姉様には転生者説があるらしい。   作:あいあむぬーぶ

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15:夜のお勉強会

 

 

 

 

「あー!あー!大丈夫誰にも言わないから……いや、俺は何も見てない!オーケー!?」

 

 朝の静寂を切り裂くのはスバルの喚き声。厨房ではスバルが両耳を塞ぎながら大げさな身振り手振りで叫んでいる。その目の下にはくっきりと隈が浮かんでいて、明らかに寝不足の様子だった。

 

 今日から本格的に使用人としての業務が始まり、ラム達は朝食の仕込みのために野菜の皮むきを行っていたのだが、その最中、昨夜スバルに見られてしまった一件―――マナ補給をいやらしい事だと勘違いされている誤解を解こうとしたのだが、この有様である。

 

「ぜんっっぜんオーケーじゃないわ!バルスは完全に誤解しているから言うけど、昨日のは―――」

 

「イヤーッ!!聞きたくないッ!!俺、あんまりそういうエッチでディープな大人のアレは得意じゃないっていうか、なんかすげぇモヤモヤするっていうか―――あ痛ぇーッ!!」

 

 激しく首を振り回したスバルは、手元のナイフから目を逸らしたせいで、見事に自分の指をざっくりと切ってしまった。

 ぷくっと赤い血の玉が膨らみ、スバルが情けない声を上げてしゃがみ込む。

 隣で大きなため息を吐いたレムが、相変わらず冷たい視線を向けながも治癒魔法をかけていった。

 

「……本当に無駄な動きばかりで世話の焼ける人ですね、スバルくんは」

 

「い、いてて……サンキュなレムりん。朝から刺激の強い話を聞かされちゃってつい手元が狂っちまったぜ」

 

「レムはただ仕事をしているだけなので気にしないでください」

 

 にへらっと笑いかけるスバルに対し、レムはピシャリと言い放ってそっぽを向いてしまう。

 

 それにしても心外だ。他人のマナが直接身体の中に入ってくる感覚なんて、前世では味わったことのないゾワゾワ感がある。

 痛いと熱いが全身の血管を駆け巡って、それが逆にくすぐったいような名状し難い感覚なのだ。

 

 もちろんロズワールからすらも「もう少し何とかならないかーぁな?」と苦言を呈されているが、ラムだって好きで変な声を出しているわけではないからどうしようもない。

 そんな内心の葛藤を知る由もなく、スバルはまだ少し気まずそうな顔でこちらをチラチラと見てきていた。

 

「……何よ。まだ何か言いたいことでもあるの?」

 

「いや、なんつーか……その、大人の階段ってやつ? 色々あるんだなって。俺は口が堅い男だから安心してくれよな!」

 

「これ以上バカな事を口にするなら今朝のメニューはバルスの丸焼きにメニュー変更ね」

 

 これ以上言葉を交わしても疲れるだけだと悟り、ラムは包丁をまな板に叩きつけるようにして料理を再開するのだった。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 朝食を終え、それから更に時間が経過してお昼。

 ラム達は今日のメイン業務である庭の手入れに取り掛かっていた。それなりに広大な庭園は、定期的に手入れをしないとすぐに雑草や枝葉が伸び放題になってしまう。

 

「よーし、この枝切り鋏で俺のファンタスティックなカッティング技術を見せてやるぜ! とぉっ!」

 

「バルス、遊んでいないで真面目にやりなさい。さっきから葉っぱの表面を撫でているだけよ」

 

「このハサミ重くて、上手く力が入んないんだよなー……」

 

 スバルが不格好なフォームで大きな鋏を振り回しているが、切り落とされる枝はまばらで全く形が整っていない。

 少し離れた場所では、レムが流れるような動きで庭木の剪定を完璧にこなしていた。その見事な仕事ぶりとスバルの惨状を交互に見て、ラムは呆れ果ててこめかみを押さえる。

 

「ふふっ、三人ともおつかれさま。スバルの仕事ぶりはどう?」

 

 そこへ、エミリアがニコニコと笑いながら様子を見にやってきた。その天使のような微笑みを見た瞬間、スバルの顔がパァッと明るくなる。

 

「エミリアたん!見ての通り、俺の華麗な庭師デビューを飾っていたところだよ!」

 

「エミリア様。見ての通り、悲惨の一言ね。無駄な動きばかりで見ていてイライラするわ」

 

「いやいや、俺のこの前衛的なアートは後世に伝わって初めて評価されるタイプかもしれないだろ?」

 

「えっと……うん、すごーく個性的で私は嫌いじゃないかな。でも、スバルなりに一生懸命やってくれてるんだから、ラムも大目に見てあげてね」

 

 エミリアの心優しいフォローに、スバルは「エミリアたんの優しさが骨身に染みるぜ……」と嬉しそうにしている。

 

 和やかな空気(?)が流れる中、ラムは視線だけを動かしてレムの様子を窺った。レムは手元の作業の手を休めることなく、しかしその瞳の奥にははっきりとした警戒の色を宿してスバルを眺め続けている。

 

 ただの能天気な使用人としてのスバルを眺めていれば警戒も薄れるかと思ったけど、レムの疑心はそう簡単に晴れるものではない。どこかでスバルとレムが腹を割って話す機会を作るか、あるいはスバルが完全に無害であると証明する必要があるかもしれない。

 

 ラムは頭の中で今後のフラグ管理について思考を巡らせながらも、ひとまず午後の仕事を片付けることにした。

 

「エミリア様、ラムはこの後、少し別の仕事がありますのでこれで失礼します」

 

「あ、うん。無理しないでね、ラム」

 

「ええ、ありがとうございます。……ところでバルス。今日の夜は特に予定はないわよね?」

 

 この場から立ち去る前にスバルに振り返って尋ねた。そういえば、文字の読み書きについて教えてあげようと思っていた事を思い出した。

 

「え? ああ、夜は飯食って風呂入って寝るだけだけど……?」

「そう。じゃあ夜にバルスの部屋に行くから待っていなさい」

 

 事務的な連絡のつもりでそう告げると、スバルはポカンと口を開けたまま固まった。そして数秒後、何故か顔を真っ赤にして分かりやすく鼻息を荒くし始める。

 

「え……は? よ、夜!? 俺の部屋に!? わ、分かった」

 

 ……?

 何を勘違いしているのかよくわからないけど、とりあえず約束は取り付けたので興奮するスバルを置いて、千里眼での村の様子を確認するために屋敷の方へと移動するのだった。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 そして夜。

 

 マナの補給を終えた後、湯あみをしてからさっぱりとしたラムは、ネグリジェ姿のままスバルの部屋のドアをノックした。

 コンコン、と二回叩いた直後、まるで待ち構えていたかのように勢いよくドアが開け放たれる。

 

「お、お待ちしておりましたァ!」

 

 そこには、なぜかバキバキに血走った目で、ビシッと直立不動の姿勢をとるスバルがいた。

 

「おおっ……ネグリジェ姿のラムも、破壊力高くて可愛いですな……!」

 

「……いや、昨日の朝も同じ格好を見たでしょうに。今更何を言っているの」

 

「あ、あの時とは状況も雰囲気も全然違うからサ……」

 

「……よくわからないけど、褒めてくれたことにはお礼を言っておくわ。ありがとう」

 

 スバルのテンションの高さに若干引きつつも、ラムは適当に流しながら部屋の中央にある机を指差した。

 

「ほら、そこに座ってちょうだい。さっさと始めるわよ」

 

「ま、待って。俺もう一回風呂入ってきた方が良いかな!?」

 

「いや、別に何度も入る必要はないでしょ……」

 

「そ、そうでつか。では、お、お手柔らかにお願いします」

 

 スバルはブリキの人形のようにカクカクとした動きでデスクの椅子に腰を下ろす。本当にこの男の思考回路はどうなっているのだろうか。ラムはため息をつきながら、用意していた羊皮紙と羽根ペンを机の上に置いた。

 

「文字の読み書きができないと、買い物のメモ書きも残せなくて困るでしょう。今日から少しずつ、この国の文字の勉強を教えてあげるわ」

 

「…………え?」

「もしも屋敷外での仕事が必要になった時、サインも出来ないんじゃ話にならないし……」

 

「……あ? もしかして……それだけ?」

 

「?? ……他に何があるって言うのよ。バカな事言ってないで、早くペンを持ちなさい」

 

 ラムが冷たく告げると、スバルのテンション風船が割れたように急激に萎れ、がっかりと肩を落として机に突っ伏した。

 

 ……そんなに勉強嫌?

 

「マジかよ……俺の淡い期待と、一時間かけて磨き上げた男の身だしなみは一体……」

「意味のわからない事を呟いていないで、まずはイ文字の基本からよ。ラムが書いた通りになぞってみなさい」

 

 とりあえず今日は基本的な文字の書き写しをしてもらうことにする。ルグニカ王国で使われる文字には、イ文字、ロ文字、ハ文字といった種類があり、練習用に使える本の中から、ラムがお手本としていくつかの単語を書き記すと、スバルは渋々といった様子で羽根ペンを握った。

 

「まぁいいや。エミリアたんとの文通のためにも、文字の習得は必須スキルだしな。記念すべき異世界の一筆!『ナツキスバル参上!』っと」

 

 スバルは楽しそうに言いながら、羊皮紙の端にスラスラと元の世界の文字――漢字とカタカナを書き付けた。

 

「バカな事を書いてないで、渡したお手本通りの書き写しを始めなさい」

 

「いてっ! わ、分かったよ! 厳しいなラム先生は……」

 

 頭を小突かれたスバルが泣き言をこぼしながら、不器用な手つきでまずはイ文字の練習を始める。

 その隣で、ラムも一冊の本を取り出して、サラサラと文字を書き連ね始めた。

 

「ん?ラムちーは何を書いてるんだ?」

 

「日記よ。昔からの趣味なのよ」

 

「へえ……俺、あんまそういうの続く気がしねぇな」

 

「バルスは三日坊主という言葉がよく似合いそうだものね」

 

「それってもしかしてこの勉強も続かないって思われてたりしないよな……?」

 

 嫌がってもやらせるけど。

 ……とはいえ、読み書きの勉強については心配していない。スバルは筋トレもやっていたりするし、こういうマメな事は意外と続くタイプだとラムは知っている。

 

 でもそうか。

 

「……日記帳。文字の練習にもなるし、少し文字が分かるようになったら書いてみると良いわ。よれよれの文字なんか書いたら示しがつかないでしょう」

 

「あー確かにそれもそうだな。で、ラムちーはどんな事書いてるんだ?」

 

「見せないわよ? ……まあ、一日の出来事を整理してみたり……良い事があればそれについて思いの丈をぶつけてみたり、そんな所よ」

 

 日記は前世の趣味だった。

 

 毎日擦り切れそうになっていた記憶ばかりだけど、小さな幸せがあった日は必ずそれを書くようにしていた。幸せな記憶はやがて薄れていくものだけど、日記として残しておけば見返した時に自分がどんな感情を持っていたのか思い出す事が出来たりするし、それ以外にも悩み事なども書き連ねていくと、案外自己解決の糸口に繋がったりするので、結構良い習慣だと思っている。

 

「なんにせよ文字を覚えるところからね。精々頑張りなさい」

「へーい……」

 

 スバルは暫く日記の内容が気になった様子だったが、大人しく勉強を再開するのだった。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

POV:スバル

 

 学習を開始してから2時間か3時間ほど。俺は薄暗い魔石ランプの光を頼りに、黙々とこの世界の文字の書き取り練習を続けていた。

 

「……ふぅ、とりあえずこんなもんか。イ文字がひらがな、ロ文字がカタカナ、ハ文字が漢字ぐらいのイメージってことで良いのか。なんつーか、”イロハ”といい何処となく俺の世界の言葉っぽいのがあるんだよな……」

 

 インクで汚れた手を拭きながらペンを置いた時、背後のベッドの方からすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくることに気がついた。

 振り返ると、俺のベッドに横倒れになってぐっすりと眠りこけているラムの姿があった。

 

 教える側が先に寝てどうするんだよとツッコミを入れたくなったが、その寝顔を見て俺は思わず言葉を呑み込んだ。

 

「……なんか、すげぇ普通の女の子って感じだな」

 

 王都での頼れる姿や、さっきまでのツンと澄ましている『姉様』という印象からは想像もつかないほど、年相応で無防備な寝顔だった。微かに開いた口元からは規則正しい寝息が漏れ、長い睫毛がランプの光を受けて頬に淡い影を落としている。

 

 その手には、先ほどラムが書いていた日記帳が握られている

 ……もしかしたら、そこには俺の知りたい事が色々書かれているかもしれない。

 

 ラムを起こさないように、ゆっくりと手を伸ばす。すると―――

 

「んん……バル、ス……」

 

「っ!!?!」

 

 驚いて心臓が口から飛び出そうになるのをぐっと堪えてラムを見る。しかしラムは瞼を閉じたまま寝がえりを打って、むにゃむにゃと寝言を呟いただけだったようだ。

 

「なんだ、寝言か……」

 

「ぶん殴るわよ……」

 

「……なんで?」

 

 夢の中の自分は何をやらかしちまったんだと若干背筋が凍るが、夢の中に自分が登場しているというのは存外悪い気分ではない。

 日記帳へと伸ばした手を引っ込めて溜息を吐いた。

 

「……流石に人の日記を勝手に覗くのはダメだよな。直接聞いちまえば……いや、焦る必要もないか。何がタブーになるのか、よくわからないしな……」

 

 俺が死ぬだけならまだいい。だけど、王都の時のように俺のせいでエミリアやラムたちの大切な命が奪われることだけは絶対に避けなければならない。

 

 俺が知りたがれば、ラムは”死に戻り”について尋ねれば答えてくれる。

 ―――いや、()()()()()()

 

 その事実が嬉しい反面、かなり危ういという事実に気づいてしまった。

 

 あの時、”死に戻り”と口にする前のラムの反応からして、自らが死に戻りを口にしたときのリスクを完全に把握できていない可能性が高い。

 迂闊に深掘りをすれば、何の気もなしに”死に戻り”に関わる事を口にしてしまう……なんてことがあるかも知れない。

 

 まるで恐ろしいNGワードゲームみたいではあるが、だからこそ焦らずゆっくりと、慎重に彼女のことを知っていこうと心に決めた。

 

 静かな寝息を立てるラムの顔を改めて見下ろすと、普段の毒舌が嘘のように、無防備で可愛らしい寝顔を浮かべている。

 思わず見惚れながらベッドに近づき、そのさらりとした桃色の髪にそっと指先で触れた。指に伝わる柔らかい感触にドキリとして、急激に顔が熱くなるのを感じて我に返る。

 

「……いやいや、こんなことしてたら起きた時に絶対怒られる。って言うか、そうか、ラムはロズワールと……やべぇなんかお腹痛くなってきた」

 

 頬を上気させ、よろよろと廊下を歩くラムの姿。健全男子高校生には余りにもご褒美だったのに、ロズワールの部屋から出て来ているということを考えると脳が破壊されそうだった。

 

 ……ABCのどこまでやったんだろう。ABCのAってそもそもなんだっけ。

 記憶を消去する魔法とか欲しい。明日エミリアたんとかベア子に聞いてみようかな……

 

 などと不毛な事考えつつ、眠っているラムに掛かっている毛布を肩までしっかりと掛け直した。

 

「おやすみ、ラム。風邪引くなよ」

 

 いつまでも寝顔を眺めていたい気持ちは山々だが、流石に年頃の女の子と同じ部屋で寝るわけにもいかない。

 何より、ベッドは完全に独占されてしまっている。

 

「……つーか、今日レムと掃除をしておいてよかったな」

 

 俺は苦笑いしながら予備の毛布を一枚引っ張り出し、今夜の寝床を確保するために、静かにドアを閉めて屋敷の倉庫へと向かったのだった。




姉様の抱えるポンコツ口滑らせ自爆の可能性を察してしまうスバルくんはかなり正しくて、姉様は常に『もしかして、ラムが”死に戻り”って口にする分にはセーフなんじゃ!?』って思ってます。

台詞の改行について、どっちが良いですか?

  • 台詞と台詞の間の改行無し(1章)
  • 台詞と台詞の間に改行有り(2章)
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