結局ナツキ・スバルの姿は、どこにもなかった。
人通りの多い通りも、裏路地も、それらしい騒ぎも、血の跡すらも見つからない。途中でチンピラに絡まれている青年を見つけては覗き込み、それらしい後ろ姿に目を凝らし、違うと分かっては肩透かしを食らう、そんな無駄足を何度繰り返したか分からない。
「……はぁ、見つからないわね」
ぽつりと呟くと、隣を走っていたエミリアが息を整えながら頷いた。
「ええ……。さっきの子、すごーく足が速かったもの……もう何処かへ隠れちゃったのかしら」
「そうね……」
……フェルトではなく、ナツキ・スバルだけど。
ラムは足を止め、周囲をぐるりと見回した。
石畳が続く王都の街路は、まるで迷路のように入り組んでいる。通り一本違えば、もう別世界だ。
「……偶然に頼るのは、流石に無理があるわね」
「ラム?」
「いえ、独り言よ」
ラムは小さく首を振った。そう、偶然はそうそう起きない。エミリアとスバルの出会いは、物語として配置された“奇跡”みたいなものだ。今ここが”現実”である以上、それを再現しようとする方が無理がある。
少なくとも、ラムがこの場に居る時点でそのズレは考慮すべきだった。
ラムは内心で舌打ちをする。ラムがいることで、本来一人で行動していたエミリアの動線が変わった。その結果、ナツキ・スバルとの邂逅タイミングがズレた。
―――だとしたら。もう死んでる可能性もあるんじゃ?
ぞわり、と背筋に嫌な感覚が走る。
ナツキ・スバルは“死に戻る”。だけど死に戻った時にその世界がどうなるのかは分からない。これからナツキ・スバルの居ない世界のまま続く可能性だって十分にある。
「ラム?大丈夫?……顔色が悪いわよ」
不安そうにこちらを覗き込むエミリアに気づいて、ラムは軽く息を吐いた。
「……大丈夫よ。だけど、やっぱり千里眼を使って探した方が良かったわね」
「でも千里眼を使っても王都じゃ時間はかかるだろうし、マナも沢山使うんでしょ?」
エミリアの疑問にラムは頷く。千里眼を少し使うだけなら問題ないが、流石に王都の中を探すのは骨が折れる。この後の腸狩りのエルザとの戦いの為にもマナを取っておこうと考えていた。ここまでスバルが見つからないのなら裏目だった。
それに、ナツキ・スバルを探すことに時間をかけすぎて、ラインハルトとも面識を得られなかった。もし、このままスバルもおらず、ラインハルトも居なかったら―――
と、気持ちが暗くなっていくのを感じて、切り替えるように、ぱん、と軽く手を打った。
「方針を変えましょう、リア」
「方針?」
「ええ。盗んだ相手を追うのではなく、“盗品が流れる場所”を探すのよ」
「……あっ」
エミリアの目がぱっと見開かれる。
「そっか……!盗んだものは、どこかで売るはず……!」
「その通り。王都でそういう物が集まる場所なんて、限られているでしょう?」
ラムは視線を少し細めた。貧民街。そして、その奥にある盗品蔵。
「人に聞きましょう。こういう時は、地元の人間の方がよほど詳しいものよ」
「うん、分かった!」
エミリアはこくりと頷き、すぐに近くの露店の店主へと駆け寄っていく。その背中を見送りながら、ラムは小さく息を吐いた。
―――もし、一つだけ可能性があるとしたら、ここが既に”死に戻り”をした世界である事。つまり、ナツキ・スバルの行動が既に1週目から変わっていて遭遇できなかった……そう考えることもできる。そう思いたい。……思いたいけど正直かなり不安だ。
……だって、スバルが居なかったら終わってない? この陣営、と言うか世界。
「ラム!分かったわ、貧民街の場所!」
「……行きましょう」
憂鬱な気持ちだったが、呼ばれて顔を上げる。エミリアは少し不安そうにしながらも、しっかりと前を見据えていた。
ラムも、とりあえず余計な不安は一旦脇に置いておく事にしよう。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ラムたちは人混みを抜け、徐々に空気の淀んでいく方角へと足を進めた。
建造物は減り、舗装されていない通路が幾つも現れる。人の気配も殆どなくなってきた頃、既に太陽は傾き、夕方になっていた。
そんな中、エミリアがラムの方をちらりと見て声をかけてきた。
「ラム、大丈夫?」
「え?」
「少し顔色が悪いわよ……体調でも悪いの?」
言われてから、ラムの表情が強張っていることに自分でも気が付いた。このままナツキ・スバルと合流できなかったらどうしよう、という不安がいつの間にか顔にも出ていたらしい。
「大丈夫よ。日も暮れてきたから、少しだけマナが減ってきているだけ」
「そ、それってあんまり大丈夫じゃないような気がするけど……?」
「そんなに心配そうな顔をしないで、リア。何かあったら必ずラムが守るから」
「……ラム?そういう話じゃなかったわよね?なんで私が庇われる方になってるの??」
「私が護衛だからよ」
小さくため息を吐いた後、途中で見かけた人にロム爺の盗品蔵の詳しい場所を聞き、案内通りに歩いていくと、辿り着いたのはひときわ古びた木造の蔵だった。人がいるかも怪しいほどの建物だけど、確実に人の気配がする。
「ラム、ここで合ってるの?」
「……ええ、間違いないと思うわ」
何となくアニメで見た造形によく似た建物。一歩前に出て軽く扉をノックしてみると、コン、コンと音が鳴り、そこから一瞬の静寂が訪れる。
そして―――
「来た……!」
「おっ、おい!待てよ兄ちゃん何を勝手に……!」
中から響いた、焦った少年の声。待っていた、と言わんばかりの反応にエミリアが怪訝な表情を浮かべる。ラムも、このもはや懐かしい聞き覚えのある声に息をのんだ。
二人して固まっていると内側から扉が勢いよく開き、一人の少年が顔をのぞかせた。黒髪、ジャージ、三白眼の悪い目つき。間違いなく原作通りの人物、ナツキ・スバルだ。
やっぱり生きて先にこの盗品蔵に来ていた。つまりこの世界は何度か死に戻りした後の―――
「げえっ!姉ちゃんたち、こんな所まで追っかけてきたのかよ」
「げぇっ、とは失礼ね!貴方が盗んだもの、すごーく大切なものなんだから返して!」
「やなこった!第一、盗まれるアンタが不用心過ぎるんじゃねーのか?」
「そ、それは……、いや、そもそも盗むのはいけない事なのよ!」
「二人とも待った待った!今はこんな事してる場合じゃねえんだって!」
エミリアとフェルトの口論が続き、スバルが慌てて仲裁に入る。ロム爺はやれやれ面倒なことになったな、といったように頭を搔いて様子を窺っていた。
気の抜けるやり取りにラムは小さく溜息をこぼしながらも、千里眼を発動する。
すると、ゆっくりとこちらに迫ってくる一つの視界がすぐそばにあった。
……もうエルザ来てるじゃん!!!
「その男の言う通りよ。今はこんな事をしている場合じゃない! ―――パック様!」
その声にフェルトとロム爺が警戒してびくりと肩を震わせる。しかしパックはすぐさま意図を理解して、エミリアの背後に淡く青に輝く魔法陣を展開した。
その瞬間、ガキン!と鋼がぶつかる音が鳴り響く。
「エル・フーラ!」
そして間髪入れずに襲撃者に向かって魔法を放つ。杖の先から圧縮された空気が放たれ、見えざる刃となって襲撃者の頭を切り落とす。
「あら?」
しかしその襲撃者は上体を大きく逸らす事で攻撃を躱した。
……流石にそう簡単に倒せるような相手じゃないか。だけど完全には躱せていなかったようで、その頬からはだらりと血が流れていた。
「なかなかどうして、紙一重のタイミングだったね。流石はラムだよ」
「お褒めにあずかり光栄です。……残念ながら、仕留めるまではいかなかったようだけど」
そう言いながら襲撃者――腸狩りのエルザをにらみつけると、頬から流れ落ちた血をぺろりと舐めてから恍惚に笑った。
「うふふ……こっそり忍び寄ったつもりだったのだけど、よく気付いたわね。私の殺気でも漏れていたかしら?」
「ふっ、残念ね。―――気配を察知することぐらい容易い事よ」
嘘である。
正解は原作知識+千里眼でした。
「お、おい、どーいうことだよ!」
フェルトがエルザに指を突きつけて、自分の持つ徽章を懐から取り出す。
「徽章を買い取るのがアンタの仕事だったはずだ。ここを血の海にしようってんなら、話が違うじゃねーか!」
「持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもできないわ。だから予定を変更することにしたの。この場にいる関係者は皆殺し。徽章はその上で回収することにするわ」
フェルトはその殺意に当てられて、思わず後ずさる。それを庇うようにロム爺が巨大な棍棒を握りしめた。
エミリアも状況を理解してエルザを睨みつける。
「させるとでも?」
「こっちは5対1なんだから。貴方に勝ち目はないわよ!」
ラム、パック、エミリア、ロム爺………もしかしてスバルも入れてる?
もちろん原作のスバルはこの場に残ってエミリアの助太刀をしようと奮起していた。何かできる事はないかと探す根性は認めるけれど、あれは一歩間違えればスバルが即死してしまうようなギリギリの戦い。何かの拍子に、原作に無かったようなアクシデントに見舞われる可能性がある。だから、この場はラムに任せてスバルはフェルトと共にラインハルトを呼んできてほしい。
―――と思っていたら。
「悪いエミリアたん!俺は頭数に入れないでくれ!」
「ええっ!?なんで……っていうか私の名前……じゃなくてどういう事!?」
ナツキ・スバルは不敵にサムズアップをしながら、答える。
懸念していた展開と大きく違い、思わずラムはきょとんとしたまま、数度まばたきをした。
「俺はフェルトと一緒に助けを呼んでくる!だからここで持ちこたえて居てくれ!」
「……自信満々に何を言うかと思ったら、なんと情けない奴じゃ!!」
ロム爺はずっこけそうになりながらも悪態をつくが、この場で戦えない人物が残るよりも現実的な策だ。ロム爺も同じことを思ったのか、それ以降は何も言わなかった。
それにもしかしたら……何かの間違いで、フェルトだけでは助けを呼べない可能性もある。
「お、おい兄ちゃん、馬鹿言うなよ、あたしは―――」
「良いから!こう言うのには適材適所って言葉があるんだよ。少しでもここの皆を……あの爺さんを助けたいなら、俺たちも全力で助けを呼ぼうぜ」
「っ……」
スバルは反論しようとするフェルトの瞳を真っ直ぐ見つめていた。あの目は”逃げたい”という気持ちではなく、”諦めない”という覚悟が伝わってくる。それが伝わったのか、フェルトは目を丸くした後、「なんだよそれ、カッコわりー」と小さく笑って頷いた。
「させると思う?」
エルザが床をを踏み抜き、目にも止まらないスピードで二人を目掛けて飛び掛かる。その手に握ったククリナイフを振りかざし―――
「ぬううう!!それはこっちの台詞じゃ!!」
ロム爺がそれを大きな棍棒で防いだ。そこから二合、三合と打ち合いが始まるが、直ぐにその均衡は崩れ去る。
「ぐうううっ……!」
「ふふ。力はあるけど速さが足りない。残念だけど私には止まって見えるわ」
ロム爺が棍棒を大きく振りかぶった瞬間に素早く懐に潜って一閃。ロム爺は間一髪のところで致命傷は避けたが、脇腹を深めに切り裂かれ、そのままの勢いで椅子をなぎ倒しながら転倒した。
「ロム爺……!!」
フェルトが悲鳴を上げると同時に、ラムはスバルに視線を向ける。ロム爺が作ってくれたこの一瞬を無駄にしたくない。スバルは直ぐにその意図を理解して、「此処は任せた」というように頷き、フェルトの手を引いて走り出した。
「とどめよ」
エルザがはロム爺の心臓をめがけてククリナイフを振り下ろそうとしたその瞬間。
―――ラムもエルザに劣らない速度で二人の間に割り込み、
「フーラ!!」
更に逆の手に握った杖から魔法を放つと、エルザはひらりとそれをかわして距離を取り、ラムの得物を目にした後興味深そうにくすくすと笑いだす。
「あら……貴方もナイフ使いなの?魔法使いばかりで少しだけ残念だったのだけど……少しは楽しめそうだわ」
「それはどうも。でも、残念ながらラムのは
両刃か、片刃かの違いしかないけど。
「ラム、戦い方はいつも通りで良いのよね?」
「ええ。だけど、ここは屋内だから気を付けて戦って。壁や天井を使って立体的に攻めてくる可能性だってあるわ」
「りょーかい!」
ラムが前衛、パックが後衛、そしてエミリアが補助といった感じだ。原作でのラムは基本的に近接戦闘は選ばないのだけれど、できる事の幅を増やそうと鍛錬した結果、ラムはいくつかの技を編み出していた。
ラムは左手の杖で風を操り、周囲から
「……お前さんたちの戦い方はわからんが、儂はどうすればいい?」
「その傷だもの。後ろに下がっていて頂戴」
「っ……ああ、すまんな」
ロム爺が答えると同時に、ラムは身体に纏わせた風を足の裏へと収束させ、一気に爆発させる。次の瞬間、ラムはエルザの胴体へとナイフを振りかざしていた。
「速い―――ッ!?」
―――圧縮した空気の解放による、瞬間的な高速移動。これがラムの手札の一つ。驚いたエルザはその場から飛びのくことで回避する。
「逃がさないわよ!」
だが、そこにエミリアのサポートが光る。エルザの足元射出された氷がその足を縫い付けるように凍り付かせた。
ラムのナイフはそのままエルザの胴体を貫く―――そう思ったのだが、ガキンッ!と鉄同士がぶつかり合う音が鳴り響いた。
もう片手に握った二本目のククリナイフ。その防御が間に合ったようだ。エルザの腹部目掛けて突き出された短剣はギリギリのところで止まっている。
「残念だったわね。少し驚いたけれど、私には届かない」
「――それはどうかしら」
ニヤリ、とラムは口角を上げる。防がれた短剣は確かにエルザの腹部には到達していない。だというのに、その腹部からはダラリと血が流れだしていた。
「リーチが……!?」
「それだけじゃないわよッ!」
同時に短剣の先端がバンッ!と爆ぜる。
これはさっき足に風を収束させ、爆発させることで高速移動したものの応用。短剣に風を纏わせ、圧縮することで刃を作りる事で射程を延長、そしてその先の刃は圧縮したものなので、解放することで相手を内部から爆発させることができる。
「――ッ……ふふ、うふふふ。面白い戦い方をするのね、あなた」
「チッ……お腹に穴が開いたんだから、そのまま死ねばいいのに」
「そうは行かないわ。だってこんなに楽しいんだもの」
エルザは苦痛に顔をゆがめるでもなく、心底楽しそう笑う。こんなにタフだったっけ?と思い返してみると、確かにやたらタフで2期の最後の方にも立ちふさがっていたような気がする。
若干げんなりしていると、舞いを踊るかのように上体を大きく勢いづけ、そのまま凍った足の被を引きちぎったままラムの喉を目掛けて回し蹴りをしてきた。
ラムは咄嗟に腕をクロスして、その攻撃を防ぐ。しかしエルザの狙いはそうではなかった。
血の滴る足の裏から流れる大量の血、それによる目くらまし。
「っ!?」
エルザは一瞬視界が潰え怯んだラムに更なる蹴りの追撃を行おうとする。しかし、横から飛来した巨大なつららが攻撃を妨げ、そのまま彼女を押しつぶした。
「ふー、流石にこうも狭い所で戦われると狙うのが大変だね。大丈夫?ラム」
「大丈夫です、パック様。お陰で助かりました」
「いやぁどういたしまして―――ってあれ、殺したつもりだったんだけどな」
バキバキとつららが割れる。その中から、ゆっくりとエルザが現れた。
「少し危なかったわ。私の外套は一度だけ、魔を払う術式で編まれていたの。こんなもの要らないと思っていたけど、命拾いしてしまったわね」
持ってきておいて正解だったわ、と肩を竦めるエルザ。ラムとエミリアの魔法は外套の内側、そして足と、外套を避けた部分にあたっていたから発動しなかったようだ。
それにしても……腸狩りのエルザは物凄く強敵ではあるけど、このまま続ければ突破できないほどではないと感じる。
原作のメンバーから非戦闘員のスバルとラムを交換しているのだから、それも当然か。もしかしたら、このままラインハルトを待たずとも倒せてしまうんじゃないか?
ラムはふんと鼻を鳴らして挑発的にエルザに向けて言葉を投げかける。
「そろそろ降参したらどう?このまま続けたら間違いなくラム達の勝ちよ」
「それはどうかしら……と言いたいところだけど、流石に分が悪そうだわ。お願いしたら見逃してくれるのかしら」
「それは無理なお願いね。ここで死になさい」
悪いけど聖域編での出番は諦めて貰おう。あの辺りの話は結構長いというか、複雑すぎてよく覚えていないというか…………少なくとも強敵として立ち塞がってたわけだし、それならもうここで仕留めておいたら将来楽になるかもしれない。たぶんきっとそう。
そんな思いでエミリアとパックに目配せをすると、パックが突然大きくあくびをして、チカチカ点滅を始めた。
「あ~……ごめんラム。このタイミングで言うのは物すごーーく申し訳ないんだけど、もう限界も限界。正直うたた寝しながらさっきの魔法を打ってたレベル」
「……え?」
「そう……あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。ありがとねパック」
「リア、君になにかあれば、ボクは盟約に従う。いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」
「え……?え………??」
その言葉を最後にパックの姿が淡くぼんやりと輝き―――すぅっと音もなく消滅した。
あ、やばいそういえばそんな時間制限あったわ!
ラムの捏造設定:NARUTOのアスマだったりダンまちの剣姫と化した姉様。
魔法でだけで戦闘するよりは室内戦闘がやり易く、現状のパーティに足りない前衛を担うことができた。エルフーラとかをぶん投げるよりはコスパが良いので、多少長持ちします。やったぜ。