拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~   作:パッタリ

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13話 悪趣味なオークションを揺るがす者

 (物騒な厄ネタは渡せたし、ろくでもない過去の記録を取り戻した。さっさと帰りたいところだけど……)

 

 VIPルームのふかふかな座席に腰を下ろしたイリスの後ろで、直立不動の姿勢を崩さないサンドラは内心でため息をついた。

 案内されてすぐに「やっぱり帰る」と言い出せば、不自然極まりない。

 かといって、これ以上目立つ行動も避けたい。

 

 (どうやって適当に時間を潰し、自然にこの場からフェードアウトするか……)

 

 サンドラが頭を悩ませていると、ふと視界の端に奇妙な存在が引っかかった。

 豪華な装飾と、これ見よがしに着飾った富裕層たちがひしめくこのVIPルームにおいて、彼はあまりにも異質だった。

 年齢は十八歳くらいだろうか。特徴的な褐色の肌に、目を引く銀髪。

 だが、着ているのは安っぽいジャケットと擦り切れたズボンだ。どこからどう見ても富裕層のそれではなく、むしろサンドラがよく知る“裏社会でその日暮らしをしている若者”に近い。

 不審に思い視線を向けていると、近くの席に座っていたふくよかな貴族趣味な客たちが、ひそひそと噂話をしているのが耳に入ってきた。

 

 「……見なされ、あんな身なりの若者がここにいる理由を」

 「ああ、彼の噂なら聞いていますよ。何日もここのギャンブルで勝ち続けて、とうとうこの闇オークションの参加資格を得るまでになったとか」

 「天文学的な豪運か、はたまた神がかり的なイカサマか。いやはや、ディーラーも監視カメラも、誰もが血眼になって見ていたのに不自然なところが一切なかったため、彼はここに来れたのですな」

 「うーむ。売りに出されている素体より、ああいう才能ある者をこそ、私は飼い犬として欲しい」

 

 下劣な笑い声を上げる客たちを横目に、サンドラは再び青年を観察した。

 青年は、周囲の好奇の視線など一切気にする素振りもなく、ただ一点、ステージの上だけを食い入るように見つめている。

 その視線の先を辿ると、サンドラは腑に落ちた。

 戸籍を持たない素体と呼ばれ、怯えながら檻の中に固まっている子どもたち。その中に一人、若者と同じ褐色の肌と、銀髪を持った少女が混じっていたのだ。おそらくは十六歳くらい。

 

 「ねえ」

 

 不意に、イリスがサンドラのジャケットの裾を軽く引っ張った。

 

 「なに?」

 「たぶん、家族、なんじゃないかなあ」

 

 扇子で口元を隠し、誰にも聞こえないような小声でイリスは言う。

 

 「妹か姉かは知らないけど、助けるためか取り戻すために、オークションに参加してるって? 大した家族愛だけど、それで無事に済むとは思えないわね」

 

 サンドラは、わずかに険しい表情を作った。

 

 「このカジノ船から出るまでは、手出しされることはないから大丈夫だろうけど。でも、そのあとは? どうやって勝ち続けたのか知りたい者、勝ち続けた結果を見て、無理矢理にでも配下にしようと誘拐を企む者……。とにかく、こんな悪趣味なオークションに自力で参加できるだけの実績を残した時点で、強い後ろ楯がないと外で狙われることは確実よ。あいつはもう、詰んでるわ」

 

 裏社会のリアルな非情さを説くサンドラに、イリスは首をかしげた。

 

 「なら、わたしたちは?」

 「ノアが手配してくれた、仮初めの身分のおかげで問題ないわ。どこぞの裕福なお嬢様と、腕の立つ護衛っていう設定で、この船のシステムにも登録されてるからね。強固なバックがあると思わせてる。でも、あのガキは違う。ただの運がいい丸腰の素人よ」

 

 二人がこそこそと話している間にも、ステージ上のオークションは進行し、ついに銀髪の少女が含まれる素体と呼ばれたグループが競りにかけられようとしていた。

 

 「さあ、八千万クレジットが出ました! あと十秒で決まりますが、他にはいらっしゃいませんか……!」

 

 司会者の煽るような声が響く。

 

 「一億」

 

 静かだが、よく通る声が会場に落ちた。あの褐色の肌の青年だった。

 

 「おっと! 一億が出ました! 素晴らしい!」

 「くっ……一億五千万!」

 

 対抗して、先ほど青年を品定めしていた貴族趣味の男性が、意地になったように声を張り上げる。

 

 「二億」

 

 間髪入れず、青年が即座に被せる形で金額を言い放った。

 そのあまりにもあっさりとした二億クレジットという響きに、どよめいていた会場が一瞬だけ、水を打ったように静まり返った。

 

 「ねえ、ママ」

 

 イリスが、本当に純粋な疑問といった様子で小声で尋ねる。

 

 「一億クレジットって、どれくらいの価値があるの?」

 「……家賃の安いところを選んで、庶民基準な生活をすることが前提だけど、一生働かずに暮らせるわね。一億でそれなのに、二億をぽんと出せるとか、ここ数日でどれだけ勝ってきたのやら」

 「わお。それだけ欲しい相手がいるってことなんだねえ」

 

 イリスは感心したように目を丸くしたあと、ふふっと冷たい笑みをこぼした。

 

 「わたしなら、素直にオークションなんかせずに、“いろいろやっちゃう”けど」

 「……あんたはもう少し、手段を選びなさい」

 

 物騒極まりない娘の思考回路に、サンドラは胃の辺りを押さえながら突っ込んだ。

 お嬢様と護衛の小声のやり取りなど、誰も気に留める者はいなかった。

 なぜなら今、この会場にいるすべての強欲な者たちの視線は、檻の中の商品よりも、法外とも言える金額をあっさりと出せる、安っぽい服を着た異端の青年に注ぎ込まれていたからだ。

 

 「──二億、二億クレジット! 他に入札される方は……いらっしゃいませんね!?」

 

 静まり返った会場に、司会者の興奮で上ずった声が響き渡る。

 カン、カン、と落札を告げる木槌の音が鳴り響いた。

 

 「落札です! 見事、こちらのグループを競り落としたのは、今宵の超新星、無敗のギャンブラーの青年だーっ!」

 

 万雷の拍手とどよめきが沸き起こる中、褐色の青年はホッとしたように小さく息を吐いた。

 ステージの檻が開き、中にいた者たちのうち銀髪の少女が、駆け出すようにして青年の元へと飛び込んでいく。

 青年は少女の細い肩を抱き寄せ、何かを耳元でささやいていた。

 その表情には、先ほどまでの冷徹なギャンブラーの面影はなく、ただ妹の無事を喜ぶ優しい兄の顔があった。

 

 「美しい家族愛ですわね、サンドラ」

 

 イリスが扇子の隙間から赤い瞳を覗かせ、わざとらしいお嬢様口調で微笑む。

 

 「ええ、お嬢様。……ただし、あそこが彼らの人生のピークでしょうね」

 

 サンドラは青いカラーコンタクトの奥で、周囲の客たちの顔を冷徹に観察していた。

 誰もが形式的な拍手を送っている。だが、その大半の目はまったく笑っていなかった。

 特に、青年と最後まで競り合っていた貴族趣味の男性や、カジノ船の裏の顔役とおぼしき者たちの視線は、ギラギラとした強欲と嫉妬に塗れている。

 今の彼らが欲しているのは、もはや檻の中にいた少女ではない。

 二億クレジットという法外な大金を、監視の目を掻い潜って稼ぎ出した青年の頭脳、あるいは未知のイカサマの技術だ。

 後ろ盾のない若者がそんなものを誇示すれば、外に出た瞬間どうなるかなど、火を見るより明らかだった。

 

 「落札された商品の引き渡し手続きには、少し時間がかかるはず。熱気も落ち着いてきたし、巻き込まれないうちにここをずらかるわよ、お嬢様」

 

 ちらほらと席を立つ者が出始めたのを見計らい、サンドラはイリスを連れて出口へと向かうことにした。

 

 「あら、もう退散いたしますの? あの青年がどうなるか、見届けてもよろしいのに」

 「好奇心は猫をも殺すって言葉がありまして」

 

 サンドラが背中を押して促すと、イリスは「はーい」と素直に席を立った。

 手に入れたばかりのママの黒歴史データが、自分の端末の中にしっかりと保存されているのを感じ、現在のイリスの機嫌は最高に良かった。

 

 「あとは船に帰るだけだけど……サンドラ、あそこの食事、最後にいろいろ食べたり飲んだりしておきたいな。無料だし」

 

 廊下へ出たところで、イリスがケータリングの並ぶ豪奢なビュッフェコーナーを指差す。

 

 (こんな鉄火場で無料の飯に食いつくなんて、子どもっぽいわね……。まあ、実際に十五歳の子どもなんだけど)

 

 サンドラは呆れつつも周囲を見渡した。

 興奮冷めやらぬまま酒や料理に手をつけている大人が数人いるため、ここで少し食事をつまむ程度なら悪目立ちはしないだろう。

 

 「……手早く済ませてちょうだいよ」

 

 許可を出すと、イリスはお嬢様の演技を保ちつつも、嬉々として皿に色とりどりの料理を盛りつけ始めた。

 サンドラも壁際に寄りかかり、カットされたフルーツを口に運んでいると、不意に内ポケットの端末が短く振動した。

 画面を開くと、ノアからのメッセージだった。

 

 『やっほー。さっきはいい取引だったわね。ところで、優秀な運び屋さんにホットな仕事の依頼が来てる。どう?』

 

 文面から、ノアのニヤニヤと楽しそうな顔が透けて見える。

 情報屋経由で運び屋に仕事が回ってくること自体はよくある。

 そして、そのほとんどが何らかの法やルールを盛大に無視する必要がある、ろくでもない案件だ。

 

 『……話だけは聞いてあげる。何?』

 

 サンドラが返信すると、すぐに詳細なデータが送られてきた。

 スクロールして内容に目を通したサンドラは、持っていたフォークを危うく落としそうになった。

 依頼人は、つい先ほどオークション会場で二億クレジットを叩きつけた、褐色の肌の青年。

 依頼内容は、自分と妹、そしてついでに落札した数人の素体たちを、指定した辺境の廃棄コロニーまで安全に送り届けること。

 

 (冗談じゃないわ……!)

 

 サンドラは顔をしかめた。

 あの青年は今、このカジノ船にいる有象無象の悪党たち全員から命と技術を狙われている歩くトラブルの塊だ。

 先払いで提示された報酬額は確かに破格だが、引き受ければ間違いなく蜂の巣にされる。

 今の自分たちには、イリスが研究所からくすねた大金がある。お金には困っていない。

 

 『却下。いくら積まれても割に合わないわ。他の命知らずを当たりなさい』

 

 サンドラが断りのメッセージを送信した直後。

 ノアから追加のメッセージが送られる。

 

 『待って待って。依頼人から、成功報酬の追加よ。エーテリウムを、拳一つ分。現物確認済み。』

 「……は?」

 

 サンドラは思わず素っ頓狂な声を漏らした。

 エーテリウム。

 一般的には魔法の金属と呼ばれるそれは、様々な利用方法を持つが、人類にとって最も重要なのはただ一つ。

 “所持するだけで細胞の老化を抑制する”という、奇跡のような効果を持ちながら、一切の副作用がない。

 それゆえに、星系政府によって強烈に規制と独占がなされており、小指の先ほどの小さな欠片でさえ、一般人が一生かかっても手に入れられない代物である。

 それが拳一つ分。

 もしも市場に出せば、いったいどれだけの価値が出て、どれだけのニュースになることか。

 

 (なんでそんなふざけた代物を持ってるの……!?)

 

 だが、裏社会の情報屋であるノアが確認済みと言う以上、嘘ではない。

 サンドラは一度閉じた口をもう一度引き結び、信じられない速度で端末のキーを叩いた。

 

 『受けるけど、全力のバックアップを寄越しなさいよ』

 

 欲望に忠実な運び屋の返信が、暗号回線を通って情報屋へと飛んでいった。

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