拝啓、クソガキのママになりました。~自称美人な運び屋と少し壊れてる少女の星間逃避行~   作:パッタリ

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9話 巨大過ぎる企業の内情 窮屈過ぎる人型重機

 暗い空間の奥から複数の足音が近づいてくる。

 それを察知したサンドラは、イリスを引っ張って巨大な培養カプセルの陰へと身を滑り込ませた。

 

 「……誰か来る。隠れて」

 「今度は誰かな?」

 

 現れたのは、先ほど上の階に集まり始めていた漆黒の私兵たちではなかった。

 白衣のような作業着を羽織り、手元のタブレットでカプセルのデータを点検している、数人の研究者らしき男性たちだった。

 

 「やれやれ、上の博物館にどうして私兵連中が来たのやら。心臓に悪い」

 「“秘密の副業”がバレたかな? まあ、いざという時は事前に設定した通り、適当な犯罪組織が隠れてやっていたという風に偽装して、ここを放棄するだけだ」

 「あー、もったいないな。これだけの設備はなかなかないってのに。気づかずに去ってくれるのを祈るしかないか」

 

 ため息混じりの雑談を交わしながら、研究者たちは通り過ぎていく。

 息を潜めて話を盗み聞きしていたサンドラは、彼らの足音が遠ざかったのを確認して小さく息を吐いた。

 

 (なるほどね。あの私兵たちと、この違法ペットを作ってる研究者たちは繋がってないのか)

 

 セレスト・インダストリーという企業はあまりにも巨大過ぎる。

 それゆえに、内部でも部門ごとの情報の分断や、隠れて利益を貪ろうとする醜い争いが蔓延しているのだろう。

 

 「ねえ、ママ」

 

 どうやってここから抜け出すか頭を悩ませていると、イリスが服の袖を引いた。

 

 「ここでじっとしたまま、浮かんで上に戻るのってできない?」

 「難しい。落ちてくる時、数十秒ほどかかったでしょ? かなりの距離があるから、ジャンプした程度じゃ届かない。完全な無重力ならともかく、弱くても重力が働いてるから」

 

 サンドラが首を振ると、二人は再び出口を求めて、こそこそと周囲の探索を再開した。

 しばらく区画の隅を進むと、少し開けた搬出用のスペースらしき場所に出た。

 そこには、カプセルや重い資材を運ぶためと思わしき、全高三メートルほどの人型ロボット、もとい、人型重機がひっそりと駐機されていた。

 

 「あれは……使えるかもしれない」

 

 それは、古い時代のパワードスーツから発展していった、宇宙空間における各種作業用の機体だった。

 宇宙服よりも堅牢で、飛び交うデブリから身を守る防護服としての役割も兼ねている。

 当然のことながら、純粋な作業用であるため武装は一切施されていない。

 

 「これに乗って逃げるの? でも、一人乗りだよ」

 「あんた、これ操作できないでしょ? 仕方ないから一緒に乗るわよ」

 

 サンドラが機体のハッチを開けると、操縦席というよりは、人がそのまま入り込む空洞のような空間があった。

 この手の重機は、座って操縦するというより、立って機体を着るという感覚に近い。

 操縦者の動きをトレースして、そのまま重機の動きへと拡張させる仕組みなのだ。

 サンドラが先に乗り込み、そのわずかな隙間にイリスを無理やり押し込む。

 正面から抱き合うような体勢になり、ハッチが閉まると、内部は身動き一つとれないほどの密着状態になった。

 

 「ああもう、ただでさえ動く必要があるのに。本来より動きにくいし、狭いし……!」

 

 文句を言いながらサンドラがメインシステムを起動させる中、胸元にすっぽりと収まったイリスは、どこか嬉しそうに目を細めていた。

 

 「あはっ。ママにここまで密着できるの、初めてかも」

 

 イリスはどさくさ紛れにサンドラの首元に顔を埋め、その匂いを堪能するように深く、深く深呼吸をした。

 そして、狂気を孕んだ甘い声でささやく。

 

 「これで、死ぬ時は一緒だね」

 「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」

 

 サンドラはイリスの発言を、即座に切り捨てた。

 

 「死んで終わるという選択肢は、私にはないからね。絶対に生きて逃げ切る」

 

 その力強い前向きな言葉に、イリスは胸の奥が熱くなるのを感じて、小さく微笑んだ。

 

 「ふふ、頼もしいなあ」

 

 機体のカメラを通じて、サンドラは周囲の経路を確認する。

 

 (上の博物館にいる私兵連中は、クローンからの連絡が途絶えたことには気づいていても、イリス本人がここにいることまではまだ気づいていない)

 

 もしこのまま上層へ戻れば、完全武装した私兵部隊と真っ向から鉢合わせることになる。それは最悪のシナリオだ。

 となれば、ここから脱出するルートは一つ。

 

 (どうあっても、ここの研究者たちが使っている秘密の搬出ルートを強行突破するしかない)

 

 当然、機体を動かせば研究者たちに見つかり、彼らを敵に回すことになるだろう。

 だが、イリスの正体を知って血眼で追ってくる企業の精鋭を相手にするよりは、よっぽどマシだ。

 

 「舌噛まないようにしなさいよ。だいぶ揺れるから」

 「はーい、ママ」

 

 重厚なモーター音とともに、三メートルの人型重機が、ゆっくりと金属の巨体を立ち上がらせた。

 

 ***

 

 コロニーの外壁に通じるルートを探して、機体を慎重に進めるサンドラ。

その途中、不意に正面の巨大な扉が開き、もう一機の人型重機が数人の作業員を引き連れて入ってきた。

 

 「……まずい」

 

 息を呑んで立ち止まるサンドラに、外部スピーカーから通信が入る。

 

 『おい、手が空いてるならこっち手伝ってくれ。追加の注文が入ったから、急ぎで五つほど運ばないといけねえ』

 

 一瞬悩んだサンドラだったが、無言で頷く動作を機体にさせると、指示された通りに培養カプセルを持ち上げた。

 

 『一応、周囲には気をつけろよ。少し前、周囲をよく見なかった馬鹿が急に動いて、よりによって研究者の一人を吹っ飛ばしやがったからな。……ん?』

 

 通信の向こうの男性が、ふと不審げな声を上げた。

 

 『待てよ。その機体、馬鹿が馬鹿やったやつじゃねえか。あいつは今、反省室に押し込まれてるはず……』

 (ちっ、バレたか)

 

 サンドラは冷や汗を流し、先手必勝で相手の重機を殴り飛ばすべきかと考えるも、相手は意味深な笑い声だけを漏らした。

 

 『ふっ……まあいい。追加人員の奴、運ぶ先はこっちだ。ついてこい』

 

 どうやら、元々の操縦者じゃないことに気づいても、それを周囲に知らせるつもりはないらしい。向こうも何やら訳ありのようだ。

 

 「では、外で合流を」

 

 カプセルを巨大な搬出用エレベーターに運び終えると、重機二機を乗せてエレベーターは降下を始めた。

 生身の作業員たちは宇宙服に着替え、別のルートから合流するらしい。

 降りていく最中、相手の重機がこちらに装甲をコツンとぶつけてきた。

 機体同士を直接接触させることで傍受を防ぐ、接触通信だ。

 

 『……あんたが何者かは知らんがね、俺の邪魔はせんでくれよ? まあ、大人しく指示に従ってくれてるから大丈夫そうだけどな』

 『そっちこそ、何者なのか教えてくれる?』

 『おっと、女の声とは驚いた。なに、ちょいと大企業様のスクープを求めて潜入中の“一般人”ってところだ。まず末端で入社して、こういう暗部に関われるようになるまで長かったぜ』

 『……一般人ねえ』

 

 そこまでやるとか、他の企業の工作員の間違いじゃないのかと言いたくなったが、サンドラは苦笑だけで済ませた。

 

 『私は無事に宇宙港に帰りたいの。手伝ってほしいんだけど?』

 『いいだろう。じゃあ、外壁に出たあと、適当に別の作業を命じる。で、あんたはそのまま外壁を歩いて港へ向かえばいい。この重機は紛失したことにしといてやるよ。こっちは今、ちょいとゴタゴタしてるから誤魔化しが利く』

 『とある大企業のお偉いさんが、私兵を連れてきてるから?』

 『そうそう。わざわざ余計な武装までさせてるもんだから、ここの警備と揉める始末でな。一体、何が目的なのやら』

 

 相手の言葉に、サンドラは合点がいった。

 どうやら、超能力方面の成功例たるイリスの存在は、企業内でもかなりの最高機密らしい。

 違法な遺伝子調整ペット事業という、十分に黒い部門の者ですら何も知らされていないのだ。

 

 (……となると、イリスのことを知って動いている者は、思ったよりも少ない)

 

 もし、成功した実験体であることが広く知れ渡れば、他の企業や星系政府までもが、後ろ暗い実働部隊をこぞって送り込んでくるだろう。

 ある意味、セレスト・インダストリー内部の一部だけが動いている今の状況が、まだマシなわけだ。

 ただ、一部とはいっても元々の大きさを考えるとかなりの人数になる。

 サンドラは窮屈な操縦席の中で、こっそりとため息をついた。

 やがてエレベーターが止まり、巨大なエアロックを抜けてコロニーの外壁部分へ出た。

 そこには、偽装された小型の宇宙船が複数係留されていた。

 

 『でかい宇宙船だと、すぐ探知されるからな。こそこそと運ぶなら小型船がいい』

 『それは、確かにね』

 

 非合法な運び屋をしているサンドラは、素直に同意した。

 こういう形でこっそりと積み荷を運ぶのは、彼女にとっても日常茶飯事であるために。

 小型船への積み込みが終わったあと、サンドラは打ち合わせ通りに別の点検作業を命じられたという体で、その場を離れた。

 宇宙空間に広がるコロニーの外壁を、重機の足に備わった吸着マグネットで歩いていく。

 

 「ふぅ……エリンジウム号の作業完了まで残り二時間。この段階なら船の中には入れるはずだから、急ぐわよ」

 

 サンドラがそう言うと、胸元にすっぽりと収まっているイリスが不満げな声を上げた。

 

 「えー、もっとこの窮屈で、ぎゅっと押しつけられてる状態でいたいな」

 「こっちは結構痛いんだけど。あんたの骨とかいろいろ当たってるから」

 「えー? 骨だけじゃなくて、わたしの心臓の音も当たってるでしょ? ほら、ドキドキしてるの、わかる?」

 

 イリスがわざとらしく、すりすりと胸を押しつけてくると、サンドラは顔をしかめた。

 

 「わかるっていうか、近すぎてうるさいくらい聞こえてる。……ていうか、あんた絶対わざとでしょ」

 「気のせいじゃない? あっ、ママの心臓もすっごい早く動いてる。ねえ、もしかしてこんなに密着されてドキドキしてる?」

 「ばっ……! 違うわよ! さっきまで敵に見つかるかどうかの瀬戸際だったんだから、心拍数くらい上がるでしょ!」

 

 熱く反論するサンドラを、イリスは下からねっとりとした、ひどく甘い瞳で見つめ上げた。

 

 「ふふっ、そういうことにしておいてあげる。あーあ、この重機ごとエリンジウム号の部屋に持ち込んで、ずっとこのままくっついて寝たいなぁ」

 「ただの金属の塊の中で寝てどうすんの。早く自分のベッドで手足伸ばして寝たいって普通は思うでしょうに」

 「ママの匂いがして、ママの温度が直に伝わってくるここが一番いいんだもん」

 「……あっそ。はいはい、嬉しいこと言ってくれるわね。でも次わざと動いたら、本当にこのまま宇宙空間に放り出すからね」

 「でも実際にはしないでしょ?」

 「調子乗ってると本気でお仕置きするけど」

 

 広大な宇宙の星明かりの下、狭苦しい人型重機の中で、二人のしょうもない口喧嘩が響いていた。

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