あれから早いもので、既に九年もの月日が流れた。
あれ以来、ラムはずっとマナ不足に悩まされながらも出来る限りの風魔法の練習を死ぬほど繰り返していた。これから訪れるハードモードの世界に対抗するために、原作以上に魔法への理解度を高めていく必要がある。
また、ロズワール邸のメイドとして雇われることになったのでフレデリカという先輩メイドから教育を受けていた。とはいえ、
レムはあの日以来、『お姉ちゃんを守る』と張り切りながらラムと以上に鍛錬に励み、結果として今では原作以上に強そうな戦闘メイドに成長していた。原作でも武器を振るっていたのは知っていたけれど、『姉様!見てください!』と巨大なトゲ鉄球を振り回すようになった時は普通に失神するかと思った。
それから元の世界について。
数年間元の世界に帰る方法を探していたけど、結局何の手掛かりを得る事は出来なかった。とはいえ、元の世界に戻る方法がすぐに見つかるのならナツキ・スバルだって見つけているだろうし、大きな落胆は無かった。
―――それに、ラムにとってレムは家族だ。いまこの世界で、守るべき一番大切な存在。元の世界に戻れる時が来たら、ラムはレムを置いて行くのかと言われれば答えはNOだ。
だからこそ、正直どうすればいいのか分かってない。
それでも結末を迎えるとしたら、それはきっとナツキ・スバルという少年が迎える物語の終わり、その瞬間のような気がする。
そんなある日の朝。
「ラム、レム。今日は特別なお客様がいらっしゃるかーぁら。しっかりと準備をするよーぉにね?」
ロズワールが食事をした口をナプキンで拭うと、いつもの胡散臭い優雅な笑顔で言ってきた。
「特別なお客様……でございますか?」
「フフ、そうだーぁよ。ハーフエルフの少女と、その契約精霊様がこちらに滞在されることになったーぁんだ」
「……なるほど」
「エミリア様とお呼びするといい。彼女は王選の候補者の一人でね、私が後援をさせていただくことになったーぁんだよ」
……ついに原作の時期が来た。ラムが納得していると、隣に立っているレムが僅かに眉を顰めた。
「ハーフエルフ……? 王選の候補者様……?」
「そうだーぁよ。王選での準備で忙しくなるから、当分はこちらの屋敷にお住まいになることになる。ラム、レム、しっかりお世話してあげておくれ。特にエミリア様はまだ慣れないことも多いと思うから、優しーぃくね」
ロズワールは楽しげに目を細めた。
「畏まりました。精一杯おもてなしさせていただきます」
ハーフエルフという単語に僅かに顔を顰めていたレムも、何事もなかったように平坦な表情に戻り、すぐに姿勢を正して答える。
「レムも、全力でお世話いたします」
「期待しているーぅよ。彼女は
「「はい」」
ロズワールは満足そうに頷くと、自室へと戻っていく。扉が閉まると同時にラムは小さく息を吐いた。
この9年間でずっと考えていたことがある。それは、私がこれからする行動が原作へどれぐらいの影響を及ぼしてしまうか、と言うこと。
原作を忠実に守っていけば、途中までは大きな問題はなく物語は進んでいく筈。正直かなりうろ覚えなエピソードが多いけど、大まかな話の流れだけは分かっている。
だから私は、レムの
そしてもう一つ、死に戻りが発生した場合どうなってしまうのかと言う事。結局、死に戻りが発生した場合世界が分岐してしまうのか、それともなかった事になるのかがハッキリしていない。
……もしかして、どこかで語られていた可能性はあるけれど、一番最悪なのはナツキ・スバルが死んだ世界がそのまま続いていくことだ。そうなったら、もはや絶望しかない。
だとすると、自分はナツキ・スバルを一度も死なせないように立ち回らざるを得ないということになってしまう。
「はぁ……そんな事できるのかしら」
「? 何の話ですか姉様」
しまった、思わず愚痴が口に出ていた。不思議そうに顔を覗かせるレムに、小さく微笑み返す。
「何でも無いわよ、レム。……それより二人きりの時は『お姉ちゃん』で良いっていつも言っているのに」
いつからだったか。レムがメイドとしての教育を受けて敬語で喋るようになった辺りから、次第にラムへの呼称が『お姉ちゃん』から『姉様』になってしまった。
アニメの時からしてそう呼ばれていたけど、実際に目の当たりにすると少しだけ距離があるようで寂しい。寂しくない?
「そ、それはそうなんですけど……意識していないと、うっかり他の人の前でも言っちゃいそうになるので」
「……別に良くない?そのままでも。可愛いし……」
「良くないですっ!」
……え、そんなに嫌?!
ラムよりも長く生きている日本庶民の
「……嫌なら、良いけど、別に」
「ああっ、そんな悲しそうな顔しないでください姉様!」
レムは慌ててわたわたと手を振ったあと、こほんと咳払いをして少し恥ずかしそうに呟く。
「………だって、レムは姉様を守りたいのに、いつまでも『お姉ちゃん』じゃ子供っぽいじゃないですか」
「~~~~っ! レムーーーーーッ!!!」
うそ……ラムの妹が可愛すぎ!?
思わず抱きついて頬ずりをすると、レムはくすぐったそうに身をよじった。
「ひゃん! 辞めてくださいってば姉様ぁ……」
さらに恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらレムは引き剥がそうとしてくる。
でもお姉ちゃんは知ってるのよ。その手にそこまで力が入っていないから、レムも実は満更じゃないってこと♡
―――この後調子に乗って首筋にキスをしまくってたら、跡になったせいでちゃんとレムに怒られました。
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「ようこそいらっしゃいました、エミリア様。我がロズワール邸へお越しいただき、光栄に存じます」
玄関ホールの扉が開かれると、柔らかな朝の光と共に銀髪の少女が姿を現した。ロズワール様が優雅に一歩前に出て、いつもの芝居がかった笑顔で両手をひろげて挨拶をする。
エミリアは少し緊張した面持ちながらも、穏やかに微笑んで頭を下げた。
「こちらこそ。これからよろしくお願いします。ロズワール」
丁寧に挨拶を返すその声音は澄んでいて、まるで鈴の音のように耳に届く。
……流石はメインヒロイン、顔の整いかたと言い、その声音といい、現実離れした可憐さだわ。
隣に浮かぶパックが、尻尾をふりふりしながら「よろしくね~」と軽く挨拶を添えると、ロズワールは満足げに目を細めてラムたちの方へ視線を移した。
「ラム、レム。エミリア様を客室にご案内して差し上げておくれ。屋敷のことも説明してあげると良いよぉ」
「「はい」」
ラムは短く答え、レムと共に一礼する。エミリアは「お願いします」と小さく微笑んで、ラムたちの後に続いた。
「こちらがエミリア様のお部屋は二階の東側、陽当たりが良く静かな場所を選びました。窓からは庭園が見渡せますので、気分転換にも良いかと思います」
ラムは廊下を進みながら、部屋に到着すると軽く案内を始める。その後レムが少し後ろから補足した。
「タオルや石鹸など、必要なものはすべて揃えてあります。何か足りないものがあればすぐに申し付けてください」
エミリアは興味深そうに周りを見回しながら、柔らかく尋ねてきた。
「本当に綺麗なお屋敷……。メイドさんたちが二人だけでこんなに大きな屋敷を管理しているなんて、すごーく大変じゃないかしら?」
「慣れたものです」
ラムはさらり、となんて事ないかのように笑う。ちょっとかっこいいか。あまりにもシゴデキ女に見える。
「初めは大変でしたが、姉様が天才的なお掃除の方法でどんどん効率化してくださったのですよ」
「……レム、あまりそう言う事は言わなくていいのよ」
小さな努力をこう自慢されると、ちょっと恥ずかしいから勘弁してほしい。クールなしごできメイドと言うよりも、マメな家政婦さんと言った感じになってしまった。
その様子を見ていたエミリアは目をぱちぱちと瞬かせたあと、くすくすと笑い始める。
「ふふっ、二人ともすごーく仲良しさんなのね」
「え、ええ、まあ。大切な家族ですから」
「あ……そうよね、家族……」
「……エミリア様?」
エミリアは言葉を反芻すると、今度は少しだけ寂しそうな顔をした。その様子にラムは思わず首を傾げると、「あっ、ごめんなさい」と、エミリアは慌てて手を振って答えた。
「私は家族の事をあまり覚えていないから、そういうのちょっぴり羨ましいなとか、そう言うのでは無いし、ほら、私にもパックがいるもの。全然寂しいとかではないのよ?」
「リア……全部出てるよ」
隣のパックが切ないような、呆れたような表情でエミリアを見ている。確か、家族の記憶についての記憶は今は封印されているんだったか。試練を乗り越えたら思い出すんだよね?たぶん。
……なんというか。この作品に出てくる子たちはみんな苦労させられすぎる。過酷すぎると言うか……とにかく可哀想で見ていられない。
―――
いつか合流するであろうナツキ・スバルなんか特にそうだ。うざい部分はもちろんあるけれど、それを圧倒的に上回る物語の負の部分を一身に受ける少年。あまりにも可哀想で、この世界に転移した後の事を考えると涙がちょちょ切れる思いである。
無理やり笑顔を浮かべるエミリアの姿が少しばかり小さく見える。それはラム母性なのか、お姉ちゃんとしてか、それともこの先の苦難に対する同情心か―――自分でもわからないけれどラムはエミリアの少しだけ冷たい手を、そっと包み込むように握った。
「改めまして……私の名はラム。こちらは妹のレムです。これから精一杯お仕えさせていただきます。それと目下の者からこう言うのは失礼かと思いますが、どうかラム達のことを家族のように、気兼ねなく接していただけますでしょうか。エミリア様がこの屋敷にいらっしゃる間、肩の力を抜いて、息苦しくない場所にしていただければと思います」
一瞬、エミリア様の紫紺の瞳が大きく見開かれた。
「えっと……家族のように……?」
「はい。これからラム達はメイドとして、エミリア様にお仕えさせていただく事になります。ですが、ただのお客様のように扱うのは、少し寂しい気がいたします。なので、どうか遠慮なく甘えていただき、時には愚痴をこぼしていただいても構いません」
言葉を区切って、ラムは微笑んだ。
「ラム達は、エミリア様が笑顔でいられるよう、精一杯努めさせていただきます」
隣でレムが目を丸くしているのが視界の端に映る。これは本心だったが、ちょっと台詞がくさかったかもしれない。余計なお世話だったらどうしよう、と若干いたたまれない気持ちになってきた。
部屋には静寂が訪れエミリアもしばらくラムの顔を見つめていたが―――やがて頰をわずかに緩めて、握られた手にそっと力を返してくれた。
「……あ、ありがとう、ラム。なんだか急に胸が温かくなっちゃった。私こういうの……慣れてなくって、うまく甘えられるかわからないけど……これからよろしくね?」
その声は少し震えていて、でも確かに嬉しそうだった。
よかった、ドン引きされてたら今すぐ穴をほって埋まって、春には桃色の花を咲かせるところだった。
「へえ~、いいねいいねぇー。リア、ここのメイドさんたち、なかなか良い子みたいだよ」
「……もう、パック!からかわないの」
「あ、ボクはパック。よろしくね二人とも~」
エミリアが頰を赤らめながら大精霊のパックを軽く小突く。その様子があまりに可愛らしくて、ラムは口元を緩めて小さく笑った。
姉様が急にハーフエルフを口説きだしてびっくりした……