじを引いたわね、私」

 

 サンドラは生粋の戦闘員ではない。銃を撃ち合うような荒事は苦手だ。

 だが、宇宙船の操縦技術と、この手の裏社会を渡り歩く要領の良さには自信があった。

 例えば、軌道エレベーターの検問。

 サンドラは手慣れた様子で、あらかじめ用意していた偽造IDを提示しつつ、審査官の端末の陰からこっそりと高額の電子マネーが入ったチップを滑り込ませた。

 

 「妹の分です。少し、手続きに不備があって」

 「……ふむ。まあ、今回は特別に見逃してやろう。次からは気をつけるように」

 

 あっさりと身分証のないイリスを紛れ込ませ、二人は宇宙港へと到達した。

 そして、愛機エリンジウム号に乗り込み、星系全体を巻き込む逃避行が幕を開けたのである。

 

 ***

 

 「ねえ、追手はまだ来ないの?」

 

 場面は現在に戻り、イリスが退屈そうにシートに座ったまま足をバタバタとさせている。

 

 「そう簡単には来ない。大企業とはいえ、政府に隠れて非合法な研究をしてたんだから、表立っては動けないはずよ。だから、来るとしてもせいぜい裏の傭兵や私兵でしょうね」

 「ふーん。じゃあ、相手が少ないうちに全部撃ち落とすってのはどう?」

 「馬鹿言わないで。万が一、周囲に被害を出したら、政府軍や治安維持部隊が動き出す。そしたら、いくら私でも逃げ切れないわ。あくまでも、こっそりと逃げるのよ」

 「はいはい、ママは口うるさいなあ」

 「ママ呼びするな!」

 

 サンドラは世話焼きな性分を刺激され、文句を言いながらもイリスが冷えないようにブランケットを投げ渡した。

 

 「ほら、しばらく何もないから、これ被って寝てなさい」

 「……ん。ありがと」

 

 ブランケットにくるまり、イリスは操縦桿を握るサンドラの背中を見つめた。

 その青い瞳の奥には、先ほどの鬱陶しいほどに生意気な態度は欠片もなく、底なし沼のように暗く、冷たく、そしてひどく熱を帯びた感情が渦巻いていた。

 

 ──最初は、ただの暇潰しのつもりだった。

 

 研究所を脱出し、追跡してくる連中の脳波や乗ってる機械をハッキングして同士討ちさせ、大勢を巻き込んで殺戮を繰り広げる。

 長生きするつもりはなかった。ずっと頭の中で、殺せ、壊せ、という衝動が燻っていたから。

 最後は隕石やコロニーなどを地上の都市に落として政府軍を怒らせ、派手に戦って死ぬ予定。

 自分という存在を造り出した者たちへの復讐であり、自己の証明であり、それが唯一の自由の形だった。

 だが、あの薄暗い倉庫で、サンドラと手を繋いだ瞬間にすべてが変わってしまった。

 

 (あたたかい。やさしい。わたしの壊れかけた脳髄を、破壊衝動を、甘く溶かして包み込んでくれるような……)

 

 それは絶対的な安心感。

 理由はわからない。重要なのは、衝動が収まるということ。殺さずに済むということ。

 

 (あぁ……見つけた。わたしの、たった一つのゆりかご)

 

 イリスはブランケットの下で、自分の身体を抱きしめるように両腕を回した。

 サンドラの匂いがする。ただそれだけで、背筋がゾクゾクするほどの快感が脳を駆け巡った。

 だから、死んでやるわけにはいかない。

 政府に目をつけられて、排除されるような事態は絶対に避ける。

 派手な破壊も、大勢の殺戮も我慢しよう。サンドラが本気で嫌がることはしない。

 サンドラが逃げ切れると思える範囲で、適度に危機感を与え、わたしがいなければ困るという状況を巧みに作り出す。

 持続可能な、永遠の逃避行。

 そのためなら、わたしはどんな計算でもやってのける。

 

 (サンドラ……わたしの愛しいママ。わたしはずっと、あなたの隣でワガママな子どもでいてあげる。だから、あなたという籠の中で、永遠にわたしを飼いならしてね……?)

 

 イリスは音を立てずに、ねっとりと、ひどく甘い微笑みを浮かべた。

 前方で「あー、肩が痛い」とぼやく苦労人の運び屋は、背後で向けられている狂気にも似た巨大な執着にまだ気づいていなかった。

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