自分にとっては当たり前のことが、他の人にはできていない。自分が瞬時に理解できることが、他の人は理解に長い時間を要する。
優れた俺と、不出来な俺未満。今までそう思っていた。
しかし──志朗が現れて、俺は1番を奪われた。
称賛は彼に向けられ、俺には頑張ったね、渡会くんも凄いね、それだけの言葉となった。
自分の自信が、プライドが粉々に打ち砕かれ、志朗に激しい嫉妬を覚えた。
表面上は仲良くしながらも、心の底では彼への嫌悪が支配する。
──けれど、そんなものは今となっては微塵も存在しない。
5年生の夏の日、志朗の過去を知った。
ホワイトルーム。人工的に天才を作る施設。非人道的教育。脱落していく子どもたち。──1人だけとなったとある少年。
それらを知って、いつの間にか嫉妬は消え失せ、別の思いが姿を現した。
──志朗のことを、もっと理解したい。ホワイトルームとやらで得られなかった幸福を、志朗に与えてあげたい。志朗がこの先、どんな人間になるのかを側で見ていたい。
そして──志朗と対等なライバルになりたい。
グループディスカッションまで残り数分。指定部屋に集まっているのはCクラスを除いた3クラスの生徒達。
そして始まる時間ギリギリになってCクラスの生徒達が部屋に訪れ、空いた席に座る。
『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』
「──さて、まずは説明の時に先生に言われた通り自己紹介をしたいと思うけど皆はどうだい?」
まずは俺が口火を切りディスカッションを進めることにする。
「俺達は構わない。渡会の意見に賛成だ」
「僕達も賛成だよ。やっておいて損は無いと思う」
神崎、平田がそれぞれのクラスを代表して賛同を示す。これでBクラスとDクラスは自己紹介をしてくれるだろう。
問題はCクラスだ。
「Cクラスもそれでいいかな」
「ハッ……勝手にしろ」
龍園がそう言い、自己紹介は問題無く行われることになった。
言い出しっぺの俺がまずは自己紹介を始める。
「じゃあ最初は俺から。1年Aクラスの渡会桐人、よろしくお願いします! そして竜グループの優待者に告げる。俺は君が優待者であることを既に見抜いた、とね」
「……は?」「……え?」そんな素っ頓狂な声が上がる。
そして一拍置いて、驚愕に変わる。
「な……なんだと!?」
「ほ、本当に……?」
「そんな……あり得ないわ!」
神崎、櫛田、堀北が次々と発言し、始まって数分で竜グループのディスカッションは騒がしくなってしまう。
そんな中で唯一、龍園は鋭い目で俺を見る。
俺達Aクラスを観察していた龍園は、やがて不敵に笑い口を開いた。
「クク……面白れぇじゃねぇか。今回も葛城がAクラスの方針を決めてるかと思ったが、どうやら違うみてぇだな」
「正解。この特別試験は俺がAクラスを指揮している」
「おいおい葛城、こんなぽっと出の奴に指揮を取られて良いのかよ?」
「なんとでも言え龍園。俺達は渡会になら任せても問題無いと思える程度には渡会を認めている」
「なるほどなぁ……。確か渡会はAクラスで唯一の中立派らしいな? 葛城派だろうが坂柳派だろうが仲良くでき、もし片方の派閥に付けば、その派閥のリーダーがクラスを率いること間違いなしとまで言われてたらしいが……渡会が直々に仕切ってるってことは、葛城は見放されたってことになるんじゃねぇのか?」
葛城は顔を顰めたが何も言わない。それが事実だから何も言えないのだ。
葛城自身を見放した訳じゃないが、クラスを率いるリーダーに相応しくないと判断したのは紛れもない事実。残念ながら、二学期以降は坂柳がクラスのリーダーになるだろう。
「それはともかく、自己紹介はしないでいいのか? まだ俺しかしてないけど」
「この状況でできる訳──」
「できるさ。名乗ればいいだけなのに、それすらもできないと?」
あえて煽るように言えば、堀北は苦虫を噛み潰したような顔をして名前だけを口にした。それから次々と自己紹介をし始める。
数分で自己紹介を終え、改めて堀北が口を開いた。心なしか俺に強い敵愾心を向けているようだ。
「それで……渡会くん。あなたはこのグループの優待者が分かったというのね?」
「ああ、その通りだよ」
「そう。ならどうして優待者を指名しないのかしら。わざわざ優待者を見抜いたことなんて伝えずにすぐに回答すればいいじゃない」
恐らく、俺が優待者を見抜いたというのはブラフであると思っているのだろう。言葉の端々からそのような思いであることが察せられる。
「それはほら、簡単に優待者を見つけたのが君達に申し訳なくてさ。竜グループは君らが好きにしてくれていいよ」
「……私達の好きに? 例え話になるけどこのグループで結果1を目指したいから協力してくれ、と言えば渡会くん──ひいてはAクラスはそれに協力してくれるということ?」
「うん、約束するよ」
俺の返答に堀北は訝しみながらも口を閉じた。どう対応すればいいか思案しているのだろう。
──ところで彼女は知っているのだろうか。自身のクラスに優待者がいることに。
「──さて、早速だがAクラスがこの特別試験にどう挑むのかを説明しよう」
クラスメイト達に見つめられる中で、俺は堂々と語る。
「大前提として、グループディスカッションには積極的に参加してくれ。他クラスとは積極的に関わり、グループ内で何かゲームでもするなら皆も参加して親睦を深めて貰ってもいい。特別試験だからと言って肩肘張らずに、気楽に試験に臨んでほしい。それで、Aクラスの方針だけど──まず、優待者は今名乗り出てくれ。誰か優待者なのか知りたい」
「あ、俺優待者だった……」
「俺もだ」
名乗り出たのは鼠グループの石田、鳥グループの司城、そして──
「フ……私こそが猪グループの優待者森下藍様です。崇め奉ることを許しましょう」
「何キャラだよ君。石田、司城、森下の3人が優待者だな?」
この3人が自分達のクラスの優待者なのか、と視線が3人に向けられる。3人は居心地が悪そうにしているので早く次に行くことにしよう。
「基本的に皆がやることはさっき言った通り、グループディスカッションに参加し積極的に他クラスと関わること。それだけでいいから、自分の手で優待者を見つけようとかは考えなくていい。ただし──俺は竜グループで自己紹介する時、竜グループの優待者を既に見抜いたと告げる。葛城、西川、矢野の3人はそれを承知しておいてくれ」
「……え?」
「そ、それって本当……じゃないよね?」
「……嘘を付いて揺さぶりをかけるつもりなのか? 効果があるかは微妙だと思うぞ」
「大丈夫。そこで優待者が誰か確信を得るつもりだからね。なぜなら……俺は1回目のグループディスカッションが始まる前に、優待者の法則を突き止めるつもりだからさ」
俺の発言に一同は驚愕し、ざわめきが広がる。
無茶だと思われるかもしれないが、ヒントは既に理解している。数時間後のディスカッションには、法則を見つけることは可能だと思っている。
「皆は、疑問に思わないか? なんでグループは干支になぞらえた名前をしているんだろうって」
「それはまぁ……思ったけど」
「確かに、そう言えばなんでなんだろう」
「……なるほど、干支が優待者の法則に関係していると渡会桐人は思っているのですね」
吉田、西川、森下が発言する。森下の発言にはクラスメイト達から、「そうか!」「なるほど!」と反応が挙がる。
「その通りだよ。そして、各グループに優待者が存在するということは、優待者の法則はグループ内で条件を満たした者が優待者に選ばれるということ。そこで皆に1つお願いだ。各グループに所属する生徒を教えてくれ。期限は11時まで。メールでまとめたものを送って欲しい」
「うわ、何人か名前思い出せねぇ……!」
「グループで集まって羅列していこうか」
「そうだな、その方が効率的だ」
各々動いてグループ毎に固まり始める。人数的に葛城派と坂柳派が混ざっているグループが殆どだと思うが、喧嘩等せずに固まり出すのを見てこれ以上部屋に集め続ける意味はないと判断した。
「何か質問があるか? ないならクラスの集まりはこれで解散したいと思う。繰り返しになるが、他クラスとは積極的に関わり、11時までに各グループに所属する生徒を教えてくれ」
一同は頷き、集まりは解散した。
11時どころか10時には皆メールで各グループの所属生徒を教えてくれた。行動が早いのは助かる。
俺は自室で各グループの所属生徒を見比べていた。
「渡会桐人、各グループの所属生徒一覧ですよね。私にも見せてください」
……男子の部屋に堂々と入ってきた森下。彼女を招き入れた真田に視線を向けると、申し訳なさげに口を開く。
「……ごめん、渡会くんに用があると言われると……」
「……用って?」
「決まっています。優待者の法則は判明したか聞きに来たんです。まだであれば灰色の脳細胞を持つ藍ちゃんが一緒に考えてやろうと思いまして」
アガサ・クリスティの推理小説に登場する名探偵エルキュール・ポアロが、自らの優れた推理力・思考力を指す際に使うお決まりのセリフを口にした森下だが、その必要はない。
「優待者の法則はもう見つけた。名探偵森下藍の出番は残念ながらないな」
「なんですと……本当なんでしょうね? 嘘ついたら藍ちゃんが針千本を渡会桐人に突き刺します」
「その優待者の法則って、僕達に教えてくれるのかな?」
「……いや、まだAクラスの優待者が当てはまっただけだから、断定はできない。俺が自己紹介の時に優待者を見つけたと宣言するのは、この法則が他クラスにも適用されているのか確認する為だよ」
ほぼ確実にこの法則であっているとは思うが、間違っている可能性もあるのなら確かめておきたい。
「しかし……渡会桐人の方法で優待者を見抜けると? 確実性はそれほどないと思いますが」
「それは問題ないさ。──人を見る目はあるつもりだからな」
──櫛田桔梗。彼女が竜グループの優待者だ。
彼女を見ていると昔の自分を思い出す。承認欲と周囲の人間への見下し。そして1番を取る人間への嫉妬。昔のこととは言えこんなに俺と似ているなんて面白いこともあるものだと笑いしか出ない。
彼女は一言で言えば俺のIF。志朗を認め受け入れることができないまま成長した俺と言ってもいい。
だからこそ分かりやすい。昔の俺そのものだから。
「──おいおい鈴音、渡会に弄ばれてるじゃねぇか。本当に無人島試験でDクラスを1位にした立役者かよ」
「……うるさいわ龍園くん。あなたも蚊帳の外ではないでしょう」
「ククッ……それはどうだろうな?」
龍園が堀北にちょっかいをかける。無人島試験という単語が出たので、ついでに試すことにした。
「その無人島試験に関することだけどさ、龍園」
「あ? なんだよ」
「この特別試験でCクラスを勝たせてあげるから、無人島試験で葛城と交わした契約を破棄してくれないか?」
「契約……?」
何のことか理解してない他クラスはともかく、龍園は俺に鋭い視線を向けた。
「……それが目的か?」
「どうだろうね」
「ふん……断るに決まってるだろ」
「そう、それなら別にいいよ。言ってみただけだし」
残り時間数分。誰も何も話さないまま、第一回グループディスカッションは終わりを迎えた。