拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~   作:パッタリ

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8話 量産される生命

 レストランを出て、人通りの多いメインストリートをぶらついていると、前方の広場が少しばかり慌ただしい空気に包まれているのに気づいた。

 二人は人混みに紛れながら、そっと様子を見る。

 

 「……ですから、本日の十六時をもって、この広場を含む指定した範囲を完全に封鎖していただきたいと申し上げているのです。重役が到着するまでの間だけでいいので」

 「無茶を言わないでくれ。事前の通達なしに急に立ち入りを禁じれば、旅行客が黙っていない。それに我々の管轄を──」

 

 広場の一角で、タクティカルスーツを着たセレスト・インダストリーの私兵らしき者たちと、コロニーの警備担当と思わしき者たちが、何やら小声で揉めているようだった。

 

 「……どうやら、大企業のお偉いさんが視察か何かで訪れるらしくて、その受け入れ準備でピリピリしてるみたいね」

 

 通行人のふりをして会話を盗み聞きしたサンドラが、小声でイリスに告げた。

 

 「……どこかの実験体を探しに来たってわけではなさそう。いや、命令があればすぐ探しに動くだろうからまずいか」

 「わたしがハッキングして、もっと詳しい情報集めたりとか、どう?」

 「馬鹿言わないで。もしもバレたら危険過ぎる。ここから離れるわよ」

 

 サンドラはイリスの手を引き、そっと人の流れに合わせて違う場所へと向かった。

 歩きながら、イリスは興味深そうに呟く。

 

 「でもさ、偉い人がただ遊びに来たって様子でもなさそうだったけど、どんな用で来てるのかな?」

 「さあね。派手な娯楽で覆い隠したこのコロニーの裏に、大企業が秘密にしてる何かがあったりとかして」

 

 サンドラが軽い調子で冗談めかして言った、その時。

 ピピピピ、と情報端末に短い通知音が鳴った。

 立ち止まって画面を開くと、発信元不明の匿名のメッセージが届いていた。

 差出人の名前はないが、このタイミングで送ってくる者など一人しかいない。

 

 『まだ無事? とある大企業様が、星系中のコロニーに人を送り始めたわ。おそらく何かを探すためだと思うけど。広い宇宙で探し物をさせられる人って大変ねえ』

 

 内容はそれだけだが、十分すぎるほどの警告だった。

 セレスト・インダストリーが、懸賞金で釣ったハンターだけでなく、本格的に自前の戦力を使って捜索網を広げ始めたのだ。

 サンドラはすぐに端末を操作し、エリンジウム号の修理と外装変更が終わるまでの時間を確認した。

 

 (残りは……十時間ほどか)

 

 軽く顔をしかめると、サンドラはイリスの耳元に口を寄せて小声で話した。

 

 「馬鹿娘によくない報告。大企業が本腰を上げて、あちこちのコロニーに捜索の手を広げてるみたい。私たちの船の修理が終わるまであと十時間。それまで、ここを出られない」

 「宇宙船の中で過ごすのは?」

 「まだ外装の溶接とかで作業中だから、中には入れない」

 

 十時間というのは、宇宙船の修理などを考えるなら短いものの、逃亡者にとってはあまりにも長い。

 二人はその間、どこで時間を潰すか頭を悩ませることになった。

 最新のアトラクションを楽しめるテーマパークは、列に並んでる時に見つかる可能性が高いので却下。

 では映画館の個室はどうかと考えたが、いざという時の逃げ場がないため危険。

 協議の結果、他の施設よりは圧倒的に人の少ない博物館が選ばれる。

 

 ***

 

 観光客があまりおらず、静まり返った博物館の中を二人は適当に歩いていた。

 パンフレットの案内によると、近々改装予定で区画が縮小されているとのこと。

 

 「人が少ないねー」

 「そりゃあね。改装するから行ける範囲が狭くなってるし」

 

 古代の宇宙船の模型や、惑星開拓時代の古い機材などが展示されているエリアを抜け、やがて遺伝子調整とクローン技術の歴史についてのコーナーに辿り着いた。

 培養カプセルのレプリカを眺めながら、サンドラはふと思った。

 

 (大企業が血眼になって探してる、唯一の成功例……。そのデータがあるなら、イリスのクローンが作られている可能性があるんじゃ?)

 

 そんな嫌な想像が頭をよぎった瞬間だった。

 ふと視線を感じて振り返ると、来た道の方から、こちらをじっと見つめている一人の少女が立っているのに気づいた。

 ──見た目はイリスによく似ている。だが、背丈はさらに小さく、より幼かった。

 

 「オリジナルを確認……」

 

 少女が無機質な声で呟き、手に持った小型の通信機を口元へ寄せ、どこかへ連絡を入れようとした。

 

 バチッ!!

 

 その瞬間、通信機がショートしたような音を立てて激しく煙を吹き、完全に沈黙した。

 イリスが能力を使って内部回路を焼き切ったのだ。これにより、少女の続く言葉は封じられた。

 

 「……っ!」

 

 サンドラは周囲に護衛や他の人々がいないことを瞬時に確認すると、一気に距離を詰め、少女の腕を捻り上げて壁に押しつけた。

 

 「こいつを操って、知ってることを全部吐かせて。もう、手段を選んでる場合じゃなさそう」

 「わあ、ママってば悪党」

 「そりゃ、こちとら非合法な仕事で食べてるんだから悪党よ。さっさとやりなさい」

 「少し待ってて」

 

 イリスが少女の額にそっと手を触れる。

 少女は抵抗して逃げようと身をよじったが、数秒後、糸が切れたように動かなくなり、その瞳から一切の感情が抜け落ちた。

 

 「わざわざ触れる必要ある?」

 「あるよ。より確実に、素早く従わせることができる」

 

 だからさっきは、操って黙らせるのではなく咄嗟に通信機を壊すしかなかったとのこと。

 

 「これでいろいろ聞けるよ。この子が知ってることだけ、だけどね。聞かされてない情報は言えない」

 「上等よ。それじゃあ……あんた、何者?」

 

 サンドラが尋ねると、少女は機械のように平坦な声で答えた。

 

 「研究所で作られた、イリスという成功例のクローン」

 

 予想通りの答えに、サンドラは奥歯を噛み締める。

 

 「どれくらいいるの? その幼い見た目の理由は?」

 「自分を含めて二人。ここと、別のコロニーに。カプセルの中で成長途中の個体を、捜索のため強制的に目覚めさせた」

 「持っている能力は?」

 「専用の機材に接続することで、オリジナルより劣った能力を行使することができる。そして、オリジナルの居場所をなんとなく感知することができる」

 「研究所とやらは、オリジナルをどうする気?」

 「知らない。探し出すようにとだけ命令された」

 「このコロニーに来て私たちを見つけたのは偶然? 意図的?」

 「偶然。まずは大勢の人々がいる環境で、指示に従いながらまともに動けるかを確認する予定だった」

 

 一通り聞き終えたあと、サンドラは顔をしかめた。

 ここに置いていけば、感知能力でまた見つけてくるだろう。

 かといって、この幼いクローンを殺すのは、裏社会で生きているサンドラにとっても強い抵抗があった。

 

 「イリス、人を操る能力って、どれくらい効果が続く?」

 「簡単な指示なら一週間くらい。難しく細かくなるほど、短くなるよ」

 「なら、二日か三日ほど『オリジナルを感知できなくなる』って感じで暗示をかけられる?」

 「できるよ。任せて」

 

 イリスが再び能力を行使したのを確認すると、サンドラはもう一度少女を操るように言って、女子トイレの個室に入らせ、内側から鍵をかけさせた。

 そして、ドアの隙間から非殺傷設定のビームブラスターを撃ち込み、完全に麻痺させて気絶させる。

 一連の作業を終えたあと、サンドラはなんともいえない複雑な表情を浮かべた。

 

 「……人を操れる力って、改めて見ると本当に恐ろしいわね。今のを見る限り、内部工作とかなんでもできるじゃない」

 「だから、自力で研究所から逃げることができたわけ。だからこそ、向こうはわたしという成功例を喉から手が出るほど取り戻したがってる」

 

 博物館を急いで出る途中、サンドラはずっと気になっていたことを尋ねた。

 

 「そういえば、あんたの最初の依頼には『星系外縁部の辺境に送り届けるように』ってあったけど……あそこに行って、元々何をするつもりだったの?」

 

 イリスは立ち止まり、振り返ってごく当たり前のことのように、あっさりと答えた。

 

 「大量殺戮のための準備。地上の都市に、隕石とかコロニーとか落とすつもりだった」

 「……は?」

 

 あまりにもスケールの大きい狂気に、サンドラはぎょっとして目を丸くした。

 

 「自分を作った者たちへの復讐。自己の証明。そしてそれがわたしにとってのわずかな自由の形だったから」

 

 そう語るイリスの横顔には、今までの生意気な雰囲気は一切なく、底冷えするような虚無と狂気が宿っていた。

 

 「……でも、そうしなかったってことは、考え直す出来事があったってことでしょ?」

 

 サンドラがどこか探るように言うと、イリスはいつもの顔に戻り、サンドラの腕にぎゅっとくっついてきた。

 

 「ママに出会えたからね♪」

 

 満面の笑みでそう言うイリスを見て、サンドラは深く、ひどく疲れ切ったため息をついた。

 

 「……どこまで本気なんだか」

 

 呆れ半分にぼやきながらも、腕に絡みつくイリスを引き剥がすことはしなかった。

 冗談なのか本気なのか底知れないこの少女を連れて、今はここから無事に脱出するのが先決だ。

 薄暗い展示室を足早に抜け、正面エントランスへと続く回廊に差し掛かろうとした、その時だった。

 不意に、サンドラは足を止めた。

 

 「……待って」

 

 鋭くささやき、イリスを背後へ庇うようにして素早く壁の陰に身を寄せる。

 

 「どうしたの?」

 

 首をかしげるイリスを片手で制し、サンドラは耳を澄ませた。

 先ほどまで遠くから聞こえていた一般客のざわめきが、完全に消え失せている。

 代わりに響いてくるのは、硬質なブーツが規則正しく床を叩く音。

 それも一つや二つではない。統制の取れた複数の足音だ。

 嫌な予感が背筋を駆け抜けた。

 サンドラは息を潜め、大きな柱に背中を張りつけながら、前方へとにじり寄る。

 

 「……まずいわ。クローンからの連絡がないのに気づいたのかも」

 

 博物館のロビーを慎重に覗き見たサンドラは、舌打ちした。漆黒の戦闘服に身を包んだセレスト・インダストリーの私兵たちが、ライフルを構えて続々と集まり始めている。

 雰囲気的に、イリスの存在にはまだ気づいていない。

 

 「資材の搬入口へ向かうわよ。あそこなら外への抜け道があるはず」

 「了解、ママ」

 

 二人は影を縫うようにして、資材搬入用の巨大なシャッターを目指した。

 作業はしばらく行われていないのか、重機が放置されているだけで人の気配はない。

 だが、背後から無機質な足音が、激しく近づいてくるのが聞こえた。

 

 「こっち。飛び込んで」

 

 サンドラは工事途中らしい床の亀裂を見つけると、イリスの手を引いて迷わず飛び込んだ。

 ふわり、と浮遊感が全身を包む。

 そこはコロニーの外壁と内壁の隙間に存在する区画だった。

 重力制御装置の出力が弱く、二人はスローモーションのように数十秒ほどゆっくり落ち続けたあと、暗い底へと着地した。

 

 「メンテナンス通路とかじゃない……? なんなのここは。倉庫?」

 「ねえ、あそこ」

 

 イリスが指差した先には、青白い培養液に満たされたカプセルが、暗闇の中で幾千も並んでいた。

 サンドラはペンくらいの大きさをした小型ライトを取り出して点灯する。

 中に入っていたのは、イリスのようなクローンですらなく、さらに厄介な代物だった。

 

 「これ……全部、まさか遺伝子調整された動物?」

 

 カプセルの中で眠っているのは、動物の耳や尾を持ちながら、あまりにも人間に近しい容姿を持つ生物。

 法律では、動物への遺伝子調整自体は合法ながらも、人に近い姿形にすることは、倫理上の観点から最も重い禁忌とされている。

 

 「セレスト・インダストリー……裏で、こんな悪趣味なものを量産して売ってたっていうの?」

 

 イリスは静かにカプセルを見つめる。その瞳には、同情とも嫌悪ともつかない複雑な色が浮かんでいた。

 

 「ママ、これ、わたしと同じ。勝手に作られた、魂のない入れ物だよ」

 「……違うわ。あんたにはちゃんと、私の頭や胃を痛くさせるくらいの魂があるから」

 

 やれやれといった様子でサンドラは言った。

 だが、目の前にあるのは星系を代表する大企業の致命的なスキャンダルだ。

 これを見つけた自分たちが、生きてこのコロニーを出られる確率はどれほどだろうか。

 エリンジウム号の修理完了まで、あと数時間。

 巨大な陰謀を前に、サンドラは暗闇の中でただ一人、震える拳を握りしめていた。

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