姉様には転生者説があるらしい。   作:あいあむぬーぶ

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スバルのメンタルはボロボロ定期


10:姉ちゃん

 ―――再び目覚める。()()()()()()()()()()

 

 ぐらりと視界が歪み、リンガの屋台の前で膝から崩れ落ちた。次の瞬間、胃の中身をそのまま吐き出す。石畳にぶちまけられた胃液がやけに生々しく広がって、さっきの二人の姿を思い出してしまう。

 

「お、おい兄ちゃん!? 大丈夫か!?」

 

 慌てた声が頭上から降ってくる。見上げる余裕もなく、胃液で喉が焼けるような感覚だけが残った。

 

「うぇ……っ、げほ……」

 

 呼吸が乱れ、体が震えて止まらない。それでも何かを吐き出そうとしているみたいに、体が勝手に痙攣する。

 

「ちょ、ちょっと待ってろ! 水持ってくるから、そこで休んどけ!」

 

 カドモンの声が遠ざかる。周囲の視線が刺さり、ざわめきが広がった。

 けれど、今の俺にそれを気にする余裕はなかった。

 

「……は……は……」

 

 ようやく呼吸が整い始める。口の中に残る酸っぱい感覚と、鉄みたいな味が気持ち悪い。戻ってきたその実感が、遅れて体の奥に沈んでいく。

 

「……マジかよ」

 

 ぽつりと漏れる。現実味がない。さっきまでの光景が、頭の中で何度も再生される。

 ラムの顔。血。動かなくなった身体。エミリアの悲鳴。涙。そして。

 

「……死に戻り、か」

 

 彼女はそう口にした瞬間、あの“何か”が動いた。ラムはそれに殺された。

 

「……は、はは……なんだよそれ……」

 

 乾いた笑いが漏れる。意味が分からない。仕組みも、理由も、全部分からない。

 間違いなくラムは何か知っている。彼女に聞きたいことが沢山あったが、結局何も聞けず仕舞い。それどころか彼女は口封じでもされるかのように殺されてしまった。

 

 アレは、きっと触れてはいけないものだった。きっとラムもそれを分かっていたのかもしれない。確信があったわけじゃないと思うが、だからこそ言い淀み―――そして、俺がラムに縋りついたせいで、ついに口にしてしまった。

 

「また、俺の所為……」

 

 手が震える。どうすればいいのか、考えようとしても頭が回らない。だけどもう、彼女たちに関わりたくなかった。

 自分が関わると、また彼女たちを死に追いやってしまうような気がした。

 

「おい、兄ちゃん! 水だ!」

 

 戻ってきたカドモンが器を差し出してくるが、それを受け取る気になれず、俺はそのまま無言で歩き出した。

 

 ―――今はもう、誰ともかかわりたくない。

 

 逃げるように人混みを抜ける。路地に足を踏み入れた瞬間、嫌な既視感が背中を撫でた。人通りの途切れた細道の奥に見覚えのある影が立ち塞がった。

 

「……またかよ。もうほっといてくれよ」

 

 ここはチンピラに絡まれた路地とは違う場所のはずなのに遭遇してしまう。これは偶然絡まれたというよりは、自分が付け狙われていたという事だろう。

 

”死に戻り”のお陰で手に入ったどうでもいい事実に、乾いた笑いが漏れた。

 

「ははっ……クソが……」

「何をぶつぶつ言ってんだ?」

 

 チンピラのその言葉に、俺は顔を上げる。胸の奥に溜まっていたものが、そのまま表に出た。

 

「ああ?そんなにしりてぇかよ」

 

 殆ど八つ当たりだった。どうしようもない苛立ちの向け先が、ちょうど目の前にあっただけだ。

 

「そんなにしりてぇなら聞かせてやるよ!!俺は!!死に戻りして―――」

 

 その瞬間だった。ぞわり、と再び背筋が凍る。見えないのに、確実にそこにある気配。背後から、ゆっくりと伸びてくるような感覚。

 

 それはやがて、俺の心臓に伸びていき―――

 

「っ……!」

「な、なんだよおい……?」

 

 息が止まる。脂汗が一気に噴き出す。さっきまで出ていたはずの声が、喉で潰れた。

 困惑するチンピラを他所に、さっきの感覚ではっきりと理解できた。

 

 ―――んだよ、言う事もできねぇってことかよ。

 

 あの言葉に触れた瞬間これだ。口にしただけでこの有様。膝に手をついたまま、荒い呼吸を繰り返す。まだ残っている鈍い痛みと、さっきの感覚が離れなかった。

 

「……お、おい、こいつヤバくねえか?」

「薬でもやってるのかも……」

 

 チンピラたちは顔を見合わせた。さっきまでの余裕が消えて、わずかに警戒の色が混じる。

 

「さ、さっさと()ってずらかろうぜ!?」

「が――っ」

 

 直後に、激痛。

 一番小柄なチンピラが、手に持ったナイフを躊躇なく振り下ろし、それを俺の腹に突き刺していた。

 

「ば、馬鹿野郎わざわざ刺す必要ないだろ!」

「だって襲われたら怖いじゃんか!!!」

「ああもう!んなこといってねぇでさっさと逃げるぞ!!」

 

 チンピラはビビりながら、床に投げ出されていたビニール袋を奪い去り、表通りの方へと走り去っていった。

 

 激痛に耐え兼ねて、そのまま石畳に倒れ込む。呼吸がうまくできずに視界が滲む。失血によって、みるみる音が遠くなっていく。かろうじて息を吸うが、肺に空気が入る感覚がやけに遠い。

 身体がみるみる冷えていき、指先から感覚が薄れていくのが分かる。

 

―――ああ、また俺”死に戻り”をすんのか。

 

 今の頭の中に浮かんでいるのは、死への恐怖というより、『頼むからもう起こさないでくれよ』という苛立ちの方が強かった。

 

 しかしその直後だった。

 

「―――スバル?」

 

 声がした。かすかに、遠くから。けれど、はっきりと耳に残る声―――ラムだ。

 

「嘘……!? まさか、間に合わなかったの……!?」

 

 ラムは悲鳴にも違い声で叫び、大慌てでこちらへと駆け寄る。その表情にはただ困惑と悲しみが浮かんでいた。

 

「ダメよ、死んじゃダメ、スバル……!」

 

 ラムは目に涙をためて。知らないはずの俺の名前を呼んでいる。

 だけど俺にとって、そんな疑念はもうどうでも良かった。

 

 ―――あーあ、ラムにもこんな顔させちまったな、俺は……

 

 何をやってるんだ、という自分への失望感に苛まれる。

 それでも必死に俺の事を呼んでくれる声が嬉しくて、複雑な心境のままゆっくりと目を閉じた。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「また、俺………」

 

 死に戻りをしたのか。と、内心舌打ちをしながら目を覚ます。文字通り『死にたい気分』なのに、死ぬことが許されない。

 一体俺が何をしたんだ。

 前世でどんな悪行を積んだらこんな罰を受けさせられるんだ、と内心で思わず愚痴る。

 

 そんな中、ふと、自分が死ぬ前の、ラムの表情を思い出していた。

 ラムにとって、このナツキ・スバルというのはどういう存在なんだろう。ラムが何を知り、何を考えているのか分からないが、ナツキ・スバルの『死』に対して、あれ程までに悲しんでくれる存在だということは間違いなかった。

 

 聞きたい事が山ほどある。

 

 だけど―――俺にはもう、これ以上彼女に踏み込む勇気が湧かなかった。

 自分が関わると、たぶんロクな事にならない。あの二人を不幸にしたくないのなら、俺なんかが関わらない方がいい。

 

「ラム……」

 

 生きた彼女の声をもう一度だけ聞きたい。だけど、もう二度と会わないようにしよう。

 そうすればきっと―――

 

「……死んだような顔をして、ラムの名前を呼ばないでくれる?」

「どわぁぁぁっ?!」

 

 ラムが突然、空に現れた。

 ……ではなく、自分がいつの間にか横になっていたことに気が付いた。あまりの衝撃に飛び起きると、その瞬間腹部に痛みが走る。

 

「いっでででで!?」

「バカ。傷口が開いたらどうするのよ。大人しくして居なさい」

 

 ラムは俺の頭を乱雑に掴み、そのまま再び寝かしつけるような姿勢に戻す。なんて雑な掴み方なんだと抗議しようかとも思ったが、同時に訪れる後頭部の柔らかい感覚に思考が止まった。

 

「……もしかして俺、膝枕をして頂いている?」

「もしかしなくてもその通りよ。固い地面に怪我人を放り投げておくわけにもいかないでしょう」

 

 ため息交じりにラムは答える。トゲトゲとした口調だが、その行動から優しさが全く隠せていなくて思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「そういえば……エ……もう一人の子は?」

 

 俺が意識を失う直前、エミリアが来たところまでは見えていなかったのだが、今までの周回からしめ恐らく二人は一緒に行動していたはず。”見ていた”という体裁で話を進めると、ラムは何の疑問も持たずに「ああ…」と声を放った。

 

「リアはあなたとラムの変えの着替えを調達しにいったわ。血まみれのまま街を歩き回るわけにはいかないもの。それと、少し前まではずっと回復魔法も掛けていてくれたのよ。ありがたく思う事ね」

「あ、ああ……」

 

 ―――やっぱりエミリアも、俺の事を助けてくれたんだな。

 

さっきの事(俺がラムを殺した事)がなかったことになっているとはいえ、妙な気分になってしまう。

 エミリアの絶望と怒りが入り混じり、憎しみよりも強い悲しみに包まれた彼女の顔と声が今でもハッキリと思い出せてしまう。

 

「………」

「………」

 

 やがて沈黙が訪れる。自分はともかく、ラムさえも何となく気まずそうな顔をしているが、その理由は明白だった。目と、目の周りがほんの少しだけ赤くなっており、気を失う前の出来事が夢じゃなかったという事が良く分かる。

 

 ―――ラムは俺が死ぬと泣いてくれるんだな。

 

 ぼんやりとそんな事を考えていると、ラムがやや苛立たしそうに「ああもう、ラムは何て迂闊なのかしら……」と頭を掻き、舌打ちをしてから深いため息を吐いた。

 

「その……聞きたいことがあるんじゃないの?」

 

 聞きたい事は山ほどある。だけど。

 

「……もういいんだ、なにも聞かない」

「え?」

 

 俺がそう言うと、ラムは呆気にとられたように口を開いた。

 

「……君に……君たちに迷惑を掛けたくない。俺が余計な事をすると、絶対に迷惑が掛かっちまう。そんなの俺は望んじゃいない」

「はぁ……?」

 

 何を言っているんだこの男は、といったようなラムの反応。

 だけど、俺は、それを軽く流せるような余裕がなくて、つい声を荒げて言った。

 

「だから、俺はっ……!力もない癖に出しゃばって、余計な事ばっかしちまう大馬鹿野郎なんだって!」

 

 ラムは言葉を返さない。自分で言っていて胸が苦しくなり、女々しくも浮かんだ涙が止まらなくなる。

 

「……怖ぇんだよ、俺がやる事為す事全部裏目っちまうんじゃないかって……お前達に関わって、俺のせいで不幸にしちまうんじゃないかって……」

「……」

「……だからもう俺は何もしたくないし、何も知らなくて良いんだ……」

 

 吐き出した言葉は弱々しく、そのまま力を失ったように落ちていく。さっきまで張り詰めていた感情も、どこかで折れてしまったみたいに続かなかった。

 

 こんな事を、ラムに八つ当たりしてどうなる。最悪だ。いますぐにでも消えてなくなりたい。そう思っていると、ラムの指先が、迷いなくスバルの額を弾く。

 

「いでぇっ!?」

 

 それも、割と強めに。

 あまりの衝撃にぱちくりと瞬きをしていると、ラムが小さな声で呟いた。

 

「……ばか」

 

 額の痛みよりも、目の前のラムの表情の方が気になった。怒っているわけでも、失望しているわけでも無い。ただ、少しだけ苦しそうな表情に見えた。

 

「勝手に……一人で全部終わらせた気にならないで」

 

 それでもラムは真っ直ぐにこちらを見つめる。

 

「迷惑がどうとか、裏目に出るとか……そんなの、あなたが勝手に決めないで」

 

 静かだったが、口調は厳しくはっきりとした拒絶があった。言い返せない。ただ、眉を寄せたまま黙る。

 

「怖いならそれでもいいじゃない。最初から全部上手くやれる人間なんていないわ。少なくとも、ラムはそんな人間を知らない。ラムだって……完璧になんてできない」

 

 少しだけ目を伏せ、下唇を噛む。しかし、「それでも」とラムは続けた。

 

「自分の中に望む未来があるのなら……やるしかないのよ。迷っても、苦しくても……絶対に悔いを残したくないから」

「………」

 

 その言葉は、押し付けるでもなく。ラム自身に言い聞かせるような言葉だった。

 上手くいかなくても、より良い未来を掴みたいからがむしゃらに歩き続ける。その結果を恐れていたらもう二度と手は届かない。

 

 きっと、ラムは今までそうやって生きてきた。

 

 それに比べて俺は逃げて、逃げて、逃げ続けた人生。異世界に飛ばされる前だって、なんだか家に居づらくて、使ったコップさえ洗いたく無くて、逃げ出すようにしてコンビニに足を進めた。

 

 俺だって、ラムみたいに強く生きてみたい。だけど俺には到底彼女の生き方は真似できそうに無い。

 

 俺は居た堪れなくなって、ゆっくりと目を逸らす。するとラムは優しい声で告げた。

 

「それでも怖いなら、誰かを頼ればいい。少なくとも……私は()()()()味方になってあげるわ」

「ラム……」

「だから怖がらないで。あなたの理想があるのなら、手を伸ばして見なさい」

 

 気が付けば、いつの間にか俺の呼吸は落ち着いていた。いつの間にか涙も止まり垂れかけた鼻水を大きく啜る。

 

 ラムはその様子を見て、やれやれと小さく息を吐く。ポケットからハンカチを取り出すと、こちらへそれを渡してきた。

 ……現代人としてはハンカチで鼻をかむのは若干気が引けるので、軽く拭かせてもらう程度にしておこう。

 

「まったく……手のかかる男ね。そんな情けない顔をしていたら、見ているこっちが疲れるわ。だいたい、こう言うのはちょっとした歯車が狂うだけで失敗したりするものよ。忌々しい事にね」

「……それはあんまり聞きたくなかった情報だな」

 

 突然饒舌に愚痴りだすラム。なんかどこと無く、給湯室で愚痴るOLのイメージに近い。いや、見たことはないんだけども……。

 

「事実だから仕方がないわ。折角事前にあれこれと準備したのに、忘れ事一つで台無しになったりするし……」

「忘れ事って……それはいわゆるポンコツってヤツなのでは?」

「あぁ?」

「いやいやなんでもありませんよ!」

 

 そう言った後、自分がいつの間にか軽口も叩ける様になっている事に気が付き、思わず苦笑いを浮かべる。対称的に、目の前にあるラムは素っ気ない顔に戻っている。

 けれど―――ほんの少しだけ、その口元は優しく笑っていた。

 

「どうやら元気になったみたいね」

「……ああ」

 

 ―――あー、なんか、俺に姉ちゃんが居たらこんな感じだったのかな。

 

 時に優しく、時に厳しく。倒れそうな時は俺の背中を支えてくれて、勇気がない時は背中を押してくれる存在。そんな人がいたら、俺もあっちの世界で、もう少し上手くやれたのだろうか。

 

 そんなもしもを想像しながら、俺はただこの瞬間を噛み締めるのだった。

 

 

 




姉様視点、ずっと自分は一週目だと思っているから必死に路地裏でチンピラに襲われるスバルを探していましたが、「そこまでよ悪党!」をするつもりがスバルが死にかけていたのでポロポロとボロが出てしまう模様。

記憶自体ははラム+前世の自分の筈なのにポロっと口を滑らせてしまう転生姉様、舌戦はナーフされている疑惑が浮上しそうで泣ける。

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