拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~   作:パッタリ

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7話 作られた箱庭の中にある本物

 「まずはその悪目立ちする格好、どうにかしないとね」

 「ほんとだよ。ママのその格好、結構ダサい」

 

 油汚れのあるつなぎ姿に、イリスは率直な意見を口にする。

 これにサンドラは顔の一部がピクピクと動くが、周囲には大勢の人が行き交ってるためいろいろと我慢した。

 

 「……その口を黙らせてやりたくなってきた。あとこれ変装だから」

 「うん、知ってる。ただ、どんな服でもママが選んでくれるなら着るよ」

 

 検問を抜け、娯楽コロニーの商業エリアに入った二人は、早速まともな服を調達することにした。

 移動に利用したのは、コロニー内を巡回するチューブ型の公共車両だ。

 

 「すっごい静かだね、これ」

 「内燃機関がないからね。コロニーってやつは、宇宙空間にポツンと浮かぶ密閉空間だから、空気を汚すような乗り物は使えないのよ。例外もあるっちゃあるけど」

 

 外の景色を珍しそうに眺めるイリスの横で、サンドラは手元の情報端末をせわしなく操作していた。

 移動時間を利用して、宇宙港に停めたエリンジウム号の各部修理と外装変更の手配を済ませてしまうためだ。

 

 「これで完了、と。港へ戻る頃には、別の船に見えるはず」

 「つまりその間、遊び放題!」

 「何事もなければね」

 

 その後、手頃なアパレルショップに入ると、二人はそれぞれ新しい服に着替えた。

 試着室のカーテンが開くと、フリルがあしらわれた上品なワンピース姿のイリスが現れる。

 

 「……お母様、わたしのこの格好はどうですか?」

 

 両手を軽く重ね、初めて出会った時のように、感情を感じさせないガラス玉のような瞳でイリスは小首をかしげた。

 

 「お母様はやめろって言ったよね?」

 

 サンドラが淡々と呆れたように突っ込むと、イリスはパッと表情を崩し、得意げに笑った。

 

 「ふふん、お淑やかなのを証明しようと思って。どうだった?」

 「あー、似合ってる」

 

 悔しいが、人形のように整った容姿には反則的なまでに似合っていた。

 サンドラが事実を認めると、イリスは「やった」と小さくガッツポーズをした。

 

 「ママも、いい感じだよ」

 

 先ほどのつなぎ姿から一転、シンプルなブラウスと長めのスカートに着替えたサンドラを見て、イリスは満足げにうなずく。

 

 「はいはい、それはどうも」

 「もう、素直じゃないんだから」

 「そう言われても、いろんな格好してきたし」

 

 買い物を終え、店を出たイリスは、ごく自然にサンドラの右手に自分の左手を絡ませた。

 

 「なに?」

 「したいからした。だめ?」

 「別にいい。はぐれても困るしね」

 

 周りから見ればどう見ても歳の離れた姉妹だが、あくまでも設定上は親子。

 イリスは娘としての特権を行使するように、指を絡ませたまま、確かめるように何度かぎゅっ、ぎゅっとサンドラの手を握ってきた。

 そのたびに、イリスの口元に自然な笑みが浮かぶ。

 

 「それで、今はどこに向かってるの?」

 「地上の自然環境をできる限り再現したっていう、巨大なドーム」

 

 セレスト星系において、呼吸可能な大気を持つ有人惑星は一つしかない。

 そして環境保護の観点から、軌道エレベーターが建設されたいくつかの指定都市以外への居住は強く制限されている。

 結果として、星系全体の人口三十億人のうち、地上に住めるのは十億人ほど。残りの二十億人は、衛星やこのコロニーのような宇宙各地の施設に散らばって暮らしている。

 

 「一時的な滞在なら条件は緩いから、私は仕事で何度も地上に降りていろいろ見た。ま、宇宙暮らしの人間にとって、広大な自然ってのはそれだけで娯楽になるのよ」

 「そうなんだ」

 

 普通のコロニーにも自然公園と呼ばれるエリアはあるが、どうしても管理しやすい規格化された植物しか植えられていない。だが、この富裕層向けコロニーのドームは違った。

 

 「わあ……!」

 

 ドームに足を踏み入れた瞬間、イリスの青い瞳が大きく見開かれた。

 天井が見えないほど高く広がる青空のホログラム。風に揺れる巨大な樹木。そして、岩肌を縫うように流れる人工の川のせせらぎ。

 ずっと無機質な研究所で育ち、本物の木々や川をあまり見たことのないイリスは、その作り物の景色に素直に目を輝かせた。

 

 「すごい、水が流れてる! 葉っぱや土の匂いもする!」

 

 はしゃぐイリスに手を引かれながら、惑星の雄大な本物の自然を知っているサンドラは、周囲を見渡しつつ淡々とした声でこぼした。

 

 「頑張ってはいるけど、本物には届かない」

 

 その飾らない言葉を聞いて、イリスはふと立ち止まった。

 風に揺れる木々も、川のせせらぎも、すべては計算によって作られた自然。

 それは研究所という箱庭において、徹底的に管理された存在として生きてきた自分自身とひどく重なって見えた。

 

 (所詮は、作り物の箱庭……)

 

 だが、今のイリスにとって、そんなことはどうでもよかった。

 繋いでいるサンドラの手を引き寄せ、自分の冷たい頬にそっと押し当てた。

 

 「……どうしたの?」

 「ううん、なんでもない」

 

 サンドラの手から伝わる、じんわりとした温もり。

 

 (わたしに必要なものがここにあるなら……それ以外のことなんて、全部些細なことだよ)

 

 作られた箱庭の中、イリスは誰にも聞こえない心の中でそっと呟いた。

 

 ***

 

 ドームでの散策を終えた二人が向かったのは、娯楽コロニーでも一等地にある高級レストランだった。

 案内されたのは、重厚な扉で仕切られた完全な個室。

 給仕係のロボットがメニューを置いて下がると、サンドラは小型の端末を取り出し、部屋の隅々までセンサーを向け始めた。

 

 「ん、盗聴器も隠しカメラもなし。一応、変な監視網には繋がってない」

 

 手慣れた様子でチェックを終えたサンドラを見て、ふかふかのソファに座っていたイリスが小首をかしげた。

 

 「ねえ、ママ。そんなに警戒するなら、もっと変装したほうがよくない? 髪や目の色を変えるとかさ」

 「服を変えて身なりを整えてるし、偽造IDのデータが完璧だから下手に隠し立てしない方が怪しまれない。堂々としてればいいの」

 

 サンドラはメニューを開きながら、肩をすくめてみせた。

 

 「どうしてもと言うなら、カラーコンタクトで目の色を変えることはできるけど。どうする?」

 「……ううん、やっぱりいい」

 

 イリスは即答した。そしてサンドラの赤い瞳をまっすぐに見つめて、ぽつりとこぼす。

 

 「ママの目、変えたくないから」

 「あっそ。じゃあ、このままでいきましょ」

 

 その言葉に込められた重い執着に気づくこともなく、サンドラはあっさりと流し、端末のメニュー画面をイリスの方へと向けた。

 

 「せっかくの高級店だし、今日は合成じゃない本物の食事を頼むわよ。好きなの選びなさい」

 「わーい! じゃあお肉の……えっ!?」

 

 メニューの隅に書かれた数字を見た瞬間、イリスの目が点になった。

 

 「な、なにこの値段!? 桁が一つ、いや二つおかしくない!?」

 「普通よ。ここは自給自足できない娯楽コロニーなんだから、天然物の食材はわざわざ他から運んでこなきゃいけないの。輸送費に保管費、諸々が上乗せされるから余計に高いのよ。自給自足できるところか、地上ならもっとずっと安く食べられるんだけどね」

 

 サンドラは呆然とするイリスを横目に、手際よく料理を注文していく。

 

 「宇宙で暮らすのは、息をするだけでもコストがかかるという世知辛い現実があるわけ」

 「なんか、夢がないなぁ……」

 「そんなもんよ。宇宙に出ようが地上にいようが、人間の社会なんてあまり変わらないし」

 

 サンドラは水の入ったグラスを傾けながら、軽く息を吐いた。

 

 「親が金持ちなら子どもも金持ちだし、貧乏なら貧乏なまま。富裕層と貧困層の格差なんて、どこまで行っても埋まらない。……まあ、それがひっくり返ることも、たまにはあるけどね」

 

 サンドラが意味深に笑うと、イリスは自慢げに胸を張った。

 

 「ふふん! わたしのおかげで、ママには一生遊んで暮らせるくらいの大金が入ったからね!」

 「あれだけの資金をごっそり失ったとなれば、あんたがいた研究所の連中、今頃は上の人間に死ぬほど怒られてそうだけど」

 「あははっ、絶対青ざめてるよ! いい気味だね!」

 

 二人は顔を見合わせて、悪巧みを考える相棒のように笑い合った。

 

 「……私が子どもの頃なんて、こんな高級店、外から眺めることすらできなかった」

 

 ふと、サンドラが昔語りを始めた。

 

 「ママも貧乏だったの?」

 「ええ。孤児として育った。お金持ちが寄付するような、綺麗で設備も整ってる孤児院じゃなくて、その日食べるものにも困るような底辺の施設。だから、義務教育が終わったあとは、生きるためにすぐ裏社会に足を踏み入れた」

 

 サンドラの視線が、宙を泳ぐ。

 

 「ろくでもない日々だったけど……思い返すと、ノアの使いっぱしりになってた時期が一番イライラしてた気がする」

 「……どうして?」

 

 ノアの名前が出た瞬間、イリスの声が少しだけ低くなったが、サンドラは気づかずに愚痴をこぼし続けた。

 

 「どうしてって、そりゃ私が美人だからよ。あいつ、私を自分のコレクションみたいに着飾らせて、いちいち演技指導までして、ただ者ではない感じを演出するための道具にしたのよ。抜き身の刃物だの、孤高の狼だのって」

 

 ため息混じりに語るサンドラを見つめながら、イリスの心の中で冷たい殺意が静かに、そして確実に形作られていく。

 

 (……やっぱり、あの情報屋は生かしておけない。これからの人生を考えると、絶対に消す必要がある)

 

 いつか必ずあのロボットの接続元を割り出し、本物ごと宇宙の塵にしてやろう。

 そうイリスが心に誓った、次の瞬間だった。

 

 「おかげで、当時の痛い設定で撮られた恥ずかしい写真とか映像とか、あいつのデータに記録されててね。思い出すだけで嫌になるわ」

 

 ピタッ、と。イリスの思考が停止した。

 

 「……どんな?」

 「え?」

 「どんな恥ずかしい写真とか映像があるの? ねえ、見せて。教えて。ママの昔のやつ」

 

 テーブルから身を乗り出し、目を爛々と輝かせるイリス。

 先ほどまでの冷酷な殺意はどこへやら、その顔には隠しきれない好奇心と、サンドラのすべてを知りたいという異常な熱意が張りついていた。

 

 「……っ、教えるわけないでしょ!」

 「えー、ケチ! わたしはママの娘なんだから、知る権利があると思う!」

 「どんな権利よそれ! そもそも記録したデータ持ってるのはノアだから!」

 

 言い争いがヒートアップしかけた絶妙なタイミングで、配膳ロボットが静かに扉を開け、芳醇な香りを漂わせる皿を運んできた。

 

 『お待たせいたしました。ご注文の料理でございます』

 「ほら、料理が来たわ。冷めないうちに食べる!」

 「むー……あとで絶対に聞き出すからね」

 

 渋々といった様子でフォークを手にしたイリスだったが、天然物の肉を一口食べた瞬間、その表情がパァッと明るく弾けた。

 

 「……っ! なにこれ、すっごく美味しい! お子様ランチの百倍美味しい!」

 「でしょ? お高い本物の味ってやつよ。あれも悪くはないけど、安くするために妥協してるところあるから。ほら、口の周りにソースついてるわよ、クソガキ」

 「もー、早く拭いてよママ!」

 

 呆れながらもナプキンを差し出すサンドラと、嬉しそうに笑うイリス。

 高級レストランの静かな個室に、偽装ながらも、少しだけ本物に近づき始めた二人の軽快な笑い声が響いていた。

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