森下藍に振り回される話   作:アルラトゥ

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プロローグ

 

 「──なぁ、森下。さっきの授業中、後ろから何をしていたんだ?」

 「私は普通にノートに板書を写していましたが。授業中なのですから当然のことでしょう渡会桐人」

 「うん、それはそうだな。けど俺はな、定期的に後ろから軽い何かが髪や首筋に当たる感触をずっと感じていたんだ。俺の後ろの席の森下藍さん? 君なら何か知ってるんじゃないかと思って尋ねているんだよ」

 「はて、それは不思議ですね。先ほども言った通り私は板書を写していただけですので、何も知りませんし見てもいません。ですので渡会桐人が感じたというのは渡会桐人の気のせいか、もしくは見えない何かが渡会桐人にいたずらをしていたのではないでしょうか。放課後、お祓いに行くことをおすすめします」

 「そうか……そうか。ところで森下、俺の席周辺に消しカスがかなり落ちているんだけど、それについて何か知らないか?」

 「渡会桐人が消しゴムで消して生じた消しカスを床に捨てたのでしょう。ダメではないですか、ゴミをゴミ箱に捨てず床に捨てるなど……全く渡会桐人という男は、何をしているのやら」

 「……ごめんな」

 

 流石にこんなに落としてはいないし、そもそも消した時に出てくる消しカスは机の隅に集めている。ゴミ箱に捨てに行くつもりで床に落としてはいない。

 十中八九後ろの席の森下が俺に投げつけていたはずだ。森下の隣の席の真田は俺を見て苦笑していた。憐れまれている。

 

 認める気は無さそうなので追及を諦め俺は席周辺の消しカスを拾い集め、ゴミ箱に捨てた。席に戻ると、真田が声をかけてくる。

 

 「お疲れ様、渡会くん」

 「ああ、ありがとう真田……」

 

 俺ほどではないが真田も森下の被害にあっている。割と本気で森下藍被害者の会を設立しようと思っているんだが、真田は応じてくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 高度育成高等学校。東京の埋立地にある日本政府が作り上げた、未来を支える人材を育成する全国屈指の国立の名門校だ。

 3年間外部との連絡は断たれる上に学校の敷地内から出ることを禁止された寮生活になるが、希望する進学、就職先にほぼ100%応えるという卒業さえできれば将来を確約されたも同然の夢のような学校だ。

 ──しかし、それは間違ってるわけじゃないが正しくもなかった。

 

 希望する進学・就職先にほぼ100%応えるという内容は、卒業時にAクラスの生徒にのみ与えられる特権だった。そしてこの学校は、Aクラスの争奪戦を執り行う狂っているとしか言えないような学校だった。

 

 俺は入学時点でAクラスだったが、卒業時にどうなっているかは分からない。Aクラス争奪戦が行われる以上、クラス一丸となって、Aクラスの座を守り抜く必要がある──のだが。

 

 「ところで渡会桐人、あなたは未だに中立派という独りぼっちの孤独で憐れな派閥に属しているのですか?」

 「……悪かったな、独りぼっちの孤独で憐れな人間で」

 「も、森下さん……渡会くんは中立を保ってはいるけど、孤独という訳ではないと思うよ?」

 

 1年Aクラスは現在、葛城康平をリーダーに推す葛城派閥と、坂柳有栖をリーダーに推す坂柳派閥に別れていた。葛城は保守的な男なのだが、坂柳が苛烈な性格で率先して他クラスを叩き潰そうとし、葛城がそれに反発しているというのが簡単な現状だ。

 

 クラスは俺を除いて全員、どちらかの派閥に属している。その中で俺は、どちらがリーダーでも構わないというスタンスから中立を貫いていた。

 

 「渡会桐人という男は勉強も運動も高水準の優等生であり、男女問わずクラスメイトと1日2日で連絡先を交換し1週間足らずでクラスの中心人物に食い込めるコミュニケーション能力を持ち、女子が密かに作り上げたイケメンランキングでは3位に見事入賞し、渡会桐人がどちらかの派閥に属せばほぼ間違いなくその派閥のリーダーがクラスの舵を取るクラスリーダーになると確実視されるほどクラスで重要な男です」

 「お褒めに預かり光栄です。……目的は?」

 「本日はスペシャル定食を希望します」

 「一昨日スペシャル定食奢っただろ……はぁ」

 

 入学して1ヶ月と数日が経過しているが……俺は入学してすぐの頃から、俺の後ろの席の変人女子、森下藍によるダル絡みを受けていた。

 先ほどのように授業中や休み時間等に後ろの席からちょっかいかけられたりした回数は両手両足の指の数を上回っているかもしれない。

 

 「……じゃ、食堂行こうか」

 「何をしているんですか渡会桐人、早く行かねばスペシャル定食が売り切れてしまいます」

 「スペシャル定食食べる人なんて数人くらいだろ。真田も一緒に行くか?」

 「ごめん、今日は別の人と食べるよ。誘ってくれてありがとう」

 「了解、じゃあ行ってくるよ」

 

 俺は森下の後を追い食堂に顔を出す。

 この学校はプライベートポイントという学校限定のお金が毎月1日に、クラスポイントというAクラス争奪戦を左右する重要なポイントを100倍した数が振り込まれる。

 入学当初、新入生は一律で10万プライベートポイントを与えられ、その後もAクラスの俺達は94000プライベートポイントが振り込まれ、金額は10万を超えていた。……森下への度重なる奢りと、生活必需品の購入、後は友人と遊びに出かけて支払うポイント等、俺はなぜか人よりポイントの消費が激しい生活を送っており10万を下回る日もそう遠くないところまで来ているが……。

 

 遠慮なく高額のスペシャル定食を買いやがった森下の隣で、俺は比較的安い定食を食べ進める。

 

 「ところで……いつものように尋ねるけど、坂柳派は何か動きはあるか?」

 「いつものように応えますが、坂柳派──ひいては坂柳有栖とその側近たちは派閥の者には何も言わずに行動しているので情報はありません。しかしそれでも何か無いかと脳を酷使した結果、橋本正義が上級生の生徒と接触しているのを見たことを教えて差し上げましょう」

 「へぇ……上級生と」

 

 奢る対価として、俺は坂柳派閥に属した森下に坂柳派の情報を聞いている。森下もそのくらいならと承諾し情報を話している。ちなみに葛城派閥の真田にも葛城派の情報を対価に奢ることが多い。真田は良心的値段の料理を注文してくれるので森下より彼と昼を共にしたい……。

 

 「上級生……なるほど」

 「何か掴めたことでも?」

 「多分だけど、過去問を取り引きしているんじゃないかな」

 「……なるほど、過去問。しかしあれば嬉しいものではありますが、無くても問題ないものだとも思いますが」

 「そうだな。まぁ過去問に何かあるなら坂柳はいずれ派閥内で広めるだろうさ。それまで待てばいい」

 「なるほど。ではほんのちょっぴり期待だけして待つことにしましょう。ところで明日もスペシャル定食を希望します」

 「……少しは俺の懐事情を考えろよ」

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