拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~ 作:パッタリ
「んーっ、美味しい! 合成肉じゃないみたい!」
エリンジウム号を自動操縦に切り替えたコックピット内では、イリスの弾むような声が響いた。
膝の上には、先ほどのコロニーでテイクアウトしたスペースお子様ランチの容器。
一つ目をぺろりと平らげたイリスは、すでにご機嫌な様子で二つ目に取りかかっていた。
「ママの分は一つ残しておくから、安心してよ」
「はいはい、どうもありがとう」
コンソールに足を投げ出し、安物の合成ケーキをフォークでつつきながら、サンドラは適当に相槌を打った。
現在のセレスト星系において、流通している食べ物の半分は合成された代物だ。
工場で培養されたタンパク質やビタミンなどをブロック状に固めたり、着色料と香料で無理やり肉や魚の味に似せたりしたものばかり。
安価で長持ちするため、宇宙を渡り歩く船乗りで、合成食品を食べたことがないという者は存在しないと言えるほどに身近なもの。
「む、返事が適当。ほら、口開けて。あーん」
「……あーん」
イリスのフォークに刺さったハンバーグを渋々食べるサンドラだが、少し表情が変わる。
意外なことにこのお子様ランチは、安い合成食品特有のパサパサ感や不自然な後味がなく、本物の食材に近い風味がした。
あの厳つい傭兵がわざわざ席を立って怒ってきたのも、単なる言いがかりではなく、純粋に美味いお気に入りのメニューを馬鹿にされたからなのだろう。
「……いや、それにしたってあれはどうなの」
大男がちょこんと小さい容器を持つ姿を思い返し、サンドラは改めてため息をつく。
「それで、次はどこに行くのママ?」
「コロニーでは邪魔が入ったでしょ。だから、改めて偽造IDを作るために、知り合いの情報屋に会いに行く」
「どんな人? 信用できる?」
「詳しいことは知らない。行商人みたいにあちこちを転々としてるから、捕まえるのが少し面倒。相場よりも割高だけど、仕事はしっかりしてるし足がつかないから選んだ。……向こうはお尋ね者だから、政府とか大企業に私たちを売ったりしないという部分では、信用できる」
雑談混じりに今度はケーキを飲み込み、サンドラは今後の設定について口を開いた。
「今回作ってもらうIDの経歴というか設定だけど……」
「もちろん親子でしょ? わたしが娘!」
食い気味に提案してきたイリスに、サンドラは即座に顔をしかめた。
「却下。こちとらまだ二十五歳なのに、こんな大きな子どもがいてたまるか。……というか、あんたいくつなわけ?」
「十五歳」
「いろんな意味でアウトよアウト! 十歳で産んだことになるじゃない。親子じゃなくて、姉妹で登録するから」
「えー、ぶーぶー! ママがいい!」
不満げに頬を膨らませて抗議するイリスを無視し、サンドラは情報屋への直通暗号通信を開いた。
十回近いコールのあと、ようやくスピーカーからノイズ混じりの妖艶な女性の声が響く。
『……この裏回線を知ってて繋いできてるのは、誰?』
「物覚え悪いね。私よ私、サンドラ」
『どのサンドラ? ありふれた名前過ぎて、星の数ほど心当たりがあるんだけど』
「美人な方」
サンドラが堂々と言い放つと、通信の向こうで呆れたようなため息が漏れた。
『あー、はいはい。調子乗ってる方のサンドラね。それで、ご用件は?』
「追加の偽造IDを頼みたいの。二十代と十代の、異母姉妹という形式で。もちろん、余計な詮索はなしでお願い」
『ふーん? 急ぎの姉妹設定ね。少し高くなるけど』
「問題ないわ」
『なら、小惑星帯にある“大きいやつ”に来て。待ってるわ』
通信が切れると、隣の席からじっとりとした、冷たくて重い視線が突き刺さってきた。
「……ねえ、今の女の人、誰? 火遊びしてる相手だったりしない?」
「どこでそんな言葉覚えてんの。そういう関係じゃないし、ただのビジネスパートナー」
「どこでって、研究所の職員の脳をちょびっと操って、本とか持ってこさせてたから」
悪びれもせずあっさりと言うイリスに、サンドラはフォークを止めた。
「……それ、バレなかったわけ?」
「バレてるけど、問題ないの。わたし、表向きは従順にしてたから。だって、とっても貴重な成功例と、替えが利くそれなりに貴重な職員、どっちが大事かって話でしょ? それに向こうからしたら、わたしが人間に能力を使った場合のデータも取れるしね」
研究所では割と好き勝手にやっていた、とイリスはお子様ランチのハンバーグを食べながら笑った。
その言葉の裏にある、彼女がどれほど異常な環境で実験体として扱われてきたかという事実に、サンドラの胸がチクリと痛む。
だが、サンドラにできるのは、そっと優しく接することくらいだ。
(とはいえ、このクソガキ度の高さには、時折イラッとくるけども)
生意気な発言に顔の筋肉をぴくぴくと引きつらせながら、サンドラはため息をついた。
「そうそう、設定は姉妹なんだから、お姉ちゃんと呼ぶ練習しときなさいよ」
「えー、やだ」
「あのねえ、年齢考えなさい、年齢」
即答するイリスの額を軽くデコピンしてから、サンドラは操縦桿を握り直した。
***
エリンジウム号が目的の小惑星帯へ足を踏み入れた時、それは唐突にやってきた。
『おい、そこの小型船! エンジンを切って荷物を置いていきな。そうすれば見逃してやるぜ!』
外部通信回線に、下品な声が割り込んでくる。
レーダーには、古い採掘船を無理やり武装化したような、不格好な海賊船の影が映っていた。
『金目の物か、それがないなら食料品でもいいぜ! ただし、あのクソ不味い栄養ブロックを詰め込んでたら沈めるからな!』
「不幸中の幸いね。小遣い稼ぎの雑魚海賊だわ」
サンドラが軽く鼻で笑ってスラスターの出力を上げようとした時、イリスが身を乗り出してきた。
「ねえママ、逃げるのは無駄に時間がかかるから、わたしがどうにかしてあげよっか?」
青い瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように細められる。
「人も機械もハッキングできるっていう、あんたの超能力ね。一応聞くけど、使ったあとの副作用とかはあるの?」
「少しあるよ。熱が出たりするけど、休めば問題ない」
「なら使わない。大人しく見てなさい」
サンドラは即座に却下した。
「こちとら若い時から運び屋やって、自分の船を持って稼いでんのよ。あの程度の海賊、余裕余裕」
小惑星帯と聞くと、岩が密集してぶつかり合う危険な宙域を想像するかもしれないが、実際の宇宙は意外とスカスカだ。
巨大な艦隊ならいざ知らず、全長五十メートル級の小型船であるエリンジウム号にとっては、ただの障害物競走に等しい。
しかも、この船には違法な大出力スラスターが積まれている。
「シートベルトは?」
「してる!」
「よーし、念のため、しっかり座席に掴まってなさいよ」
サンドラの掛け声とともに、エリンジウム号のメインスラスターが火を噴いた。
強烈な加速が二人を座席に押しつける。
『逃げる気か! 撃て、撃て!』
海賊船からいくつかのビームが放たれるが、サンドラは慌てることなくコンソールを操作した。
エリンジウム号の周囲に展開されている軍用規格のエネルギーシールドが、淡い光を放ってビームをあっさりと弾き返す。船体への損傷は皆無だ。
「私に追いつきたいなら、もっとカスタムしてきな! ポンコツ共!」
通信越しに思い切り煽り散らしながら、サンドラは巧みな操縦で小惑星の影を縫うように飛び、海賊船との距離を一気に引き離していく。
『くそっ、覚えてやがれ……!』
海賊の悔しそうな声がノイズにまみれて途切れると、レーダーから完全に敵の影が消えた。
「ほらね、言ったでしょ」
得意げに笑うサンドラから目を離せず、イリスはシートベルトを握りしめたまま、頬を紅潮させていた。
自分の力など使わなくても、この人は守ってくれる。
その事実が、イリスの歪んだ愛情をさらに深く、甘く煮詰めていく。
(ふふ……わたしを怪物にさせてくれないママ。わたしのことを考えてくれて嬉しい)
しばらく進むと、進路の先に他の岩塊とは比較にならないほど巨大な小惑星が見えてきた。
「よし、着いたわ。あれが待ち合わせの“大きいやつ”よ」
サンドラは手慣れた様子でスラスターを逆噴射させ、エリンジウム号をゆっくりと減速させていった。