高熱で回らない頭を抑えながら、必死に状況を理解するために部屋を見渡した。
まず部屋を窓側から消し飛ばし、エルザを壁に叩きつけたのはレム。角を生やして興奮気味に窓からこの部屋に乗り込んできた。
「姉様、あとは任せてください。このゴミ虫は、レムが原型も残さず叩き潰しますから」
その手には相棒のモーニングスターが握られていて、ジャラジャラと鎖が音を立てながら振りかぶるレムの表情は殺意の波動に目覚めている。
「ぜぇ、はぁっ……ラム!無事か!?」
「……ええ。まだ生きてるけど」
「はぁ、ふうっ……まに、あったか……おええ……ダメだ吐く……」
そして少し遅れて部屋の扉を勢いよく開けて入ってきたのはスバル。こちらは今にもゲロを吐きそうなほどグロッキーになっている。物凄い全力で走ってきたのか息絶え絶えになっていた。
「メィリィ、今のは何の音―――ってえぇ!?これ、どうなってるの……!?」
「あれれ?いつぞやのセクシーなお姉さんまでいるね。王都の盗品蔵ぶりかなぁ?」
更にスバルよりも遅れて廊下から遅れてやってきたのはエミリアとパック。たぶん、ラム以上に状況が掴めていない。
混乱したような表情を浮かべながら状況を把握しようときょろきょろ目線を動かしている。
「エルザ!」
そう叫んで壁に叩きつけられたエルザの元へ駆け寄るのはメィリィ。仲間が物凄い勢いで叩きつけられてるから心配になるのも当然ではある。
すると同時に、腕がぐしゃぐしゃに潰れたエルザがゆっくりと壁を支えに立ち上がった。
「あら……どうしてかしら。こうならない為にわざわざ人が居なくなるのを待ってから、こっそり侵入したのに」
「姉様とレムの間には『共感覚』があります。それを通じて、姉様の危機を察知することができたんですよ」
「……そう」
情報収集不足だったわね、とエルザは肩をすくめる。『共感覚』というものは鬼特有のものであり、この世でレムとラムぐらいしか使う事がないので情報が無いのも仕方がないことかもしれない。
普段はオフにしているけど、多分エルザが目の前に現れるドッキリで心臓が飛び出るかと思ったのがレムに伝わったのかもしれない。
「で、どうするのお姉さん。言っておくけど、前回と違って僕はまだまだ君と遊んであげられる時間があるよ」
「それは興味深い事だけど……今はやめておこうかしら」
ちらり、とメィリィの姿を見た後、エルザはお手上げと言った感じでナイフを手から落としてひらひらと手を振って降参を示した。
エルザほどの実力者であれば、メィリィを見捨てて戦い、あるいは逃走に専念すればまた話は変わったのかも知れないが―――どうやらエルザにその意思も無いようだった。
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その後、エルザの身柄はラム以外の全員で屋敷の地下にある座敷牢へ厳重に閉じ込める事にした。皆が言うには、エルザは不思議と大人しく牢屋の中に入ってくれたという事らしい。
と言う事で再び全員がラムの部屋に集合していた。
「……皆、迷惑をかけたわね」
「迷惑だなんてそんな。姉様のピンチに駆けつける事が出来て、レムは自分が少し誇らしいです」
「そうだな、レムが居なかったらマジで危なかった。よっ!ラムの一番の妹!」
「ふふふ……当然です。レムは何度だって姉様をお守りして見せますから」
「レム、おいで」
スバルにおだてられて嬉しそうにレムは笑みを浮かべる。そんな妹が余りにも愛おしいので、手招きしてからわしゃわしゃと頭を撫でまわしてあげた。
あ~好き好き好き好き好き。可愛いねこの愛妹は!
「はわわわわ………」
「ふう……」
スッキリ。スバルが若干引いた顔を浮かべているが気にしない。これがレムとラムの姉妹愛コミュニケーションなのだから。
「羨ま……こほん。それにしてもびっくりしちゃった。突然大きな音が聞こえてきたんだもの」
「エミリアたんは何してたんだ?」
「メィリィと一緒にラムの為にパンケーキを作ってたの。後は焼き上げるだけだったから、ラムの具合だけ見てきてもらおうかと思って」
なるほど、と思っていると、メィリィが渋い顔をしながらエミリアにツッコミを入れた。
「あんなのパンケーキもどきよお……エミリアお姉さん、お料理が得意だって自称してたから何ができるかと思ったら、どんどん変なもの入れ出すんだものお」
「だ、だっていっぱい栄養付けた方が良いかなって思って。それに、パンケーキだって、上手くひっくり返せたし………ってあああっ!!!」
突然エミリアが大声を上げる。メィリィも目を丸くしたが、すぐに「まさか……」と思い当たることがあったのか、青ざめながらエミリアを睨みつけた。
「火……付けっぱなしだった!!」
「ああもう、何やってるのよばかあ!」
ドタバタとエミリアとメィリィが駆け出していく。
……二人とも仲いいな。微笑ましいんだけど、屋敷は燃やさないでね?
「……レム、バルス、火事になってたら困るから、あなた達も追いかけて。ロズワール様不在の時に屋敷が全焼していたら、ロズワール様もきっと泣くわ」
「そ……そうですね。行きましょうスバルくん」
「ああ……」
頷きながら、二人は引きつった表情を浮かべてエミリア達を追いかけた。
それにしても、不幸中の幸いか、皆の……というか主にレムが主に抱いていたメィリィに対する警戒を完全に解くことができたのは良かった事かもしれない。メィリィがラムを庇ってくれた、という事実を皆に念押ししておいたので、彼女はすっかり屋敷の仲間として受け入れられている。
彼女はもとより、暗殺者として生きることしか知らなかっただけの女の子。『善』も『悪』も曖昧ままだけど、こうして皆と触れ合っていけば、少しずつメィリィも変わっていくことができるかも知れないと、少しだけ楽しみだった。
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それから何度か寝て起きてを繰り返し、再び目を覚ました時には既に深夜を迎えていた。
薬が効いて熱もようやく下がってきたため、少しだけなら一人で歩き回れるまで回復している。
そうしてラムは今、寝静まった屋敷のまだ少しだけ冷たい廊下を歩き、エルザが捕らえられている地下の座敷牢へと向かって歩みを進めていた。
すると地下へと続く薄暗い階段の途中で、こそこそと歩く見慣れた小さな背中を見つけた。
「メィリィ? こんなところでどうしたの?」
「ひゃあ!? ―――あの、その、ちょっと眠れなくてえ」
声をかけると、彼女はびくっと肩を揺らしてから誤魔化すように目を逸らす。ラムはゆっくりと近づいて、安心させるためにその柔らかい髪を優しく撫でてあげた。
「もしかして、メィリィもエルザに話を聞きたいんじゃないの?」
「……ええ」
静かに推察を口にすると、彼女は一瞬目を丸くした後、観念したように小さく頷いた。
「あーあ。ラムお姉さんには隠し事できないわねえ……」
「ふふん、ラムには皆の考えてることが分かるのよ」
「……それは絶対嘘」
呆れ顔を浮かべるメィリィの小さな手を自然な流れで取ると、メィリィもそれを握り返してくる。そうして、秘密の面会が始まることになった。
冷たい空気が漂う座敷牢の奥で、エルザは大人しく鉄格子の向こうに座っていた。こちらの気配に気づくと、暗闇の中で妖しく目を細める。
「こんばんは。こんな夜遅くに、私に何の用かしら」
「……メィリィが、あなたに話したいことがあるそうよ」
少しだけ緊張したような表情を浮かべていたメィリィだが、背中を優しく押してあげると躊躇いながらも鉄格子の前へと進み出た。
「ねえ、エルザ。……もう一度さっきの質問に答えて。エルザは私のこと、どう思っているの?」
メィリィは絞り出すような震える声で、あの部屋で聞けなかった核心を真っ直ぐに問いかける。
「どう、とは? ―――単なる組織の仲間よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。メィリィ、あなただってその筈でしょう」
一切の感情を交えない、ひどくそっけない返答が冷たい地下室に響いた。
その答えを聞いたメィリィは、あっさりとした声色で、やれやれと言ったように肩をすくめた。
「……そうよねえ。くだらない事を聞いちゃった」
だけどその表情は辛く、悲しそうな顔だった。隣にいるラムには、その小さな肩が震えているのがすぐに分かった。
―――ああもう、素直じゃない人たち。
小さくため息を吐いて、ラムは会話に割って入った。
「なら、どうしてメィリィを迎えに来たの?」
メィリィを一度後ろに下がらせてから、エルザに向けて鋭い視線を向けた。エルザは肩を竦め、呆れたような表情で言葉を返してくる。
「仲間が捕まっていたら助けるのは普通じゃないかしら?」
「だったら、彼女を助けに来たのは、あなたの意思じゃないとでも言うつもりかしら」
「……」
「それに、メィリィがあなたの敵になったら殺すのかと聞かれた時、どうしてあの場で即答できなかったの?」
次々と矢継ぎ早に問い詰めると、エルザは不愉快そうにスッと目を細めた。
エルザは冷酷な暗殺者だけど、感情がない訳ではない。先の一連の反応で、エルザがメィリィに対して、ただの駒以上の特別な感情を抱いていることは確信していた。
「……本当に、口の減らない小娘だこと」
「事実を言っているだけよ。……あなただって本当は、メィリィの事を妹みたいに思っていたんじゃないの?」
本来、こういう事を言葉にしてしまうのは無粋とも呼べるかもしれないが、あえて明言する。 するとエルザは、ただ小さく息を吐き出した。
「そんなものは、所詮家族ごっこに過ぎない」
それは、誰に向けた言葉なのか。エルザは少しだけ遠くを見つめるようにして呟いた。しかし、エルザはそこで言葉を区切らずに続けた。
「だとしても―――その子との繋がりは、くだらないとは思っていなかった。それだけよ」
静かに紡がれたその一言は、間違いなく彼女なりの不器用な愛情表現だった。
その言葉の本当の意味を理解したメィリィが、目に涙を浮かべたまま振り返る。暗殺者同士の歪で不器用な絆が、確かにそこに存在していた。
「……ですって。良かったわね、メィリィ」
「ん……」
鉄格子の前で静かに頷くメィリィの小さな背中を、ラムはぽんぽんと優しく撫でる。しばらくそのままだったが、やがて震えが治まり、小さく深呼吸してからいつもの調子を取り戻した。
「はぁ……エルザってば、そう思っているならどうして突き放すような事言ったのよお。無駄に傷ついちゃったじゃない」
「たぶん、あえて突き放したい理由があったんじゃないかしら?ねえ、エルザ?」
「……はぁ、本当にいちいち癇に障る小娘だこと。分かってて言ってるのならタチが悪いわよ」
「分かってるのは半分くらいよ。別にラムは、あなた達の全ての事情を知っている訳じゃないもの」
「ど、どういう事お……?」
メィリィは困惑した表情を浮かべる。流石にこの続きをエルザに言わせるのはあまりにも野暮なので、ラムの口から教えてあげる事にした。
「あなたをこのまま突き放して、暗殺者の道から外そう……とか、その辺りかしら」
「え……?エルザ、そうなの?」
メィリィは目をまんまるにして驚く。
エルザはいつもの艶やかな薄笑いのイメージとは裏腹に、少しだけばつの悪そうな顔をしてこちらを睨みながら口を開いた。
「メィリィ。あなたは任務に失敗した上に、敵であるその子達の手を取ってしまった。……それがどういう事になるか、分からない訳ではないでしょう?」
「……っ」
これは『ママ』と呼ばれる存在に対する明確な裏切り。
メィリィはその後自分がどんな仕打ちを受けてしまうのか想像したのか、みるみる顔色が悪くなっていく。
そんなメィリィの姿を見て、エルザは試すように視線を向けて、口角を釣り上げる。
「もっとも……手土産にそこの小娘の首でも持ち帰るというのなら話は別だけど」
「……それは……」
と、メィリィは言い淀みながら、ちらりとこちらを見てくる。しかし、直ぐにはっきりとした声でそれを否定した。
「……それは、嫌だわあ。私、もう随分と絆されちゃったみたい。ラムお姉さんの事、エルザと同じぐらい、す……好きになってしまったんだもの」
……
…………うっ!!!!(キュン死)
突然のメィリィからの告白を受けて、胸のトキメキが止まらない。
メスガキ捕獲大作戦から数日間、毎日3食+α(デザート等)を頑張って作って良かった。
エルザの前だったので、愛おしさの余りそのキュートなおデコにちゅーしたくなる気持ちをぐっとこらえて冷静を装った。
同じように好意を明言されたエルザは「ふうん?」再び優しく微笑んだ後、こちらをじっと見据えた。ラムに向けるその表情は、いつもの艶やかで冷たい笑みだったが、なんだ王都の盗品蔵で出会った時よりも圧を感じる。
「うちの子を誑かしたのだから、それなりの覚悟はできているんでしょうね」
「……もちろんよ。元よりそのつもりだったもの」
「そう……なら、いいわ」
誑かした、などと人聞きが悪いが、ハッキリと断言するとエルザは圧を引っ込めた。
メィリィの事はこのままメイドとして教育して、普通の女の子として育てていこう。雪祭りの時、ペトラもやたらと羨ましそうに見ていたし、いつか一緒に働いて貰うのも良いかもしれない。
……と言う所で、そろそろラムのもう一つの用事も片づける事にした。
「さて、次はラムからもう一つ質問させて頂戴。今回の一件は誰かの依頼や指示ではなく個人的な行動……つまり、『仕事』ではないということで間違いないかしら?」
「ええ、その通りだけれど。それがどうかしたの?」
「なら話は早いわ。―――私から、あなたに一つ『仕事』を依頼したいの」
そう告げると、エルザはぱちぱちと瞬きをしてからくすくすと笑みを浮かべた。
「あら……意外ね。汚れ仕事を嫌いそうなあなたが、私に『依頼』だなんて。誰か殺したい相手でもいるのかしら」
「ラ、ラムお姉さん……?」
メィリィが困惑の声を上げる中、鉄格子の向こうのエルザは冷静だった。細い指先で唇を撫でながら、あくまで仕事は仕事だと交渉の席に着く構えを見せた。
しかし、「そうじゃない」とラムは首を振る。
「依頼は暗殺者としてじゃなくて、護衛として……あなたの力量を見込んでの事よ。今度ラムが王都へ行ってから暫くの間、力を貸してほしいの」
「ふうん……私を使うならそれなりの報酬は弾んでもらう事になるけど」
「構わないわよ。ラムが出せるだけのものは出してあげる。お金でも物でもね」
ロズワールから貰っている給金はそれなりに高額だし、ほとんど手付かずで残っている。それに、レムとクルシュを暴食の手から救うためにはここが正念場。ラムの持っている全てを支払ってでも、エルザという戦力を手に入れる価値はある。
「さて、どうしようかしら……」
エルザは小さく呟いて、悩まし気に頬に手を当てる。どうやら駆け引きを続けるかどうか悩んでいるようだったが、視線をラムからメィリィへと移した後、仕方がないわね、と言ったような風に溜息を吐いて口を開いた。
「……王都で何をするつもりか知らないけど、あなたの護衛という事ならここで受けなかったらあなたは死んでしまうかもしれないわね」
「別に……そうは決まったわけではないと思うけど?」
「そうかしら? だってあなた弱いもの。メィリィを引き取ったくせに、勝手に死なれては困るわ」
「………」
む、むかつく。
でもぐうの音も出ない正論だった。
王都で戦った時はエミリアのサポートを込みで何とか近接での戦いを続ける事が出来た。だけど、このエルザの真骨頂はその卓越したナイフ捌きではなく、圧倒的な持久力にある。
ラムがどれだけ策を練り、その喉元を貫くために刃を振りぬこうと、エルザにしてみれば『楽しんでいるだけ』で勝手にラムがバテていくので、敗北は万が一にもあり得ないのだった。
「だから、か弱いあなたの為に引き受けてあげる」
「……ああそう、助かるわ」
悔しさはあるものの、ラムは内心で大きく安堵の息を吐き出す。これからの戦いで、腸狩りエルザの力を借りる事が出来るのは余りにも大きい戦力に繋がる。
彼女の力を具体的にどこで使うか、それはまだ決まっていないが、彼女であればどのような役割も期待以上にこなしてくれるだろう。
「さて、これで話は終わりかしら? ―――それじゃ、そろそろ私も此処から出させてもらうわね。寒いのは嫌いなのよね」
「え?」
彼女は話を切り上げると、ゆっくりと立ち上がって鉄格子の扉へと近づいてきた。何を言ってんの…? と困惑して立ち尽くしていると、突然メィリィに腕を強く引かれた。
次の瞬間、エルザが扉に向かって思い切り蹴りを放ち、頑丈なはずの扉があっさりと吹き飛んでいく。
「………」
「あら、そんな顔をしてどうしたの? あなただって、私の蹴りの威力は知っている筈だけど?」
舞い散る土煙の中で艶やかな笑みを浮かべる暗殺者を見て、盗品蔵でお腹を蹴り飛ばされた時の記憶が蘇ってきた。
「……いつでも逃げられたのに、どうして大人しく座敷牢に居たの?」
「あなたたちがメィリィをどうするつもりなのか測ってから出ようかと思っていただけよ。もうその用事は済んでしまったもの」
「ああ……そういう事」
口元に笑みを浮かべながら横目でメィリィを見ると、メィリィは少しだけ顔を赤くしたまま黙っていた。
「それじゃあ依頼の事だけど、今度あなたが王都に来た時にこちらから会いに行くわ」
「え?どうやって合流するつもり?」
「心配しなくても大丈夫よ。 ―――私はプロだから」
……何この女、やっぱり怖い。
不気味に微笑むその顔を見て、それが暗殺対象を見つけ出す時のやり方であると即座に理解した。背筋に冷たいものを感じながら、颯爽と脱走していく女の背中をただ静かに見送るのだった。
エリザとメィリィのコンビ、もっと本編でも見たかったぁ!
1話当たりの文字数、どれぐらいが良いですか?(3章書いてたら9000文字連発してしまったので分割しようか悩み中
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4000~7000文字(分割する)
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7000~10000文字(分割しない)
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全然気にした事無いからどっちでもいい