石畳の通りを歩きながら、俺は溜息を吐いた。手伝うよと豪語した癖にその結果は惨敗で、コミュ障にとって突然の聞き込みはぶっちゃけハードルが高い。
「だ、大丈夫よ。人には向き不向きがあるから」
というエミリアの優しい言葉を掛けながらも、表情が引き攣っているあの感じがなかなか心に突き刺さる。優しさとは、時に人の心を大きく抉るのだと痛感する。
ちらりと隣を見ると、エミリアが周囲へ注意を向けるように視線を巡らせていた。いつもの穏やかな雰囲気とは違い、少しだけ緊張した空気を纏っている。
そのときだった。人の流れの隙間に、ぽつりと取り残された小さな影があるのが目に入った。
「……あの子、迷子かしら」
エミリアが足を止め、視線の先には幼い女の子が一人心細そうに立ち尽くしていた。今にも泣き出しそうな顔で、誰かを探すように辺りを見回している。
―――あー、こりゃ迷子イベントっぽいな。
頭の片隅でそんな軽口を叩きつつも、足は自然と止まっていた。エミリアが一歩踏み出そうとしたその瞬間、女の子がぱっと顔を上げて、次の瞬間には一直線にラムへ駆け出していた。
「ラムお姉ちゃん!」
勢いそのままに飛びつくように抱き着いた子供に、思わず足を止める。ラムは少しだけ目を見開いたが、すぐにその頭を軽く撫でて受け止めた。
「プラム?どうしたの、こんな所で」
「ラム、知り合いなの?」
エミリアが不思議そうに尋ねると、ラムは肩をすくめる。
「顔見知りの果物屋があるんだけど、そこの店主の娘さんなの」
なるほどな。どうりで初手から距離が近いわけだ。
「う、うう……うわぁぁん!」
安心したのか、それとも気が抜けたのか、プラムがラムの服をぎゅっと掴んだままぐずり始める。その様子に、エミリアが少し困ったように視線を向けた。
―――こういう時は、まあ俺の出番だろ。
「こちらに取り出したるは、一枚のギザ十にございます」
懐からコインを取り出して手のひらに押し込む。そのまま消したように見せてから、軽く仕掛けを動かした。
「消えたコインはこんな所にありました。これ、あげるよ。貴重品だから大事に取っといてな」
さらりとプラムの髪をなでると、そこからコインが現れたように見える。単純な手品だが、それで十分だった。
「……すごーい!」
さっきまでのぐずりが嘘みたいに止まり、ぱっと顔が明るくなる。プラムは目を輝かせてコインを握りしめ、そのまま楽しそうに笑った。
無邪気な声が響く。その様子を見て、エミリアもほっとしたように笑みを浮かべていた。
ふと視線を横に向けるとラムがこちらを見ている。首をかしげると、ラムはほんの少しだけ口元を緩めた。
「やるじゃない」
そう短く一言呟いた後、くるりと背を向けたラムはプラムの手を引いて歩き出した。
―――おお、マジか。すげぇ破壊力。
エミリアの咲くような笑顔とは違い、なんというか、それは滅多に差し込まない冬の日差しみたいだった。一見冷たく見えるのに、その陽だまりは確かに暖かい。
前を歩くラムはプラムと他愛のないやり取りをしながら頭を撫でている。その手つきは驚くほど丁寧で優しかった。
「……珍しいもんだなぁ」
「どういうこと?」
「いや、ラムって結構キツい言い方が多いから、子供にやさしいのが意外でさ」
ぼんやり眺めながら呟くと、隣のエミリアがぽつりと言う。
「……ラムはね、お姉さんなの」
「そうなのか?」
「うん。レムっていう、ラムにそっくりの双子の妹がいるのよ」
「へぇ……」
納得がいくような、いかないような気分で顎に手を当てる。
「なるほどなー。じゃああれか、お姉ちゃんスキル発動中ってやつか」
「スキル……はよくわからないけど、すごーく妹想いなの。私も少し妬けちゃうくらい……」
「ふーん?エミリアたんもすごーく仲良さそうに見えるけどな」
軽い気持ちで言うと、エミリアはくすりと笑った。
「うん……私にとっては、ラムもお姉ちゃんみたいなものなの。すごーく優しくて……すごーく、大好き」
「―――」
エミリアはとても愛おしいものを見るような目でラムの背中を見ている。エミリアにとってラムはただのメイドや友達ではなく、それ以上の存在なのだろう、と言うのがその表情を見れば一目瞭然だった。
「あっ……!」
しばらく進むとプラムが喜びの声をあげた。少し先には必死に辺りを見回す男女の姿が見え、露店の前で焦燥に顔を歪めていた。
「――っ!」
駆け出したプラムに、母親と思わしき女性が気づいて抱き留める。きっとこの人がラクシャという彼女の母親だろう。
「ああプラム……よかった……! 本当に……!」
「ありがとうな、本当に……!この子、道の途中で勝手に飛び出しちまったらしくて……」
ラクシャは何度もプラムの頭を撫でて抱きしめる。その隣に立っていた男もこちらに何度も頭を下げてきた。
よく見れば、その男は俺が異世界に来て最初に会話したリンガ商の男だった。こんな偶然もあるだな……と思わず感心してしまう。
「あの子に何もなくて良かったです、カドモンさん」
「ラムちゃんもありがとうな。今度来た時、リンガを大サービスするから是非寄ってくれ」
「分かりました。ここのリンガは美味しいですからね……妹にアップルパイでも作ります」
「はははっ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。ぜひそうしてくれ」
カドモンは安堵した様子でラムと話し込む。するとラムが思い出したように口を開いた。
「そういえば……これ位の髪の長さで、金髪と八重歯が特徴の女の子にラム達の大切な物を盗まれてしまったんです。何処かで見かけたりしませんでしたか?」
「ああー……そいつはフェルトの奴かもしれねぇな。貧民街じゃ有名だ、流石に住んでる場所までは知らねえがな」
「フェルト……ありがとうございます。それだけ分かれば十分です」
ラムは頷き、こちらを振り返る。
「……というわけだから、貧民街へ行きましょう。盗まれたものはきっと、貧民街で取引されているような場所がある筈だわ」
迷子を解決したと思えば徽章の手掛かりまで見つける。ラムの手際の良さに、少しだけ敗北感と同時に素直な尊敬が湧いた。
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「いやー、それにしてもラム、さっきの驚いたぜ。ああいうの、サラッとできるのな」
貧民街へ向かう道すがら、少し手持ち無沙汰になって俺はさっきの話を振る。ラムはちらりとこちらを一瞥し、すぐに視線を逸らした。
「ふん、褒めても何も出ないわよ?」
「いや別に見返り目当てじゃねえよ。純粋に感心しただけだって」
「そう。なら好きに褒め称えなさい」
肩をすくめると、ラムは小さく鼻を鳴らした。相変わらず可愛げはないが、さっきの様子を見た後だと照れ隠しにしか聞こえないのが不思議だ。
「じゃあ今度なんかあったら、俺も
「―――!」
軽い冗談のつもりだった。ほんの少し茶化すような響きで言っただけのはずだったが、ラムは目を丸くしてこちらを振り返り―――
「やめて」
空気が止まる。その顔からは余裕も皮肉も消えていた。ほんの一瞬だけ、何かに追い詰められたような苦しげな表情が浮かぶ。
「……その呼び方は、やめて」
静かだが、はっきりとした拒絶だった。
「……お、おう」
思わず頷く。軽口のつもりだっただけに、どう返せばいいのか分からないまま言葉が止まる。
ラムはそれ以上何も言わず、くるりと背を向けて歩き出した。
「……なあ」
小声で隣のエミリアに聞く。
「俺、なんか地雷踏んだ?」
「え……わ、わからない」
エミリアも困ったように眉を寄せる。その様子からして、本当に理由は知らないらしい。
「ラム、どうしたのかしら……」
心配そうに呟きながら考え込むが、答えは出ないまま小さく首を振った。それからは何とも言えない空気のまま歩き続ける。さっきまでの軽さは消え、言葉を選ぶような重さだけが残っていた。
やがて周囲のざわめきが少しずつ遠のく。整っていた石畳は途切れ、建物の色もくすんだものへと変わっていく。
「……ここが、貧民街」
エミリアが小さく呟く。
人は少ないが、視線は多い。値踏みするような目が、通り過ぎる俺たちに突き刺さる。ラムは迷いなくその中を進み、途中で数人の住人と短く言葉を交わした。
「ロム爺の盗品蔵……ね。場所は分かったわ。行きましょう」
辿り着いたのは、外から見ればただの古びた建物だった。俺は扉をドンドンと叩き、大声で呼びかける。
「おーい、すみませーーーん!!あーけーてーくーれー!!」
しかし反応はない。
「うーん……もしかして今誰もいねぇのか?」
「いえ……中に人はいるわ。居留守されているみたい」
「分かるのか?」
「ええ。ラムの能力でね」
「なんかカッケェな……じゃあなんで俺らガン無視されてんだ?」
頭を悩ませていると、ラムがはっとしたように呟いた。
「あっ……合言葉」
「合言葉?」
問い返すと、ラムはびくりと肩を震わせて早口で言い訳する。
「いや、だからこういう所では合言葉とか……あるんじゃないかしら。多分」
「確かに……って、なんでそんなに挙動不審なんだよ」
明らかに目が泳いでいる。
「うーん……また誰かに聞きに行くか?」
「別に。壊せばいいでしょう」
さらっと物騒なことを言い出すなこの二人は……
「ちょ、待て待て待て」
「そうね……木の扉なら簡単に吹き飛ばせると思う」
エミリアまで頷きかける。
「あれぇ?エミリアたんもそっち側!?ちょっとこのパーティー脳筋すぎない!?」
思わずツッコミを入れた、その瞬間だった。
「待て待て!壊すな壊すな!!」
慌てた声とともに扉が開く。現れたのは巨大な体躯の老人だった。
「ったく……何者じゃお前らは……」
「取引に来ただけよ」
ラムが淡々と答える。老人はため息を吐きながらも中へ通してくれた。この老人の名前はロム爺、と呼ばれているらしい。それから徽章の話を持ち出すと、ロム爺は「フェルトの奴じゃな」と合点がいったような感じで頷いた。
「ちょっと待っておれ。そろそろフェルトの奴が帰ってくる。徽章の話はあの娘とするんじゃな」
ロム爺と呼ばれたその老人はカウンターへ戻っていく。
「りょーかい。……さてと、待ってる間暇だしこれでも食うか」
俺はコンビニ袋からコーンポタージュ味のスナックを取り出す。袋を開けると、甘い香りが部屋に広がった。
「あ……」
隣のラムが小さく声を漏らす。その視線はスナックに釘付けで、妙に懐かしそうな顔をしていた。エミリアも興味深そうに覗き込む。
「スバル、なあにそれ?」
「ああ……コンポタスナック。超うめぇんだぞ」
「そうなんだ、確かに良いにおい……」
「エミリアたんも食べる?」
「いいの?ありがとう。いただきます」
エミリアは嬉しそうに頬張る。その様子を見ながら、俺はラムに視線を向けた。
「……ラムも食べるか?」
「え? ……食べる」
少しだけ気まずそうにしながらも、ラムは控えめに頷く。手のひらに乗せてやると、子供みたいに目を輝かせて静かに食べ始めた。
サク、サク、サクと暫く咀嚼する音だけがこの部屋を支配していたが、しばらくするとラムが小さな声で話しかけてきた。
「ねえ」
「ん、どったの?」
「………」
言いづらそうにしているのは分かるが、なかなか言葉が出てこない。俺は急かさずに待つ。
「……さっきは悪かったわ。バルスの所為じゃないし、別に気分を害した訳じゃないの。ただ、少し……」
「少し……?」
「………」
ラムが再び口を閉ざす。これは言いづらいというより、どう説明すればいいか分からない感じだ。いつも堂々としているラムが、今だけ少し小さく見えた。
「いいよ。俺も別に気にしてねぇし、言いづらいなら無理して言わなくていい」
軽く笑ってそう言うと、ラムは小さく「ありがとう」と呟いた。
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