拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~   作:パッタリ

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5話 嫉妬の炎が燃える秘密基地

 エリンジウム号が接近したのは、直径五百メートルほどのいびつな小惑星。

 

 「ただの岩の塊にしか見えないよ?」

 「そりゃあ、そういう偽装だし」

 

 あらかじめ指定された部分に船を待機させると、小惑星の表面が滑らかに動き、岩肌に偽装されたハッチが開いた。

 そこから這い出すようにして連絡通路が伸びてきて、エリンジウム号とドッキングする。

 

 『内部へは非武装で来ること。宇宙服もなし。受け入れられない者とは会わないわ』

 

 通信機越しに短い指示が入ったため、サンドラとイリスは生身で通路を渡ることにした。

 

 「どんな秘密基地かと思えば、ずいぶんと埃っぽい通路だけど、ここってあまり使用されてなさそう」

 「……ママ、信用できる相手なの?」

 「腕は確か。まあ、性格は難ありだけど」

 

 エアロックの扉を抜けた先、少し薄暗い部屋の奥に、情報屋はいた。

 燃えるような赤い髪を軽く束ねた妖艶な女性だ。

 

 「自称美人の方は、私を知ってるからともかく、初めてのおちびちゃんには自己紹介しましょうか。情報を含めて手広くやってるノアよ。」

 

 キャスター付きの椅子に深く座ったまま名乗ると、興味深そうな視線を向けてくる。

 

 「横の可愛い子が、例の妹ちゃん?」

 「そうだよ」

 

 サンドラが短く答えると、ノアは「ふーん」と喉の奥で笑った。

 

 「サンドラ、ちょっとこっち来なさい」

 「なんで」

 「いいから」

 

 ため息をつきつつ、サンドラが言われた通りに数歩近づいた瞬間だった。

 ノアは椅子から身を乗り出すようにして、いきなりサンドラの首に腕を回し、べったりと抱きついた。

 

 「ちょっ、ちょっと! 何すんのよ!」

 「いいじゃない、久しぶりの再会なんだから」

 

 慌てて引き剥がそうと文句を言うサンドラをよそに、ノアはわざとらしく、イリスの方を見ながら口角を上げてニヤニヤと笑っている。

 明らかにわざと見せつけるような、挑発的なやり口だった。

 

 (……そうか。これはわたしの敵になりたいんだ)

 

 イリスの青い瞳の奥で、ドス黒い殺意が渦を巻いた。

 自分のたった一つのゆりかごに、馴れ馴れしく触れる不愉快な存在。

 わざとやっているなら、後悔するまで痛めつけないといけない。どうやってこの女の脳髄を焼き切って、醜い悲鳴を上げさせながら消してしまおうか──。

 イリスが背骨の端子に意識を集中させ、ハッキングをしようとしたその時、わずかに表情を変えた。

 

 「……生身じゃ、ない。全身が機械……」

 「ご名答」

 

 イリスの呟きを聞き、ノアはサンドラからゆっくりと離れた。

 

 「離れてるのにそれがわかるってことは、相当な訳ありってところね」

 

 ノアは悪びれる様子もなく、イリスを見据えて言う。

 

 「どんな手段かはともかく、私に害をなそうとした。その際、セキュリティにノイズが走ったから気づいたけど、いけない子だねえ」

 「二人とも、見えないところでやり合わないでくれる?」

 

 サンドラはノアの身体を軽く叩いた。

 コツン、と人工皮膚の下から硬い金属音が響く。

 目の前にいるノアは本人ではなく、彼女の外見を模した精巧な遠隔操作ロボット。

 本物はどこか遠く安全な場所から、これを動かしているとのこと。

 

 「こんなことしてる理由は、他人に見せる姿はいつまでも若いままでいたいとかなんとか。そういう美意識の問題らしい」

 

 本当の姿を目にしたことがある者はおらず、探った者はいつの間にか消えている。

 そのことをサンドラはどこか呆れたように補足した。

 

 「さてさて、普通ならペナルティだけど、こっちがわざと煽った部分もあるし、一度目は無しにしてあげる。二度目はない」

 

 ノアは肩をすくめてコンソールに向き直ると、ようやく偽造IDの話に戻る。

 だが、あらかじめ伝えてあった姉妹という設定で話がまとまろうとした時、イリスが露骨に不満そうな顔をして口を挟もうとした。

 それに気づいたノアが、面白がるように声をかける。

 

 「あらあら、何が不満なのかな?」

 「親子がいい。姉妹じゃ、足りない」

 「ふーん? でもね、十歳差の親子は倫理的にも問題だし、いろんな審査とかで怪しまれやすくなる。審査官を納得させられる設定がないと、いくらIDが本物でも足がつくわ」

 

 ノアが諭すように言うと、イリスは瞬き一つせず、すらすらと語り始めた。

 

 「なら、辺境のコロニーによくある《特例扶養控除法》を悪用した貧困層の戸籍売買を装えばいい。わたしは借金のカタに親から捨てられた子ども。ママは、行政からの補助金と食料配給枠の拡大を目当てに、ブローカー経由でわたしを養女として買い取った底辺の運び屋。十歳差でも、辺境の特例法における《保護責任者の成人年齢引き下げ》の穴を突けば、書類上は完全に合法な親子として通る。汚い金目当ての偽装親子という風に見せかければ、役人もそれ以上は深入りしたくなくなるはず」

 

 よどみなく紡がれた、あまりにも理路整然とした設定と法律の抜け穴。

 これには、裏社会に生きるノアも目を丸くしたあと、愉快そうに手を叩いて笑った。

 

 「あははっ! いいじゃない、それ! 最高に性格が悪くてリアリティがあるわ。採用!」

 「ちょっと、勝手に決めないで!」

 

 抗議も虚しく、こうしてサンドラとイリスは、公的な親子として登録されることになってしまった。

 名前については、サンドラもイリスもありふれた名前であるため、そのまま使用することに。

 苗字のみ、コード家という架空の家族がでっち上げられた。

 

 「料金は先払いね。データが書き換わるまで少し時間がかかるから、適当に座ってて」

 

 ノアが高速で端末を操作し始めたため、サンドラたちは手持ち無沙汰になった。

 

 「ねえ、イリスちゃん」

 

 作業をしながら、ノアがふいに口を開いた。

 

 「サンドラだけどね、こいつって結構モテるの。数年前ぐらいに、私の仕事を手伝わせたことあるんだけど、当時は短髪で口数も少ないし、抜き身の刃物みたいに人を寄せつけない感じだったから、お遊びの相手として不良な女の子たちにキャーキャー言われててねえ」

 「……っ、思い出させないでほしいんだけど。というか、そういう演技しろって言ったのそっちでしょうが!」

 

 顔を真っ赤にして反論するサンドラを横目に、イリスの表情が冷たくなっていく。

 

 (わたしの知らないママ。わたしの知らない時間)

 

 旧知であるノアだけが、自分の知らないサンドラの姿を知っている。自分がその姿を直接見ることは永遠にできない。

 その事実が、イリスの心に嫉妬の炎を燃え上がらせた。

 イリスがじっとりとした、射殺すような視線を向けてくる様子を見て、ノアはわざとらしくサンドラの肩を軽く叩いた。

 

 「どうやら当時を見たそうだから、やってやりなさい」

 「はぁ? そもそもあれはあんたのクソッタレな趣味に付き合わされたせいで……」

 

 サンドラが文句を言い返そうとした、その時だった。

 

 ズドォォン!

 

 という重低音とともに、小惑星全体が大きく揺れた。

 

 「なっ!?」

 「あらら、どこの襲撃かしら」

 

 ノアがすぐにモニターへ外部の映像を表示させると、そこには見覚えのあるボロボロの海賊船と、それに並ぶようにして二隻の真新しい巡洋艦が陣取っていた。

 セレスト星系各地に存在するパトロール艦隊である。

 

 『今のは警告である。心ある通報者により、ここで違法な取引が行われていると知らせがあった。直ちに投降せよ』

 

 パトロール艦隊からの威圧的な通信が響き渡る。

 

 「けっ、海賊とズブズブなくせに、よく言うよ」

 

 サンドラが忌々しげに舌打ちをした。

 海賊が軍の一部に賄賂を渡し、自分たちの邪魔になる同業者や運び屋を合法的に処理させるのは、この辺境宙域ではよくある手口だ。

 先ほど撒いた海賊が、逆恨みで通報したのだろう。

 

 「……見つかったし、証拠隠滅を兼ねてここを潰すしかないか。あ、これ偽造IDね」

 

 ノアはやれやれといった様子でため息をつくと、コンソールから抜き取った小さなデータチップをサンドラに放り投げた。

 

 「あんたはどうするの」

 「データ消して、このボディも消す。かなりの爆発が起きるだろうから巻き込まれないよう早く逃げなさい」

 「わかった。ほら、イリス!」

 「うん」

 

 連絡通路を急いで渡り、エリンジウム号のコックピットへ飛び込んだサンドラは、即座にドッキングを解除してスラスターを全開にした。

 急発進したエリンジウム号に向けて、パトロール艦隊から警告のビーム攻撃が放たれるが、強力なシールドがそれを眩い光とともに防ぎ切る。

 その直後、後方で凄まじい閃光が弾けた。

 ノアの秘密基地だった小惑星が、内側から仕掛けられていた爆薬によって木端微塵に爆発し、宇宙の塵と化したのだ。

 

 「うわ、思いきりがいいね」

 

 後部モニターの爆発光を眺めながら、イリスが感心したように呟いた。

 

 「ま、裏社会の情報屋なんて敵ばかりだし。昔から、ああいうロボットを通じてしかやりとりできないくらい、用心深い奴なのよ」

 

 操縦桿を握りながらサンドラが答えると、イリスはふと首をかしげて、意地悪な笑みを浮かべた。

 

 「ふーん。ママが、短髪で抜き身の刃物みたいな時期も?」

 「……っ、今その話をしてる場合じゃないから! 無駄話をしてると舌噛むわよ!」

 

 顔を背けてはぐらかすサンドラの背後では、用済みとばかりに海賊船がどこかへ去り、代わりにパトロール艦隊がエリンジウム号を執拗に追いかけてきているのが見えた。

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